ロゼの覚醒
《シアン視点》
いつもは食べ物の感想しか言わないロゼの、予想外の言葉にオレは目を見張った。
そんなオレを見あげて、ロゼは首を傾げながら言った。
「だってマスターはシアンが集めて魔核をあげれば、事実ノーダメージでしょ」
まぁでも……だからってさぁ。
「目的の為なら手段を問わないマスターが、目的を成す為いたぶられたとして、リアリストの彼が心から屈辱を感じるとは思わない。彼の属する種の性質上、神経組織を構成しなければ“痛み”なんか無縁だしね?」
「……」
……まぁアイツが凹んでる姿なんて、想像つかねぇなあ。
「そもそもシアンがあの誕生日の日に無理やり呼び出さなきゃ、彼はこの輪には入ろうとしなかった筈だよ。本来のマスターの役目はここに無いし」
「……」
確かに初めてアイツが接触してきた時、オレにすら挨拶せず去ってったっけ……。
「今回一番酷いやつは誰かと問われれば、断れない彼の純情を無頓着に弄んだシアンだと僕は答えるね」
「……」
あいつが純情かどうかはさて置き、言い返す事は出来なかった。
「そしてそれを前提として、今回重要な“キーマン”となったのがあの少女……そう。もう一人の“ダンジョンの管理者”が表舞台に出てきた事だね。……まだ人馴れのしてない【未熟なマスター】だよ」
「未熟な……マスター?」
その言葉に、ふとオレの脳裏にシャボン玉を生み出す金髪の少女の姿が蘇った。
「マスターすらを謀るあたり【マスター】としての力量は申し分ない。だけどダンジョンの中で育ったせいで、他者の感情の機微には、まだ気付けなかったんだ。……シアンから話を聞いた限り、その子だって悪意があった訳じゃなさそうだ。だが一連の神隠し騒動が少女の仕業だと気づいた瞬間、マスターはこれを期に、あの子の力をあそこに集まっていたメンバーに知らしめると共に、認めさせようと思い付いたんだ」
「……あの時?」
ロゼはうんうんと頷きながら、話を続けた。
「人馴れしていない少女の失敗をマスターが被って“謝罪”した。……知ってると思うけど“謝罪”っていうのは『罪を認めて許しを乞うこと』だ。“謝罪を受ける”っていうのはつまり『気が済めば許してやる』と同義」
「……あ」
オレの中で、あいつの目的のピースが組み上がってきた。
「まあ何れにせよ、ベリル達の性格からして、このチャンスを逃す筈が無い。『少女の件だけを謝罪する』といったのも味噌だね。ベリル達がマスターへ向ける悪意の余地を残したままにしてあるんだ。でなきゃこんな短時間や一回の破壊で終わるはずが無い」
……なんで無駄に煽るんだと思ってた部分が……。
その点だけに関してと言うなら、今回の“謝罪”はお釣りが来るくらいベリル達は受け取ったはずだ。
なんせ今回の【罪】と問われれば、話し合いで済む程度の物しかない。
―――ってか、どんなだけ恨みを買ってんだあいつはっ!
「そうして余りある謝罪を受けた以上、メンバー達は今後済んた事で少女を叩くのはルール違反。流石にそれはシアンも問答無用で許さないでしょ?」
「まあそりゃ、当然……」
オレが頷けばロゼはまたパイに齧り付き、もしょもしょと咀嚼しながら、オレに指を突きつけてきた。
「―――つまりマスターは今回の結果で、シアンやその他からの呼び出しを拒否する口実を得て、皆にはいつも通り嫌われて、不本意な“頼み事”も拒否する立場をも得た。……手伝うのはやぶさかでなくても、その後感謝されるのを嫌うからね。今回少女を表舞台に押し上げ、その子が活動しやすい地盤を固めあげた事で、マスターは“嫌われ者”の立場を維持したまま、助言の窓口を確立させたんだよ」
……確かに、あいつは今までオレを経由して何やかんやをしてた。
あいつが何を言っても、鬼気迫る状況でもなきゃ頷くやつなんて居なかったからな。
だけど今後あの子が発言した場合、さほど力はなくても皆は聞く耳くらいは持つだろう。
そういう意味では、マリーちゃんはもうこっち側の仲間だった。
「それを成す為に必要だった魔石を砕かせる事だって、今は例の戦時のように“後がない状況”でもない。マスターの受け持つ【役目】や【管理】に支障をきたす事もないから、今の彼にとっては然程重要でもなかった」
「……やりたい事は分かった。でも納得はし難い」
「―――個にとっての最良は人によって違う。シアンが今回の件で後味が悪いと感じているなら、それは間違い無くマスターの勝ちに他ならないよね。だって今みたいにシアンが悩んで、最終的に『もうアイツなんか知るか!』って放り出せば、それこそ彼の思う壺なんだもの」
「―――……っあのやろう」
あの雪の中でオレに背を向けたあいつ。
だがあの無表情な仮面の下の内心では、いつも通りの憎たらしい笑顔浮かべていたのであろう事が、容易に想像出来た。
「そうそう。マスターが、何故あの少女を推そうとしていたかの理由だけど……どうしたの? シアン」
オレが肩を落としていると、ロゼはアップルパイを放してオレを覗き込んできた。
オレは深い溜息を吐きながら、ロゼに言った。
「はぁー……、そりゃあ。ここ迄綺麗にしてやられてたら……て、あれ? そういえばロゼ、何か今日冴えてるな? 別人みたいだ」
途端ロゼは頬を膨らませながら、オレの目の前まで飛び上がってくる。
「僕はいつだって僕だってば! もー、失礼だな。いつもは調整に思考力と記憶力を極限まで費やしてるだけだよ。イヴが怒ったり悲しくなったりすると、それはそれは大変なんだからね!」
そこでオレはふと気づく。
「……あ、もしかしてロゼが寝てるのって……」
「そ、溢れるマイナスエネルギーを捌いてるんだよ。本当に大変なんだから、あんまり寂しがらせないでよ?」
ロゼはオレの鼻先をペシペシと叩きながらそう言った。
「じゃあ今は?」
オレがロゼにそう尋ねると、ロゼはふいっと向きを変え、イヴとクロのベッドに近づいて笑った。
二人は薄明かりの下、温かい布団の中で仲良く手を繋いで眠っている。
「見てよ、シアン。……幸せに溢れてる。不安も悲しみも無い。安心と未来への希望だけだ。―――ここ迄きてくれれば、僕にも余裕が生まれて、多少こうして話が出来るようにもなるんだけどねぇ?」
付け加えられからかう様なその言葉に、オレは背筋を伸ばして頭を下げた。
「は、はいっ、精進します!」
「あははっ、畏まらなくていいってば。―――これからも守ってあげてよ。“幸せ”を」
オレは頷いた。
そしてロゼは更に視線を巡らせ、ポツリと言う。
「……ところでさ。アレなんだろ? “黒いスライム”なんてレイスは創ってなかったと思うんだけど……」
オレも目を向ける。
イヴと手を繋ぐクロの、もう片方の腕に抱えられた、丸くなって眠るスライム。
クロに随分懐いているようで、この猫耳を生やしたボールの形は、クロの好みに合わせて変形しているそうだ。
オレはベチョベチョと拡がらなくていい程度にしか思わないが、クロはそれはもう絶賛して、この妙な形を喜んでいた。
色々あってスルーしていたが、ロゼの一言に促され、オレはクロの布団で一緒に眠る猫耳の生えた黒いボールを【鑑定】に掛けた。
そして浮かび上がったそのステータス画面に、オレの思考は一瞬停止した。
「―――は?」
「あっ!? いけないっ、イヴが夢の中でアイスを地面に落とした!」
「……は?」
そう言うと、ロゼはあっという間にまた眠りについてしまった。
……幸せを守るって難しいなと、オレはつくづくと思ったのだった。
オレは唖然としながら、パタリと布団の上に落ちたロゼもそのままに、再び『何かの間違いだ』と自分に言い聞かせながら【鑑定】を掛け直してみる。
「……なん……、なんだよ………コレ……」
―――だが何度掛け直しても、その鑑定結果が変わる事は無い。
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種別 ディスピリア
名前 キール
Lv 1
職業 従魔(主:クワトロ)
HP: -/-
MP: -/-(-500)
筋力:1
防御:1
敏捷:1
知力:1
器用:1
魅力:1
幸運:1
スキル【ドレインLv1】【擬態Lv1】
称号 【全てを喰らう者】
加護 【無し】
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―――やばい……。
オレは直ぐ様、ペンダントのクリスタルを立ち上げた。
やっとこの『家出事件』で書きたかった『真の設定』が登場しました!……長かった……。
クロ「父ちゃん腹減った……」←まぁ勿論食われてますΣ(・∀・;)
次話、少し聖域に話を戻します。(^^)
ぼっち同士のお茶会です。




