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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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約束

「よろしくねぇ、キール」


 おれは何度も“たぬき”ではないと言い続け、イヴはやっとそれには触れず、キールの頭を撫で始めた。


「キヒッ」


 キールもおれを通して、イヴが敵じゃない事が分かった様で、嬉しそうな声を上げて撫でられていた。


「ぷよぷよしてるねぇ」

「キヒッ」


 まあスライムだから。


「おお、押したらどこまでも沈んでいく。どうなってるの?」

「キッ……キキッ」


 ……まぁスライムだから。


「すごぉーい! 見てみてクロ! ギュって握ったらポコッてなった! ほらっプルンプルンの雪だるまゼリーだよっ! 何これぇおもしろーい!」

「キ……キ……」


 ……まぁ……。


「―――スライムだけどやめてあげて? キールが困ってる」

「……」


 真顔でおれがイヴにそう言うと、イヴはちょっと俯いて無言でキールから手を離してくれた。

 おれは若干身体を固くして震えているキールを撫でながら、イヴに言う。


「ねえイヴ。もう帰ろうよ。おれ、なんかお腹減っちゃった」


 だけどイヴは頬を膨らませ、あからさまにおれから顔を逸らした。


「……帰らない。食いしん坊のクロだけ帰ればいい」

「いやだよ。イヴは父ちゃんがおればっかり構ってるから、そんなに怒ってるんでしょ。おれの身体が弱くてごめん……。でも、父ちゃんはいつもイヴの事を考えてるよ。だから帰ろう。父ちゃんは悪くな……」

「っ知らない!!」


 おれの話を遮って、イヴは突然の大声で怒鳴った。


「……っ」


 だけどその大声に一番驚いていたのは、イヴ自身。 

 イヴは慌てて取り繕う様に、隣に居たマリーに声を掛けた。


「そ、それよりマリーちゃんすっごい、すっごい強いんだねぇ!」

「えへへー、まぁ普通だよ!」


 ……あれが普通なんだろうか?

 とはいえおれはおれと同じくらいの子供なんて、イヴとマリー、後エルくらいしか知らない。―――……やっぱりおれ……弱過ぎるんだ。身体も力も……何もかも……。そりゃあ父ちゃんにも心配されるよ……うん。

 おれはその二人の女の子の会話を聞きながら、徐々に自分の自信や存在意義という物が削れていくのを感じた。


「……キヒ?」


 おれが落ち込んでいると、それを察したキールが不思議そうに身体を擦り付けてくる。

 おれは『何でもない』と強がって笑いながら、心配性のキールを撫でた。

 そんな中、マリーがイヴににこにこと笑いながら尋ねる。


「じゃあイヴちゃん。私が勝ったから、約束通り一つだけお願いしていい?」

「いいよー、なぁに?」


 イヴも楽しそうにそう頷いた。

 ……やっぱりイヴは帰らないつもりなんだろうか?

 おれが不安に思いながらその様子を見ていると、マリーはイヴの手をぎゅっと握りこう言った。


「じゃあね、マリーをもっと強くしてよ。さっきの戦い方で何処が悪かったか、どうすればもっと良くなるか教えて? お願いイヴちゃん!」

「……え……」


 イヴの表情が固まった。

 そしてしどろもどろにマリーに言う。


「そ、そんなの無理だよ。だってイヴが負けたんだよ? どうしたらいいか分かってたら負けてなんかないよ」

「じゃあ今すぐ強くなって!」


 マリーは困惑するイヴに、更に詰め寄った。

 とうとうイヴが困ったように後ずさった時、マリーはイタズラが成功したように笑って、握ったイヴの手を離した。


「……なんてね! ほんとはね、マリーは別に強くなりたくなんてないの」

「え?」


 更に困惑したイヴに、マリーは今度は笑わず、少し目を細めて言った。


「だけどイヴちゃんは、同じことをシアンさんに言ってたんだよ。困らなかった?」

「……」


 一瞬、イヴの肩がピクリと震えた。


「誰でもね、得意な事と苦手な事はあるんだよ。マリーだって、作文だけはいくら頑張っても上手に書けないし……」


 マリーはそう言いながら、何を思い出したのかズゥン……と音が聞こえそうな程に、一瞬落ち込んで見せた。

 だけどすぐに顔を上げ、また笑いながら話す。


「まぁでも、イヴちゃんなら時間を掛ければ、強さはいつかマリーを超えるよ。だけどその時はきっとマリーね“負けて悔しい”とは思わない。―――……だって『強くなっておきなさい』って言われるからこうしてるけど、()()()()別に強くなりたくないから」


 イヴは不思議そうに首を傾げながら、マリーに詰め寄った。


「マリーちゃん強くなりたくないの? なんで? じゃあ何でこんなに強いの?」

「うん。マリーはね、マスターの為に強くなるし、お勉強もしてるの。あ、マスターっていうのはね、マリーの一番大切な人だよ」


 おれは嬉しそうに話すマリーの言葉に、じっと耳を傾けていた。


「いっぱいマスターのお手伝いをしてあげたくて、マリーは勉強をする。言われたことはちゃんとやるし、言われてないこともいっぱい勉強する。そうやって色々出来るようになって、沢山、沢山のお手伝いが出来たらね、マスターに“隙間の時間”が出来るの。そしたらね、その時間で一緒に紅茶を飲む。それが()()()()()()()()()()()


マリーは嬉しそうにそう言ったあと、一瞬何か強い思いを込めた、険しい表情をした。


「……その為には、マリーは何だってするの。―――だから強くなることや勉強することは、マリーにとってはそれに繋げる為のただの手段でしかない。別にマリーのやりたい事じゃないの」


 マリーはそう言って、ふっと申し訳なさそうに笑った。

 そしてイヴに似た、得意げな笑顔で付け加えた。


「マリーはね、その為に頑張ってる。だけどマスターが色々頑張ってるのは、別に私とのんびりする為じゃないって事を私は知ってる。だからたまには私も『そんなこといいじゃない!』ってお腹がムカムカする時だってあるけど、何にも言わないんだよ!」


 おれは少しその言葉に驚いた。

 ……こんな、いつも笑ってそうなマリーでも怒るんだ。……ていうか、父ちゃんの事が大好きなイヴも、今回は怒ってる。

 そしてその時、じっとマリーの話を聞いていたイヴがポツリと言った。


「……シアンは、……何がしたいんだろ? そう言えば私、全然知らないや」


 おれは慌てて声を上げた。


「それならおれ聞いたことある!」

「え?」


 イヴとマリーがおれを見る。

 おれは言い間違えないように気をつけながら、おれが前に見聞きした事を一生懸命話した。


「父ちゃん言ってたんだよ。おれがお腹空きすぎて布団にうずくまってる時、おれに頑張れ頑張れって言いながらこう言ってたの。『―――イヴには笑ってて欲しいのに、寂しい思いをさせてる事が辛い』って」

「!?」


 イヴが驚いた様に息を呑んだのが分かった。

 おれは続ける。


「おれもイヴに寂しい思いをさせてるのが悲しくてね、父ちゃんに言ったんだ。『おれの事はいいからイヴの所に行ってあげて』って。だけど父ちゃん『ここでクロを放って行くような奴が、イヴの近くにいちゃ駄目だ』って言って行かなかったの」

「……」


 イヴは固まったように動かない。動かないで、おれの話を聞いている。


「だから父ちゃんのしたい事って、イヴと一緒に居たいんだよ。今だけじゃなくてずっとって事だよ。そして、イヴを幸せにしたいんだって、おれは思う」

「……ふぅ」


 イヴが嬉しそうに溜息を吐いた。

 おれも嬉しくなって、更にいくつかの証拠をあげていく。


「父ちゃんは確かに、強くなるのは上手じゃないかも知れない。だけどね、他は何でも出来るよ。それにイヴの好きなものならなんだって知ってる。ご飯も服も、玩具や色も……ね?」

「……」


 もうイヴの表情は、にまにまと溢れる喜びで歪んでいる。

 そこにマリーがとどめを刺した。


「イヴちゃんの()()()()、優しいね」

「―――……っうん! でもね、お父さんって言っちゃ駄目なの。シアンって言わなきゃだめなんだよっ」


そう頷いたイヴは、満面の笑みだった。

マリーは釣られて笑いながら、深く頷いた。


「そうなんだ。イヴちゃんってマリーと似てるね。マリーもね、パパって呼びたい人が居るの。だけど呼ばしてくれないんだ。……ちょっと寂しいよね。でも我慢して、困らせないように頑張るんだよね。出来るようになった事、もっと見て欲しいんだよね。見せてあげて笑って欲しいんだよね。もっと一緒に居たいんだよね……分かるよ」


 イヴが寂しそうなマリーを覗き込む。


「……マリーちゃんも?」

「そうだよ。誰にも言っちゃいけないって言われた。今のもバレたら多分怒られる。……だけどね、ここは誰も見えないし、何も聴こえないマリーの秘密基地なの。約束破っても、もし二人が黙っててくれれば、マリーは“いいこ”でいられるの」


 そしてマリーは口元に人差し指を充てながら、いたずらを企む“悪いこ”の顔でおれ達に訊いてきた。


「マリーは絶対言わないよ。二人も内緒にしてくれる?」


 ……あ、このパターン前にもあった。確かジョーイさんとお布団でクッキーを食べたときと同じだ。

 おれとイヴは一瞬顔を見合わせ、そして言った。


「言わないよ」

「おれも言わない」


 ―――だって、きっとこれは悪い事じゃない。

 それに今度こそ、絶対内緒にし通すんだ。



 それからイヴとマリーは楽しそうに自慢話を始めた。

 勿論“お父さん”と“パパ”の話だ。

 おれは時折相槌を打ちながら、二人の話を聞いていた


「―――イヴのお父さんのお魚料理は美味しいんだよ! 前にお魚のパイを一緒に作ったの」

「そうなんだ。マリーのパパはねぇ、紅茶を煎れるのが上手なの。あとお花を育てるのが好きで、マリーも一緒にお世話をしたりするんだよ」

「へぇ、マリーちゃんのパパってお花屋さんなの? お洒落だねぇ」


 話は尽きない上、二人は何度も繰り返し同じ話をする。

 本当に、イヴは父ちゃんのことが好きなんだ……。ま、おれもだけど。

 


 ◆



 長い間話した後、イヴはポツリと言った。


「―――なんだか会いたくなってきた。私もう帰りたい」

「そっか。じゃ、送るね」


 イヴの呟きに、マリーは直ぐに立ち上がって頷いた。

 だけどイヴは首を振る。


「待ってマリーちゃん。でも私まだ“お願い事”叶えてないよ!」

「……え? あ、さっきの『勝ったら』っていうやつ? あぁ、あれはいいよ。ここじゃマリーに出来ない事は何も無いし」

「それじゃ困る!」


 ……あ、でた。いつものゴリ押し。

 マリーは少し困ったようにイヴに尋ねる。


「……うーん……ならさっき『内緒にしてて』って言ったのは?」

「あれは私達だけじゃなくマリーちゃんも言わないんだから、()()()お願い事にはならないよ」

「うーん……」


 本気で悩み困るマリーにイヴは上から目線で迫る。


「なにか欲しいものはないの?」


 暫く悩んで、マリーはポツリと小さな声で言った。


「……友達」

「「!」」


 おれとイヴが驚いてマリーを見ていると、マリーは慌てて手を振って否定した。


「あっ、やっぱりいいの! パパにも【外】に干渉しちゃだめって言われてて……っ、その、だからっ」


 イヴがニンマリと笑った。


「いいよ! バレなかったら大丈夫! 私とクロは、マリーちゃんの友達だよ!」


 確認を取る事なくおれも含めるイヴ。まぁ、異論は無い。


「ご、ごめんね。友達なんて、試合で勝ってなってもらうものじゃないのに……」

「いいよ! 楽しかったもん。またやろう!」


 イヴがそう言って笑うと、やっとマリーもホッとしたように笑い返した。


「ありがとう。イヴちゃん大好き」

「私もだよ! じゃあ私達はもう帰るけど、離れてても友達だからね。いい? ずっと友達だよ」


 おれも隣で頷けば、マリーは心から嬉しそうに笑っていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] ズッ友。荒ぶった心が浄化され鎮まるような、そんな心境です。あとクロ君がんばれー!応援してるよー。
2020/08/07 11:27 退会済み
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