初めての契約
本日二投稿めです(о´∀`о)
《クロ視点》
イヴとマリーが、おれの目じゃ追うことすらままならない決闘をしてる間、おれは胸に抱えたブランケットを床に降ろし、そっと開いた。
中にはここに来る途中で見つけた、黒いスライムが入っている。
……て言うか黒い? スライムは確か様々な色で【半透明】が基本だった筈だけど……? ―――まぁいいか。
ブランケットを開けると、さっきより幾分が元気になったのか、黒いスライムは少し柔らかさを取り戻してダレていた。
だけど一拍後、急にブランケットを開かれたことに驚いたのかキュッと収縮し、丸いボールみたいになってしまった。
―――これも図鑑に書いてあった。
スライムは怯えると丸くなる。体内にある【核】を守る為の本能的な行動だと考えられている、だそうだ。
おれは自分の肩掛けカバンから、ロゼにあげようと思っていたガラムのおっちゃん特製クッキーを出し、スライムに近づけてみた。
「怖がらなくても良いよ。君を傷つけるつもりはないんだ。ほら、これ。君にあげる」
黒いボールは暫くじっとしていたが、とうとう気になるのかにゅっと細い触手のようなものを伸ばし、ペタペタとクッキーを触った。
だけど黒いボールはクッキーを触れども、中々食べようとしない。
「……君もしかして、食べ方わからないの?」
あまりに不器用な仕草におれが尋ねると、ボールは驚いた様に触手を引っ込めた。
そしてまた、ただのボールの様になってコロコロとブランケットの上で転がった。
……ていうか、捕食の仕方を知らないスライムなんて始めてだ。
それにこの怖がり様、サイズこそ成長しきったスライムと変わらないけど、案外“生まれたて”なんて可能性も無くはない。
怖がってるけど逃げようとしないのは、逃げ方がわからず、どこに行けばいいかもわからないから……?
おれはボールにになってしまったスライムを、とりあえず撫でながら、どうしたものかと考えた。
……あの雪の中、満足に食事が出来ていたとは思えない。
と言うか本来スライムは雑食なのに、あの捕食の下手さを見る限り、今迄何かを食べた事って無いんじゃないだろうか?
生まれたてという説がいよいよ有力になってきた。
ボールはおれの手の中で、緊張からかはたまた恐怖感からか、より一層身を硬くさせ、弾力のあるゴムボールの様になっていた。
……このままでは餓死してしまうかもしれない。
おれは何か役に立つものがないかと、鞄の中を漁ってみた。
――――クッキーにキラキラシール、水の革袋にハンカチに、石のナイフ、それに火打ち石……
どれもさほど役に立ちそうに無かった。
だけど鞄の一番奥に小さな小瓶を見つけた時、おれはハッとしてそれを取り上げた。
それは以前、ジルさんとロロノアさんから『本をシェアしたお礼に』と貰ったインク瓶だった。
勿論ただのインクなんかじゃない。【テイマー】達が魔物を捕獲する際に必要な【契約紋】を描く時に使うインクだ。
その顔料には砕いた【魔石】が使われていて、術者の血と水で溶いて使う。
おれは悩む事なくその瓶を取り上げ、蓋を開けた。
石のナイフで親指を突き、ぷくリと出てきた一滴の血を、顔料の粉の中に落とす。
水筒から少しの水を更に足し、指で捏ねてインクを作った。
契約紋には基本の形があると、このインクをくれたロロノアさんは教えてくれた。
先ずは紋の形。【始】を意味するルーン文字で円を描き、最後に【結】を意味する句点をつける。
その円の中に契約内容を書き込んでいくのだが、現在の【テイマー協会】で教えられていると言う基本文はこうだった。
一、汝契約者を傷つけてはいけない
二、汝契約者の命令は絶対である
三、汝契約者の許しがない限り、捕食をしてはいけない
四、汝契約者を裏切ってはならない
五、汝契約者の許可無しに契約を反故にしてはならない
これが獣に渡す契約紋。そして、契約者であるテイマーは、これに対となる契約紋を手に焼き付けるのだ。
―――だけどおれは知ってる。
父ちゃんの契約紋はこれを完全に無視して、ルドルフと契約してる。
そこにはたった一文だけ、こう書かれていたんだ。
“一、汝、契約者と永久に対等なる友であれ”
―――……カッコいいと思った。
その時、おれも父ちゃんみたいなテイマーになって、無二の相棒を見つけたいと思ったんだ。
おれはまた硬いボールと化している、ビビリなスライムに目をやる。
おれは硬いボールを撫でながら、独り言を呟いた。
「まあでも、おれと君はさっき出会ったばっかりだ。“友達になれ”っていきなり言われてもきっと困るよね」
そしておれは、インクで文字を書く。
この時の為に、幾つかの文言をずっとこっそりと練習してきてたんだ。
“一、汝、契約者のマナを食せ”
“二、汝、この契約を放棄する権利を与える”
おれはその二つの契約を書き込んだ契約紋を、ボールにじゅっと焼き付けた。
「はい。自分で捕食できるようになるまで、おれと契約しよう。何処かに行きたくなったら、すぐに解約してくれればいいからね」
そう言って、おれももう一つの契約紋を握り込んだ。
その時一瞬だけ目眩を覚えたが、何とか踏みとどまった。
これでボールがこの契約を拒否すれば、この契約紋はすぐに剥がれ落ちる筈だ。だけど、どうやらこのボールは破棄せずにいてくれたようだった。
おれは手に握り込んだ契約紋に、意識を集中させてみる。
すると、おれの意識が吸い込まれるような感じがした。
契約紋とは不思議な物で、そこを通じて契約対象者の感情を共有出来る。
初めは突然の契約に戸惑っていたボールだけど、次第にその感情に安心と喜びが混じってくる。
そしてその感情が高まるにつれ、ボールの形がもにょもにょと変わり始めた。
やがて最終的には、元の丸いボールから二つの三角が突き出すような形でその変形を止めた。
おれはその姿に思わず笑った。
「あっは、それもしかして【キメラ】のつもり? その三角、ねこちゃんの耳つもりでしょ。おれの記憶を読んだの?」
「キヒッ!」
驚く事に、スライムが返事をした。
口はないから、多分外皮膜を擦り合わせて、鳴き声をあげたのだろう。そう。昆虫が鳴くのと同じ手段だ。
どこか得意気に転がるネコ耳スライム。
おれはスライムを抱き上げ、耳の間を撫でた。
「よろしくね。おれクワトロ。皆にはクロって呼ばれてる」
「キヒ?」
「あ、そっか。君、名前ないんだよね。じゃあ“キール”ってよんでいい? キメラのフリしてくれるし、ボールみたいだから」
「キキッ」
こうして、この子の名前はキールに決まった。
キールは暫くおれの手に、身体を擦り付けてきていた。
だけどその時テイムのせいか、ふと何とも言えない疲労感と空腹感に襲われた。
「あー、なんだかテイムしたらお腹空いちゃったね」
おれはそう言ってキールを膝の上に乗せ座り込むと、残っていたクッキーを食べる。
「……全然足りない」
おれがそう笑いながらキールの頭を撫でていると、やっとイヴとマリーがやって来た。
「負けたぁー! マリーちゃんすっごい強い!」
「えへへ。イヴちゃんも流石だね」
「うんー。あれ? クロ、それなぁに?」
イヴがキールを指さして尋ねてくる。
「うん、キールって言うんだ。今テイムしたスライムだよ」
「ふーん。変なの。たぬきの耳がついてるの?」
「キヒ!?」
「ちょっとイヴ!? ねこちゃんの耳だよ!? 全然狸じゃないじゃない! キールがおれの為に頑張って生やしてくれたんだから、そんなこと言っちゃ駄目だよっ」
「えー、でも……」
「これだけはイヴでも譲れないよ! これはおれの為のねこ耳だっ!」
「キヒ……」
イヴの一言に、おれの手の平の契約紋から一気に悲しみのオーラが吹き出し、おれは慌ててキールを抱きしめながらフォローしたのだった。
大人組がきな臭い雰囲気なので、子供組を書くとホッとします(*´ω`*)




