番外編 〜人間達に不要と言われたオレ。暫くして戻ったら、勇者を遥かに凌ぐチートになってた件⑨〜
それから一月半、オレ達の旅は続いた。
そしてその間、何度リーナとジュリを放り出そうとしたかは知れ無いが、何とかグリプス砂漠に足を踏み入れたのである。
旅の間、オレは人の常識値をリーナから学び、リーナには魔法の基礎とルーン文字を教えた。
ジュリとは動物や魔物、聖獣達の習性や生体情報を交換をし合い(聖域には森に住む動物しかいなかった為)、脅迫に近いお願いにより、自分磨きの仕方や武器の扱いを教えた。
因みにジュリは武器に鞭を選んでいたが、何故それを選んだのかの理由は聞かないことにする。
砂の大地を馬車で進みながら、オレはいつもの様にリーナにマナの活用法を講釈していた。
「凄いです! まさか魔法の概念が空間にまで及んでいるなんて!」
「そうなんだよ! オレも始めは物質だけかと思ってた。だけど空間からエネルギー、波長、更には時間に迄マナはその効果を及ぼすと検証された。もっとも時間に関しては、オレも最近知ったところで実用は愚か、仮説すらまだまだの段階だけどな」
「そうなのですか……あ、そう言えば前々から不思議に思ってたんですが、ガルシアさんの荷物袋って空間魔法の応用ですか? 私より大きな魔剣ツヴァイ様もその中に入れてますよね」
「そうだぞ。空間をルーンで固定して座標を変えれば自在にその大きさを変えられる」
そう言って荷物袋に刻み込んだ魔法陣を可視化してやると、リーナの目がジトリと据わる。
「……いやいや。座標設定の魔法陣、半端なく複雑なんですけど何重構造してるんですか?」
「えー……と、1396掛縦横斜めの3層組みだから、4188重構造か」
「出来無いですよ! おかしいんじゃないですか?!」
「ははは」
ムキーッと叫びながら頭を抱えるリーナを笑っていると、御者台のジュリが突然ピシリと空中に鞭を奔らせた。
「御主人様、見てください。鞭にてカブト虫を生け捕りに出来ましたよ」
「おぉ、随分扱いに慣れたな。そう言えばカブト虫といえばルドルフの好物だったな」
「え! では、コレから毎日カブト虫料理を作らせていただきます! 良き妻となるための修行を……」
「やめろ。オレはカブト虫は食わん。ひとりで食ってろ」
「みんなで食べれば美味しいのに……(チラッ)」
「食わねーよ。こっち見んな」
時たま投げ出したくはなる行動を起こしてくれるものの、これがオレ達の日常となりつつあった。
それからまた暫く馬車を走らせた頃、ジュリがまたオレに声を掛けてきた。
「おや、御主人様。グリプス大迷宮の入り口が見えてきましたが……誰かいますね。こちらをじっと見て、どうやら私達を待っているようですよ?」
「んん? 待ってるったって、オレに人間の知り合いなんて心当たり無いぞ。お前達のどっちかだろ」
オレの言葉に2人は目を凝らし、佇む人物を確かめる。
そしてふと目を細めていたリーナが声を上げた。
「あれは……勇者様? 間違いないわ。3年前お会いしたことがあるもの!」
その言葉に、オレも佇む人物を観察しつつ「へぇ」と感嘆の声を洩らした。
勇者と言えば、ゼロス様に愛された魂の持ち主にして人類の代表だという話だ。
見れば確かにハイエルフ達とは少し雰囲気が違うものの、負けず劣らず人間らしからぬ美しい容姿をしている。
流石は神に愛された魂の受け皿といったところだ。
それに勇者は通常、魔物討伐の為に世界のあちこちを駆け回っているらしいから、よっぽどの巡り合わせでもないとその姿を拝む事はできない。
だからオレは少なくとも、会えるとわかったその瞬間は、内心でその巡り合せの幸運を喜んだ。
そして握手をして貰って、サインの1つでも貰おうかな? 等と呑気に考えたりしていたのだった。
やがて馬車が止まり地に降り立った時、オレ達は慣習通り勇者に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。オレはガルシアと言います。勇者様、日々、世界の平和を守るため、魔物の討伐を有難う御座います」
ハイエルフ達から神が勇者に与えられた役目については聞いている。
その役目を遂行するため、その魂が何度も転生を繰り返しているという事も。
勇者は転生の度に前世の記憶を失うが、魂に刻まれた使命……つまり“世界に増えすぎる魔物を減らす”役目は、必ず全うするという。
だから勇者様とはオレなんかの“ちょい使い”では無く、正真正銘の神の御使い様なのだ。
オレはそんな勇者に誠意と畏敬の念を込めて挨拶をしたつもりだったのだが、その返答はどこか冷ややかなものだった。
「フン。白々しい。それにしても遅かったな? 随分楽しい旅だったのか?」
「えっと……どういう事でしょう?」
なんだか勇者の機嫌が悪い。オレの挨拶、なんか不躾だったか?
困惑するオレを勇者は一瞥し、そしてリーナの方に目を向ける。
「リーナ、15の成人を迎えたら、迎えに行くと言ったろう。共に旅立とうと約束したじゃないか! 何故、こんな勝手な旅に出た? 1月前お前に会いにノルマンを訪問したら、得体のしれぬ男と旅に出たと聞いたのだ。一体どういう事だ?」
……うん? ちょっと待て。
むしろオレがリーナに聞きたい。勇者様とそんな約束してんのに、なんでオレと来てんの!? 駄目だろ!
オレが言葉を失う程驚愕する中、リーナは毅然とした態度で勇者に抗議の言葉を放った。
「約束など私はした覚えはありません。勇者様、あの時も申し上げた筈。貴方と魔物討伐の旅をするにあたって、いち学生の私には荷が重すぎると。守られる事はあっても、お守りすることはできないでしょう。聖女イムとして選ばれた、私の妹なら話は別ですが」
お前の妹、聖女かよ!? 何でそんな大事なこと黙ってたの!?
顔を顰める勇者だが、リーナの言い分にも一理ある。
絶大なマナを持つ勇者と共に戦えるのは、絶大なマナを持つ聖女位だろう。
いかに世間で優秀と言われている魔法使いでも、種火を3秒灯すのが限界の力しかないなんて、D級の魔物の撹乱さえ出来ない。
だが勇者の討伐対象はD級どころかS級にまで及ぶ。
リーナをパーティーに組み込むなど、始めからおかしな話なのだ。
「それでも僕は君と共に居たいんだ。僕の命に代えても必ず僕が君を守り通す。聞いてくれリーナ。僕は聖女イムではなく君のことが……」
勇者の切な気な顔。
成程、理解した。
リーナの本心は知らないが、勇者はリーナに恋をしているんだ。
それを得体の知れない男に掻っ攫われ、旅の道中そいつ(オレ)とニャンニャンしてたとでも勘違いしてるんだろう。
「それは誤解です。勇者様」
察しのいいオレは、直ぐ様訂正しようと口を開いた。
だがその瞬間、凄まじい勢いで勇者に睨まれた。
「何? リーナへのこの思いが“勘違い”だと? 本当に無神経で野暮な男だなっ」
「いや、あの、誤解と言うのはそこじゃなくて……」
「黙れっ! 僕が間違いだと否定する前にお前の方はどうなんだ?!」
「お、オレ……ですか?」
「そうだお前だ。学園長様から聞いたがSS級の魔物の部位を持っていたそうだな? 普通の人間にそんな奴等が倒せるものか。どうせリーナを連れ出す為の理由付けに使った偽物だったんだろう? この詐欺師が!」
「ちょっと、待っっ、だから……違って!」
勘違いが雪だるま式に膨らんでいる気がする。
オレが必死にどこから訂正するか悩んでいると、突然辺りのマナがざわりと動き、オレの背筋に悪寒が走った。
「僕がお前の、その偽りの皮を剥いでやろう」
―――……“雷”。
不意にオレの脳裏にそんな単語が過ぎった。
と同時にオレは反射的に砂漠の砂で、一本の長い天を突く柱を目の前に作り上げた。
その直後、避雷針となったその柱に勇者の放った稲妻が直撃し、周囲の空気がパリッと震えると同時に耳を劈くような低い轟きが砂漠に響き渡った。
(……やべぇ。普通、いきなり攻撃してくるか?)
多分死にはしないものの、直撃すれば全身が痺れてしばらく動けなくなっていた筈。
ま、勇者の能力を考えれば、これでも随分手加減はされてるんだろうが。
オレは背筋に冷たい汗を感じながらほっと息を吐く。
そして辺りの様子に目を向ければ、突然の雷鳴に驚い馬を落ち着けようと、ジュリが嘶く馬の手綱を冷静に握っているのが見えた。
リーナの方はオレの出した砂の柱の魔法公式の分析に余念がない様子だ。
……うん。連れの女子共のメンタルが強すぎてビビる。
だがそんな中で、オレの馬達並みに驚いているのが事の張本人である勇者だった。
「なっ……僕の魔法が逸れた、だと?! 何故だ?!」
「何故って……動電気でも無いそんな雑な電流、避雷針があれば、そっちに行くに決まってるだろ」
あまりの初歩的な指摘に、ついオレの口調も雑になる。
「何を言ってる? いいだろう。今のは僕も手加減した。次は本気で行くからなっ」
や、待って。何言ってんすか?
勇者の本気にオレが適うわけ無いじゃないか!
オレは咄嗟に賢者の石を握り締め“対電熱特化の障壁”を展開した。
そして放たれる特大の稲妻だが……
―――バチーーーンッッ!!!
賢者の石で作り上げた障壁に掠る事もなく、また避雷針に落ちる。
………何がしたいんだ?
「なぜだ!?何故、当たらない!?」
いや、だから……
「お前一体何者だ!? その力、ただの人間ではないな! まさか、魔王の手先か!?」
「オレはガルシア。別に魔王ラムガル様の手先じゃあない。ま、とある件で感謝はしてるが……(魔剣ツヴァイ様を貸してくれた件)」
「な、なぜ教会でも一部の者しか知らない魔王の真名を貴様が知っている!? やはり貴様……っ、ふっ、良いだろう。魔人ガルシア、お前はここで僕が倒す!」
勇者はそう言って、聖剣ヴェルダンディ様を構えた。
いやいや。魔人じゃねーよ。
っつか何でリーナとの誤解を解こうとして、魔王様の手先の魔人になるんだ。意味分かんねぇ。
オレは呆れ果てて溜め息を吐いた。
ま、取り敢えずあの馬鹿の気の済むまで勝負してから、もう一度話し合うか。
ルドルフだって拳を合わせた奴とは皆ライバルになってたしな。
オレは気を取り直して勇者に宣言する。
「良いだろう! だがもしオレが勝ったら、魔物の種の絶滅は止めてくれないか。人に害の出ない程度に留めて欲しい!」
宣誓ついでに細やかなオレの欲望も混じえておく。
勇者の使命は魔物の討伐。
刹那的な感覚を持つレイス様は、多分10や20の種の魔物を勇者が絶滅させたとても、まったく怒りはしないだろう。
だけど、オレの楽しみが消える。
レイス様の生み出したあの芸術が、オレの知らない間にこの世から消え去るなんて切なすぎるのだ。
神に与えられたマナを持つ勇者に、ただの人であるオレが挑むのだから、もし勝てたらそのくらいのご褒美を貰ってもいいよな? いや、いい!
「ねー、勇者サマ? 魔物だってよく見ればカッコいいじゃないか。討伐は世界の平和の為に大切だけど、殲滅まではしなくていいとオレは思うんだっ」
オレは下心全開のプレゼンを試みた。
「流石魔人の言い分だな。だがそれは聞けない。あんな醜悪で害悪しか無いものは、1匹残らず滅ぼさなければならない! そしてあんな悍しい奴等を擁護しようという貴様は、今この場で僕が滅っしてやる!」
「―――は? 醜悪で害悪で悍しい……だと?」
刹那、オレは勇者の言葉にキレた。
レイス様の創造物が醜悪?
ふざけんなよ。あんな斬新で最新鋭、且つカッコイイ物なんか作ろうったってそうは作れないぞ!
オレにあのセンスがあったならと、どれほど心から願ったことかっ!!
「てめぇ、勇者だからといって加減しねぇぞコラ」
男には、時に信念の為に負けられない闘いがある。
オレは荷物袋から魔剣ツヴァイ様をスロリと出した。
そしてカチャッと中段に構えると、ふとツヴァイ様がオレに語りかけてきてくださった。
“―――ガルシアよ。貴様は弱いな。我の記憶にある技は貴様には使えんぞ”
そりゃ今までのツヴァイ様の持ち主がラムガル様なんだ。オレなんぞ比較されるのもおこがましいわな。
「イイっす。ハイエルフ達に教えてもらった使い方で何とかしますんで。自分、ツヴァイ様を持てるってだけでマジテンション上がるんで!」
若さも気合も漲ってくる。
“いいだろうガルシアよ。お前のお手並み、拝見といこう”
「な、なんだそれは……なんて禍々しい武器だ……」
「禍々しい言うなっ! コレが良いんじゃろがいぃ! 後これは“剣”だからなっ! “武器”で一括にして適当に流すんじゃねぇ!」
マジコイツ失礼っ! マジボコる! 覚悟しろよ、コノヤロウ!!!
ルドルフの好物は、カブト虫。
考えてた設定、過去に入れるの忘れてました。




