マリーちゃん
※現在の話は“最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】”の“プロローグ”から始まっています。また、それ以前の話は“裏話”となります。
《シアン視点》
「薬局のおじさんだ! こんばんわ!」
「薬局のおじさん! 遅かったんだね。もうね、皆スパゲッティ食べちゃった。でも安心して、シアンにねぇ……薬局のおじさんの、大好きな物作ってもらったの! ふっふっふー」
薬局のおじさんの姿を見るやいなや駆け出し、待ってましたとばかりにその足に縋りつく子供達。
……メチャクチャ懐かれてる。薬局のおじさんも、その懐かれぶりに困惑気味だ。
そして困惑と言えばこちらの方も……。
「き、貴様が“薬局のおじさん”だと!? 嘘を吐けぇ!!」
「何をした!? どんな魔術を使った!? 闇の黒魔術か!?」
「なる程……さては妙な薬を飲ませたというわけだな!? このっ、“薬局のおじさん”めっ! ジョーイを呼べ! すぐ様切開して、妙な薬品を取り除いてもらうのだ!」
「これは幻だ……でなければ、何をすればこんなに懐かれる!? 何をしたか言ってみろ! 今回ばかりはそれで許してやる!」
「煩いなぁ! 何もしてないよっ! 寧ろ僕が聞きたいよっ!」
完全に混乱して怒声を上げるこちら側と、子供達から温かい歓待を受け、困惑の悲鳴をあげる薬局のおじさん。
オレは笑いながらイヴに言う。
「なんで薬局のおじさんを呼びたかったか、教えてやれよ」
「うん。えっとねぇ、薬局のおじさんは恥ずかしがり屋さんだから呼んであげないと一人で来られないの。本当は薬局のおじさん、みんなと仲良くしたいんだよねぇー」
薬局のおじさんの目が据わった。
「……言ってない。……そんな事かけらも言ってない……。意味が分からない。どうなっているんだ子供の思考はっ……」
そーか。賢者でも分からんか。
オレは笑いながら、薬局のおじさんに声を掛けた。
「ま、ゆっくりしてけ」
◇
《イヴ視点》
「クロ君、お誕生日おめでとう。これは僕からの誕生日プレゼントだよ」
そう言って薬局のおじさんがクロに渡したものは、掌サイズの丸い巾着袋だった。
そしてクロがその巾着を開ければ、中から真珠の様な、真っ白な玉が出てきた。
クロが首を傾げる。
「これ、なぁに?」
「うん。これは【コア】と言う物だよ。危険なことが起こって、クロ君が自身を含めた何かを守りたいと思った時、もし力が及ばなかった場合に、この巾着ごと足元の地面に投げつけるんだ。そしたらきっと、それが守ってくれる」
「“およばない”ってどういう意味?」
「助けてほしいと思った時の事だよ。まぁ、御守みたいなものだね」
「ふーん……ありがとう」
クロは首を傾げながら頷いた。
まぁ、何に使ったらいいかよく分からないし、遊ぶものでも無さそうだ。
クロがそれを鞄の中にしまっていると、ふとシアンが薬局のおじさんに尋ねた。
「そういやさっきさ、ジルがすげぇ怒ってたみたいだが、なんかしたのか? ジルが怒るとこなんて、始めて見たんだが」
薬局のおじさんは首を傾げた。
「いや、何もしてないよ? ……まぁ少し話をしたかな。一人でいるとグラスを交わしてきてくれてね。とても良い人だったから、余計な揉め事に巻き込まれない様に、少しアドバイスをしたかな。後は……そう、娘さんからの頼まれ物を渡したくらいだよ」
「……そんなんで怒るようなやつじゃねぇぞ?」
「知らないよ。それが事実だ」
……薬局のおじさんは、やはり友達を作るのが下手くそなようだ。
平気そうに振る舞っているけど、きっと悲しんでいる筈。
だから私はクロの裾を引っ張って、薬局のおじさんを喜ばすために、調理台へと向かった。
◆
「「はいっ! 薬局のおじさん、どーぞ!」」
私達は声を揃えて、薬局のおじさんにふろふき大根の皿を差し出した。
シアンお手製の、そぼろ餡の載ったホクホクのふろふき大根だ。
私達は自信を持って、薬局のおじさんを見上げた。
「え? あ、ありがとう。本当に作ってくれてたんだね……」
……。
私達は自信を持って、薬局のおじさんを見上げた。
「……えーと? な、何かな?」
……。
……私達は自信を持って、薬局のおじさんを見上げ……シアンが楽しそうな笑顔で、薬局のおじさんに何か耳打ちした。
すると薬局のおじさんは、ちょっと棒読みだったけど、私の思っていた通りの事を言ったのだ。
「……わ、わぁー……ふろふき大根だぁー……」
よっし! 嬉しくて思わず笑ってしまった。
「はい、どーぞ召し上がれ!」
私がそう言うと、シアンとおじさんがヒソヒソと話し出した。
『う、嘘だろ? いいの? こんなモロヤラセでいいの?』
『いいんだよ。見ろあの笑顔。輝いてる……あの笑顔の全てはお前のもんだ。羨ましいなこんちくしょうが』
『何、嫉妬? 気持ち悪いんだけど……』
それでも薬局のおじさんは、仲が良さそうにシアンと話した後、綺麗な手付きでふろふき大根を食べた。
「相変わらず美味しいね。昔とちっとも味が変わってない」
「“お袋の味”見たく言うなよ。照れるだろう」
笑いながらシアンを褒める薬局のおじさんと、満更でもなさそうに笑うシアン。
とても仲が良さそうに見える。
―――だけど、やっぱり薬局のおじさんは、どこ寂しそうなままだった。作戦失敗だ。
「ねぇ、薬局のおじさん。食べ終わったら私達と遊ぼう!」
「やけに構ってくれるね。何をして遊ぶの?」
「んーとね、ダンス! イヴね、ぴょんぴょんダンスが上手なんだよ」
「……そ、それはちょっと……」
内気な薬局のおじさんは、ダンスが恥ずかしかったようだ。
その時ふと、薬局のおじさんが思いついたようにポツリと言った。
「あ、丁度いい遊び相手がいる。シアン、そこに直径高さ共に三メートルの円柱結界を張ってくれる?」
「イイけど、なんでオレ? 自分でやれよ」
「僕がやれば警戒する奴等がいるからね」
「なる程」
シアンはそう言いながらテーブルを寄せ、地面に木の棒でカリカリと魔法陣を描いていった。
何だろう?
私達や冒険者の人達が見守る中、シアンは大きな丸い魔法陣を完成させた。
「出来たぞ、これで良いか?」
「うんどうも」
薬局のおじさんはシアンに短く答えると、いつの間にか手に持っていた拳ほどの玉を、結界の中に投げ入れた。
その玉は先日湖畔で見た時のように地面に溶け、消えていく。
そして玉が完全に溶けたとき、突然魔法陣と、その上に円柱形の光の膜が青白く輝き始めた。
何だろう?
私がワクワクして見ていると、薬局のおじさんはその場所に向かって、誰かを呼ぶように声をかけた。
「おいで、マリー」
途端、光の筒の中で、小さな光の粒子が集まり始める。
そして光は、あっという間に人の形を取った。
それはジョーイさんと同じ金髪を持つ、私とクロと同じくらいの、お人形みたいに可愛い女の子。
クロ以外に私達くらいの子なんて、初めてみた。
女の子は私達の前に立つと、にこりと笑ってご挨拶をしてきた。
「こんばんは、マリーだよ」
「こ、こんばんは! 私はイヴ!」
「おれクロ! すごい……これも薬局のおじさんの魔法なの?」
「違うよ、マリーはマリーだよ」
マリーちゃんはそう言って、その場でくるりと回った。
薬局のおじさんも頷いて、補足を入れる。
「そう、マリーは“僕が作った空間の中のみ”に在れる者なんだ。そこから出る事は叶わない。だけどマリーはその空間内を自由にできるんだよ。イヴちゃんとクロ君は、マリー程自由にはできない代わりに自由に出入りが出来る。一緒にマリーと遊んであげてくれるかな?」
私達は即答した。
「「うんー!」」
私達が頷けば、マリーちゃんは嬉しそうに聞いてくる。
「じゃあ、何をして遊ぶ? ダンス? おままごと? シャボン玉?」
「おままごと!」
「シャボ……」
私が即答した後、クロが何か言ったけど、よく分からないまままた黙ってしまった。
マリーちゃんは頷き『いいよ』と言って、光で出来た画面のようなものを目の前に出した。
そして、マリーちゃんがその画面をすごい速さで指で弾いたかと思うと、何とそこにはシャボン玉を繋ぎ合わせて作られた、シャボン玉ハウスが出来あがっていたのだ。
私とクロは、思わず歓声を上げる。
「すごぉーい!」
「シャボン玉のお家って見たことない!」
そして後ろの方でも、シアンが驚いたような声を上げていた。
「凄いな、あれ、マリーちゃんが設計したのか?」
「そう、あの子にも構成権を与えてるんだ。キューブの複製であるあのウィンドで、大抵の物はつくりだせるよ」
「へぇー……」
シアンは感心しているけど、私だってシャボン玉は作れる。
私が内心でそう思って口を尖らせていると、マリーちゃんが光の筒の中で腕を広げて私達を呼んだ。
「一緒に遊ぼう!」
「「うん!」」
それから私達は、マリーちゃんといっぱい遊んだ。途中でクーちゃんとロゼも一緒になって、皆で遊んだ。
不思議なことに、シャボン玉ハウスで遊んでいる間、寝る時間になっているはずなのに、シアンが呼びに来る事は無かったし、私達も眠くなることが無かった。
そして私達は、すっかり薬局のおじさんに優しくしてあげることを忘れ、その晩五人で遊び尽くしたのだった。
お誕生日回編、今話で終了となります。
一人厄災に見舞われた者も居ましたが、概ね楽しいお誕生日会となりました!(;^ω^)
次話、現状登場人物のまとめと、今回の贈り物のまとめをぶっこむ予定です。
そして誤字報告を最近めちゃくちゃ頂いております。本当に感謝しております!ありがとうございます!!




