魔境(ジャック・グラウンド)に現れた異次元魔境⑤
前書き
※現在の話は“最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】”の“プロローグ”から読んで頂ければ一応分かるように書いています。また、それ以前の話は“裏話”となります。
飯とケーキを食い終わり、【ハウス】の奴らはリリーの店から酒をもらい、会場はちょっとしたビアガーデンパーティーとなりつつあった。
……また余談だが、食後に出されたガラムのケーキ。あれは、ヤバかった。
どのくらいヤバイかと言うと、多分あれが世に出れば、あのケーキで天下を取ることくらい容易いと、断言できるほどヤバかった。……まぁ、余談だ。
俺が遠目に光のカーテンの向こうに目を向ければ、そこで子供が【箱】に入っていた大きな卵を大切そうに撫でている。
……あれもヤバイ卵だ。
そしてその隣ではシアンが教皇様達に、涙目で怒鳴り散らしていた。
「……なんで!? ねぇなんでだよ!! 五歳児相手に本気はやめてって言ったじゃん!!」
「しかし『早いもの勝ち』と、卵がノリノリだったのですよ」
「馬鹿な……悪ノリを止める人はいただろう!? アインス様や先生達は!?」
「アインス様が止めるはずありませんよ。あ、そうだ。卵が孵った時用にと、この錫杖の鈴をお渡ししておきますね。シアン様の先生方から預かりました」
「……て、それ……【禊ぎの鈴】!? 何か見たことあると思ってたら……っ」
シアンはそう言うと、とうとう膝を突いて蹲った。
……あの何だかんだで“完璧超人”のシアンが、完全に翻弄されてる。
俺は悪い夢でもみているような気分になって、立ち上がると、ふらふらとした足取りでリリーちゃんのお店に向かった。
当然キツめの酒を取りに行く為だ。
リリーちゃんの店に入ると、俺は酒を物色した。
リリーちゃんは外で歌っているから、店内はドリンクバー形式になっていて、グラスやら氷やら酒やらを好きなように自分達で持っていくのだ。
俺は並べられた酒の中から、ワインとウイスキーを瓶ごと一本ずつと、グラスを纏めて3個程取り上げて店を出た。
グラスはなんてことない。ワイン用、ウイスキー用、そして予備用のつもりだった。
店を出て、先程のテーブルの席に戻れば、そこにはいつの間にか、見知らぬ人影がポツンと座っていた。
―――……誰だ?
俺はふと辺りを見回した。
別のテーブルを探したが、もうシアン達の側以外テーブルは空いていない。
ロロノアは今日の俺達のハウス内で、MVPに選ばれた為、他の各テーブルで引っ張りだこだ。
……まぁ、あの器用さといい、プレゼントを渡すタイミングといい、今日のアイツは本当に完璧だった。
あの泥団子の後、そして伝説級の宝物の前。それより前でも後でも絶対に駄目だったのだ……。
賑やかしいテーブルを一度見つめた後、俺は首を振った。
……もう少し一人で飲んで、気分を落ち着けたかった。
テーブルの人影はまあ……端の席だ。
俺も逆の端に座れば、相席しても別に話なんかしなくても良いだろうし、ヤバそうな奴なら俺は森の縁にでも移動して、ひっそり座ればいいか。
俺は様子を見ながら席に戻り、どちらにもシフトチェンジ可能な、不自然のない声を掛けた。
「は、初めて見る顔ですね。コンニチワ……」
ちらりと顔を上げたのは、茶髪の若い男。まだ学生か?
男は俺を見上げたあと、面倒臭そうに頷いた。
「あぁ、どうも」
……君子危うきに近寄らず。うん。俺はすみっコに行こう。もう、俺はすみっコで暮らそう。
そう思いすごすごと席を離れようとした時、若い男が何かハッとしたように立ち上がった。
「あ、すみません席が空いていたもので。もしかして貴方の取り席でしたか?」
「あ、いや、いいんだ。俺はすみっコが好きなんだ。すみっコが落ち着くんだ。そこが俺に許されたベストポジションなんだ」
「よく分かりませんが、そんなガチムチではゆるキャラになれませんよ?」
男はよく分からない事を言いながら立ち上がった。
「いえ、僕の方こそすみません。煩いのは苦手であの輪には近付きたくなくて……。遠い席といえば、他は住民の方々で賑わってましたし」
まぁ、あの輪に近づきたくないと言うのは、物凄く分かる。
男は自分の座っていた席をきちんと元に戻すと、俺に手を差し出し、笑顔で言った。
「こんないい場所にポッカリと空きがあるなんて、妙だと思ったんです。皆さんが貴方の為に、この席を空けていたというわけですね。勝手に座ってしまい、失礼しました」
男はそう謝罪の言葉と共に、実に誠実に俺に席を譲ってきた。
謙虚で礼儀正しい態度のこの男は、まだ十五歳〜十六歳程だ。
俺はふと、昔【ノルマン】でこのくらいの学生達を受け持っていた事を思い出し、反射的にその手を押し留めた。
「あ、いいんだ。他の席も空いてねぇだろ。こんなおっさんで良ければ、座ってくれてて良いんだ」
「いいんですか、ありがとうございます」
男はそう言ってニコリと笑った。
それから俺達は並んで席に着き、まだ来たばかりだと言うその男に、俺は余分に持ってきたグラスを差し出してやった。
「ウイスキーとワイン、どっちを飲む? ジュースがいいってんなら自分で取ってきてくれ」
「いえ、ではワインを」
そんな他愛無い会話から、俺達はぽつりぽつりと話を始めた。
「しかし誕生日会と聞いていたのですが、一体何なんでしょうね、ここは異次元ですか?」
「お前もそう思うか? だよなぁ。シアンの客が軒並みあんなんで、しかも誰も突っ込まねぇからさ。もう俺等の頭がおかしいのかと思ってたんだ……」
「いえ、おかしいのはあの化物達の方ですよ」
冷めた目でそう言い切った男に、俺はウンウンとうなずき、心の底に言いしれない安堵を覚えた。
「そうか。……正直よ、俺ぁ始め兄ちゃんの事を“あれ等”の仲間だと思って身構えてたんだ。……でもこっち側だったんだなぁ。いいぞ、飲め飲め!」
俺がそう言って、空になったグラスへ新しくワインを注いでやれば、男は困ったように笑った。
「俺はジルってんだ。兄ちゃん、名前は?」
「名前ですか? 僕の呼び名は様々なんです。その人によって違う名で僕を呼びますから」
少し悩んだ様子でそう言った男に、俺は笑って尋ねた。
「兄ちゃんはややこしい事言うなぁ? まぁいい。今日はここにはどういった名前で呼ばれた?」
男が小さく溜息を吐いたような気がした。
「―――はい。“薬局のおじさん”です」
【禊ぎの鈴】
※参照↓
“神は、救済の方舟を創り賜うた”
当時から、いずれこういう形で出すつもりのアイテムでした……(´・ω・`)やっと出た!




