魔境(ジャック・グラウンド)に現れた異次元魔境②
※現在の話は“最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】”の“プロローグ”から読んで頂ければ一応分かるように書いています。また、それ以前の話は“裏話”となります。
《ジル視点》
俺達の【樹】の住民達の組合であるハウス組合(シアンは除く)に、その日緊急指令が走った。
―――今晩七時、クロの誕生日会が行われる。
毎年大体10月頭に、シアンが細々とそんな事をやってるのは知ってた。
とはいえ、毎回そんな大っぴらなものではなく、俺等連合の連中もその日顔を合わせた奴だけ、菓子やらジュースやらを上げる程度だった。
だが今年は招集をかけられ、新たな条件が付け加えられたのだ。
―――食べ物は与えないで下さい。
まじかよ!? この【魔境】には食い物以外、ガキにあげて喜びそうな玩具など皆無だ。
しかもシアンの知り合いも呼ぶだと? あんな奴らの前で下手なもんやれるかよ!
俺達は唖然としていた。
そんな時だった。隣に突っ立っていた後輩のロロノアがボソリと呟いた。
「この前作ったサーベルタイガーのフィギュアがあったな。あれでいい……」
―――それだ!!
シアンが去り、ついでに何も知らないこの新参に事の重要性を教えてやった後、俺達はロロノアに詰め寄った。
……ま、みんな考える事は同じだったってことだ。テイマー協会の権威ラグナがロロノアの前に進み出て、ドスの効いた声で言う。
「おいロロノア、テメェふざけてんのか?」
「え、え? いや、何もふざけてなんか……一体何の事を……」
ガタイのいいヤロー共に詰め寄られ、比較的線の細いロロノアはキョドり気味に後ずさる。
「何が『サーベルタイガー』だ!? 使い回してんじゃねえぞコラ!!」
「はぁ?」
おどおどとしていたロロノアが、その言葉にポカンと口を開けた。
「クロの為に新品を今から作ってやってくれ。これは俺からの手間賃だ」
「な?」
そう言ってラグナに目の前に一枚の大金貨を突きつけられたロロノアは、目を見開いて妙な声を漏らす。
だがその時、他の奴らも動き出した。
「俺も相乗りさせてくれ!」
「私もだっ! 私からもとどうか連名にして欲しい!」
「わしは二枚出す! この前クロがワシに【キメラ】のシールをそれは得意げに見せてきたのだ! 【キメラ】にしてやってくれ!」
我先にと金貨を突き出す連合民共。……まぁ、俺もその一人なんだが。
ロロノアは『そんなの受取れない』と最後まで渋っていたが、早く作業にかかれと皆からせっつかれ、とうとう言われた通り部屋に戻って製作を始めたのだった。
◇◇
やがて日が沈んだ頃、そこは異次元へと変わり果てていた。
闇に灯されるのはきらびやかに輝く、妖精達の持つ魔法のランプや精霊達の魔法の光。
セッティングされたウッドテーブルには沢山の木の器が並べられ、少し離れた仮設コンロにかけられた巨大な鍋にはグツグツと赤いミートソースが湯気を上げている。
先程シアンは嬉しそうにこう言っていた。
『今日は、クロの好物のスパゲッティだよ!』
……そうか。パスタじゃなくてスパゲッティなんだな。
そう静かに突っ込めば『パスタよりスパゲッティーって言ってもらう方が、可愛いだろうがっ』とマジギレされた。
そんなシアンは今、パスタの麺を同じく仮設された調理台の上でせっせと捏ねている。
始めは子供達も手伝っていたが、今はもう飽きてしまったのか近くの地面で泥をこねて、謎の物体を作って遊んでいる。
「はいクロ! スパゲッティー屋さんだよ! スパゲッティどーぞ」
「わーい、おいしそうですねぇ。これはかるぼなーらですか?」
「うん? ……わかんない!」
「そう、いただきます。わぁ、これはきのこのスパゲッティですねぇ」
「……うん! そ~ですぅ!」
……子供の遊びってカオスだよな。ってか、なんでそこでパスタをこねてるのに、わざわざ泥団子作ってんだ?
俺が子供達をじっと見つめていると、不意に声が上がった。
「来たぞ、シアン。頼まれていたケーキを作って来た」
振り返ってみれば、そこには例のシアンの叔父が、大荷物を持って笑顔で佇んでいた。
シアンもすぐに、明るい調子の声を返す。
「あぁ、叔父さん。こんばんは! そして無理言ってすみません。どうしても二人が叔父さんのケーキを食べたいと言い出して」
「構わんさ。どこに置けばいい?」
「あ、すみません、今手が粉まみれでして……そのテーブルに置いてもらってもいいですか?」
「うむ。それからこれはクロへのプレゼントだ」
シアンの叔父が大きな箱をテーブルに置くと、もう一つの大きな箱を、クロに向けて軽く持ち上げて見せた。
シアンは笑いながら子供達に声を掛ける。
「クロ、ガラムおじさんが来てくれたぞ。もうすぐお誕生日会も始まるし、イヴと二人でそろそろ手を洗ってこい」
「はーい」
「あ、ちょっと待ってねクロ。はいこれ、誕生日プレゼントのねぇ、スペシャルドロのお団子!」
……さっきのパスタ(?)との違いがわかんねぇ。
「ありがとうイヴ! 父ちゃん、これ壊れない様にそっとしておいてね」
「分かったから行ってこい」
「うんー!」
クロがそう言って駆けて行った後、シアンは【固化】の魔法式を小麦の散る台に描き上げて掬い取ると、それを泥団子に投げ落とした。
……因みにあの魔法陣を完成させるには、俺は半年くらい普通に掛かるが、あれはシアンだ。もはや突っ込むまい。
それから間もなく手を洗った子供たちが戻って来たのだが、二人のすぐ後ろには、やはり大人ひと抱えくらいありそうな箱を持ったロロノアが、一緒に着いて歩いて来ていた。
クロが嬉しそうに、シアンに声を掛ける。
「父ちゃん! 見て! ロロノアさんにプレゼントで、お人形貰ったの!」
「おお良かったなぁ、クロ!」
喜ぶクロの手には、精巧で繊細な色を施された【キメラ】の陶器人形が握られていた。
「凄いな、ロロノア。これお前が作ったのか? 器用だな」
「いえいえ、シアン教授には敵いませんよ。後、それは僕ら【ハウス】の者たち皆からのプレゼントですので。確かに僕が作ったものですが、皆がいろんな意見や……その、後手間賃も下さいまして……」
「て……手間賃?」
シアンが驚いたように尋ね返せば、ロロノアは視線を泳がせながら声を潜めて言った。
「えぇ、締めて大金貨72枚程……。断ったんですけどね?」
……言うなよ。金で解決しようとしたみたいじゃねぇか。
シアンは一瞬何とも言えない表情をすると、クロにポツリと言った。
「クロ、落として割らないように気をつけろよ」
「うん!」
クロは得意げに頷いた。
またシアンは、更にロロノアに尋ねる。
「その箱はなんだ?」
「あぁ、分からないですが、そこにポツンと置かれていたんです。クロくんへの贈り物みたいだったので持ってきたのですが」
ロロノアがそう言って箱を差し出せば、シアンがそれを受け取りながら、リボンに挟まっていたメッセージカードを抜き出して読んだ。
「“くろへ。ハッピーバースデー。謎のドラゴンマスクより。”―――……ドラゴンマスク?」
シアンは首を傾げながらふと何かに気づいたように、メッセージカードに鼻を近づけ、匂いをかぎ始めた。
「……ラベンダーの……匂い? ……まさか……これ、ラベンダードラゴンのフィルか!?」
!?
「え!? ラベンダードラゴンって、伝説の【幸運のドラゴン】の事ですか!? シアン教授の知り合い!? 僕も会いたいんですけど!!」
「知り合いじゃねぇよ!? 寧ろオレも会いたいよ! 来てたのか!? あいつ、置き逃げして行きやがったのかぁっ!!」
そう、本気で空に向かって怒鳴るシアン。
ラベンダードラゴンとは、この世界の何処かにいるという、幻の神竜。
その体に触れた者は、理をも打ち破る程の幸運に見舞われるという噂だ。
てか、あり得ないだろ。
匿名の贈り物で、なんで第一候補でそれを思い浮かべるんだよ?
そんな事を俺が内心で突っ込んでいると、ふと会場の向こうから、住民達の色めき立つ声が聞こえた。
そしてそちらを見れば、清廉な笑顔を浮かべる美男美女がこちらに歩いて来ている。
シアンがまた嬉しそうな声を上げ、その客人を出迎えた。
「よぅ! マーリスにへメル、来てくれたのか」
「ええ、お久しぶりでございますシアン様」
「ふふ、風の便りを聞きましたよ」
そう言って微笑むのは、この世界に点在する【冒険者ギルド】のギルドマスター達を更に束ねる連合長、聖母マーリスだった。
そしてその隣を歩くのは、用心棒である風使いのエルフ、へメル。
マーリスは七年前突如として現れ、これまで争いの耐えなかった癖のある各ギルドマスター達を一手に纏め上げ、掌握しきった女傑。
美貌も度胸も申し分なく、清らかで包容力のあるその微笑を見た人々は、皆彼女を“聖母”と呼んだ。
聖母の登場に、シアンの側に立っていたロロノアが、すすすとこちら側にやってきた。
そしてひそひそと、俺に耳打ちする様に尋ねてくる。
「……先輩、あの人達なんか見たことあるんですが……」
「現実逃避すんな。どう見ても【聖母】だろ」
「……いや、何で【聖母】がここに? しかも今なんか、教授に“様”を付けて呼んでませんでした?」
「もうな、シアンの関係者にゃ、いちいち突っ込んでたらキリがねぇぞ」
―――……そう、キリがないんだよ。




