やばい。嘘でしょ? まさかの私のせい? byジョーイ
《シアン視点》
―――クロに噛まれたイヴの傷は、実に12針も縫う重症だった。
オレがイヴを抱えリリーの店に飛び込んだ時、店内に客の姿は無く、リリーと女医さんそしてルドルフが和やかに駄弁っていた。
だがイヴを見た女医さんはすぐに立ち上がると手当を始め、オレはその手当を見ながら事情を話した。
傷口を縫い合わせイヴの腕に包帯を巻く女医さんは、オレの話に滅茶苦茶怒った。
「全く! イヴちゃんにこんな怪我を追わせるなんて、監督不行届よ!」
「すまん……いえ、すみません」
もうこれしか言えない。
女医さんは眉間に皺を寄せながら、イヴにもキツイ口調で注意をする。
「ねえイヴちゃん。シアンが入っちゃだめって言ってたはずよ? どうして入ったの?」
イヴは戸惑った様に少し考え、真剣な顔で一生懸命答えた。
「……えっとねぇ、椅子を寄せて柵を乗り越えて、扉を開けて入ったの」
「……」
うん。……まさかここで経路手段の報告。
オレはその答えに癒やされた。
女医さんもおそらく癒やされたはずだが、鉄の精神力を以って無表情にイヴに尋ね返す。
「……うん。『どうして』って言ったのは、どうしてそう思ったのかその考えを聞いたのよ」
女医さんは相当怒っている。
オレだけじゃなく四歳児相手にも深く切り込んでいく気だ。
だけどオレはあれ程頑張ったイヴを責めさせたくなくて、困ったように首を傾げるイヴのフォローに回った。
「イ、イヴはルドルフと遊んできて、テンション高めだったんだよな。そのままの勢いで、思わず入っちゃったんだよ……な?」
オレがイヴに話を振れば、イヴはパァっと嬉しそうな笑顔で頷いた。
「うん! 楽しかった。そしてルドルフが『クロはお腹が空いて辛い思いをしてる』って言ってたから、優しくしてあげようと思ったの」
女医さんは溜め息と共に首を振る。
「全く、ルドルフ様は何を吹き込んでいるのやら……」
女医さんに怯えているルドルフは、ドキドキしながら沈黙していた。
女医さんは手当の仕上げに、包帯止めネットをイヴの傷口に被せると、イヴの小さな手を握りしめて言った。
「いい? イヴちゃん。“クッキーをお布団で食べた時”に分かったはずでしょう? 危ない事はしないで。約束を破っちゃ駄目なのよ」
クッキー?
オレはふと考え、ふとクロの手術を決めた夜の出来事を思い出した。……なる程、女医さんは女医さんなりに、こうならない様に手を打つつもりで、あんな事をしたのか。
オレがウンウンと納得しながら聞いていると、イヴも『あぁ』と思い出した様に頷き、何か報告でもするように女医さんに言った。
「あ! あのねジョーイさん、私ね“お姫様”になったよ!」
「?」
……お姫様? オレ達は首を傾げる。
まあイヴは間違いなくお姫様だが、この流れからすれば突拍子も無い。
女医さんも呆れたように、イヴに言い聞かせた。
「うん……お姫様でも好き勝手やっちゃ駄目よ。お姫様こそ節度を守って……」
「私ね、王子様じゃなかったけど、ルドルフに“遠乗り”に連れて行ってもらってね『自分の小ささと、世界の大きさを思い知った』の」
……何か、何か哲学的な凄い事を言い出した。
「お姫様は『見た目にとらわれないで、優しくしてあげる』の。クロがイヴを噛んだのもね、しんどいからだってちゃんと分かったよ。それに優しいお姫様に私はなったから、シアンと遊べなくてもね、我慢することにしたの」
「?」
……待って? 話の繋がりが見えない。
オレは突拍子も無いイヴのそんな言い訳に、また女医さんが怒り出すんじゃないかと、ハラハラしながら視線をチラリと向けた。
しかし女医さんは何故か目を見開き、言葉もなく唖然と息を詰まらせていた。
イヴは相変わらずマイペースに首を捻りながら、女医さんに尋ねる。
「……でもねなんで【スノークイーン】は、閉じ込められてたのに世界の大きさを知ったのかな? 王子様はなんで……」
―――ッガタっ!!!
突然女医さんが、凄い勢いで立ち上がった。
「手当は終わりよっ! シアン、イヴちゃんに夕食をご馳走しておくから、クロくんの様子を見てきてくださる!!?」
「へ?」
何故かすごい剣幕で女医さんはオレに話を振ってきた。
「え? いいのか? でも……」
「いいからっ! 急いで!!」
「あ、うん」
オレがあまりの剣幕に後退り、店内のメンバーに目を向ければ、イヴは『いいよ!』と元気に頷いてくれて、リリーは何やらニヤニヤと笑っていた。
「な、なんだ?」
訳が分からず、それでも踵を返して扉へ向かえば、背後から楽しげな声が聞こえてきた。
「じゃあ、イヴちゃん♡ ジョーイさんがご馳走してくれるらしいけど何が食べたいかしら?」
「んーとね、かりあげ!」
「唐揚げね、分かったわ♡ じゃあジョーイさん。お金では無く現物支給と言う事で、そこら辺から雉をニ、三羽捕まえてきてくださるかしら?」
「……え……でも私、動物が苦手で……」
「あらーん、残念♡ じゃあルドルフ様にお願いしましょう♡」
「おお、いいぜ。ちょっくら行ってくら」
「ありがとうございます♡ じゃあジョーイさんは待ってる間に“王子様とお姫様のお話”でも、詳しく聞かせて頂ける?」
「なっ、いいえやっぱり私が行くわ! 待っててねイヴちゃん。私が行きたいです! いいえ、行かせてくださいっ!!」
そして女医さんはオレを追い越し、何故か涙目で夕闇の迫る森へと急ぎ足に消えていった。
……何だったんだろう。
まぁいいや。それよりクロだ。
◇◇◇
「イヴ! お待たせ、風呂入ろっか」
オレはクロに夕食を食べさせた後、またリリーの店の扉をくぐった。
日が沈んで間もなく、七時前くらいだろうか。
だが店内に声をかけた瞬間、オレは目の前の光景にギョッとして思わず足を止めた。
※この世界にポーションやヒールは一応ありますが、身体に負担が掛かるとされ、基本“戦闘時”や“一刻を争う命に関わる時”などにしか使われません。
負担無しで回復してあげられるのは【聖女】と【天使長】と【創世神】くらいと、補足させていただきます。
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