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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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クロの幼少期の闘病生活

※現在の話は“最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】”のプロローグから読んで頂ければ一応分かるように書いています。それ以前の話は全て“裏話”となります。

 《シアン視点》


 イヴとルドルフを見送ってから、オレは一人で少量のスープを啜った。

 食欲は無いが『何か腹に入れとけ』と言っていた女医さんの助言に従っただけの作業的な昼食だ。


 一人きりとなった家の中で耳を澄ませば、自分の心音よりもっと小さな音がクロの部屋から聴こえる。


 ―――カリカリカリ……ミシッ……ミシッ……カリカリカリ……


 延々と続くその音。

 オレはたまらなくなり立ち上がると、また女医さんから預けられたローブを頭から被る。

 そして手袋をぎゅっと嵌めたとき、女医さんの言葉が、ふと戒めの様に脳裏に蘇った。


 手術後間もなく、女医さんはいくつかのアイテムをオレに渡してきて言ったんだ。



『―――いい? よく聞いて、シアン。直接食物からマナを吸収出来るようになったクロくんは、飢えにまかせて身体に収まりきらない量の食べ物を欲しがるわ。部屋に鍵をかけておいて頂戴』

『鍵? 拘束するってことか?』

『致し方ないの。飢えたクロくんはマナの含まれるあらゆる物を食べようとする。この世のすべての物には多少なりともマナが含まれてるの。だから木や布団、食事だって皿までかじるわ。まあ胃袋や歯はそんなもの食べるように出来てはないから、危険そうなら止めてね』


 そして女医さんはグレーのローブと長い手袋をオレに差し出しながら言った。


『そして今後クロくんに、貴方以外の接触は禁止よ』

『イヴも?』

『ええ、勿論。なぜなら、クロくんを隔離しなければいけない一番の理由が“人間の味を覚えさせない為”だからよ。今後クロくんのお世話をする貴方も、万が一にも齧られないようにこの防具つけてお世話をしてね。これはハイエルフ様達に編んで頂いた【銀綿の胸当て】と、【銀綿の手袋】。素材はミスリルだけど柔らかく加工してあるからクロくんを傷つける事は無いし、子供の歯なんて絶対に通さないわ』


 オレは頷き、一見では鞣した柔らかい革製品の様なその防具を受け取った。

 女医さんは更に小さな巾着袋を取り出すと、中から掌サイズのガラス玉の様な物を出して言った。


『それからこの【コア】も預かって来たわ。これを部屋に置けば、部屋は飢えた彼を絶対に外へ逃さない為の【檻】になる』


 【コア】とはこの世界に【ダンジョン】を生み出すレアアイテムだ。

 オレはやや驚きながらも、それを受け取った。


『……嬉しいけど、皆どんだけ手回しが早いんだ? まだ情報公開してから四日しか経ってないぞ?』


 女医さんはニコリと微笑みながら、オレにだけは手厳しい解説をくれた。


『貴方が“情”に流されて、後手後手に回ってるだけよ。それに何故か、貴方の知人達は【喰らう存在】に物凄く敏感みたい。皆、我先にと手を貸してくださったわ』

『……』


 納得するしか無かった。



 そんなやり取りがあったのは、十日前。

 手袋をしっかりと嵌めたオレは、扉に付けた魔法のパスワードを解除すると、四錠の鍵を外した。

 そしてそっとドアを押し開ければ、あの音が一層響いて聴こえた。


 ―――カリカリカリ……ミシッ……ミシッ……カリ……


 クロがベッドの上に蹲りながら、一心に木製のベッドフレームを噛み続ける音だった。

 ふとベッドの縁を囓っていたクロがオレに気づき、嬉しそうに顔を上げて笑いかけてくる。


「父ちゃん、ご飯の時間!?」


 クロの部屋にはベッドしか置いていない。

 だがその木枠は歯型まみれになり、布団も裂けて綿が飛び出している。

 オレはクロに首を振りながら答えた。


「まだだよ」


 途端クロの目に、絶望の色が浮かび口を尖らせ抗議を上げる。


「えー、腹減ったよ」


 オレはクロに近づくとベッドの縁に腰を降ろし、クロの頭を撫でながら駄目な理由の説明をした。


「そうだな。だけどこれ以上食べたら、お腹に入り切らなくなっちゃうから。さっきのだって、大人二人前の量があったんだぞ」

「大丈夫だよ。おれもっと食べられるよ。腹減ったんだ」

「そうだよな。……そうだ、何か気の紛れる事でもしようか。絵本はどうだ? パズルもあるぞ」


 俺はそう言って、部屋の外から持ってきたクロの一番のお気に入りの絵本を見せ、ローブのポケットからルービックキューブを取り出した。

 だけどそれを見たクロは、怒りに任せそれらをはたき落として叫んだ。


「要らない! 腹減った!!」

「……そうだな」


 クロはそれから暫くオレを睨んでいたが、突然ふと思い立ったようにベッドから飛び降りると、落とした絵本を拾い上げた。

 そしてそれを口に運び、咀嚼を始める。


「クロ、それは食いもんじゃないだろ?」


 オレがそう言って端の破れた絵本を奪い取れば、クロは今度は泣きながらオレに飛びついて来てきた。


「返してよっ! 腹減った! 腹減ったの!!」

「そうだよな……可哀想になぁ……辛いよなぁ……」


 膝にすがりついて泣きながら怒るクロを、オレは撫でた。

 だけどクロはそんなオレ手をすり抜け、肩車をねだる時のようにスルスルとオレを登り始める。


 その動きに、ふと口癖のように言ってたクロの言葉が脳裏に蘇った。


『―――イヴを抱っこしてあげて。おれは肩車が好きなの』


 ……オレは知ってた。本当はクロも抱っこが好きなんだ。

 だけど優しいクロは、いつもそう言って我慢してイヴに譲ってた。

 優しさで譲り続けて、そうしてオレにうまく登れるようになったクロは今、オレに牙を向いてオレを喰う為に、スルスルとオレの顔面目指して登ってくる。


「があぁぁっ!!」


 ―――まるで獣だ。


 だけど所詮は四歳。オレが少し身体を捻ってやれば、クロは足を滑らせポロリと落ちた。

 オレはクロを抱きとめ、もがくのを力で押さえ込み抱き締める。

 クロは泣きながら、オレの腕から抜けだそうと暴れた。


「腹減った……腹減ったよぅ……父ちゃん腹減ったよぅ……ッふぅ……腹減った腹減った腹減った……うぅ……」

「うん。分かる。聞いてる。聞いてるよ。辛いなぁ、頑張れ、……頑張れよ、クロ」


 クロは暴れるのをやめ、オレにしがみついてグレーのローブを唸りながら噛み始めた。


「フウゥッ! うぅ、グウゥッッ!」



 ―――いっそ、オレを食わしてやれればいいのに……。



 そう願わずには居られないほど、辛かった。

 いや、違うな。


 ……辛いのは、クロなんだ。




 ◆◆◆




 暫くそうして、ふと扉の向こうに人の気配を感じた。

 イヴが帰ってきたんだろう。

 窓に目をやれば、射し込む光の位置が随分変わってしまっている。

 クロは相変わらずローブに歯を立てていて、オレはそんなクロをずっと撫でていた。


 イヴはオレがクロの部屋に入る時は、必ず灰色のローブを着て入る事を知っているから、部屋の外にローブが吊るしてなければオレがどこにいるか分かるはずだ。


 オレはクロが噛み切れないローブに食らいついた歯が緩むタイミングを待った。

 イヴにお風呂に入れてやらないといけない。

 ルドルフと何をして遊んだのか聞いて、それから一緒に遊べなかった事を謝る。

 いきなりクロと遊べなくなって、イヴだって困惑してる筈だ。なるべくいつも通りの態度で出迎えてやらないと……。


 オレがそんな事を考えながらタイミングを見計らっていると、視界の片隅ですすすと部屋の扉が勝手に動きだした。


 ―――何だ?


 オレが呆気にとられ扉を見つめていると、扉の後ろからヒョコリとイヴが顔を出した。


 ―――え? 何でイヴ? 柵は? ここには入っちゃ駄目だって言ってたのに……。


 目の前の事が信じられず、多分幻だと思いつつ頭の中でぐるぐるとその事態について考えていると、イヴはニコリと笑って扉から飛び出して来た。

 そして場違いに明るい声で、イヴは言った。


「ただいまシアン! それからクロ、久しぶりだね!」


 ……幻じゃない。


 背筋に冷たいものが走った。


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