骨髄ドナー
※長くなってきたので、“最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】”のプロローグから読んで頂ければ一応分かるように書いています。それ以前の話は全て“裏話”です。
《イヴ視点》
私とクロはルドルフの背に登って、そのサラサラでふわふわの鬣でこちょぐりあっていた。
ルドルフの毛並みは本当に良い。だから私は、ルドルフが大好きだった。
ふわふわの鬣を私達が満喫していると、シアンがやってきてルドルフと話を始めた。
「よお、ルドルフ。久しぶり。どうした?」
「女医さんに頼まれごとよ。クロスケの奴、えらいことになってるみてぇだな」
「あぁ……うん……」
シアンはやっぱり元気がない。
いつもならルドルフが来れば、シアンは飛び上がって大喜びする。
ルドルフはそんな反応の薄いシアンを励ますように、声をかけた。
「まぁ、そんな顔すんなよ。俺も力貸してやるからよ」
シアンが首を傾げると、すかさずジョーイさんが声を上げた。
「ですからルドルフ様、貴方の力は今回は不要ですと何度も言っていますでしょう!」
だけどルドルフは上機嫌でしっぽを振りながら言った。
「いーからいーから」
……しっぽをパタパタと振るルドルフは可愛い。
シアンはそのやり取りが、いまいちわからない様子で声をかけた。
「一体何の話だよ。ルドルフ、今回は女医さんの指示に従って欲しいんだが。余計な事ならしないでくれよ?」
「ちっ、余計な事じゃねえよ。この俺が直々に骨髄を提供してやろうってんだよ」
「……ん?」
骨髄……ジョーイさんから聞いたことがある。確か、骨の中にある、身体を巡る血を作り出す部分の事だ。
ジョーイさんはヤレヤレと頭を振りながら、眉を寄せるシアンに説明した。
「クロくんへの骨髄提供者を募ってもらえるように、ルドルフ様に頼んだのよ。条件は“MP十万以上の【魔獣】”。適合調整はこちらでするから、種別問わずで依頼したのよ」
「ほら、問題ねぇじゃねえか。俺ゃ五百万超えだぞ?」
「【魔獣】ではありませんでしょう!?」
苛立ちを募らせながら、ジョーイさんは言い返した。
シアンは困ったように笑いながら、ジョーイさんを宥める。
「せ、……“聖獣”でもさ、当人の同意があれば傷付けても【神の呪い】は発動しない。まあ、成分調整出来るならそれでも問題は……」
「……麻酔は無しですけど……宜しいですか?」
「「え?」」
ポツリと言ったジョーイさんの言葉に、シアンとルドルフは声を揃えてジョーイさんを二度見した。
ジョーイさんはものすごく面倒臭そうに解説を始めた。
「つまり聖獣って生き物は、ホントプライドが高くてサンプルを取らせてくれないのよ。だからその生体は謎。合う薬なんて作れる筈も無い。知ってると思うけど薬ってのは毒を調整してその効果を生み出すの。今日の明日で薬作れって? そんな時間あるわけ無いでしょう? まだ準備だって山程あるんですけど? まぁ、出来て気休めのハーブ? 素敵な香りに包まれて、骨に針刺されて抉られるの? なに、ドMですか? だから魔獣って言ったんですけど??」
「……」
「……」
いつものジョーイさんとは明らかに違うその雰囲気に、シアンとルドルフは黙って顔を見合わさた。
だけど次の瞬間、ルドルフはガツンと蹄を鳴らして吼えた。
「おっ、おう! そんなもん俺にゃ屁でもねぇぞ!? ビビると思ったかコノヤロー!!」
「お、おい無理すんなよ!? 多分めちゃくちゃ痛ぇよ!?」
「上等だオラっ! 俺はなぁ、コレまで折られた骨なんざ軽く数千本超えてんだよ!」
「どんな自慢だよ!?」
「それにな、麻酔なんかナヨナヨしたモン誰が使うかっつーんだ。頼まれたってゴメンだ馬鹿野郎がぁ!!」
最早『やっぱりイヤだ』と言えない様な、自分の首を締めるだけの暴言を吐きまくるルドルフ。
私は注射が嫌いだから、ルドルフは本当に凄いと思う。
ルドルフに律儀にツッコミを入れていたシアンが、ハラハラとルドルフを見つめる中、ジョーイさんはポケットからすっと私の腕くらいありそうな注射器を取り出した。
……どうやってあのサイズの物が、ポケットに収まっていたんだろう? ジョーイさんのポケットは、不思議なポケットだ。
そしてジョーイさんはその注射器を構えると、私とクロに笑顔で言った。
「二人共少し降りてくれる? ルドルフ様がどうしても、お注射をして欲しいらしくて」
……優しそうなその笑顔に、私達は寒気を覚えた。これはあれだ。シアンが怒ったときと同じ顔をしている。
私達は素直にルドルフの背から滑り降りた。
ルドルフは、穏やかな笑顔で歩み寄るジョーイさんを見て後退る。
「え? ちょ、な、なんのつもりだそりゃ……待て、手術は明日だろ?」
「ええ。成分調整の為の調薬の計算を、明日までにしなくちゃいけないのです。なので事前に少し頂く必要があるのですよ」
「く、クロスケのは!?」
「そんなのとっくに頂いておりますわ。昨晩のぐっすり眠ってる内にササッとね」
ジョーイさんの言葉に、クロは少し驚いた顔をしたけれど、直ぐに拳を握りしめるとルドルフに言った。
「そうなの!? だったら大丈夫だよ、ルドルフ! おれ全然痛くなかったから!」
「なっ、そ、そりゃお前、麻酔されてたから……」
ルドルフがクロがに何か言おうとした時、ジョーイさんが目を細め、口を吊り上げてニヤリと笑った……気がした。
「ナヨナヨしい麻酔なんて、要らないんでしょう? 決闘時みたいにアドレナリンも出てないでしょうけど……頑張ってくださいまし?」
―――ドグシュ。
……この一件以降、ルドルフはジョーイさんを怯えるようになったのだった。
ジョーイさんはルドルフの背中から、注射器2センチほどの液体を吸い取ると、栓をしてまたポケットにそれを仕舞った。
私の腕ほどもある注射器が仕舞われたポケットにはやはり膨らみはない。うん。やっぱり不思議なポケットだ。
ルドルフは脚をガクガクとさせ、今にも倒れ転けそうになりながら呻く。
「くぉ……おぉぉおぉぉ……っっ」
「流石は獣王ルドルフ様。悲鳴などお上げにならないですね」
「あたっ……あた、あたり……前だ!! 漢にっ、二言はねえぇぇ!!」
「だ……大丈夫か? ルドルフ、産まれたての子鹿みたいになってるぞ?」
「子鹿言うんじゃねぇ!! ―――〜〜っっくおぉぉおぁぁぁっ……」
そうルドルフは否定したけど、その姿は間違いなく産まれたての子鹿ちゃんそっくりだった。
ジョーイさんはそんなルドルフに、深く頭を下げ言った。
「ありがとうございます。明日の明朝、施術を開始する予定でございます。先程の三十倍程の量を頂く予定ですので、どうぞ本日はごゆっくりお休み下さいまし」
「まじか……」
その言葉にルドルフは呆然と呟いた後、とうとうその膝を折ってその場に倒れ込んだ。
悠々と去っていくジョーイさんと、慌ててルドルフに駆け寄るシアン。
「だっ大丈夫かよ!? いや、嬉しいけど無理だろ!? 今からでも別の奴連れて来いよ!」
「やるつったらやるんだよ! テメェは引っ込んでろ……くおぉ……っ」
「な、何でそこまで……」
必死で立ち上がろうともがくルドルフに、シアンがそう言いかけた時、ルドルフは俯き吐き捨てるように言った。
「っんなの決まってんだろ。俺も昔、テメェに同じ事をやったからだよっ!」
一瞬、シアンの目が見開く。
「今のテメェの気持ちが分かるんだよ。……だから、手伝わせろ」
「いや、でもオレは気にしてねぇよ?」
「ソレでもだ!」
ルドルフはシアンを睨みながら怒鳴った。
……シアンとルドルフの間に何があったのか、私は知らない。
だけど、時々私達すら入り込めない、強い絆を感じる事がある。
絶句したシアンをじっと睨んでいたルドルフだけど、突然ふいと視線を逸らせると、照れ臭そうに呟いた。
「まぁそれ抜きにしても、ダチに手を貸すのは当然だしな」
ルドルフのその一言に、シアンは一瞬噛み締めるように沈黙し、それから何も言わずただ笑った。
―――……それは今日始めて見た、シアンの笑顔だった。
◇◇◇
《シアン視点》
―――翌日明朝、クロの手術は予定通り始まった。
治療室となったのは、リリーの宿屋だった場所だ。
そこをリリーの兄弟姉妹達が、女医さんの指示に従って手早く改装し、必要な物資を運び込んでくれた。
そして物資と共にここにやって来たのは、女医さんの“師匠”。
その人は話を聞くやいなや、女医さんの助手を買って出てくれたと言う。
オレは祈る様な気持ちでクロを見送り、クロは『大丈夫だよ』と笑顔で言うと、女医さんと共に扉の向こうに消えて行った。
手術はまる一日に及び、その間オレはイヴを膝に乗せ、本を読み聞かせながら只待っていた。……過ぎる時間が、やけに長く感じた。
―――他でもない、オレがこうすると決めたのだ。
だけどその日、オレがクロしてあげられる事は、何もなかった……。
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種別 半獣人 [属性【聖】【魔】]
名前 クワトロ
Lv 1
〈状態〉 飢餓 スリープ
職業 未測定
HP: 2/8
MP: 21/52,969
筋力:3
防御:1
敏捷:10
知力:4
器用:2
魅力:8
幸運:81
スキル【なし】
称号 【なし】
加護 【獣王の加護】
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【神の呪い】→※“神は、聖獣の殺しの禁忌に、絶望の呪いを約束し賜うた”参照です。




