獣王ルドルフ
※長くなってきたので、
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
のプロローグから読んで頂ければ一応分かるように書いています。それ以前の話は全て“裏話”です。
《イヴ視点》
私はパンの皮を、ちびちびとかじりながらシアンの話を聞いていた。
クロがシアンに尋ねる。
「どこの手術するの?」
「お腹だよ」
「おれ別にお腹痛くないよ?」
「うん、それでも。……元気でいる為なんだ」
「おれ元気だよ」
クロがそう言えば、シアンは何処か悲しそうな顔でクロの頭を撫でた。
「そうだよなぁ……オレもそう思う。でもな、女医さんと話をしてさ、そうした方がいいってオレ、思ったんだ。―――……っごめんなぁ」
スプーンに持ち替え、ベーコンのスープを飲もうとした時、クロが驚いたような困惑の声を上げた。
「父ちゃん、なんで泣いてるの?」
「!?」
私はスプーンを取り落としてしまったけど、気にせず顔を上げる。
「ごめんな……本当は、手術なんかさせたくないんだけど……オレ……どうしてもさ、クロが大好きなんだ。……だから、ゴメンなクロ」
シアンがクロの頭を撫でながら、ボロボロと泣いていた。
シアンが泣いている所なんか、初めて見た。
クロもどうしたらいいか分からないのか、慌ててシアンに声をかける。
「いいよ! 大丈夫だよ、父ちゃん。おれ元気になれるなら、手術するよ。もっと元気になりたいって、今ちょうど思ってたところなの! だからっ……」
……そうか。シアンはきっと、手術が怖いと思ってるんだ。
そしてクロが痛い思いをするのが悲しいんだ。
私も、シアンに声をかけた。
「そうだよ、シアン。泣かないで。クロはねぇ、男の子だから強いんだよ。後ね、ジョーイさん手術上手だから、どんな手術も上手にしてくれるから怖くないよ。ねぇ、クロ」
「うんー!」
だけど私達が何を言っても、シアンは泣いてばかりいた。
「っゴメンな……」
私はどうしていいか分からなくて、シアンのマネをする事にした。
椅子から飛び降り、シアンの椅子へよじ登る。
そして落ちない様にシアンの肩に掴まりながら、その頭を撫でてあげる。
「泣かなくってもね、いいんだよ。いいこだねぇ」
そう言いながら、シアンが泣き止むまで頭を撫でてあげた。
◆◆◆
《シアン視点》
こみ上げるものに逆らい切れず一通り無様に泣いた後、オレは二人とロゼを連れ立って、森の奥の湖畔に散歩に出かけた。
澄んだ湖の浅瀬で楽しそうに水遊びをする二人を見ながら、ふと女医さんの言葉が頭を過った。
―――人間のままで、生を終わらせる可能性もある。
オレは溜息を吐いて頭を振ると、大声で二人に呼びかけた。
「帰るぞー! 二人共ォー!!」
「はぁーい」
「父ちゃん楽しかった! また来たい!」
「うん、……また来よう」
なんの疑いも無く、オレの両手を繋ぐイヴとクロ。
オレは頷いて、歩き始めた。
暫く歩いたところで、イヴが身を乗り出してクロに声を掛けた。
「そうだクロ。女医さんに貰った、クロのキラキラシール見せてよ!」
「いいよ! おれの一番大事な宝物だよ」
そう言って立ち止まると、クロは自分のちいさな肩掛け鞄からキラキラとアメジスト色に輝くシールを取り出した。
「わぁー! きれーだねぇ、カッコいい!」
喜ぶイヴに、オレが肩にかけた籠からひょっこりと頭を出したロゼが言った。
「あ、思い出した。それ【キメラ】だ」
「ロゼも知ってるの?」
「うん、デュポソって仔がね、動物好き過ぎて造っちゃった仔なんだよねぇ。その愛と熱意に負けてね、僕も思わず応援しちゃったんだ」
懐かしげにウンウンと語るロゼ。
イヴは尋ねる。
「なんの応援?」
「魔物誕生の応援だよ。キメラはね、デュポソから歪ではあったけど、深い愛情を受けて産まれた。だから応援したんだ。……と言うか怒ったら可哀想でしょ? デュポソもキメラも、きっと泣いちゃうよ」
ふとオレは、キメラ誕生の一幕を思い浮かべた。
己の全てを投げ打ち、死して尚その妄執で以て神々に直訴した男“デュポソ”。
そんなの普通に考えれば、生への冒涜だとオレは思ったんだ。
だけど神々はもっと深い所で、デュポソのその願いと愛情を、ちゃんと見ておられたんだろう。
……そんな事をふと思った。
クロが興味津々でロゼに尋ねる。
「キメラって、本当にいるの!? どこにいるの?」
「そんなの知らないよー。始まりのキメラは【自由の翼】を持ってるからね。デュポソの願いが神の心を動かして、神はキメラにあげたんだ。だから幸運のドラゴン並に、捕まえるのは困難だよ」
「捕まえるんじゃないよ。見たいだけだよ」
「ムリムリ。キメラは誇り高いんだ。ルドルフにも下らなかった孤高の王獣だもの。まっ、きっとどこかで楽しく暮らしてるんだよ。まだ死んだって話は無いんでしょ? シアン」
「あぁ、聞かないな」
「えー会いたい」
口を尖らせるクロに、ロゼはフフンと笑った。
―――親の愛が生んだ、誇り高い王獣か……。
オレはロゼの話に耳を傾けながら、嬉しそうに返してもらったシールを眺めるクロの頭を撫でた。
そしてふと思い立って言う。
「抱っこしてやろうか? クロ」
「うんー!」
クロはすぐに嬉しそうに、両手を広げ飛びついてきた。
だけどすぐに、その腕をイヴが引っ張る。
「イヴも! イヴが抱っこ!」
「……ごめんな、今日はクロが特別な日なんだよ。今日だけ、我慢できないかな?」
「出来ない!」
「いいよ、父ちゃん。オレは肩車がいいから、イヴを抱っこしてあげて」
そう言って、慣れた動きでオレの肩に攀じ登ってきたクロ。
……ちょっと、また、泣きそうになった。
◇◇
樹に帰り着いたオレは、また樹の住民達が人だかりになっている事に気づき、その原因に気付いたとき、オレはビクリと凍り付いた。
「よう、シアン。邪魔してるぜ」
そこに居たのは、馬より一回り大きい程度の体躯をした黒麒麟のルドルフだった。
ルドルフはこの世に二つと無い、黒い毛皮を持つ聖獣だ。漆黒のボディーに風が無くとも靡くほど滑らかで柔らかい鬣。二本の角や蹄からは、煌々と銀色の炎が溢れ出している。
本来のルドルフの姿は、今の三倍はデカイ体躯なのだが、マナ調整と筋肉収縮を行い、人前に出るときは小さくなってくれているのだ。
そしてまあ、いろいろ訳あって、現在何故かオレが主従契約したと言うことになってる。……だが、間違っては行けない。テイムは(仮)であり、力も格も間違いなくヤツの上だ。
と言うのも、一応オレ達は小さい頃からの親友だった。
互いになんの肩書きもなく、楽しくやってた頃だ。
だが時を経て、今やルドルフは動物のみならず、魔獣や聖獣をも取り纏める獣王にして、創世神が一柱の一番のお気に入りの、世界で一番美しい獣と呼ばれるようになっていた。
……ホント、運良く子供の頃からの知り合いじゃなきゃ、今頃はきっと雲の上の存在だよ、この出世魚め。……と、常々思う。
そんなルドルフは、ひと目その聖獣の姿を拝もうと集まった野次を気にせず凛と立ち、女医さんと何か話をしていた。
それを見つけた子供達が、身を捩ってオレからずり降りると、満面の笑みで人垣の向こうのルドルフに駆け出す。
「ルドルフだ!」
「ルドルフ、お背中乗せてぇー」
途端人垣は割れ、一筋の道が出来た。
獣王ルドルフはカッと蹄を鳴らし二人の方を向くと、鼻を鳴らして言った。
「フッ、……いいぜ」
「「「いいのかよ!?」」」
子供達の戯れに快諾した黒麒麟の【獣王ルドルフ】に、冒険者達が目を剥きどよめいた。
……まあ、一般的には聖獣とは漏れなく気位が高くて、触れるどころか目を合わせただけで焼き殺されるとか言われてるからなぁ……。あながち間違いでは無いけど。
ただその点ルドルフは、オレの知り合いと知れてる事もあり、触れずとも野次る程度の事はここの住人達はする。
【魔境】に来てるだけあって、みんな獣が好きなんだ。
イヴとクロは恐れも無くルドルフに飛び付き、ルドルフも乗りやすい様に膝を折って二人を乗せてやっている。
オレも片手を挙げながら、ルドルフに歩み寄った。




