子供たちによる朝食
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「ジョーイさん?」
ベッドの上に座ったまま、眩しい笑顔で説明してくれるイヴにオレは首を傾げた。
いやでも誰だ? ジョーイって。
「お医者さんだよ。リリーのところで待ってるって言ってたよ。だから早く行きたい」
お医者……あぁ、“女医さん”ね。
オレは頷き、二人を抱き上げた。
「じゃ、ご飯食べて下に行こうか。今作るからちょっと待っててくれ」
「うふふー」
「うししし」
「?」
オレが台所に向かおうとすれば、二人は妙な笑い声を上げる。
不思議に思っていると、耐えられなくなったのか、イヴが口を開いた。
「私達でね、ご飯作ったんだよ」
「!?」
「父ちゃんの為にね、きれいに並べたんだよ!」
「!!?」
オレはハッとして、食卓の方に目をやり絶句した。
「……」
テーブルの上には、この家で一番の大皿が引っ張り出されていて、その上にみっちりと、所々破れたスライスハムが重ならない様に並べられていた。
……なぜ、横に広げて並べた?
そして小さな三枚のお皿の上に、小さなロールパンが3個ずつ絶妙なバランスで積み上げられている。
……なぜ、縦に積んで並べた?
そして三枚のスープ皿に、それぞれオレンジと、レタスと、ブドウがキレイに分別され並べられている。
「シアンはレタスが好きだから、レタス全部あげるね。私はオレンジで、クロはブドウなの」
……なぜ……いや、好き嫌いはいかんよ?
ちらりと二人を見れば、それは得意そうにオレを見上げていた。
……は、早く……何か答えてあげなければ……。
「えー……っと。お、お皿、凄く重かっただろ? よく出せたな」
「うん! 私もうお姉さんだから、力持ちなんだよ」
「うん、そうだな。は、ハムも……(ある意味)凄くキレイに並べられてるな」
「イヴと一緒に並べたんだよ。でも沢山あって、お皿に乗せきれなくなりそうだったんだ」
……そりゃまあ横に広げたらなぁ。
「パンも……凄いバランスで上手く積んだね」
「クロが一個積んでる間に、私は二個も積んたんだよ。だからシアンには、私が積んだ分をあげるね」
「ありがとう。―――……食べるのが勿体無いなぁ……」
オレの予想を遥かに超えたその盛り付けに、オレは只々感動した。
そして、震える胸を押さえながらしみじみと言った。
「―――……お前ら凄いなぁ。絶対……絶対大物になるぞっ」
「いや、なんでだよ。親バカも程々にして?」
すかさずロゼに突っ込まれた。
だがオレは拳をにぎり締め叫ぶ。
「いやだって! あの二人がオレの為に頑張ってくれたんだぞ? それ以上の物ってある? いや無いね。それに親はみんなバカなんだよぉ!!」
俺の叫びにロゼは呆れきった顔で、戸棚へと向かっていった。
「はいはい。僕は自分でグラノーラ貰うねー」
そしてオレ達は、その朝食を美味しく完食したのだった。
◇
日がすっかり登った頃、オレ達はやっとリリーの店へと向かった。
階段を降りれば、リリーの店には人だかりが出来ている。
人垣を背伸びして覗き込めば、女医さんが薄い透明な幕の中で、この樹の住民の一人の腕を縫合している所だった。
住民達がその様子を見ながらささやき合っている。
「すげぇ。あれ、この前【青斑毛虫】に刺されたって言ってたやつだろ?」
【青斑毛虫】とは、無数の毒針を持った昆虫型の魔物だ。猛毒を持ち、時にはその毒だけで致命傷に至るが、本当に恐ろしいのは、その針だ。
細く折れやすいその針は体内に残り、血管を通って心臓に穴を開ける。
抜こうとするそばから針はより細かく折れ、その致死率は100%だった。
女医さんの隣には、血のついたガーゼと共に、そんな危険な【針】が十数本も器に入れられ、置かれていた。
そして女医さんは縫合した傷口に包帯を巻き終わると、マスクを取って微笑んだ。
「これで良いわ、3日は仕事を休んで安静にして頂戴。後一週間は抗菌薬を飲むのよ。手持ちがあれば良いけど、なければリリーが“定価”で売ってくれるそうよ」
「あっ、ありがとうございます! 女医さん!」
治療を受けていた大男ベンジャミンが、心底ホッとしたように笑った。
そんな様子を見ながら、住民達が囁き合う。
「良かったなぁ。あいつ、昨日自分はもう死ぬからリリーちゃんの酒を飲みまくってやるとか言ってたんだ。はは、これからまた稼ぐの大変だぞ。多分空っぽになってんだもん」
「そうだな。ほんと良かった」
……そんな奴がいたなんて知らなかった。
オレは住民たち同様心底ホッとして、微笑む女医さんを見つめた。
女医さんは片付けをしながら、周りに声を掛ける。
「さぁ、他に何処か悪い方はいないかしら? 診て差し上げますわよ」
「あ! 俺も!」
そう言ってすかさず手を挙げた冒険者に、女医さんはニコリと笑い掛け頷いた。
「ではどうぞ。だけどわざと【仮病】を使われていた場合、実験体にさせて頂きますがよろしいですわね?」
って、よろしくねぇよ!
手を挙げた冒険者は冷や汗と苦笑いを浮かべながら、おずおずと手を下げた。
「へ、……へへ。勘違いだったかもしんねぇ……今回はいいす」
「あら、大丈夫ですの? 折角お腹の中を見せて頂けるかと思いましたのに……」
そう言った女医さんの目はマジだった。……怖ぇ!
オレが一歩引いていると、イヴが声を上げた。
「ジョーイさん! 来たよ! シアンを連れてきたよ!!」
途端一同はこちらに注目し、一拍後人垣が割れて道ができた。
……いや、大袈裟な。
そしてその道を、とことこと今しがた包帯を巻いてもらったベンジャミンが、進み出てきてオレの肩を叩いた。
「サンキューな、シアン。お前のおかげで命拾いした」
「何言ってんだ? オレは何もしてねぇよ」
「はっ、女医さんはお前の為に来たんだろ? そのおこぼれで、俺は死ななかったんだよ。この色男」
「いや違うし。頭も診てもらった方がいいんじゃねぇか?」
オレはそう言ったが、ベンジャミンは笑いながら去っていった。
「全くその通り。勘違いも甚だしいわね」
「!」
突然すぐ後ろから声が響き、オレは振り返った。
そこには面白くなさそうな顔をした女医さんが佇んでいた。
「よぉ女医さん、早かったんだな。明日か明後日、……早くても今日の夕方くらいかと思ってた」
「ふん、そんな悠長にしてたら患者は死ぬわ」
簡潔な挨拶すら取り付く島もなくそう返され、オレは『相変わらずだなぁ』と笑う。
だけどまぁ、その迅速さと熱意があってこそ、万を超える人命を拾い上げることが出来たのだろう。
オレは素直にその強さを認め、感謝の言葉を述べた。
「ありがとな。ベンジャミン、喜んでたよ」
「なんの。そこに患者が居れば、私は尽力するだけよ。さぁ、それじゃあ他に危急の患者も無さそうだし、次は早速あなたの検診をさせてもらうわね」
……一瞬、返す言葉を失った。
「……え? なんでオレ? クロじゃ……」
「こう見えても私、優先順位は見誤らないの。さっさと脱ぎなさい」
「ええ!?」
ちょ、……人前で恥ずかしげもなく、何言ってんだこの娘!?
クロが楽しげにオレを見上げてくる。
「父ちゃんお風呂はいるの?」
「違うよっ!?」
「あらあら、ジョーイ様は大胆ねぇ♡」
「それも違うから!!」
だけどリリーの悪ふざけに女医さんは頷いた。
「そうね。時には大胆に、そして時には繊細に……執刀の基本よ。さ、早くいらっしゃいシアン」
「ふふ、そうね♡ 剥かれてらっしゃいなシアン様♡」
てかホントに女医さん、リリー達を手懐け過ぎじゃありませんか!? 仲良すぎるんだけども!!
オレが唖然としていると、とうとう樹の住民達も面白がって野次を飛ばし始めた。
「シアンてめぇ羨ましいぞ、ふざけんな!」
「俺だってジョーイさんに、手とり足取り調べて貰いてぇよチクショオ!」
「何を言ってんだ!? テメェらはっっ!!」
野次はともかく、その内容がおかしい。
オレは怒鳴り返し、イヴとクロを抱えあげ女医さんの手を掴むと、最早混沌と化しつつあるその場から逃げるように走った。
「あらーん♡ まるで逃避行ね♡」
「うるせぇよ!!」




