夜の酒場 〜裏側の事情〜
※長くなってきたので、
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
のプロローグから読んで頂ければ一応分かるように書いています。それ以前の話は全て“裏話”です。
《シアン視点》
オレがその尊さにただひたすらに癒やされていると、リリーがポンと手を打って声を上げた。
「ハイ! シアン様も目覚め、問題なさそうですわね。では私達はこれで失礼します♡ あとシアン様、夜にでも私の店に主治医から預かってある“薬”を取りに来てくださいましね」
リリーはそう言って踵を返すと、扉に歩き出した。
ってかあの医者は、なんでオレじゃなくてリリーに薬を渡すんだ?
オレは首を傾げながらもリリーの背に声を掛けた。
「待てよ、それなら今からでも……」
「いいえ。結構ですわ」
リリーはピシャリと否定した。そして振り返り、ニコリと笑いながら言い直す。
「今はゆっくりお休みになって? また子供達が眠った後にでもお越しくださいまし♡」
……なるほど。そういう事か。
オレが頷けば、リリーに続いてジルも踵を返した。
「じゃあな、シアン。ゆっくり休めよ」
「おお、サンキューなジル」
二人を見送った後、最後に残ったロロノアが、おどおどとした口調でオレに籠を差し出してきた。
「あ、あの!」
「?」
「今日はゆっくり休んでください! これ差し入れです!」
オレが渡された籠を覗き込み、妙な声を漏らした。
「げっ、お前これ……」
中に入ってたのはパンとフルーツサラダ、そしてスッポンスープだった。
「リリーさんのお店で買いました!」
「うん。でもあそこボッタクリだから、コレだけでお前の給料一月分はしたろ?」
「え、……ええまぁ」
ロロノアはしどろもどろ頷いた。
「でもシアン教授に賭けた勝ち分で、丁度そのくらい返ってきたんです。だから、別に僕は損してません。寧ろそんなので“差し入れ”なんて、烏滸がましい話なのですが……」
そう言ったロロノアにオレは苦笑しながら、謝辞を述べた。
「そういう事なら、サンキューな。また今度飯作ってやるよ」
「は!? い、いえ! そういうつもりではっ! でも嬉しいです!!」
「あっはっは、どっちだって話だよ。ま、その内時間見つけて声かけるわ」
「あ、ありがとうございます」
オレが誘えば、ロロノアは頭を掻きながら頷き笑った。
そして去り際にポツリと言う。
「あ、そうだシアン教授。もう一つだけ。……どう言う研究をしていたのかは知りませんが【クリスタル・フロッグ】はお風呂に入れない方が良いですよ。風呂場にゲージが落ちていたので、回収して隣の部屋のテーブルに置いて置きました」
「うん。めちゃくちゃありがとう!」
オレはこの瞬間、このロロノアに【出来る奴判定】を押したのだった。
◇
夕刻。
「えー、今日はリリーのスッポンスープ?」
「『えー』じゃない。男なら喰えるようになっとけ。いつか役立つ日が来る……かもしれん」
「なんで男なら?」
「お前にその理由を話すのにはまだ早い! 十年後に出直して来い」
「また父ちゃん難しいこと言ってるー」
そんな下らない事を話しつつ食事を終え、なんだかんだで疲れたのか二人は日が暮れてすぐ、眠りに落ちた。
時計を見れば、八時を少し回った頃だ。
オレはチェリータルトに齧り付いてるロゼに声を掛けた。
「ロゼ、少しリリーのところに行ってくる。もし泣き出したら呼んで欲しい」
「いーよ」
オレは家の戸締まりをし、リリーの酒場に向かった。
◆
「あら、シアン様。いらっしゃいませ」
扉を潜れば店内にはリリー一人きりだった。
まぁ他の奴等は昼間っから酒飲んでたから、流石に夜までって事には財布が持たんのだろう。
オレは立ったままリリーに声を掛ける。
「薬をもらいに来た。後、話って何だ?」
「話?」
「しらばっくれんな。あいつらが眠ってからって指定してたろ」
リリーはクスクスと笑って、カウンターに琥珀色の液体の入ったグラスを置いた。
「まあ、おかけになられては?」
「早くしろよ」
オレは口を尖らせながらも、カウンターの席に座った。
グラスの匂いを嗅げば、酒だった。
オレの好みを知る奴等は大抵“茶”を出してくるが、気まぐれなリリーは、敢えてこういう事もする。
飲めないわけではないので、一口それを口に含んだ。
「で? 何だよ」
「ええ。では手短に。……今回シアン様がお倒れになった件について、御自身でどう思われます?」
「叔父さんとはしゃぎすぎて、風呂場でのぼせた」
オレの答えにリリーは溜息を吐き、カウンター内で足を組んで座った。
「だから、私に薬を預けられてしまうのですよ」
「……」
「良いですかシアン様。貴方様は精神ストレスが体力を大幅に削ってしまうと言う特異体質。今回の件も、それに大きく関わっておられます」
「別に……ストレスなんか無いぞ?」
オレが首を傾げると、リリーは目を細めながら鼻で笑って言った。
「ガラム様に“イヴ様を寄越せ”と言われたのでは?」
「……」
結構グサッと来た。
オレはリリーから目を反らせ、またグラスの酒を飲む。
リリーはそんなオレなど気にせず、恍惚とした表情で楽しそうに語りだした。
「ガラム様は凄いお方ですものね。その力は最強。全ての者を魅了するカリスマ性を持ち、様々な分野においてその器用値を最大限発揮させ、完全無欠の【王】。……しかも、イヴちゃんに向ける想いはシアン様以上。歴史が違いますわ」
言われるまでもなく分かってた。
でも今、あいつ等を一番見てるのはこのオレだ。
「―――オレだって……」
言い訳がましく呟けば、リリーは声を上げて笑った。
「ほほほ! そう口では言っても、シアン様自身が絶対に敵わないと思ってらっしゃる。違うかしら?」
いちいち艶めかしいリリーのその声が、段々とイライラしてきた。
オレはグラスを煽り、愉しそうに笑うリリーに吐き捨てる。
「―――……そうだよ。あの人に敵う奴なんて、この世界には居ないよ。あの人は完璧。オレから見ても理想の存在だ」
するとリリーは待ってましたとばかりに、言葉を引き継いだ。
「そう、だからこの【樹】への入居者を私に管理させ、『空きが出ないから』と理由を付けて、ガラム様を遠ざけている。……ずるい方ですわぁ♡」
「……」
「あぁ、私は構いませんのよ? 生気を下さり、更には貢いでくださる可愛い殿方達が、私はガラム様以上に大好きですもの♡♡」
リリーに対し、需要と供給のバランスが取れる範囲での“食事”をオレは許している。
だが一応今後の計画と分別を弁えて欲しくて、念を押す。
「……【ノルマン】の関係者には手は出してないな?」
「ジル様とロロノア様? ええ、物欲しそうな視線を投げかけてくださいますが【宿】にお呼びした事はありませんわ」
胸を張ってそういったリリーに、オレは溜息を吐いた。
「何だよ……話って言うから何かと思ったら、オレを落としたかっただけかよ。……わかってるよ。そうだよ。あの人が凄いと思うから、卑怯な手を使って逃げてるよ。オレは姑息で卑怯な奴だ。これで満足か?」
オレが心底しょげながら言えば、リリーは満足げに頷いた。
「やはりお疲れですわね。調子のいい時のシアン様なら、この程度の戯言聞き流してくださいますのに……ふふ♡」
「はぁ……遊びたいだけならオレはもう戻る。薬くれ、薬」
オレが追い払う様に手を振れば、リリーは満面の笑みで錠剤の入った包を渡してきた。
「はい♡」
「まったく、いらん事を言ってないでとっとと渡せってんだよ」
オレが睨みながら薬を受け取れば、リリーはいつもの口調で付け加えた。
「いいですか、シアン様。このお薬は【睡眠前】との処方。飲んだら必ず寝ること。宜しいですわね?」
「……」
……ぶっちゃけやることはまだあって、寝てる時間はそんなに無い。
無言で目を逸らせながら頷けば、リリーは少し硬い声でオレに言った。
「シアン様、一つ進言致しますわ」
「なんだ?」
「ガラム様は貴方様からイヴ様を奪おうとは考えておりませんわ。……ただ、“親”だからと全てを一手に受ける必要は無いと。……“師”を持たせてもよいのではないかと提言したかっただけですわ」
「……師?」
オレは首を傾げ、リリーの言葉を反芻した。
「ええ。そもそも今となっては、シアン様以外に親の代わりはおりません。例えガラム様がどれほど優れていようが、私の胸が大きかろうが、帰りたいの願うのはシアン様のところなのですよ。その胸に、腕の中に帰りたいと思う。それが、子供と言う物ですわ」
その言葉にふと思い出す。
―――イヴは叔父さんを案内しようと、得意気にその手を取った。
―――そしてイヴは、一緒に帰ろうとオレの手を握ってきた。
……ふと気付いた。
オレが昔、炎の中で無くした絆と、先生達との絆の違い。
その絆は決して相まみえる事は無く、絶対に超えられ無い壁がそこにあった。
―――……あぁ、なんだ。
気付いた瞬間、オレは急に二人の顔が猛烈に見たくなった。
「……帰る」
それだけ言って立ち上がれば、リリーはもう何も言わず頷いた。
「そうですか」
「ありがとうリリー。今日はもう寝るよ」
「ええ、そうなさって下さい♡ あの子達にとっての“シアン様の代わり”は居ないのですから」
オレは急ぎ足で階段を駆け上がった。
◇◇
《リリー視点》
シアン様が帰られてその気配が消えた頃、私は開いたままの窓に向かって声を掛けた。
「グレゴリー、居る?」
「いるわよ、姉さん」
窓の外からすぐに、凛とした少女の声が返ってきた。
「聞いてたでしょう? 私達のお馬鹿で可愛い王様は随分お疲れみたい」
私がクスクスと笑いながら言えば、呆れたような声が返ってくる。
「姉さんが追い込むような事言うからでしょ?」
「だってお馬鹿過ぎて虐めたくなっちゃうの♡ 愛ゆえよ」
「相変わらずね。それで? “ジョーイ”を呼んでくればいいの?」
「あぁん、流石仕事が速いっ! そういう事♡」
察しのいい妹に私が喜び頷けば、窓の外の気配がスッと立ちあがった。
「多分まだ地下に居ると思うから、直ぐ行って連れてくる。明日には戻れるわ」
「んフフ、ありがとね♡ でもそんなに焦らなくてもいいわ。シアン様がね、『ジルとロロノアと言う殿方を食べちゃ駄目』って私に仰ったの。……あなたが食べていけば?」
せっかちな妹にそうお茶に誘えば、妹はつまらなさそうに言った。
「……いい。私、味にはうるさいの。姉さんみたいな悪食ではないし、ラミ姉みたいなつまみ食い癖も無いから」
「はぁん♡ 真面目ねえ♡ でもそういう所、好きよ?」
「ありがと。だけどどうせならシアンに言ってもらいたいわ。じゃあね、姉さん」
この子は普段は、正面切ってシアン様に罵詈雑言を吐いている。だけど影ではこんな事をいつも言っているのだ。
私はそんなツンデレな妹のいる窓の外に手を振った。
「ええ、バイバーイ♡」
最近湿気のせいか、筆が進みます。
ハイペース更新ですが、読んでくださってありがとうございます!
来週はもう少し落ち着いて更新します。多分!




