お風呂
※長くなってきたので、
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
のプロローグから読んで頂ければ一応分かるように書いています。それ以前の話は全て“裏話”です。
《シアン視点》
天蓋の下で、まだ馬鹿高い酒を飲んでいる住人達をそのままに、オレ達は自分達の【ハウス】へと。樹に生えた階段を昇った。
オレ達の家がある【ユグの香木】には、三十棟の【ハウス】が建てられている。
一階は【リリーの酒場】、二階はリリーの酒場が運営する【宿屋】、そして三階が【公衆浴場】で、4階がハウスの住人達の為の【集会所】になっていて、その上が住居として使われていた。
因みにオレ達が住む【ハウス】は五階だ。
オレはイヴとクロを家まで送り届けると、自分達の準備をするようにと伝え、玄関先に置いた小瓶を手に取ると三階の浴場に向かった。
浴場と言っても、そこにあるのは脱衣所と称された小部屋と、薄い板で囲われた風呂の木枠だけ。
水道はこの大陸に存在しない。
水は森で得た【魔石】を使い、魔法によって自分達で準備するのが基本で、それが無理ならリリーからボッタクリ価格で、水や湯を買う事も出来る。
前に入った者が居れば残り湯を使う事もあるが、オレは子供達を冒険者達の残り湯に入れさせる気などサラサラ無く、常に一番風呂だった。
この風呂桶を洗うと言う仕事も、最早オレの毎日のルーティングの一つである。
魔法で空気中から水を集め、それで先ず手足を流す。
そして備え付けられていた洗剤とブラシを使って、風呂桶と床を洗い流した。
「よし。こんなもんだな」
ピカピカになった風呂を見て、一人自己満足に頷くと、さっき部屋からとってきたハーティーのバスオイルを垂らし、湯を張った。……子供は乾燥肌なのだ。
準備の出来、オレはまた二人を呼びに階段を昇った。
そして扉を開け、声をかける。
「おーい、準備出来ましたかぁー?」
「……」
「……」
返事は無い。
二人は部屋の片隅で、黙々と玩具で遊んでいた。
「……準備は?」
「おもちゃ選んでたら、遊びたくなっちゃったの」
「……準備は?」
「遊んでからすることにしたの」
「……いつ遊び終わるの?」
「わかんない」
「……」
オレは無言で、超高速で風呂の支度を三人分した。
勿論、水鉄砲とカエルの玩具も持つ。
そして二人に背を向け、また扉を潜った。
「はい、じゃあ行きましょうか」
「待って父ちゃん!! 行かないで!」
「だめぇー! シアンも一緒に遊びたいの! 置いてかないで!」
「風呂入ろうって言ったでしょう!? 何を言ってるんだよ!」
もはや本来の目的を完全に忘れている二人に、オレは早く来るように促した。
「さ、おもちゃは置いて先に行こう」
「でももうちょっとで、ブロックでお風呂が出来るの。ちょっと待ってねシアン」
「いやいや、本物のお風呂に行きましょうよ。お姉さんとお兄さん」
尚もめげずに玩具で遊ぼうとする二人にオレがそう言うと、二人は名残惜しげにしつつもやっと重い腰を上げた。
三人で浴場に向かう最中、いつもの様にクロが背中にくっついてきた。そしていつも『抱っこ』というイヴは、珍しく今日は自分で歩くと言い、小脇に小さなタオルで包んだ“何か”を持って歩いた。
オレは手だけを繋ぎながら、イヴに尋ねる。
「何持ってるんだ?」
「かえるちゃん」
「カエルちゃんは持ったぞ?」
「かえるちゃんのおうちなの」
「……へぇ。そうなんだ」
いまいち要領を得ないまま、オレは頷いた。
◇
白くくぶるスチームを発生させた浴室で、オレはイヴの頭を洗い、その髪が落ちてこないよう、タオルを巻いてやった。
「よっし、イヴはいいぞ。次クロ来い。頭洗ってやる」
「まだ」
「……」
しょうがなく自分を先に流し、もう一度声を掛ける。
「クーロー」
「んーん、今日は頭洗わないひだよ」
「……」
そんな日は無い。
オレは汚くなると駄目な理由を、クロでも分かるよう説明にした。
「そんな事言って洗わないでいると、クロの頭が虫さんのお家になっちゃうぞ」
「おれ虫好きだからいいよ! おれの頭、虫さんのお家にしてあげて。友達になるよ」
ならんでいい! それは駄目な虫なんだよ!
動物や昆虫の好きなクロに、この説明は通じなかった……。
……オレは戦法を変える。
「むー……そだ。シャンプー屋さんごっこしよう」
「え、シャンプーやさん? する!」
途端にクロは目をキラキラせ、おもちゃを持ったまま風呂から上がってこっちに来た。
ふっ、チョロい。
「はぁい、ではここに座って下さい。頭を洗わせていただきますねぇー」
「おねがいしますー」
素直にノリノリで頭を差し出してくるクロ。
オレも頭をワシャワシャ洗いながら、ノリノリで言う。
「おかゆい所はございませんかー?」
「えーとね、えーとね。ひざの後ろ!」
「……。……そうか。虫にでも刺されたのかな?」
「うんー!」
……まぁ、そうだな。そういう事もあるよな。でもシャンプー屋さんとしては想定外だったかなぁ……。
「風呂出たら薬塗ってやるよ。さ、流すぞ。目を閉じとけ」
オレがそう言って湯をクロの頭に掛けていると、イヴにの声がした。
「シアンこれ開けて」
「ん?」
チラリとイヴの方を見れば、イヴは湯船の中に立ちながら、見慣れた小さなゲージを持っていた。
「今日はね、かえるちゃんとお風呂入る事にしたの」
うん。それは入る前から言ってたな……。
そしてオレはそのゲージが何故見覚えがあるのかに気付く。
それはオレが【ノルマン学園】へレポートを提出する為に飼っている【クリスタル・フロッグ】のゲージだったのだ。
【クリスタル・フロッグ】は、【クオーツ・リザード】と同じく晶石で出来た【聖獣もどき】に分類される生物。
この【ジャック・グラウンド】にしか生息しておらず、その中でも“幻”と言われる超希少種で、このオレもここ七年程探し続けて、やっと見つけた……。
「だ、っ駄目ぇー!!」
オレは叫びながらそのゲージに手を伸ばした。
だけどイヴはふいと向こうを向き、すすすと湯船の奥へと移動する。
そして向こうを向いたまま、いうはゲージに向かって話しかける。
「かえるちゃんはお水が好きなの。お風呂に入ったらきっと『わぁーあったかぃー(裏声)』って喜ぶの」
「か、かえるちゃんはお水はいいけど、温かいのは火傷しちゃってダメなの!!」
「でも今日のお湯はぬるめだから『あったかいー、気持ちいぃー(裏声)』て言うと思うよ? ほら、私のおもちゃのかえるちゃんを見て『一緒に遊びたいよぅ(裏声)』って言ってる」
イヴがそう言ってゲージに玩具のカエルを突きつければ、【クリスタル・フロッグ】は明らかに怯え、後退った。
「だっ……」
「父ちゃん顔に泡ー、流してぇぇ」
「ハイっ、ゴメンなっ! でもイヴ、ホントに蛙は今日はやめとこう! 今度プールにしよう!? 他の蛙でっ」
「でも『いい』って言ったのに……」
いっ、言ったけど……っ!
「父ちゃん目ぇぇ……」
「ハイっ、ただ今!!」
「開けてぇぇ」
「はいっ、ただい……って駄目だって!! 取り敢えず脱衣所に置いてきなさいぃ!!」
「そしたらかえるちゃん『さみしいよぉー、みんなどこぉー(裏声)』って言っちゃうよ」
言わないよ!
―――その時、ふと目の前が歪んだ。
歪んだ景色は真っ白になり、凄い耳鳴りと共にオレの意識は突然途切れた。
◆
《イヴ視点》
お風呂場で、シアンが突然倒れた。
私は大慌てでシアンに駆け寄り、どうしていいか分からず泣いた。
するとクロはお風呂から裸で飛び出していって、リリーを呼びに行った。
リリーは直ぐに来てくれて、シアンの首元や胸に手を当て、何かを確認すると、何かコードが付いた装置で、シアンをテキパキと調べた。
私達がハラハラと見守る中、リリーは顔を上げて私とクロに笑いかけてきて言った。
「大丈夫ですわ。少し、のぼせたのかしらね。すぐに起きると思いますわ」
私とクロは顔を見合わせ、ホッとした。
リリーは倒れたシアンに大きなタオルを掛け、私達も同じくらい大きなタオルで包んでくれた。
「さあ、二人はお洋服を着て? 冒険者の殿方に、シアン様をお部屋に運んでもらいましょう。自分で着られるかしら?」
私とクロは大きく頷き、競う様に大急ぎで服を着た。
◇
《シアン視点》
ガンガンと脈打つ頭痛を感じた。
―――だけど寝てる暇はない。
オレは重い瞼を必死で開けると、そこには何故か見慣れたオレ達の【ハウス】の天井が見えた。
「シアン!」
「父ちゃんが起きた!」
イヴとクロの声が耳元で聞こえた。
続いて、何故かジルとロロノアの声もする。
「風呂場で鼻血出して倒れたんだって? ダセえな」
「せ、先輩!? そんな事無いですよ教授! あれだけの試合をした後に動ける方がおかしぃ……ゲフンゲフン!」
そこでふと思い出した。
―――そうだ。オレ、風呂場でぶっ倒れたんだ。うわぁー……ダセえ。やっちまった……。
オレは少しでも体面を保つ為、頭痛をこらえ身体を起こし笑った。
「すまんな、迷惑かけた。ありがとな」
すると鼻先に、何処からともなくロゼが突進してきた。
……あ、ヤバい。チェリータルトの約束をしてたんだ。
てっきり怒られるのだと思い、恐る恐るロゼを見れば、その表情は何故か泣きそうな顔になっていた。
オレはそんなロゼに、直ぐ様謝罪する。
「ごめんロゼ、タルト食べようって言ってたのに……」
オレがそう言うと、ロゼはふるふると首を振り、ポツリと言った。
「―――……心配したんだ、シアン」
「……え?」
ロゼは泣き出しそうな顔のまま、オレの鼻を優しくなでてくる。
「目が覚めてよかった。本当によかった……」
そう言って心底安心したように笑ったロゼに、一瞬オレは息をする事を忘れた。
だっていつも食いしん坊で我儘なロゼが……っ、タルトよりオレを? ちょっ……かっ……!!
胸を抑え、誰にもこの心情を悟られないように俯く。
そして震えながら答えた。
「っ……アリガトウゴザイマスッ!!」
「敬語はいいってば」
「イエ!! 今だけはこうさせて下サァイ!!」
「?」
オレは俯いたまま叫んだ。
……っだって、だって今ちょっと……尊過ぎたぁ!
オレはふと、かつての先人の言葉を思い出し、その言葉の重さを噛み締めた。
あの御方は、確かにこう仰ったんだ。
“―――油断すれば、(萌え)死ぬ!!”




