シアンとガラムおじさん
《ガラムおじさん視点》
「……っ」
案内された室内にて、私は準備された食事を見て、思わず言葉を失った。
◆
この【魔境】という土地では、建造物を建てるにあたって、杭一本にに至るまで“木材”以外の使用を認められていない。
だが、たかが木の家で、この大地の獣から身を守れるはずもなく、人々は大きな木の上に家を作り始めたのだ。
中でも大きく頑強に育ち、獣や虫除けの効果のある【ユグの香木】と呼ばれる樹は、この【ハウス】の土台に最適だった。
昔の住人たちはこの樹に棒を括り付けたロープをぐるぐると巻いて、それを足場に【ハウス】を行き来した。
だが樹の成長と共にロープは幹の中に吸収され、今では幅50センチほどの腐りかけた枝が突き出しているだけ。
幼いイヴとクロは、恐ること無く、慣れた足取りでその足場を昇っていった。
「ガラムおじさん、そこの段は踏んじゃ駄目だよ。雨で弱くなっちゃってるんだって」
言われてよく見れば、確かにその段の付け根の裏側が、気付きにくい角度で細くなっていた。
「シアンがそう言ったのか? 修理は?」
「しないの。だから気をつけてね」
「うむ」
……なる程。“招かれざる客”を落とす為か。
ふと下を見下ろせば、10メートルほどの高さだろうか。
一定以上の力を持つものなら、致命傷にはならんだろうが、時間稼ぎにはなる。
私は言われた通り、その段をまたいで上に上がった。
「ここだよ」
「そうか」
ここには何度も来たことがある。
だから道も、家の場所も当然知ってるのだが、イヴと来たら毎回一生懸命案内してくれる……。
かぁーわーいー……
「凄い顔になってますよ、叔父さん」
ハウスの扉からひょいと顔を出し、シアンがこちらを見おろしていた。
「シアン! ガラムおじさんを連れてきたよ」
「偉いなぁ。入ってもらおう」
「うん!」
イヴは得意げに、そしてとても嬉しそうに頷いた。
◆
室内は、ふわりと木の香りのする、明るい家だった。
備え付けられた家具の角は、全て丸く削られていて、高い場所に物は置かれず、あったとしても落下しないよう固定されていた。
よじめられただけのおもちゃの山が床に置かれ、たたまれていない洗濯物も出しっぱなしになっている。
清潔だが、綺麗とは言い難い室内。
だがシアンも子供達も、特に気にした様子は無い。
「さぁどうぞ。掛けてください叔父さん」
「見て、ガラムおじさん! これね、イヴが飾ったお花だよ!」
「おれも赤ちゃん魚作ったんだよ!」
「うむ」
子供達に誘われて私はテーブルを見た。
だがそこに置かれていた物に、私は言葉を失った。
「……っ!?」
そこにあったのは、綺麗に仕上げられたであろう魚の形のパイ。……の上に、脳みそを潰したようなものや、よくわからないものが所狭しとびっしりとくっついた、無残なパイのようなもの。
美しさの欠片もない。
「上の飾りは、二人によるものです」
シアンがそう言って笑えば、イヴが嬉しそうに笑った。
「このお花がね、一番上手にできた所だから、ガラムおじさんにあげるね!」
……そう言って指さされたのは、他との違いがよくわからないあの脳みそのような物。
「う、うむ」
「わぁー! イヴもクワトロも上手に飾ったね。前より上達したじゃない」
そう言ったのはロゼ様だ。
そしてみんなで席につき、イヴとクロの説明を受けながら、それを食べた。
……それはうまくはあったが、シアンにしてはずいぶん手抜きな料理。仕上げも台無しと言ってもいい。
「美味しい? ガラムおじさん」
「父ちゃん、おれね、今日これが食べたかったの」
「そーか。いっぱい食えよ」
―――ただ、……楽しそうだった。
完璧では無いが、喜びに溢れている。
それは正に、一つの世界の縮図の様でもあった。
私は笑いながらイヴに頷いた。
「とても、美味しいよ」
「うん!」
そしてふとシアンに声をかける。
「シアン、食べた後に稽古をつけてやろうか?」
「え? いいんですか! ありがとうございます!」
「うむ。たまには体を動かしたかろう」
私はそう頷いて、また食事に戻った。
味ではなく、その時間を噛み締めながら。
◆
《シアン視点》
ガラム叔父さんが二人の子供と遊んでくれている間に、食事の片付けや洗濯物の山を片付ける。
昔から整理整頓に厳しい叔父さんだが、色々何も言わないでいてくれた。……まぁ、随分丸くなったのだと思う事にして置こう。
そしてまたリリーの所に顔を出し、声をかけた。
「リリー」
「あら、シアン様。なにか御用で?」
「あぁ、叔父さんが稽古つけてくれるってんだ。その間二人を見ておいてもらっていいか?」
「ええ、勿論。一緒に見ていても構いませんこと?」
「そりゃまぁ構わないが……」
「うふふ♡ 心配せずとも稽古程度の流れ弾くらい、私にはどうってことありませんわ」
「それもそうか。任せた」
オレは頷いて、三人とロゼを呼びに上に戻った。
イヴとクロは、叔父さんと楽しそうに積み木で遊んでいた。
イヴは積み木で作り上げる事にだけ熱心で、完成したものはなんの未練も無く壊し、また新しく作り始める。
そしてクロは作り上げたものにこだわり、その建造物を壊さないように“ごっこ遊び”を楽しみ始める。
……ま、性格の違いだな。
オレは叔父さんに声をかけた。
「叔父さん、お待たせしました。二人の事はリリーが見ててくれるそうなので、お願いします」
「うむ」
「え! 父ちゃんとおっちゃん闘う!?」
「はは、闘いでは無い。訓練だ」
「イヴも見たい」
「ああ、リリーと一緒に見てるがいい」
「ヤッター!」
「僕はあんまり興味ないなぁ……あ、ガラムもう一個アップルパイはある? くれたら見ててあげてもいいよ」
「ええ、ありますよ。ロゼ様」
「やったぁー!」
……。
……本当に……御食いしん坊になられて……。
オレは楽しそうにプンプンと飛び回るロゼを、ほっこりと見ていた。
◇◇
みんなを連れて、樹を降りれば、天蓋の下に椅子とテーブルを準備したリリーが手を振っていた。
てか、準備するの早えな……。
オレが手を振り返していると、そのテントの中から野太い声が上がって、オレは目を見開いた。
「いよぉシアン! ガラムと手合わせすんだって? 俺等も見せてもらうぜ! ……あ、今回もガラムに賭けてるからな。綺麗に負けてくれよ?」
「なっ……ジル! 何でお前等までいる!?」
天蓋の下には、この樹のハウスの住人達が勢揃いしていた。
「いやぁ、リリーが教えてくれてよ。今日の仕事は止めだ。酒飲みながら見せてもらうぜ」
「うふふ♡ 毎度ありがとうございます♡」
リリーの奴……っオレを売りやがった!?
「そ、そんなジル先輩、シアン教授が負けるはず無いです! ぼ、僕は教授に賭けますからね!」
そう言ったのは、最近ノルマンから派遣されて来た新米教授のロロノアだ。
……いや、応援してくれんのは嬉しいけど、結局賭けるのかよ。
ジルはそんなロロノアの背中をバシバシと叩きながら笑う。
「かっかっかー! 分かってねえーなー! まぁ見てりゃ分かるさ新米くんよ!」
「がっ、頑張ってくださいシアン教授ー!」
賭け率は叔父さんが八、オレにニだ。
最早大穴狙い的な奴しか、オレに賭けて来ないことに悲しくなる。
いやまぁ、妥当ではあるんだけどね?
リリーが艶めいた声を張り上げる。
「はぁーい、皆様♡ ビールワンジョッキ銀貨一枚よぉ♡」
「っ高ぁ!?」
「バァーカ! リリーちゃんが運んでくれるんだ。激安だよ。リリーちゃん! 取り敢えずこっちに三杯!」
「はぁーい♡」
結局集まった奴らはリリーのボッタクリ酒を頼み、楽しそうに呑み始める。……なんやかんやでここの奴等は実力者揃いで、高給取りなのだ。
そして酒を配り終わったリリーが、こちらに手を振ってきた。
「ロゼ様、イヴちゃん、クロ君。こちらにいらっしゃぁい♡ 冷たいジュースがあるわ。最前列で私と見ましょう」
「はーい!」
「リリー! またアップルパイ貰ったの。お皿を出して、お皿!」
「はい♡」
駆けていく子供達を見送った後、叔父さんがオレに笑いながら言う。
「相変わらずここは賑やかだな。どれ、今回の私のハンデは【魔法なし】と【木剣】持ちにしようか。もちろんお前は、好きな武器と魔法を使って構わない」
叔父さんの言葉に、酒を飲んでた奴等がざわめき立った。
「馬鹿なっ、魔法はともかく木剣持ちだと!?」
「やべえ! これじゃ本当に勝率五分だ……」
「え? 先輩、何で木剣持ちだと勝率五分何ですか?」
「馬鹿! ガラムはなぁっ、デコピンでA級の【ガイアドラゴン】の頭吹き飛ばす化物だぞ!?」
「え……何その化物……」
「それが木剣なんか持ってみろ……。芯のない真綿で出来たハエ叩きでハエを叩く様なもんだ!」
「無理じゃないすか」
「そうなんだよ。勿論【武器破壊】は負け判定とされる。例え“自滅”だったとしてもな!」
「しゃーっ!! 今回は勝てるっ! たまにはタダ飯食わせろシアン!!」
「じーめーつっ! じーめーつっ!」
「頼むっ、細心の注意を払って手加減してくれっ、ガラムー!!」
……。
―――……ホント馬鹿にされてる……。メッチャクチャ馬鹿にされてる……。
もういいや。外野は気にするな。……集中しろっ!
オレは自分にそう言い聞かせ、腰に携えていたミスリルの短刀を抜くと、叔父さんにまっすぐと構えたのだった。




