お手伝い
神々がこの世界に神子を放ち、四年と十日の月日が流れた。
聖域の中で、俺はそわそわとしている神獣達に声を掛けてみた。
「行ってもいいんだよ?」
「ガウッ!」
フェンリルが小さく唸った。
「そう、ありがとう。だけど行きたくなったら、いつでも遊びに行っておいで」
俺はそう言って、すっかり生え揃った葉を揺らし、遠い地に意識を向けた。
◆◆◆
《イヴ視点》
「うえぇ―――……ん」
……困った。クロが泣いている。
「泣くなよ。イヴだって頑張ったんだから……な?」
「うえぇぇえぇぇっ、イヤだぁ――――すがたむしがいいー!」
シアンがササッてやってるから、出来ると思った。
でもナイフの使い方が思いの外難しくて、いつの間にか、五匹の魚はグチャグチャのスプラッターになっていた。
「あー……、姿蒸しはまた今度しよ?」
「ヤダぁー!! 今ぁー!!」
シアンが何を言っても、クロは泣き止まない。
……なんだか私も泣けてきた。
「うえぇ……」
「あっ、イヴまで泣くなっ! あー……」
シアンは、そう言って私とクロを抱き上げて部屋の中を歩き回った。
そして歩きながら私とクロの、気持ちを代弁してくれる。
「なー、クロは今日は“姿蒸し”のお口になってたんだよな。そんで、イヴは美味しいのを作ろうとして、頑張って手伝ってくれたんだよな。頑張ったんだよなぁー」
「……うん」
「すがたむし……」
「んー……」
まだクロと一緒にぐずぐず言ってると、シアンは私達を床に降ろして言った。
「イヴ、手伝ってくれてありがとな。最後の仕上げはオレに任せろ。あと、クロも、お魚の形にしてやるからもう泣くな。な?」
「うえぇ……まだ抱っこがいいぃ。降ろしちゃ駄目ぇぇ」
「っ父ちゃん抱っこぉ、ヒック……」
「……うん。もういいや。じゃあ背中にくっついとけ」
シアンの声が若干低くなったので、私とクロは背中で我慢する事にした。
「よっし、じゃあやるぞ」
私とクロはシアンの肩にくっついて、肩越しにその手元を覗き込む。
「イヴが小さく切ってくれたからな、内臓を洗って骨を取り除く」
シアンは、そう言って魚に付いた血とゴミを洗い流し、ナイフで太い骨を切り落とした。
そしてピンセットで、小さな骨を全部抜いていく。
……こうして見てればとても簡単そうなのに、……なんで?
それからきれいな欠片になった魚の肉に、塩と胡椒を降ってボールに纏める。
玉ねぎとオリーブ、緑豆にキノコを取り出し、小さく刻み始めた。
「玉ねぎっ目が痛くなってきたっ!」
「そりゃ、くっついてたらしょがねえよ」
「うえぇ」
「泣くなら降りろ」
「いやぁぁ」
「目があぁ」
タイムとニンニク、それから生姜も刻んで塩こしょうで野菜を炒める。
別のボールに野菜を移して、空いたパンで魚を炒め、また野菜を合わし炒める。
……いい匂いがしてきた。
それをバットに移して広げると、シアンは小麦粉を取り出した。そしてそれに塩と水を足して捏ね始める。
するとクロがシアンの背中からズルズルとずり降りて言った。
「父ちゃん、おれもやる」
「イヴも」
「じゃあ3つに分けるから、かわりばんこに捏ねようか」
「「うん!」」
こねるのは手がベタベタして大変だった。
でも、交換し合った際、シアンから回ってきたのは何故か捏ねやすかった。
最後の方では何だかもちもちして気持ち良くなって、もっと触ってたかった。
だけどロゼが待ってるからとシアンに言われ、名残惜しくももちもちの小麦団子をシアンに渡した。
シアンは、3つの小麦団子を1つにまとめ、四角く伸ばしてバターを包むとそれをバターごと伸棒で伸ばした。
何回か伸ばしては折返しをすると、最後に薄く伸ばして大きなお皿に敷いた。
さっきの炒めた野菜とお魚のボールに、千切ったチーズと小麦粉を降って軽く混ぜる。
そしてそれをさっきのお皿に広げ、最後にバターの欠片をパラパラと載せた。
「クロ、見てろよ?」
シアンは得意げにそう言うと次に、残りの小麦シートをお魚の入ったお皿にかぶせ、そのシートをナイフとハサミを使って、切ったり載せたりを始めた。
シアンの作業を見ていると、突然クロが歓喜の声を上げた。
「あ! お魚さん!」
そう。シアンは、魚の模様を飾りつけていたのだ。
「そう、お魚の形が良かったんだろ?」
そう言って笑うシアンに、私は提案した。
「お花も付けよう。そっちの方が可愛い。私が作ってあげる!」
「おれ、ちっちゃい魚作る!」
「お願いします!」
そして私達は粉まみれになりながら、飾り付けをしていった。
◆
「サラダとスープと、……こんなもんか。よし、ロゼを呼びに行こう」
お魚パイが焼けるまで後十分。
私達はロゼを呼びに行くことにした。
外の樹の幹から突き出した階段を降りて、リリーのお店の扉を開けた瞬間、私とクロは歓喜してお店の中に駆け込んだ。
「おっちゃん! 来てたの!?」
「ガラムおじさんだ!! わーい! こんにちわっ!」
リリーの店の中のカウンターに、シアンの親戚のガラムおじさんが座っていたのだ。
ガラムおじさんは少し白髪の混じった強面のおじさんだけど、本当はとても優しい。それに、筋肉質でとても引き締まった身体をしてるけど、一番得意なのはなんとお菓子作りなのだ。
「やぁ二人共、元気だったか? 今日はな、チェリータルトを作ってきたぞ。また後でみんなで食べてくれ」
「「うんー!!」」
「ゴフっ……」
私とクロが声を揃えて頷けば、ガラムおじさんは変な咳を漏らした。
ふとガラムおじさんの座っていたカウンターの上を見れば、ロゼがモクモクと何かを食べていた。……うん。あれはアップルパイだ。いいなぁ……。
私が無言でガラムおじさんの顔を覗き込むと、ガラムおじさんは何故か口元を手で抑えて震えながら、クッキーが二枚入った袋を私にくれた。
「ありがとう、ガラムおじさん! 私ね、クロと半分こにするね」
「そうか、いい子だなっ、イヴは……」
おじさんは震える手で私の頭を撫でてくれた。……どこか悪いのかな?
私がガサガサとクッキーの袋を開けていると、後から入ってきたシアンがおじさんに声を掛けた。
「叔父さん、来ていたんですか」
「ああ、今しがたな。近くに来たもので少し顔を見ていこうと思ってな」
「そうですか。この子達も喜びます」
「うむ。……このハウスに“空き”きが出れば、引っ越してこられるのだがな」
「は、……はは。確かになかなか空かないですねぇ? なぁリリー?」
シアンがそうリリーに声を掛ければ、リリーはヒラヒラと手を振りながら頷いた。
「ええ。本当に、なかなか空きませんわねぇ? 他の樹のツリーハウスはたくさん空いてますのに、この樹だけはなかなか空かなくて……ねぇ」
「……うむ。また空きが出たら知らせるといい」
「はぁーい♡ お任せくださいガラム様♡」
リリーがそう頷くと、シアンが慌てて声を上げた。
「あ、そ、そうだ! 間もなく昼ご飯なんですよ。良かったら一緒にいかがですか? 叔父さん」
「む、いや。私はいい。その子らにたくさん食べさせてやってくれ」
「ええ。ただ今日は少し作り過ぎてしまってまして……イヴが魚を切って、二人が飾り付けてくれたフィッシュパイなんです」
「っ!? いただこう!!」
ガラムおじさんは、そう即答して立ち上がった。
シアンは頷いて、ロゼに声をかける。
「ロゼ、そのお菓子は持って行っていいから、もう行こう。パイが焦げちまう」
ロゼはパイを抱えたままシアンに向かって飛び上がった。
だけどロゼがシアンに到着する前に、ガラムおじさんが眉を寄せてシアンを見た。
「む? その言葉遣い……」
「はは、……こうしないと【祝福】を贈ると脅されて……」
「……なる程。いい判断だ」
「……」
シアンとガラムおじさんの話を聞いたロゼが、何処かしょんぼりとしながら方向転換し、クロの肩に止まった。
そして私はガラムおじさんを案内してあげるために、その手を握って引っ張った。
「こっちだよ、ガラムおじさん。私が案内してあげる!」
「あぁ、ありが……ゲフゥッ!!」
……私の周りの人達は、身体の弱い人が多い。
私がしっかりして、大きくなったらお世話をしてあげるのだ。
優しい叔父さん登場です!
かつてないゆるさに、私自身も戸惑っております……(-_-;)




