プロローグ
神は神託を降された。
―――間もなく神子が世に降り立つ
その肉体を 二十年守り育てよ
そしてその二十年の後 神子は神と成り 聖地へ帰還するであろう―――
◇◇
とある山奥に、小さな村があった。
決して裕福ではなく交通の便が悪いせいで、どの家も時給自足で生活をしている集落のような村。
その日もいつもの様に日は沈み、黒い山の上にポッカリと昇った二つの丸い月が、静まり返った村を照らし出していた。
山間では狼達が遠吠えし、草葉の陰では虫達がキシキシと囁き合う。
魔物達は迂闊に出歩く獣を求め彷徨い歩き、獣達は見つからない様にそっと闇に紛れ移動をする。
そんないつも通りの静かな夜。
―――だけどその夜は、とても珍しい者がそこに居た。
濃紺の夜空の下を、ふらふらと不安定に飛んでいく影。
背中に翼を生やした、人非ざる姿をした男。
男の顔には疲労が色濃くが浮かび、それでも懸命に一方を目指し飛んでいた。
だが男は、ふとなにか思い立ったように空中で宙返りをすると、突然向きを変えた。
そしてそのまま真っ直ぐ、村から数キロ離れた山間に降り立つ。
その先にあったもの。それは真っ白な、生まれて間もない【命】だった。
まだ生まれて数日も経っていない、人間の小さな赤ん坊。
籠に入れられ、布で包まれ、だけど茂みに隠すように置かれた赤子。
周りに人の気配はなく、いつからそこに置かれていたのか、赤ん坊はもう空腹で泣き声を上げる力さえ残っていなかった。
ただそのおかげで、運良く獣には見つかる事はしなかったようだ。
とはいえ、藪蚊はそんな赤ん坊の匂いをも嗅ぎつけ、襲いかかる。
虫達に抗う術も、抗体も無い無力な赤ん坊は咬み荒らされ、小さな身体は、赤く腫れ上がりじくじくと爛れていた。
人非ざる男は、籠から赤ん坊を拾い上げると、尚も襲い来る虫達をいとも簡単に払った。
それから命の鼓動を聞き、その生への執着を確認する。
そして、笑った。
「ハハ、いいモンめっけ」
人非ざる男は慣れた手付きでその赤子を腕に抱え込むと、再び夜空へ高く舞い上がった。
――――捨てる神あれば、拾う神ありと人は言う。
だがその後ろ姿は、まるで【悪魔】の様であった。
始まりました!
主要キャラによる、番外編感覚でお読み頂ければ嬉しいです!




