仔等の仕込み準備②
「……いや? 何言ってんだお前」
ドヤ顔で言い放ったマスターに、ルシファーは残念そうな視線を投げかけて諌める。
だけど、マスターは言った言葉を訂正せずに続けた。
「これは冗談じゃないよ。ルシファーが大教皇の座を手に入れて、教会を掌握する。それから適当に【神降りの儀式】とか言って【鑑定】を普及させてくればいいんだよ。」
「……いや、“ちょっと行ってきて”のレベルじゃねぇよ。そもそもオレが教会に入るって無理だろ。見た目は“人外”だし、どっちかって言うと教会の天敵【デーモン】達の仲間だぞ?」
そう。ルシファーは亡者や悪魔の住処である【魔窟】を寝床とし、自覚は無いが世界が認める【悪魔の王】だ。そして、彼の背中には、紛う事無き白骨の翼が伸びている。
マスターは、そんなルシファーを励ます様に、明るい口調で声を掛ける。
「だから何? 外見は心配しなくても、その背中の装飾を外せば“ただのでかい人”だから」
「装飾じゃねぇ!」
……そう。ルシファーの翼は着脱可能にして飾り以外、何の機能も持ち併せていない。
ただ、本人にとっては、何より大切な“己の一部”であることに間違いはないようだが……。
本気で怒りの抗議をあげるルシファーに、マスターはやれやれと頭を振る。
「それに教会のトップが汚職にまみれていたり、悪魔の巣窟になってるなんて、よくある話でしょ?」
「っねぇよ!? 何言ってんだお前、教会に謝れ!」
「まぁ、いずれにしろ問題ない。何故なら本来教会とは、神に信仰を示し、その神を祀るための場所。そこに勤める聖職者はと問われれば、それは心の在り方に重きを置いた職業に他ならない。……その点、ルシファーはゼロス様をどう思っている?」
「え、そりゃ勿論敬愛してるけど……」
ルシファーがそう言った時、皆からは見えない、俺の高い方の枝の上で、小さなトキメキの鼓動が震えた。
「……(―――……ドキンッ)」
……まぁ、気づいたのは俺だけだ。
「十分だね。よしルシファー、ゴー!」
「『ゴー』じゃねーっつの!」
必死に抗議するルシファーに、マスターは追い打ちをかけた。
「あぁ、そうだ。行ったらついでに、【ノルマン学園】も牛耳っておいて。レイス様が人間として学業を積むなら、いずれは【西のノルマン】か【東の蓬莱】のどちらかだろう。よく分からない教師達に、レイス様は任せられない。そうだろう?」
「いやまあ……だけど間違い無く“ついで”のレベルじゃねぇよ?」
その時、頭の整理が追い付かずブツブツと文句を言うルシファーを他所に、突然クロノスが提案した。
「ならば、創世神様方の不在中に設計する転移者達は“中学生集団”にしておきましょうか。この世界を【バーチャルリアリティ】の映しだと思っている子供達です」
「……え? は、はい……どうぞ」
ルシファーは頭を押さえつつも、首を傾げてクロノスの提案に頷く。
だけど、次にクロノスの放った言葉に、ルシファーは崩れ落ちた。
「そして、その子供達を、後に貴男の担当するクラスに入れさせましょう。個別より、纏まって行動させる方が管理も楽でしょうから」
「―――……冗談ですよね?」
「いいえ本気です。ああそうだ。このペンダントも設計して持たせますね。それで子供達の【スレ】をROMれば、何を考えているのかも尚分かりやすくなりますし【GGL検索システム】により、この世界の事を事細かに説明する手間も減るでしょうから」
マスターが頷く。
「流石クロノス様ですね。いい判断です」
次いでどこからとも無く上がった舌打ちを挟み、ルシファーが悲鳴を上げた。
「ちっ」
「いや、良くないよ!? ちょ、転移者達は、ラムガル様達が管視管理をされるのでは!?」
ラムガルは頷き、クロノスが解説を入れる。
「もちろん見守るとも。だが余はクロノス神に賛同するぞ」
「ええどうも。いいですかルシファー。こういう物は抑えつけて管理するより、開放し、本人の仁義により自己管理させる事が、最も楽で確実なのです」
ルシファーは震えながら、まるで反芻するかの様に呟いた。
「……か、開放?」
クロノスは、優しげで優美な微笑みを浮かべながら頷いた。
「そう。一番分かりやすい例を上げれば、貴男がその【賢者】と呼ばれる男を開放した事。あの捻くれ者が、貴男の言う事だけは気持ち悪い程に素直に聞いているでしょう?」
「な、何を言ってるんですか!? クロノス様っ! 馬鹿なことは言わないで下さい!」
マスターがそう叫んだ瞬間、地獄の底から響くような声が、一瞬だけ聞こえた。
「……誰が馬鹿だ。話し掛けるな。消すぞ? ―――……いえ、失礼皆様。まあ、そういう訳ですルシファー。問題が起これば魔王達に対処をして貰う。しかし事前対処として、貴男が子供等を問題を起こさない人格者に育てるのです」
「……と、転移者の……集団を、……オレが?」
震え、口をパクパクとさせながら乾いた声でそういったルシファーを、クロノスは問題無いとばかりに太鼓判を押す。
「しかし、気張る必要はないです。貴男は……そう。いつも通り普通にやって、手懐ければいいだけですから」
「ふっ……? 普通? いやいやいや……手懐けるって何ですか!?」
そう言って顔を真っ青にしながら、ルシファーが頭を抱え込んだ時、ぽくりぽくりとルドルフが歩み寄って来た。
そしてルドルフは、なんの気無しにルシファーにとどめを刺す。
「あぁ、後ルシファーよ。さっきも言ったが【テイマー資格】ちゃんと取っとけよ。俺が契約してやるんだ。試験を一箇所でもミスっでみろ。テイマー協会ごと潰して、結果を無かったことにしてやるからな」
「……いや! 待てっ!! ちょっと待て!? 今なんて言った!? ルドルフっ」
慌てふためくルシファーだが、ルドルフは『何か変なことでも言ったか?』とでも言いたげに首を傾げただけだった。
泣きそうにあたりを見回すルシファーだが、俺も含め、誰も手を伸ばそうとはしない。
……だってルシファーは言ったんだ。二神を育てるというこの役目に、笑顔で頷いたんだ。
『でもそれならオレにも出来そうです』と。
大事を成すには、大いなる責任が伴うもの。
もしその大きさを見誤れば、とんでもない重責を負うと言うリスクは当然ある。
マスターが爽やかなプリンススマイルで、ルシファーに声援を贈った。
「とりあえず五百年の内に大司祭になって、テイマー資格を取って、ノルマン学園に新たな熱血教師伝説でも刻んで来なよ。あ、勿論本来の仕事の“魂集め”も、疎かにしてはいけない。それが今件の“役”をこなす為の最低条件だ。『それなら出来そう』なんでしょ? 頑張ってね」
「っ嘘だろ……ちょ……頼む! 手伝ってくれよ!?」
「嫌だよ。前回の【契約】は去年だった。次は後499年後だから、それまでは自分でやるんだね」
「っそんな……」
ルシファーは縋る様に、また辺りを見回す。
だが皆は『きっと彼ならやり遂げるだろう』と優しげな視線を送るだけで、ルシファーに手を差し伸べようとする者はいなかった。




