番外編 〜人間達に不要と言われたオレ。暫くして戻ったら、勇者を遥かに凌ぐチートになってた件⑤〜
やがて、オレは23歳になった。
14歳の終わりにハイエルフ達から選択を示されて以降、結局俺は聖域を離れず、だけどハイエルフの里に住みつくという事もせず、泉の畔に小さな小屋を建て、一人で暮らすというということを始めた。
とはいえ、ハイエルフ達と縁を切った訳でもない。
週に3日程は剣術の指導をしてもらってるし、新しい魔法についての相談なんかもしたりしてる。
だがそれよりも多くの時間をオレはルドルフと過ごし、下らない話しや新魔法の開発何かをして過ごしていた。
「火は物質変化の際に生まれる“反応”とするだろ? そうなると、変化する物質を指定しておく必要がある。だからこの術式にはこのルーン文字を入れなくちゃいけないだろ」
「だーからガルシアは難しく考え過ぎなんだよっ。火なんて一定以上の熱エネルギーとそれに伴う“発光現象”を指すんだ。どんな物質だろうがカンケーねえ。よって術式陣形はこうだ!」
人間であるオレが元々持っているマナは微量である。その僅かなマナであれば、どんなに頑張っても出来ることは細やかな魔法しか使えず、気にせず適当バンバンヤってもそれなりに安全に使えていた。
だがこの【賢者の石】を介しての魔法となれば、そんな悠長なことは言っていられない。
同じ感覚で使えば、多分ここいら一帯くらい簡単に消し飛んでしまうだろう。
だからちゃんと制御する必要があるのだが、これが意外に難しい。
聖獣や魔物達にある魔核は、この制御プログラムが産まれた時から既に体の一部として描き込まれている。
だけどそれは難解で、まさに神の叡智と言うに相
応しいほど複雑なもの。到底真似ることなど出来なかった。
だからオレは先ず、神々の描く原初の言葉をかなり噛み砕いた“ルーン文字”と言うプログラム言語を開発した。
そして全く制御弁のない賢者の石に、そのルーン文字を使って安全装置となるプロテクトロックをかけたのだ。
ロックの解除に必要なのは、正確無比な術式の読み込ませと、それを発動させるに必要な自分のマナを一定量注ぐことである。
そうして解除された賢者の石は、読み込ませた術式の命令内容に従い、魔法を発動させる仕組みとした。
「燃焼点の無い物質だってあるだろ? しっかり式を組み上げとかないと、後々苦労するのはオレなんだから」
「あー? でもよ、これ以上の書込したら魔法陣のデカさやばくならね? いや、待てよ? これ重ねてみたらどうだ? ほら、平面じゃなくてこう……立体にすんだよ」
「え? あ! それいいかもな!」
そんな風にオレはいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
だがその日、オレの運命のターニングポイントは突然にやって来たのだった。
「ガルシア、ここに居た。……何をしている?」
「「!? レイス様!」」
突然のレイス様の訪問に、オレとルドルフは同時に跪いた。
「は! この、ガルシアはレイス様に頂いきました賢者の石で、魔法の研究をしておりました」
「そう。順調?」
「はい! レイス様のようなプログラムを敷くことはオレには出来る筈もなく、代りとしてこのようなルーン文字なるものを作り、これで制御プログラムを組み始めていた所です」
オレはそう言って、作りかけの魔法陣とルーン文字の一覧をレイス様に差し出した。
「……。文字少なくない? コレで組むのは逆に難しい。平仮名のあ行縛りで作文を作るようなもの」
ひらがな?
ちょっとわからない箇所があったが、レイス様はそう言うと指先を踊らせるように動かし、宙に光の文字を描き始めた。
「そのルーン文字はよく出来てると思う。特にこのプロテクトロックのアイデアはいい。今後の創造の際、つける事にした方がいいと思う程のアイデアだ」
レイス様は宙に文字を書きながら、オレの組んだ式をしげしげと眺められている。
そして、いつしかオレ達の周りが光の文字で埋め尽くされた頃、レイス様が漸く指を止めて仰った。
「マナを制御するには、最低この位の文字数はあった方が良い。レイスはゼロスと使ってる言語の方が慣れてるが、まぁこのくらいざっくりした方が賢くない人間には使いやすいのだろう」
―――オレが15年もの歳月をかけ、ハイエルフやルドルフの助けも借りながら作り出したルーン文字が218文字。
だがレイス様は、一瞬の内に4万3千3百の文字を新たに生み出された。
「……人間は賢くないのだろう? 覚えきれないなら書き留めておいてやろう」
「ははー!!」
オレは改めて神の万能を思い知った。
レイス様の作り出した4万3千3百の文字と俺の作った218の文字は、レイス様により12枚の薄いミスリルの板に彫り込まれた。
やべー。これ、オレの一生の宝物だ。
オレが12枚のミスリル板を大事に抱きかかえていると、レイスご再び俺の名を呼んだ。
「所でガルシア。今暇か?」
「えっ、はい。ルドルフじゃなく、オレですか?」
「そうだ。実はレイスは今困っている」
レイス様は無表情でそう仰り、俺は二つ返事で即答した
「オレに出来ることがあるなら何なりと仰ってください!」
「そう。実はな、以前グリプスと呼ばれている土地に、レイスは地下迷宮を創った。そこにソルトスという名の枯れかけた男が気に入ったとある“宝物”を隠し、ソルトス以外の人が見つけられるかという賭けを始めた。……だけど人間が弱すぎて、攻略の気配が無いどころか恐がって近付きもしない。そして先日、ソルトスが枯れた」
枯れたって……死んだってことだよな……?
「えっと……つまりオレに、その迷宮を攻略しろと?」
「違う。お前が人間共を鍛え直せ。レイスはちゃんと攻略のヒントもあげてるのに、それに気づきもしない。人間は賢くなさすぎる上探究心もない。全く何の為に生きているのだろう」
「ひ、ヒントとは?」
ぶつぶつと人間をディスり始めたレイス様に、人間であるオレは顔を引きつらせながら質問を重ねた。
「いいか、ガルシアよ。グリプス大迷宮には侵入者を攻撃するようにプログラムした、魔物を模った擬似生命体が存在する。それを倒せば何の書き込みもされていない魔核、つまり劣化版の賢者の石が手に入るという訳だ。それでガルシアがやっているように自身のマナの底上げをしつつ、挑めば猿でもクリアできる。いやまぁ、人間なら多分……おそらく、きっと……うん。ゼッタイ…………もきゅ」
レイス様……それ多分、誰も気付かないやつです。
そして語尾が最早聴こえないです……。
「人が来るように宝箱も置いてみたけど、入って来ないからそれにも誰も気づかない」
レイス様の声がちょった哀しそうに震えた。
「そういう事ならオレに任せてください! 人間のところに行って、ちょっと揉んでやってきますよ!」
「え? おい、ガルシア」
即答したオレに困惑の声を上げたのはルドルフだった。
ルドルフには、オレの出生からこの森に来るまでの経緯も話している。
不安げにこっちを見るルドルフに、オレは笑いながら答えた。
「大丈夫。オレはもう、オレを除け者にした人間たちを怖がっても恨んでもないからな。オレには先生がいて、大事な友達や仲間がいて、大切な神様がいる。オレが何処に行ったって、みんな見守ってくれてるのも知ってるからよ」
レイス様は多分ちょっとお遣いを頼むような感覚でオレに声をかけて下さったんだろう。
だけど人の寿命は短く、レイス様のお遣いを全うする為には、オレはもうこの聖域に戻ることができるかすら怪しい。
「レイス様。この森を出る前に、ハイエルフ達やこの聖域でお世話になった方達に、挨拶していってもいいですか?」
「いい」
レイス様は最後にそう一言だけ仰った。
◆
「何かあったら呼べよ」
聖域の境界まで、見送りに来てくれたルドルフがぶっきらぼうにそう言った。
「ルドルフこそ寂しくなったら会いに来なよ。オレ以外にダチも居ないんだし」
「バーカ」
少しからかえば、悪態ついでに頭を齧られた。
でも俺は文句を行くことなく、頭上に掛かるルドルフの息を懐かしむ。
「はは。……なぁ、ルドルフ。オレの短い足じゃもしかしたらもう、ここに戻って来れないかもって思うんだ。……だからさっ、寂しくなったら呼んでもいいか? お前なら、その……すぐ来れるだろ?」
すでに寂しかった。いつもの様に意地を張る余裕もない程に。
ルドルフもそんなオレの気持ちを汲んでくれたのか、いつもより少し素直に頷いてくれた。
「っ……いいっつってんだろ! いつでも呼べ!」
そしてルドルフはオレに背を向けて空に駆け上がっていく。
「あばよぉ!!」
その姿はすぐに視界から消え、ルドルフの声だけが空に響いた。
俺は片腕を上げて振り返ることなく歩き出した。
―――あばよ。相棒。
こうしてオレは、18年暮らした聖域を後にしたのだった。




