神は、解散を告げ賜うた
「―――この子の面倒をね、君に見て欲しいんだ。ルシファー」
ゼロスがそういった瞬間、その場は凍りついた。
流れる沈黙。
集まった皆は驚愕に目を見開きながらルシファーを見つめ、当のルシファーは完全に硬直したまま、目の焦点があっていない。
ゼロスは笑顔でルシファーを見つめながら、静かに返答を待っている。……でも内心では、おそらく相当焦っているのでは無いだろうか。
―――……え? もしかして駄目だった……?
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
流れる沈黙。
……心が痛くて辛い。
ゼロスが泣いてしまう前に何か言ってあげてっ、ルシファー!
俺が幹を震わせながら、そう心の中で叫んだその時。
この場の誰よりも早く我を取り戻したラムガルが、まるで懇願でもするかの様にゼロスに叫んだ。
「っお待ちください! レイス様のお世話が必要ならば、余がっ!! これまで余はレイス様にお仕えしてまいりました。更に申しますと、奴より余の方が“お世話レベル”が高いかと!」
……なる程。
料理はもちろん、家事全般のスキルレベルが軒並み【MAX】のラムガルとしては、大好きなレイスがバブ化すると聞いて、放っては置けないのだろう。
だがそんなラムガルを、ゼロスは静かに手で制した。
「待って、ラムガル。今回の目的は、ただ甘やかされることでは無い。愛情を持って【人として生きる】事が目的なんだ。単にハイレベルな世話なんか求めていないんだよ」
「……っしかし……」
それでもバブ化レイスを諦めきれないラムガルは、ゼロス相手でも食い下がらない。
そんな中、沈黙を守っていたレイスが、突然まるで邪神のような冷たいオーラと視線をラムガルに放った。
「っ!?」
思わず冷や汗を浮かべながら、身体を硬直させるラムガル。
レイスは低い声で言った。
「―――ラムガル。調子に乗るな。【人間の赤ん坊】と言ったろう? お前は【人間】か? レイスがお前をいつ【人間】として創った?」
怒られるラムガル。だけど、バブ化レイスは絶対に見逃せ無いラムガルは頑張る!
「よ、余は人間では御座いません。しかしっ、人の世に紛れ生きた事は……っ」
うん。勇者の様子を見に行く度、変装してるものね。知ってるよ。
だけどレイスはそんな懸命なラムガルを、残酷にも一刀両断にした。
「何度その正体がバレた? ガルガルよ」
「っ……」
ラムガルが膝から崩れ落ちる。
“ガルガル”。それはかつてラムガルが犬に化けた時、とある少女に付けられた名前だ。
そして正体がバレた後も、その名を訂正して貰えなかったのだった。
……レイス、黙らせる為とは言え抉ったね……。
膝を突いたラムガルに対し、マスターも小さく舌打ちをして声を上げる。
「っゼロス様、僕も人の仔でした。僕にもチャンスを頂けないでしょうか!?」
ゼロスは困った様に笑い、マスターを宥める。
「何を言ってるの? マスターは未婚だったでしょ。子供を育てた事もないじゃない。そもそも聖者には任せられないよ。まぁマスターはアインスと仲良くすればいい。ね?」
「っ……」
マスターも膝から崩れ落ちた。
生涯独身を貫いたマスター。そしてその要因は“失恋”だった。
ゼロスも抉るなぁ、……というか、もしかして俺の護衛担当って体の良い人払だった……?
立ちはだかる壁を易安と破り去った神々は、未だ呆然としているルシファーにプレゼンを開始する。
「君はかつて、人間としてのあるべき姿を全うした経験がある。よって、適任だと思うんだ」
「……」
ルシファーは頷いてくれない。
ゼロスの頬が引き攣る。
「もっ、勿論不安もあるだろう。だけど安心していい。僕がレイスの力をコントロールする間、一部意識を切り離し、君と共に行動を取ろう。……その、結構コントロールが大変だから、助言とかしてあげられる余裕はないけど……それでも……えっと……多少心強いかなー……なんて」
「……」
正直に『自分も一緒に行きたい』と言えないゼロスの、なんと愛しい事か。
そして口下手ながら、レイスも頑張る。
「……記憶はなくしてても、趣味は変わらない。きっと気が合うだろう!」
……あぁ、レイスが最早『構ってちゃん』にしか見えないのは俺だけなのか?
何という熱烈な『一緒に遊びたい』コールなんだろう。
しかし未だに焦点が合わず、唖然としたまま無言のルシファーに、ゼロスは少し重い口調で言った。
「わ、分かった。……この任を見事完遂した後に、その報酬として、この僕から【祝福】を贈ろう」
何処か照れているように見えるのは、果たして目の錯覚か……?
と、その時突然、ルシファーが動いた。
「……はっ、い、いえ! 結構です! それは必要ありません!」
当然、我に返った例ルシファーが両手を突き出しゼロスの申し出を断った。
「……じゃあ、始めに贈っておこうか?」
「いえ、前後の問題でなく受け取れません」
「遠慮しなくていいよ?」
「遠慮はしておりません」
「そんなこと言わず……」
「っ勘弁して下さい」
「……」
突き出した手を振りながら、必死で断るルシファー。
……そう言えば、以前ゼロスは今の【神竜・フィル】にも祝福を与えようとして断られていたっけ。
唯一受け取ってもらえたのは、昔の友達の誼でと……。
うん。あれも“友達”じゃ無ければ、十中八九断られていた気がする。
……。
この世界の【最高神からの祝福】は、……本当に人気が無い。
頑張ってゼロス。俺はゼロスの祝福なら、いくらだって受け取るからね!!
俺が心の中で、そう声援を贈っていると、ゼロスは何かに耐えるように静かに目を閉じ、たっぷり五秒静止した後にカッと目を開いた。
「っそれで? 面倒見てくれるの!? くれないの!!?」
耐えたね! 強いぞ! ゼロス!!
絶対神に強い口調で選択を迫られたルシファーは、いつもの晴れやかな笑顔を浮かべ頷いた。
「はいっ、もちろん! お世話させて頂きます!」
「あーそうだろうね、だったら始めっから期待を持たせ……、……え? 良いの?」
ゼロスがパチクリと目を瞬かせ、ルシファーに尋ねた。
「ええ! 他の皆さんは凄いこと任せれていて、オレって役に立たないなぁ……って思っていたんです。でもそれならオレにも出来そうです。オレこう見えても、曾孫も合わせて14人の子供の相手をしてますからね! 任せてくださいっ!」
そう、なんとも嬉しそうに胸を張るルシファー。
……何という事だ。
「いやー、転移者を生み出すだの、それを管理するだの、確かにオレには力不足ですから……。それでも今件にオレなんかがお役に立てる事が一つでもあって、本当に良かったです」
ハハハと笑うルシファーに、レイスがフッと笑いかける。
「ふ、そうだな。しっかりレイスをお世話するがいい」
「はいっ!」
「……僕も力や思考が鈍くなるから、迷子になったりしそうになると思うよ? お世話してくれるかな?」
「勿論です! 纏めてお世話させて頂きます!」
ハッハッハっと、胸の支えが取れたように笑うルシファー。
だがその役目は、誰がどう見てもこの計画の要だ。
というか、その為に全てが敷かれたと言ってもいい。
―――なのにこの王様と来たら、……どこまでも呑気なのだった。
「じゃあ、今レイスがダイエット中だから、あと五百年を目処に、そっちに行くっ」
「……意外と先ですね」
楽しげに神々とそう打ち合わせるルシファーは、周りの者達からの刺すような視線に気付いていない。
「じゃあレイスはまたダイエットの続きをして来る」
「じゃあ、僕も……あ、みんな解散していいよ。また日が近くなったら連絡するね」
神々はそう告げると、どこか張り切ったように空へと飛び去っていく。
ルシファーはにこにこと笑いながら、背後から向けられる視線には気付かず神々を見送ったのだった。
流石に呑気過ぎる。
この任は俺から見ても重要性と困難性はレベルMAXだ。
それに気付いていないこのルシファーに、俺は一つだけ警告して置く事にした。
「―――……ルシファー、一つだけいいかな?」
「はい、何でしょう?」
「この任、決して油断しては行けないよ」
「え? は、はい」
「君は何も分かっていない。あのゼロスとレイスのお世話をするという事の危険性に」
途端、ルシファーの顔に緊張が走る。
だけどこれは本当に危険な事なんだ。生半可な気持ちでは、必ずその身を滅ぼしてしまう。
だって考えてもみて。俺の幹についた大きな傷や、俺の落葉の原因を。
「萌え死ぬよ? 油断してると」
「……え? 燃え?」
「違う。【萌】、『萌えぇえ!!』の方だ」
「……。……え? 」
「だからもう一度言うよ、も……」
俺が大真面目に警告していると、その間にスッとマスターが割って入ってきた。
「アインス様のお相手はこの僕です。ルシファーには僕から言って聞かせますので樹は……いえ【世界樹様】は少しお黙り頂けますか?」
「……うん」
【樹】であることをマスターに強調され、ただの樹である俺は、もう黙るしかなかった……。
「……ん?」
「今のは気にしなくていいよ、ルシファー。それより今後の対策について少し打ち合わせをしようか」
「お、……おぅ」
……。
そうして、皆は俺から少しばかり距離をとって話し始めた。
……俺は孤独感に苛まれつつ、ポツリと呟く。
「―――……だれか、録画の準備も忘れないで……」
振り返りサブタイメモ↓
※1 番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした〜
※2 聖夜の奇跡⑧ 〜夜の終わり〜
※3 神は、友を祝福し賜うた




