神は、降臨し賜うた
《ルシファー視点》
それからまる一日が経ったが神々の気配はなく、集められた者たちは緊張に言葉を発する余裕すらなくなっていた。
そんな時、またアインス様の言葉が響いた。
『ゼロスとレイスは、まだ二〜三日は来ないと思う。どうかみんな、楽にしておいてね』
……無理だ。
この世界で一番勇敢なはずの【勇者サマ】ですら震え上がるこの状況で“楽”に出来る勇者等いるはずも無い。
この場に於いて、何処にも救いはなかった。
アインス様に告げられた二〜三日が、果てし無く長い悠久の果てに感じる。
面々が限界とばかりに、まるで救いを求めるようにアインス様を仰ぎ見たその時だった。
「僕が前座を務めさせていただきましょう」
もはや挑発でしかない、落ち着いた口調でレイルが言った。
当然緊張のストレスから、面々はその矛先をレイルに向けて怒鳴り始める。
一方的に責め立てられるの姿に、オレももう見ていられず声を上げた。
「お、おいっ、無理すんなよ!?」
……何故かオレが一番怒鳴り返された。いや、別にいいんだけどさ。
レイルは苛立たしげに並ぶ面々を睨みながら、とんでもないことを告げた。
「ゼロス様がアンタ達のために、究極の魔法を創作して下さったんだよ」
それからレイルは新たな魔法【鑑定】についての解説を始める。
更には実演と称し、自身の能力の全てを包み隠すことなく、俺達に開示して見せたのだった。
◇
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種別 魔物
名前 ラムガル
Lv 覚醒 13
職業 魔王
HP: 2,158,313/2,158,313
MP: 8,002,197/8,002,197
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種別 聖獣
名前 ルドルフ
Lv 覚醒 42
職業 獣王
HP: 4,111,523/4,111,523
MP: 5,345,981/5,345,981
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オレは目の前に映し出されたデータに、呆然としながらレイルに問いかける。
「なぁ……【覚醒】って何?」
「さあ? 変なものでも食べたんじゃない?」
「マジかよ。オレも食いたいんだけど」
「冗談に決まってるだろ」
物凄い目でレイルが睨んてきている気がするが、オレは周りの方々の画面を唖然と見上げたまま目を逸らすことはしなかった。
……いやだって、数値がおかしい。オレの魅力値とか『別にバグじゃなくね?』ってくらいに普通におかしい。
オレはしみじみとレイルの英断に頷く。
「いやー、オレ達始めに提示しといて良かったなぁ。後半での提示だったら、俺達なんか憐憫の念しか貰えないところだったぞ?」
「仲間みたいに言わないでくれないかな? ……まったく。まぁ気にしなくても、おかしいのはあの人達だよ。【覚醒】っていうのは、神に定められた“種族の限界”を超えた者に与えられる新たなレベルだ」
「種族の限界……?」
レイルの言葉に、オレはふと思い当たった。
確かルドルフの奴、この前バハムートに勝ったって自慢してたんだ。そんで『この次は神獣様で、そのうちクリスちゃんも引っ張り出す』とか言ってたか……。
ルドルフの話だからと適当に聞き流していたが、普通に考えて【麒麟】が【バハムート】に敵うはず無いんだ。
レイルは、呆れ果てたように続けた。
「魔王に関しては、懲りもせず僕のダンジョンに挑んで来たせいだね。ストレス発散がてら苛め抜いていたら、……いつの間にか超えてたみいだ」
「……ラムガル様……」
オレはこの時、魔王様を心底凄いと思った……。
「獣王に関しては……―――」
レイルの言葉がふと止まる。
「……そうだね。【火事場じゃ無くても馬鹿力】的な感じじゃないかな」
……只ひたすらに“馬鹿”って言いたいのか。
でもゴメンなルドルフ、言い返せねぇ。
オレはふっと笑い、頭を振った。
そして、それらのデータに一喜一憂しつつ時間は過ぎ、程よく緊張も解れてきたその時だった。
脳裏にアインス様の声がまた響いた。
『あ、みんなお待たせ。ゼロスとレイスが降りてくるみたいだよ』
一瞬だった。
ざわついていたその場は一瞬にして静まり返り、オレを含めその場の全ての者が膝を突き、頭を下げた。
勿論画面などとっくに消し、誰も微動だにせず神々の到着を待つ。
「やあ、皆。来てくれてありがとう」
程なく、頭上からゼロス様の聖声が響いた。
「顔を上げて。楽にしてくれていいよ」
優しげなその言葉にオレは……いや、オレ達は従い、面を上げた。
するとそこには、この世界の双子の神々がいた。
黒い短髪の青年ゼロス様と、白い長髪の少女レイス様。
ゼロス様は白く輝くお召し物を身に纏い、レイス様は漆黒のスカートをなびかせている。まるで、光と闇。対極の存在。
それがこの世の全てを創り出した、創世の神々だった。
オレ達を見下ろすゼロス様の聖腕には、何かをくるんだような、純白の布が抱かれている。
―――……なんだろう?
オレは不思議に思いそれをじっと見つめていると、ふとゼロス様がオレに目を向け、バチンと視線が合わさった。
「っ、……(ふい)」
「!?」
っ思いっきり、不自然に顔を背けられた!? なんで!?
何か粗相でもしたのかと、縋るようにオレはレイス様に目を向ける。
するとすぐにまたその視線が合い、レイス様は無表情でオレを見据え、仰った。
「こ、コッチ見るなっ」
「……」
―――……辛い。
……ホント何でオレ、ここに居るんだろう?
オレは頷き視線を反らせ、何も無い虚空を見上げた。
◆
ふと、オレ達を見下ろしていたレイス様が、ポツリと呟いた。
「……フィルが、来ていない」
途端、膝を突いたクリスちゃんが慌てて声を上げる。
「はいっ! ご報告致します。かのドラゴンはこの招集に応じる事は出来ません」
フィル……ドラゴン? もしかして【神竜・フィル】の事か?
オレはその存在について、結構知っていた。
それはこの世界の中で、唯一無二の存在。
“幸運のラベンダードラゴン”とも呼ばれていて、そのドラゴンに触れた者は、真理すら凌駕する幸運に見舞われるのだと言う。
その【幸運】が欲しくて、実はオレも探しているんだ。
……それが、ここに参加するはずだった?
オレは聞き耳を立てた。
レイス様はじっとクリスちゃんを見つめ問いかける。
「……なぜ来ない?」
レイス様の静かな追及に、クリスちゃんの額に汗が浮かぶ。
「はっ……! 実はレイス様よりこの招集を頂く直前、かのドラゴンは私共の新たに開発しておりました【即効睡眠チョコレート】を誤って大量に口にしてしまったのです。……以来眠りについたまま目覚めることなく、この招集に集うことが出来なくなりました」
「……」
「……」
「……」
なに? チョコ……?
「す、すみません! 本来、一粒三時間程度の効果なのですが“後引く美味さ”だったらしく、気付いた時には大瓶全てを平らげてしまっており……っ、早くともあと2日は起きないかと!」
「……」
「……」
「……」
いや、ふざけてんのか? そんなんでレイス様の呼び出しを無視するだと?
クリスちゃんの必死の報告に、レイス様は低い声で尋ねる。
「ちゃんとフィルの容態を言え。そんな物を口にさせて、きちんと処置は施したのか?」
「はっ、っ容態は……えっと、幸せそうに眠っておりました! 後の処置は【歯磨き】を施しておきましたっ」
―――……至れり尽くせり。
一同が眉間にシワを寄せる中、レイス様は口元を歪め笑った。
「―――ふっ、何という可愛すぎる欠席理由だ。我が身を顧みず自身のキャラを貫き通すその心意気、……気に入った。いいだろう。今回はフィルの不参加を認める。フィルには後ほど『おはよう、よく眠れたか』と伝えておけ」
―――……優しい!
「はっ、必ず伝えさせていただきます!」
クリスちゃんは顔を引き攣らせながら頷いた。
オレな、幸運のドラゴンを探すにあたって、色々想像してたんだ。
神竜ともエンシェントドラゴンとも言われる【フィル】のイメージは、オレの中で【神々しい】とか【気高い】とか。後は【クールだけど優しい】とか、そんなんだった。
でも、
―――……もう、全っ然わかんねぇ……。
そしてオレはまだ見ぬその存在への恐怖と期待に、そっと拳を握り締めたんだ。
……そう、チョコレートを食って寝てるだけで、全てを赦され、その上あのレイス様を微笑ませる事の出来る存在。
何か思ってたのとは違うけど、オレの探し求める【幸運】は、間違いなく本物だったんだ。




