神は、招集を掛け賜うた
辺りの落ち葉が片付いた頃、ゼロスはまた気を取り直して言った。
「まぁそう言うわけで、僕らが居なくなっても、自分たちで何とか出来るための保険だね。そして、力を無くしてるとはいえ相手はレイスだからね。その現状を把握できた置いたほうが、あっちも対処できやすいと思って」
レイスも頷き、補足をする。
「これ迄の【転移者】達の結果から判断するに、余計な記憶があれば余計な事をすると言う結果が出ている。だから最低限の『自分は人間』と思える程度の記憶のみを植え付け、あとは消すと言う事にした」
……レイス。自分達の創った仔達なのに『余計な事』と言い切ったね……。
そしてゼロスは特にそれを否定もせず頷き、にこやかな笑顔を浮かべながら、枯れ葉の片付けを終えたマスターに尋ねる。
「人間目線から見て、こんな流れでどうだろう? マスター」
マスターの肩がビクリと震えた。……まぁ、無茶振りだものね。
だけど直ぐにマスターは居住まいを但し、頷いた。
「はっ、御配慮痛み入ります。……ただ一つ思うところと言えば、その【鑑定】についてです」
「うん、言ってみて?」
マスターは膝をついて、空に描かれた魔法陣に一度目を向け、再び頭を下げた。
「はい、外界の者達は神々に対し情報を提示することは厭いません。しかし、外界の者同士ではそうも行きません。生きる上で利害の掛け合いや誇示等、至って下らぬ泥試合を繰り広げています」
「うん」
「しかしそれが浮世。個人の全面的な情報の開示は、かつて無い混乱を生みます」
「うーん。やっぱ駄目かぁ。せっかく創ったのに……」
わざとらしく肩を落とすゼロス。
だけどこれは、ゼロスとマスター間で繰り広げられている一種の遊びだ。
無茶ぶりに対して、ゼロスの納得行く答えをマスターが出せれば、その利権はマスターの物になる。
また、半端な答えや、気に入らない答えなら、創作物のデメリットを一手に引き受けさせられたり、創作物を容赦無くリセットしたりもするから、ノーリスクとは行かないけれども。
変わった遊びではあるけど、これでもゼロスとマスターは仲がいいんだ。
マスターは内心では必死にあらゆる可能性考えつつ、ポーカーフェイスでジャブを入れる。
「【演算】で、使用に適した者を決めさせれば如何でしょう?」
「駄目だね。【演算】で出せるのは“最適解”であり“最善解”では無いって言ったでしょ」
「では【職種】の限定は可能ですか?」
「レイスの【もふもふ大陸】の入場許可みたいな? それなら出来るよ。だけどどの職種?」
「当然【聖職者】でしょう。聖女様がおられる【正教会】に殉じる者達です。かつてゼロス様の遺した教えに則り、公正克つ差別なく他者への開示と黙秘を実践してくれることでしょう」
「ふーん、なる程ね」
「とは言え、あくまでそれは【自我のある魂を持つ者】に対しての処置。魂を持たない【物質】に関してはさほど気にする必要もないでしょう。使用者の慣れに応じ、詳細公開の範囲を広げていけばいいかと」
まあ【鑑定】で薬効や副作用が一目で分かったりすれば、確かに便利だ。……そして俺としても【種別】に“自称”とかを付けられているのを皆に知られるのは、確かに恥ずかしいしね!
ゼロスは頷く。
「鑑定スキルに、Lvを付けるということだね」
そしてゼロスは、すすっと目の前に何か神の文字を描くと、空の魔法陣に投げ上げた。
マスターはその僅かに変化した魔法陣を見届けるとまた話を続けた。
「一般公開で扱えるのは、その程度が限界でしょう。そして自身の鑑定は発動ワードを定めておけば、それを知る者に限定して自在に扱えるようになります。例えば記憶を亡くされたレイス様の存在を知る者などにとっては、この上なく心強い物になります」
「うん。《ワード設定》コード【ウィンドウ・オープン】」
ゼロスがささっと呪文を設定し、またにこやかにマスターに尋ねる。
「他には?」
「……はい。鑑定のインプットに関しては、正直恐ろしいです。【最適解】を弾き出す演算に、一般の精神はそれが正しいと思いこんでしまいます。確固たる信念と、正しい心を持つ者にしか扱えません。しかもなまじ扱えたとしても、その種の限界を超す力とは即ち、その者の【肉体崩壊】も同義です」
……マスターの予測に俺は思う。
ゼロスはなぜそんなものを創ったんだろう。……あ、ノリか。そしたらついでに【鑑定】が出来てしまったと言う感じかな。
ゼロスは肩をすくめながら、言い訳でもするようにマスターに言う。
「もしレイスが暴走した時、僕は止めに入れない。そっちでなんとかして貰わなきゃいけないんだよ。とは言え、僕達だって細心の注意を払って、そうはならないように様々な手を打っているけどね」
「その一手の一つだと? こちら側の力など、神々の前では微々たる物ですが」
「あはは、わかってるくせに」
「?」
首を傾げるマスターに、ゼロスは可笑しそうに言った。
「『絶対はあり得ないが、絶対でなければならない』……そうなんでしょ?」
「っ!?」
マスターの目が見開かれる。
ゼロスは変わらずにこやかな笑顔で、マスターに言った。
「この魔法はマナへの【共振】。ベースはアインスの“世界の音を聴く【震】の魔法”だ。それを創った僕が、知らないはずないでしょ?」
慈愛溢れるその笑顔を向けられたマスターの肩は、小さく震えていた。
「……っそう、……でした。驚愕などしてしまい、大変失礼致しました」
「良いよ。マスターさっき言ったじゃない。何も隠し事はしないって。ならこっちも詮索しないのは礼儀。干渉はしないよ」
マスターは深く頭を下げてから、微笑むゼロスに言った。
「神々は最早この世界に何かを生み出す事はされない。しかしその魔法により、今在る物だけで我等に【神々に匹敵する力】をお与え下さると言う事ですか」
「そう。餞別に」
一言だけそう答えたゼロスに、マスターは頷き、膝を突いた。
「あちら側を代表し、感謝申し上げます。そしてその力の“真価”に関しては僕がいずれ必要な時、相応しい者に提示致しましょう」
「良いだろう。《ワード設定》コード【鑑定】、《ワード設定》コード【裏鑑定・アウトサイド】」
ゼロスはそう言って、また黄金の神の文字を綴り、それを空へと投げ上げた。
するとその文字を吸い込んだ魔法陣は途端に弾けるように砕け黄金の光となり、空に溶けて行った。
ゼロスは微笑み指を一本口元に立てて、まるで内緒話でもするように、マスターに言う。
「今のコードは、僕は誰にも言わない。レイスもアインスも言わない。分かるね?」
「っ」
「うん。見誤らないようにね、マスター。失敗すれば世界は終わる。成功しても術者は滅びるんだ」
「……っはい」
マスターは緊張した面持ちで、頷いた。
こうしてマスターは、ゼロスから《秘密のコード》を預かったんだ。
そして俺は呟く。
「―――……ごめんね。ノリじゃなくて、ちゃんと考えてたんだね……」
愚かな俺はてっきりガン……いや、もうよそう。
彼は一人の男の子である前に、一柱の神だったという事。
立派だよ、ゼロス。
葉が落ちた俺は、そよそよと揺らぐことはできなかったが、精一杯にそのゼロスの背中に声援を贈った。
そしてゼロスは顔を上げ、レイスに声を掛ける。
「じゃあさ、目処もたったし、あっちの皆に言おうか。急に行ったらビックリされるだろうしさ」
「ん。いい考え。レイスはラムガルとルシファーとルドルフ、後フィルとクリスを呼ぶ」
「じゃあ僕は勇者とル……は、レイスが呼ぶし。天使達と精霊王、それから神獣達とクロノスとマナ・カイロスも呼んでおこう」
二柱はそう言って頷きあった。
―――そうして、ここに各界の代表が招集される事となったのだった。
振り返りサブタイトル↓
※1 神は、黄昏を見つめ賜うた 〜遺思の解釈③〜




