神は、慈愛を与え賜うた
マリアンヌが背後に薔薇を背負いながら、ターニャに尋ねる。
『失礼? “オスカル”とはどんな方?』
『え? 貴女もベルバラに興味が……!? 良いですぞ! 解説して差し上げましょうぞ! オスカルとはフランス革命に現れた、強く美しき男装麗人。かの方は兵士として、だがしかしアンド……』
『もう結構』
嬉々として、二〜三日で終わらなそうな解説を始めたターニャだったが、マリアンヌは10秒でそれにストップを掛けた。
流石に眉間にシワを寄せてマリアンヌを睨むターニャ。
『ナンデースか? 人に物を尋ねておいて、失礼デース!』
だけどマリアンヌは微笑を浮かべながら、何故かターニャの顎をクイッと持ち上げた。
困惑するターニャ。
『……はぇ?』
マリアンヌは目を細め、それでもターニャの瞳からその眼差しを離さず、顔を寄せる。
額と額がくっつきそうなその距離で、マリアンヌは少し低めの声音で囁くように言った。
『もういいんだよ。ありがとう、子猫ちゃん』
ターニャの瞳が揺れ、その表情が乙女のソレになる。
『……っ。……ま、まさかっ……アンドレ様?』
『しっ、それは君とわたしだけの秘密だ。いいかい? 誰にも言っちゃいけないよ?』
ターニャの顎をガッシリと持ったまま、至近距離でそう囁くマリアンヌ。
『ふ、……ふぁい……』
たちまちターニャは骨抜きとなり、力無く頷いた。
マリアンヌは流し目でふっと微笑む。
『そう、いい子だ。少し静かに出来るかな? わたしの為に』
『もっ、モチロンデェース!! あっでも、一回だけヨイデしょうか!? “黙ってわたしに付いてきてくれる兵はいないのかっ”と言ってみて欲しいのでぇーす』
マリアンヌはにっこり笑って頷いた。
『“黙ってわたしに付いてきてくれる兵はいないのかっ!?”』
『ハイっ! 付いてくぅっ! ッッハウアァァァァァ―――ンッッ!! どんだけ!? ご褒美っ、ありがとうございまシイ―――タァァ!!!』
そして、ターニャは身悶えしながら、高速で去っていった。
やがて洞窟内からその反響音が消えた頃、マリアンヌはポツリとマリアに尋ねた。
『……一体、誰だったのかしら?』
そんなマリアンヌの手をマリアはぎゅっと握り締め、恍惚とした表情で見上げながら言った。
『……貴女のような方を待っておりました。―――ようこそ、楽園へっ!』
◆
「―――そっからマリアの奴が、マリアンヌちゃんを楽園に引き抜こうとして、ホンっと大変だったんだ……」
ルシファーは溜め息を吐きながら話を締め、思い出し疲れか、カウンターに突っ伏した。
マスターも六杯目の紅茶を啜り、様々な言葉を飲み込みつつ感想を述べた。
「ホントに有能だね。ルシファーに勿体無いくらいだよ。……と言うかマリアンヌの“男装”の話でさ、マリアンヌの中での“男性像”ってどうなってるの? そんな人間いるわけ無いじゃない」
「お前の真似だそうだ」
「……。―――……え?」
長い沈黙の後、マスターの眉間に皺が寄った。
「なー、マリアンヌちゃんはきっと幻でも見てたんだせ? どこの王子だって話だよ」
「王子だけど」
「……そうだった……。だけど、まぁお前のキャラじゃねえだろ」
頬杖を突き、ヒラヒラと手を振って否定するルシファー。
マスターは暫く沈黙した後、目を背けながらポツリと告白する。
「―――いや、マリアンヌだけには……心当たりは無くもなくて……」
ルシファーが驚愕のあまり、ガタリと席を立ち上がった。
「っやったのか!? 嘘だろ? “子猫ちゃん”とか言ったの!? お前、色んな意味で勇気あるなぁ!?」
「……え? いや、その……」
「……あ、……うん。……ごめん……」
ルシファーは静かにまた席に着き、どちらも聞いてはいけないことを聞いてしまった気まずさに沈黙した。
だけどその時、ふと弾む声が空から降りてきた。
「アインス! ただいま!」
俺は枝を揺らし、その声の主を出迎える。
「おかえり、ゼロス」
その気配に気付いたルシファーとマスターが、慌てて外に出て柔らかい草の茂る地面に膝を突いた。
ゼロスは楽しげに笑いながら、俺に何か言おうとする。
「アインス、あのね……―――」
だが、楽しげにキラキラと輝いていたゼロスの目が、ルシファーの姿を捉え、大きく見開いた。
「え? ルシ……ルシファー……? な、何でここに?」
口籠り、小さな声で呟かれたその声に、ルシファーはすぐ様畏まって答えようとした。
「はい、今回ここを訪れたのは……」
「はっ!? ま、まさかっ、神々に会いに来たの!?」
「へ?」
だが途中で遮られ、万物の万象を見通せる神の、明後日な方向の見立てに、ルシファーは妙な声を上げ首を傾げた。
ルシファーの答えを待たず、ゼロスは慌てて言い訳をする。
「だ、だけど僕らだって忙しいんだからねっ。別に忘れている訳じゃないんだ。だけど忙しいから、遊びに誘われたってそうそう行けないのさ」
「そ、そうですか……」
話が見えず、完全に困惑するルシファー。
そんなルシファーに、ゼロスはビシリと指を突き立て、ビシッと言った。
「でも神が居なかったとしても、ルシファーは何時でも聖域には遊びに来ていいんだからねっっ! ―――……ナッ……ナカ……マ……っだし!?」
……。
「あ、……ありがとうございます(……ナナカマって何だ?)」
ルシファーは困惑しつつも、分かる範囲で頷いた。
するとゼロスは小さく咳払いをすると、柔らかい笑顔を浮かべ、ルシファーに小さく手を振った。
「うん。えーっと……。そうだ、それじゃあ僕は忙しいからもう行くね。またね、ルシファー。……と、マスター。あ、ルシファー、帰りは気をつけて。いやっ、別に何かあるとかじゃなくて、そのっ……分かるね?」
マスターは無言で頭を下げ、話についていけないルシファーは首を傾げた。
「え……あの?」
途端ゼロスは怒り出す。
「ひ、引き止めたって無駄だよ!? だって忙しいんだってば!」
「あ、はい……」
「うん。分かってくれたらいいんだ」
そう言ってまた空に戻ろうとするゼロスに、俺はふと尋ねる。
「あ、ゼロス。俺に何か用事があったんじゃ?」
ゼロスの目がクワッと開いた。
「今はっいそ、い、……いそ、いそっっ……―――後でねっっ!!」
「うん」
ゼロスはそう俺に言うと大慌てで帳を開け、闇の中へと消えていった。
……うん。いいよ。俺はいつだっていいんだよ。
ゼロスが去った後、ルシファーは空を見上げ呆然と呟く。
「な、……何だったんだ?」
「―――……神々の慈愛は……いつだって僕達の遥か斜め上を行く……」
そう答えたのはマスター。
マスターは俯き、両手で額を押さえていた。
そんなマスターの様子に、ルシファーが心配げに声を掛ける。
「どうした? 大丈夫か?」
「―――っと……に……」
「?」
震えるマスターをルシファーは覗き込む。
すると突然マスターは、涙目でルシファーを睨み上げた。
「な?」
そしてそのまま困惑するルシファーの胸ぐらを掴み、堰を切った様に喚き始める。
「本当に……っ、本当にあんたって人はっ見境無いなぁ!?」
「は……はあ?」
突然怒鳴り散らされ始めたルシファーは、目を白黒させて後退るが、マスターはそんなルシファーを逃さず、胸ぐらを掴んだまま詰め寄り、激怒を顕に叫ぶ。
「ホンっとフざけんなよ!? 今までだって、見境なく何でもかんでも落とそうとしてさ? イライラハラハラして見てたけどさ!? ホントもういい加減にしろよっ!? 僕だってコレでも随分我慢してきたけどさっ、今のは流石に常識で良識に欠けるだろう!? 何がしたいんだよ? ハーレムか? ハーレムなのか!? あぁ? ナニハーレム作るつもりかっつってんだテメェエェェ!」
「ちょ、ちょ、ちょっ、待て! 落とすって何!? マジで何言ってんのか分かんねぇ!」
興奮するマスターに、降参のポーズで手を上げながら宥めようとするルシファー。
「と、とりあえず落ち着けっ、な? 話せば分かる! だから取り敢えず……」
「“取り敢えず”何? 何が“分かんねぇ”だ? 分かんないふりして、全部わかってんだろうがっ!? 上等だよこのタラしがっ! もう……もう、アンタなんかっ……アンタなんかなぁぁっ!!」
俺は見かねて、ポツリと冗談を呟いた。
「―――……痴話喧嘩?」
「「痴話じゃないですしっ!!?」」
綺麗にハモった。
……うん。デジャヴだ。
その後、マスターはルシファーを追い出し、涙に暮れながらダンジョンに数日間引きこもってしまった。
そしてルシファーも、マスターが顔を見せるまでの数日、アワアワと慌てふためきながら、毎日様子を見に来たりしていたのだった。
本当に、仲がいいね。
以前少し重いのを書いたので、ギャグの上塗り回をして見ました(*´ω`*)
次の更新、水曜日くらいになります。




