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聖域での小話 〜噂のあの子〜

 ルシファーから聞いたマリアンヌの馴染み方に、マスターは苦笑いを浮かべながら頷いた。


「ま……まぁ、亡者達は烏合の衆。マリアンヌなら想定内だね。悪魔達や、他の聖者達とも波風立たず?」


 ルシファーはまた、目を逸らせながら頷いた。


「うん……あの子、すげぇわ……」


 そしてまた、ポツポツと話し始めた。



 ◆



【神の種】(※1)により、その身の核を壊される事もなく“千連敗”したハデスが、虫の息で悪魔達に声を掛けた。


『ァ、……アスモデウスの旦那……。いいんすか……このまま冥界をまっつぁんに牛耳られて……ガフッ……このアマに、なんか言ってやってくださいすっ……』


 インキュバスの長男アスモデウスは、地に伏すハデスを侮蔑の目で見下しながら言い放った。


『どう見ても、マリアンヌ嬢の方がまともだ』

『!?』


 ハデスは驚愕に目を見開き、悪魔長達を見回す。

 すると悪魔達は、口々にそれを肯定した。


『うむ。“秘書”とは仕事をこなし、管理出来てこそ。嬢のほうが、有能そうではある(ベルフェゴール)』

『俺達はまあ、ルシファー様が楽になるなら何だっていいし……なぁ?(アスタロト)』

『そ~そ~! ってか、ハデス臭い!(死臭) あっち行ってよ(ラミア)』

『(ガーンッ)……!!?』


 悪魔達に嫌われているハデスは、悪魔達に擁護して貰う事は出来なかった。というか、未だ誰からも助け起こしてもらえていない。


 そんなハデスを余所に、銀髪の少年インキュバスのセーレが、マリアンヌの前に進み出て恭しく手を取ると、その手の甲に口付けを落とした。

 マリアンヌは驚きつつも嫌がる素振りは見せず、セーレに優雅な挨拶を交わす。


『貴方は……セーレ。御機嫌よう。もう、貴方の食指は私に動かないのではなくて?』

『ええ。……ふふ、僕を覚えていてくださいましたか、マリアンヌ』

『忘れる訳ないじゃない。ならこれは、ただの挨拶として受け取らせていだいて宜しいのね?』

『ただのとは酷い。貴女はかつて僕が、この胸を焦がすほどに愛し求めた方。もう少し意味を持たせてもらえませんか?』

『ふふ……』


 仲良さげに、親密に戯れるマリアンヌとセーレに、とうとうハデスが叫んだ。


『ってか、お前らなんなんだよぉぉ!!?』

『『友達?』』

『友達はそんな会話しねっすっ!!』


 声を揃える二人に、ハデスが突っ込んだ。

 そんなハデスに、セーレはやれやれと答える。


『僕は、かつてマリアンヌに焦がれていた時(※2)があってね。だから見ていたんだよ、マリアンヌの尊ぶべき行為をね。彼女は医術にその身を捧げ、多くの人間の命を救った。老若男女、老いも若いも全てを等しくその命を掬い上げようと、献身した』

『はあぁ? だから何なんスカ? 医者ならそんなの……』

『馬鹿なハデス。僕達が何を糧にしてるか知ってるだろ』

『あ……』


 悪魔達は、生きた人間の願いを叶えるか、愛を与えることでその力と命を繋ぐ。

 マリアンヌはふと指を折ってなにか数え始めた。


『まあ、生殖可能年齢に限定したとしても、ざっと8000人は救ったかしら?』

『は、はっせ……?』


 首を傾げるハデスに、セーレは目を閉じ、鼻で素敵に笑いながら言った。


『当時の出生率は一番(ひとつがい)辺り平均五人。つまり、20000人からの人間を提供してくれた計算になる』

『にま……?』


 ハデスは100以上の数字を、まだ数えられない。昔は三だったから、随分成長した。

 そんなハデスを無視して、リリスがふわりと翼を広げマリアンヌの前に降り立つと、その細い身体を巨大な胸……いや、すべやかな腕で抱きしめた。

 そしてニッコリと笑って、マリアンヌに感謝の言葉を述べた。


『ご馳走さま♡』

『……いえ、別に食事の準備をしてた訳じゃなく……まあいいわ。どういたしまして。医者をやってきて、そう言われたのは初めてね』


 そして悪魔達は、亡者達とルシファーにキッパリと告げた。


『我らは、マリアンヌ嬢を推す!』

『ほほほ、嬉しいわ』



 ◆


「―――こうしてマリアンヌちゃんは、悪魔達の間で一種のアイドル的存在として扱われる事となったんだ……」

「……へぇ。いざって時は、僕もマリアンヌに助けてもらおう……」


過去に苦い経験があるマスタ(※2※6)は、ちょっと本気でそう思いながら頷いた。

ルシファーもほうじ茶をすすり、遠い目をしながら呟く。


「マリアンヌちゃんを、生前たった16歳で、飢餓中のセーレの誘(※2)を弾いたんだろ? すげーわ。どんだけ鉄の精神力だよ」

「誘惑させたのはあんたの失態だろう。アレのせいで僕は悪魔にトラウマを持つようになった」

「……スマンな。寝不足ってこえーよな」

 

 マリアンヌの話はまだ続く。


 ◆


 〈グリプス大迷宮地下138階、デュポソの研究室に(※3)


 ルシファーとマリア、そしてマリアンヌでその研究室を訪れた時の事。


『ほぅ? なかなかに卓越した執刀術じゃの? どれほどの人を切った? どれほどの人を殺した? ん? 言ってみよ』

『……一万五千人を超えますわね。軽く三千人は殺してしまったかしら』

『クククっ、三千か。極悪じゃな』

『……』


 そう言って笑うデュポソに、マリアは嗜めるように口を挟んだ。


『しかしデュポソ。裏を返せば、それは他の一万二千を救ったという事。そのような言い方はおやめください』

『フン、何が救ったじゃ。多少寿命を伸ばしてやっただけ。今となっては全員死んどるわ』

『それは……』


 そう言って尚も笑うデュポソに、マリアンヌは微笑みかけた。


『仰る通りよ。私が切りたかったら切ったの。そして、三千もの人を殺したわ。私は人殺し。その通りよ』


それは狂人同士の言葉のやり取り。

デュポソはまっすぐと自分を見つめ、そういったマリアンヌに、心底楽しそうに笑い声を上げた。


『―――ククっ、なる程。マリアンヌとやらは中々に肝が据わっとる。良いじゃろう。わしの下で欲しい技を勝手に見ていくがいい! ……いつまでも、その己の罪、忘れるなよ』

『はい。よろしくお願い致しますわ』


 その様子を見届けたマリアが、ホッとしたように息を吐いた。

 マリアンヌも手を拭い、マスクと頭に被ったキャップ帽を取ろうとした時、聖母マリアを追って楽園(エデン)最大の問題児が現れた。


『ッヘイ! マリィーアサマッ!! 聞いてくだサーイ、【神武(※4)】の零号機が完成間近デェース! マリーナントカはイイから【シンジクン】を早急に勧誘してきて欲しいのデース』


最後の転移者(トラベラー)ターニャ(※5)だった。


『し、……シン? 誰ですか? ちょっと落ち着いて……静かにしてさい』

『ワターシは、かつて無いほど落ち着いているデェースッ!! 早く! 残酷なる天使の命題(テーゼ)が降ろされる前にっっ! ……まあ、降りなかったらワターシが降ろしマァースね!』


 ターニャが欠片の落ち着きもなく、そう言って腕を振り上げたその時だった。


 ―――ドン!


『?』


 何かにぶつかったターニャが振り返ったそこには、一人の見知らぬ人影があった。

 それはカッチリとした白衣に、細身の黒いパンツとブーツを履いた、流れる金髪の凛々しい女性。

 しかもその女性、背後に真紅のバラが見える程の美貌の持ち主だ。

 ターニャの目が、大きく見開かれ、はくはくと口を動かす。そして声を絞り出すようにして、その名を呼んだ。


『……オ……、オ……スカル?』

『いいえ? マリアンヌよ。ごきげんよう。貴女は?』

『オオゥ!? オスカルかと思いきやその口調、まさかのマリー・アントワネット様でシタか!! 二度美味しい? いや、両立はあり得ナイデース。やはりオスカル様でなかったのは残念……イヤシカシ……』


 欠片も話を聞かない態度に、マリアンヌはふとハデスを思い出して、何かを察したように笑った。


振り返りタイトル↓

※1 神は、神を創り賜うた

※2 番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス10〜

※3 神は、エデンを築き賜うた〜Let it go〜 ①〜④

※4 神は、神武装を創り賜うた

※5 神は、アヌビス神を創り賜うた

※6 神は、黄昏を見つめ賜うた 〜全への帰還②〜



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