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聖域での小話 〜噂のあの子〜

「―――……マスター、いつものやつを貰おうか」


 俺の根本でナイスガイな声が上がった。


「はい、畏まりました。ほうじ茶……。“ほうじ茶”ですね」

「っ二回言うなよ! しかも強調しやがって、台無しだよっ!」

「へー、台無しになる程の威厳なんてあったっけ?」


 楽しそうにそう笑うマスターと、それに抗議の声を上げるルシファーだった。

 ルシファーは、復活させたマリアンヌを聖域に連れてきて以来、頻繁にこの聖域を訪れるようになった。

 ふた月に一度……いや、多い時では一月に二〜三度程だろうか。

 マスターも最近はあまり出かけることが無くなり、何かしらの理由を付けて聖域を訪れ、立ち寄るルシファーを出迎えていた。


 ルシファーはいつもの様に辛辣な冗談を言うマスターに、溜息を吐き、出された湯呑をすすった。

 しかし次の瞬間、ルシファーの顔が曇る。

 頬を膨らまし、何かに耐えるように眉間にしわを寄せ、苦しげに震える。そして冷や汗を浮かべながら、口の中のものを飲み込むと、涙目で叫んだ。


「って、これ(ブラック)コーヒーじゃねえか!?」

「あ、間違えた。ごめんね、ルシファー」

「どうやったら間違えるってんだよ!? ふざけんなあぁっ!」


 ルシファーはブラックコーヒーが飲めない。

 カフェ・オ・レ(加糖)なら何とか飲めるが、ブラックコーヒーは飲めない。

 ……なのに、吹き出すまいと頑張ったんだね。偉いよ、ルシファー。


 そして一通りからかい終わったマスターが、今度はちゃんとほうじ茶を差し出しながら言った。


「だってあんたとお茶して、何が楽しいのさ? ふざけでもしないとやってられないよ」


 ルシファーは慎重に匂いを嗅いでから、それを再びすする。


「へっ、残念だったな。()()()()()()()()は、今マリアの所に籠もりきりだ。“アフタヌーンティー”なんて優雅な時間はとれないってよ」

「それは、自分は“暇”って言ってるようなもんだよ。休憩無しとか楽園(エデン)なのに、なかなかブラックだね。ある意味牢獄? ……あ、“天獄”か」


 そう言ったマスターを、ルシファーは声を潜め注意する。


「……マリアの前でそれは言うなよ? あいつ最近怖いんだから」

「そうだね。僕も前楽園(エデン)に行ったんだけどさ。物凄い笑顔で睨まれた。なんの研究してるのか聞いたら『極秘』だからとっとと帰れって、優しく諭されたよ。マリア様、僕が【聖者】だって事、絶対忘れてると思わない?」

「お前もかよ。……俺は【聖者】じゃねーけど、古い付き合いはあるはずなんだがな……」

「……」


 聖母に微笑まれ、恐怖しか感じられない二人。

 少しの沈黙の後、マスターが無理やり話題を変え、ルシファーに尋ねた。


「……そ、そう言えば、その、マリアンヌはどう? 忙しいのは分かったけど、……ほら。冥界も楽園(エデン)も、変わり者揃いでしょ? 上手く立ち回れてるかなって……」


 マスターの質問に、ルシファーは若干視線を泳がせながら、微妙な顔で答えた。


「……うん」

「?」


 首を傾げるマスター。

 ルシファーはマリアンヌの状況を、ぽつりぽつりと話し始めた。



 ◆



 〈十年前の地獄にて〉


『おぉーい、みんな。紹介する。聖者のマリアンヌちゃんだ! 今後俺の秘書をして貰うから、仲良くするようにな』


 ルシファーの言葉に、亡者達は眉をひそめざわめいた。


『……聖者がなんで冥界に?』

『あんなやつ見たことないぞ。新入りだろ』

『そうだ、新入りだ。新入りがなんで秘書?』


 ざわめく亡者達を歯牙にもかけず、マリアンヌは優雅に挨拶をした。


『紹介に与った、マリアンヌ・ローラン・デル・ファンドルですわ。どうぞよしなに』

『『『!!?』』』


 これ迄冥界に居なかったキャラクターに、亡者達は戸惑った。

 だがその時、沈黙を破り奇声を上げた者がいる。


『ヒャアッハァァァアァァ―――ッッ、上等だゼェ、まっつぁんよおぉぉ―――!! カンゲイしてやるぜえぇぇぇぇっ!!!』


 奇声の主については、最早説明は不要だろう。

 亡者達は、恐れおののきながらマリアンヌとハデスを交互に見た。


『か、歓迎? 何言ってんすか!? 貴方ルシファー様の側近ポジションなのに、こんな奴に奪われていいんですか!?』

『側近ポジションなの!? ふざけんな、今すぐチェンジだ!』

『そうですよ! 俺達、納得できないす!』

『“まっつぁん”はやめてくださる? 不愉快だわ』

『ほらあぁぁぁぁ!! やっぱ聖者ってやつは、僕達を見下してやがるんですっ!』 


 悲願と悲嘆と憐憫の入り交じるその場を【冥界神ハデス】は手を掲げ、粛々と黙らせる。

 そして静まり返ったその場で、ハデスは自信を持って堂々と言った。


『―――馬鹿か、テメェら。歓迎なんてウソに決まってんだろ。酒飲ませて、酔っ払った隙に叩き出すんだよっ』

『……』

『……』

『……』

『……貴方、馬鹿なんじゃなくて? そういう事は堂々と言う物では無くてよ』

『なんだと!? ハメられた!!?』


 その場の全員が思い、その上で沈黙した言葉を、マリアンヌは一語一句違わず声に出し言い放った。

 唖然とするハデス。そして、深く頷く亡者達。

 マリアンヌは扇子を取り出し、口元を隠しながら己の失態に膝をつくハデスをに告げた。


『それから私、どんな祝の席でも“お酒”は受け取らないの。ごめんあそばせ』

『なっ、お、俺達の酒を受け取れないとか、どういうつもりだテメェ! すけ込ましてんじゃねぇぞぉぉ!!』


 怒り、マリアンヌに飛びかかろうとしたハデス。……マリアンヌを騙そうとしていた事は、完全に忘れ去っている。

 だけどそんなハデスのモヒカンを、ルシファーが鷲掴み引き止めた。


『待て、その子は高名な医者だ。急患に備え、酒は飲まねんだよ。手が震えちゃ執刀出来ないからな』

『……え?』


 ハデスがキョトンとルシファーを見上げ、マリアンヌは扇子を揺らしながら頷いた。


『そういう事ですの。別の()()にしてくださらない?』


 その言葉に、ルシファーに鷲掴まれて一度は勢いを失いかけていたハデスのモヒカンがキュピーンと、立ち上がる。


『なら、まっつぁんよぉ、【腕相撲大会】なんてどうだいベイベェ!』

『なっ、やめろハデス! 馬鹿かお前、マリアンヌちゃんが……』


 だけどそんな静止の声を無視して、マリアンヌは笑った。


『あら素敵。それなら良くてよ。どんな対戦を見せて頂けるのかしら? 後“まっつぁん”は止めなさい。二度目ですわ』


 ハデスはその言葉に、高らかに笑った。


『ヒィヤッハァアァァァ―――ッ! バァーカ! お前が対戦すんだよ! い出よ、前回の優勝者“メガンテス”』

『バカっ、ヤメ……』

『ウオォォォォオォォォ―――ッッ!!』


 筋肉巨人の登場に、亡者達は湧き上がり、もうルシファーの声など誰も聞こえてていない。 


 マリアンヌは怪訝そうに眉をひそめ、一歩踏み出した。


 そして……。



 ―――……メギッ……  



 その光景に、亡者達は思わず静まり返る。




 ―――……ッズッダアァァ――――――ンッッ!!





 けたたましい音を響かせ、地面が揺れた。


 亡者達は、信じられない光景……そう、マリアンヌがメガンテスの指を握り潰し、巨体ごと大地へ叩きつけた光景に、言葉も無く立ち尽くした。


 シーンと静まり返り、土煙だけが舞うその場に、男の引き攣った震える声がポツリと響いた。


『……ばか、……マリアンヌちゃんが、お前らに負けるわけないだろ? 言ったじゃん。“高名な医者”だって』


 ルシファーが憐れみの眼差しを、地に伏すメガンテスに向けながら、頭を抱えていた。


『人体構造を知り尽くした者によって組み上げられた実体(土人形)は、造りが根本から違うんだよ。例えるとハデスが“原チャ”で、メガンテスが“軽トラ”。マリアンヌちゃんは“タンクローリー”だよ。馬鹿かよ。諸共に潰されるに決まってんだろ、このジャンク共……』


『う……』

『なっ……』


 言葉を詰まらし、青い顔を更に青ざめさせながら、亡者達はマリアンヌを見つめる。

 マリアンヌはコロコロとおかしげに笑いながら、そんな面々に視線を送る。


『お次は誰かしら? してくださるんでしょう? “歓迎”を』


 亡者達は、最早蛇に睨まれた蛙……いや、タンクローリーにエンジンをふかされる原チャリ達の様に死を覚悟して震え上がった。……いやまぁ、全員死んでるけど。

 そんな中、警笛を……じゃなく、慄きの声を上げるものが一名。


『ま、……まっつぁん、待て……』


 涼しげだったマリアンヌはの目に、苛立ちの光が灯る。


『はい、三回目ですわ。口で言っても分かっていただけないなら、別の方法を取らせていただくしかないわね』

『……え? んな……』


 マリアンヌふと、何かいい事を思い点いた様に微笑み、胸の前でポンと楽しげに手を合わせた。


『そうだわ、本当は()()()()のつもりでしたが、()()()()にしましょうか!』

『『『!!?』』』


 ハデスの顔は引きつり、亡者達はまた己達の業を一身に受けようとするハデスに、尊敬の眼差しを向けた。


 マリアンヌは優雅に手を差し出し、まるでダンスに誘うかのように、ハデスの手を取り微笑む。


『―――楽しませて頂戴?』


『ヒィィアァァァ!!!?』


 ―――ブチュッ……ゴシャアアァァァァ―――ッ!!!!




 ◆◆




「……とまあ、以来亡者達はマリアンヌちゃんに逆らう事はなくなったよ。今ではハデスを差し置き“様”を付けて呼ばれてる位だ」


 そう締め括ったルシファーに、マスターは口元を引き攣らせながら短く頷いた。


「へ、……へぇ」


 ルシファーはまた一口ほうじ茶をすすり、しみじみとした口調で言う。


「マリアンヌちゃんの能力、本当に死者の能力と相性がいいんだよなぁ。毛細血管一本に至るまでの人体構造はもちろん、生成成分やホルモン云々迄完璧に把握してるからさ、炭素成分強化して鋼鉄の皮膚にしてたり、後30倍に編み上げられた筋繊維は常時アドレナリン全開状態……。ハデスの死臭ももちろん効かねえし。下手すりゃ変身能力を持つサキュバス達に匹敵するぞ?」

「……」


 マスターは顔を引きつらせたまま、一口紅茶を飲んだ。

 そしてその一口と共に、様々な感想の全てを飲み込み、一言だけ言った。



「―――……流石、マリアンヌだね……」



「医者は人を生かすのが仕事よ(キリッ!)」


「え? 皆さん死んでらっしゃる? あらそうなの、ほほほほほ……」

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