じじいの呟き 〜賢者の石の行方㊦〜
【※数字】は後書きに、読み返しタイトルを振ってます。記憶にない方は、参考までにどうぞ!
わしは弟子を睨み、低い声でその愚かな考えを指摘した。
「お前……作り上げた世界を消す気か? お前は……っ、どう言うつもりだ!?」
弟子は笑いながら、何処かそれを楽しみにでもしているように、声を弾ませ答えた。
「どうもこうも、代わりはありますから大丈夫ですよ。それに世界の一つや二つ、消えて滅びる事がなんだと言うのです?」
「滅びて良い世界など無いっ」
「そうでしょうか? 滅ぼすべき世界、滅びても仕方ない世界はあるはず」
「……狂ってる」
「勤勉と言っていただきたい」
「他に方法は?」
「……これが最善です。私を含めた、この世界の全てにとっての」
―――こやつの役目は、この世界から去った【神々の宝】を一手に管理する事。
「私は、役目を全うしたいだけです」
神々の創りし宝は、美しく清らかなものばかりでは無い。
「私は神に誓い、神は私に仰った。“全ては、私の采配に任せる”と」
それらの全てを、こやつは管理している。
その中で、この世界にとって最も危険な存在がある。
この世界で最凶最悪の存在【ディスピリア】。
神々すらそれを危険だと断言し、持て余し、目覚めさせることなく封印した化物。
終焉の魔物すら喰らいつくす、全てを闇へと還すこの世界の禁忌。
“―――絶対はあり得ないが、絶対でなければならない”
つまりはディスピリアはいずれ目覚める。だが、対処しきらなければならないと言うこと。
“―――世界を物にすることなんて、“対策の一環”程度の意味しか無い。”
賢者の石を以てして、この世界をダンジョンと化す気か。
そして化物が目覚めた時、世界をディスピリアに食わし、同時に世界を切り離す。
確かにそれで化物は眠るだろう。
そう。ダンジョンとコアキューブ、そしてそれを操るこやつ自身が食われた時、その世界は終わり、ディスピリアは再び眠りにつくのじゃ。
ダンジョンの無くなった世界を遺し、二度と相見えることのない虚無となった闇の中で……。
「っ駄目じゃ! そんなもの、お前が相対することは無いっ! お前が扱うには危険過ぎる。神々に奏上しろ。きっと……」
こやつの存在と引き換えに、あの化物を鎮める? そんな馬鹿なことがあるものか。
神々の産み出した闇は、神々に消滅して頂く他ない。
……じゃが、弟子はわしの言葉を遮った。
「いいえ。神々はかの黒い歴史もこの世界に遺し、この世界を去られた。つまり【ディスピリア】を含めたこの世界に、もはや頼るべき神は無いのです。それが【尊厳】を勝ち取った者達への最後の試練だと、私は考えております」
「神々がそんな残酷な試練を下すものか。そんな凶悪は、必ずや神々が葬ってくださる」
そう言ったわしを、弟子は冷ややかな視線で見やりながら、己の見解を述べた。
「―――……“危険だ”、“手に余る”などと言い訳をするなら【死のネ申】や【悪魔の王】など、とっくに消されておりますよ。神々の慈愛があればこそ彼の存在も、世界も生かされている。我々のエゴによって神々を使役などすれば、遠くない未来、神々のエゴによって世界は終わりを迎えるでしょうね」
……神々の一番近くで、その存在を目の当たりにしてきた我が弟子。
言い返す事ができなかった。
「……そ、そうだったとしてもっ、ならなぜお前が一人で被る? 協力を惜しまぬ者はおろう。皆お前の独りよがりな決断を止めるじゃろうて!」
「いいえ、止めませんね。私は嫌われてますから。そして馴れ馴れしい者達には、この事を話していません。時が来るまで、誰も気付かないでしょうね」
「っわしは気づいたぞ! えぇい、お前のこれまでの人を馬鹿にしきった態度、その時の為か。嫌悪を抱かせ、罪人のふりをして、罰を受けて当然とでも思わせたかったか!?」
「いいえ? 振りではなく、私は正しく罪人ですよ」
「お前に罪などない」
わしが断固としてそう言えば、あやつはまた、どこか寂しげに俯いた。
「……そう思われるのですね。だからこそ、これは私が成さねばならない。その事実を私だけが知っている。そして私だけがその重大性に気付いている」
……なんの事じゃ? また、何か見落としているのか?
わしが己の記憶を探っていると、弟子は手に持った紅い小石を握りしめた。
途端、石はまるで目覚めたかのように紅い放射光を放ち始める。
「そのための準備もこれまでずっと整えてきました。そして成すための心も決まった。後はこの“賢者の石”で、全ては完成するのです」
―――……カシャン……。
何かの合わさる音がした。
弟子の手に持つ石がの放つ紅い光が、この洞窟の壁一面に紅に輝く神の文字を描き出していく。
「……っな、やめろっ! お前この文字はっ……」
わしは叫ぶが、弟子は困った様に笑う。
「師父の頭の良さは知ってます。ルーン文字で範囲指定をすれば、解除されかねませんからね。私の使命の邪魔はさせません」
紅い文字が洞窟の壁を覆い尽くしたその時、弟子はボンヤリとオレンジ色に輝く玉を地面に落とした。
玉は地面の岩肌に、溶けるように吸い込まれて消える。
この場所が、間違い無くこやつの物になったのだった。
わしは弟子を睨む。
「―――……お前は愚かだっ」
「そう言って下さるのは、師父だけです」
……そう、今やこいつは世界から【師父】と呼ばれる切れ者として通っている。
だが、……しかしっ!
「愚か者がっ。……愚か者……」
わしはこのバカ弟子の前で鼻をすすった。
そして掠れた声で、弱々しく言う。
「―――……寂しくなるのぅ。お前と語らうのが、わしは好きじゃったに……」
「!」
弟子は驚いた様に目を開く。
こやつの意志は固い。この世界に引き留めるのであれば、方法は一つしかない。
「老い耄れを……置いて行ってしまうのか?」
この世に未練を持たせるだけじゃ。
悪魔の王すら打ち落とした、わしの泣き落としをくらえっ。
「……その泣き落とし、師父の十八番でしたね。……ええ、お世話になりました。本当に、ありがとうございました。私は最後まで、師父の愚かな弟子であれて、幸運でした……」
わしの必殺泣き落としを前に、弟子はそう言って笑っただけじゃった。
そういえばコイツには、もう四桁を超える泣き落としを仕掛けておるからな。……ちっ、このタイミングで効かなくなってしまったかっ。
だがまだ時間はある。思いとどまる時間とて、まだあるはずじゃ。
慎重にわしは言葉を選び、このバカ弟子の逃げ道を作る。
「ふん、わしにとってお前はいつまでも愚かな弟子じゃ。わしは約束通り、お前に“賢者の石”を託し送り出す。じゃが、やめたくなれば何時でも引き返すのだぞ。わしはいつだって、その決断を歓迎しよう」
弟子は思案する様に少し沈黙すると、ポツリと言った。
「お心遣い、ありがとうございます。では私から一つ甘えて宜しいでしょうか?」
「言うてみろ」
弟子はまた、拳と掌を合わせる挨拶をし、頭を下げながら言った。
「―――はい。では、また私がここを訪れた時、私がどうなっていても、私の師父でいてください」
「勿論だ。お前がどう変わろうと、わしの弟子であることに変わりない」
わしはその謙虚な願いに即答してやった。
だが、再び弟子の顔が上げられた時、わしは見た。
それは全てを軽蔑するような、冷たい笑い。
……その仄暗い笑顔に、わしは先の問答の……いや、これ迄の話の真実の意味に気付いた。
わしは叫ぶ。
「っ貴様! 図ったな!?」
「おっと」
わしは怒りと絶望に弟子を怒鳴りつけようとしたが、弟子は四角い箱を袖から出してそれを撚る。
―――カシャン……
小気味よい音と共に、わしの胸に黒い封印の文字が浮かび上がる。
「っ……、……っ……っ!?」
「声が出ないでしょう? 私は石を手に入れた。そして師父に一つの約束を貰った。十分ですよ。後は余計な事はもう、喋らないでください。……いつも思うんですよね。樹は樹らしく、本は本らしく、黙って何もしなければいいと」
「―――っっ!」
こいつっ! このわしすらも謀りおった!!
この老い耄れの気遣いを利用し、全ての布陣を敷きおったのじゃ!!
「……あ、もしかしてやっと気付いて頂けましたか? “僕はこの世界が大嫌い”なんだと。他の者達にも言ってるんですが、まの抜けたいいやつばかりで、信じてくれないのです。困り物ですよね。……あぁ、そうだ。この沈黙の封印は、この洞窟空間に誰かがいる時に発動します」
―――っなんと言うことだ……。
あやつの真意がやっと全て読めたのに。
「あ、筆談も駄目ですからね。後に訪れるだろう“まの抜けたいい奴”に、余計な事を知らせないで頂きたいもので。“孤独”の中では、自由に喋れますからご安心ください」
―――っなんと言うことだ……。
あやつの真意に、気付くのが遅すぎた……。
そうだ。繋がった。あやつの言いたい事が、仕草が、全て繋がった。
分かった。
あやつはこの世を必死で守る体を持つ反面、誰よりこの世を嫌っているのじゃ。……わしの事すら例外なく。
何故その残酷な結末が、ヤツにとっての“最善”なのか。
何故、奴がわしらを“否定”し続けるのか……。
分かったというのに……。
わしは声を振るわせようと藻掻くが、声は一向に出ず、弟子は立上がると踵を返した。
「謝罪はしませんよ。さようなら、師父」
―――……誰かっ……ヤツを止めよっ!
そう内心で叫びながら、わしは己の記憶を辿る。
そして、また絶望に打ちのめされた。
―――……誰も……居ないのだ。
この世界に、あやつを止められ得る者が、一人もおらん……。
現状全て、奴の望み通り事が運んでいる。
去りゆく弟子の背を睨んでいると、ふとわしのページが勝手にめくられ、白紙だったそこに、新たな文字が浮かび上がってきた。
それは神々が、わしのオプションにと付けた、予言の言の葉。
そこにはこう綴られていた。
“現実は幻と交わり、世界は一つになる。”
“やがて一つの世界は終焉を迎え、暗き虚無となるであろう。”
「っ!?」
わしは焦り、弟子の背を呼び止めようと面を上げた。
しかしそこにはもう、弟子の姿は無かった。
「―――……」
わしは誰も居ない闇に向かって呟く。
「……誰か……、あやつを止めてくれ……。止めてやってくれ……」
アレほど藻掻いても出なかった声が、すんなりと出た。
ここにはもう、誰も居ないのだ。
そしてわしの願いと智は、もはや誰にも伝える事は出来ぬ。
わしはそれでも目の前の闇に向かって、願わずにはおれんかった。
―――どうかその“刻”が来るまでに、その手を……その心を受け止めてやれる者が顕れる事を、わしは切に……切に願う。
レイス (/ω\)「……もう、それ以上掘り返さないで欲しい……辛い……」
▼振り返りのサブタイトルです。
※1 神は、ダンジョンを創り賜うた④
※2 神は、決して開けてはならぬ箱に、絶望と、希望を仕舞い賜うた
※3番外編 〜幸運のドラゴンさんは、負けられない(邪召しafter story④)〜
次話、最終章【起点回帰】に突入です!(*´∀`*)




