神は、黙秘し賜うた
―――ルシファーなら大丈夫。
俺がルシファーを擁護する言葉を言えば、直ぐ様ゼロスの鋭い声が返ってきた。
「根拠は?」
まるで俺を尋問するような威圧。
ゼロスにとって、ここは歴史の分岐点なんだ。そしてここで判断を誤れば、世界は滅亡へ一直線に突き進む。
厳しいようにも見えるけど、ゼロスはただ世界を守ろうと思ってるだけ。……そう。何を犠牲にしようともね。
俺はそんなゼロスに、ぽつりぽつりと話した。
「ルシファーは、大いなる力を手にする時は【覚悟】が必要だって言っていたんだよね? 力の代償をちゃんと理解して、ハデスに警告を放ったとレイスの話にもあった」
「そう言っていたね。だけどルシファーその本人に、その覚悟があるとは思えない」
「いや、あるよ」
「なんの覚悟? “世界を守る”なんて言う覚悟なら駄目だよ。括りの幅が広すぎる。人間の精神には耐えきれない。人間を創った僕が、その事を一番理解してる」
「そうだね。ルシファーは、自分の弱さを知ってるから、そんな大それた覚悟は掲げないし、気が弱いから物怖じしてしまって無理だろうね。―――……でも“仲間や友を裏切らない覚悟”ならどうだろう?」
「それじゃあ覚悟が小さ過ぎる」
「そうかな?」
ゼロスの目が、まっすぐ俺を射抜いてくる。
俺は葉を揺らせながら、ゆっくりとゼロスに語り続けた。
「ルシファーが変わり果てたハデスを連れ帰ったのは、力が欲しいからじゃない。ハデスに“迎えに行く”って約束をしてたからだよ」
「……」
「ルシファーは、仲間を裏切らない。力が及ばなくても、最善を尽くし身体を張る。あ、因みにね。彼の“仲間や友”は今や世界中に、八億とんで二万九千七百二十八名いる。世界を守るなんて大それた事は言わない気の弱いルシファーだけど、彼は仲間だけは裏切らない。どれだけ沢山居ようと、今迄も……そしてこれからもきっとね」
「……」
ゼロスは俺を睨むように見つめ、何も言わない。
「ゼロスは守りたいだけなんだよね。何一つ壊したくない。だけど何が何でも守ると誓った。だから本当はルシファーが大好きなのに非情になろうとしてる。凄いよ。ゼロスの持つその覚悟こそ、正しく“世界を守る覚悟”なんだもの」
ゼロスはレイスと違って、他者の心や想いをよく分かってる。そう、とても気の利く子なんだ。
みんなの悲しみも、怒りも、喜びも、そんな感情を誰よりも気付ける子なんだ。
だからこそ、悠久の時の中で起こりうるルシファーの心変わりを恐れた。
―――……だけど俺は、大丈夫だと思うんだよ。
「ねえゼロス。ルシファーはさっきここを去る前に、こう言ってたんだ。『いつでも、気にせず遊びに来て下さい。皆待っています』と。そして『オレ達も日々を神々に感謝し、愛おしみながら生きております』とも言っていた」
「……嘘だ。ルシファーは、僕達を煙たがっている。今件だって、オーラが立ち昇りそうなほどに怒ってたよね?」
「怒ってたよ。気の弱い彼が、俺に当たり散らすくらいには怒ってた。だけど、本当にそう言ったんだ。ルシファーやその仲間達は、ゼロスとレイスが大好きなんだよ。だからこうやって迷惑をかけられても、その都度怒りを感じつつ、それでも感謝を忘れず、笑いながら生きていくんだって」
「……」
刺すようなゼロスの視線が緩んだ。
ゼロスは知ってる。違う心を持つ者同士が、共に過ごす困難さを。聖杯戦争の中で、身を持って苦しみ、思い知った。
だけどそれでも、思い通りに行かなくても我慢して、それすらも全ても認めて、同じ時を謳歌する。
そしてゼロスはふっと口元を緩めると、肩の力を抜いて笑った。
「……なるほど。なんだか“いい覚悟”に思えてきた」
俺も笑った。
それから少しして、何故かゼロスは少しもじもじと口を尖らせながら、俺に尋ねてくる。
……何かな?
「……ねえアインス」
「なんだい?」
「……ルシファー達から見てさ。神って、……“仲間”かな?」
俺は葉を揺らした。
「勿論だよ。そしてルシファーは、仲間を裏切らないだろう」
ゼロスは嬉しそうに笑いながら頷き、レイスに声を掛けた。
「レイス、ルシファーの件については様子を見よう。それで良い?」
「いいに決まってる」
「あはは、“戦い”ができなくて残念じゃない?」
その言葉にレイスは目をパチクリさせると、腕を組んでまた暗い森を見やった。
そして言う。
「別に。残念じゃない。―――良かったと、レイスは思う。そしてまた、あっちに遊びに行く。ルシファーが言うから、しょうがなくだけど」
ゼロスは笑ってそれに頷いた。
そしてふと俺に向き直り、口元に人差し指を当て、悪戯げに言った。
「今の事、ルシファーには内緒だよ」
……そうか。今回もルシファーは、認められた事を教えて貰えないんだね。
とはいえ、そう言う俺も勿論あえて伝える気などない。
だってね、嫌われたくないもの。
―――こうして、この世界を裏から牛耳る、神々すらその力を恐れる存在は誕生した。
だけどその存在は、欠片もこの事実を知らず、与り知らぬところでに神々に審議にかけられ、議論の末に赦しを得て、今も呑気にいつも通り過ごしている。
まぁ神々より与えられる試練なんて、見える所に置かれているはずが無いんだ。
だけどもしそれに直面した際は、日々を真面目に生きてきた事こそが、試練を乗り越えるための力となる。
そして力を持つに相応しいと、信用を勝ち得る為に呈示すべき証となるんだ。
俺はそっと遠い地の底で、楽しげに腕相撲対決に熱狂している呑気な王様に意識を向けた。
“純粋な筋肉勝負!”なんて縛りを課しているせいで、亡者達にも結構な確率で負けているが、無自覚な王様はとても楽しそうだ。
そんな姿を眺めながら、俺はふとかつて一人の男が、悪魔の形相で俺を怒りながら“自分は弱い”と泣いている姿を思い出した。
俺は葉を揺らしながら、遠い地底の方に向かってポツリと呟く。
「クリアおめでとう。……君がなんと言おうと、俺はルシファーの事を強いと思うよ」
※裏タイトル 〜人間達に不要と言われたオレ。暫くして戻ったら、勇者を遥かに凌ぐチートになってた件 本当に完結〜
◆mission complete◆
でした。
ハデスへの同情や哀れみの感想ありがとうございました。
ハデスが神格化すると、どうなるかという話の結末は『ルシファー最強&神々がデレる』
さて、次はいよいよマスター特集が始まります。3〜5話位、短編を数本お送りする予定です・ω・
よろしくお願いします!




