神は輝きを失った魂に、慈悲を与え賜うた
それは、古き良き時代に詠まれた俳句。
“―――朝顔に 釣瓶とられて もらひ水……”
……例えばの話をしよう。
朝起きて、朝食の準備をしようと水を汲みに行ってみれば、可愛らしい朝顔の蔓が、井戸の鶴瓶に絡みついていた。
微笑ましく思い、その釣瓶は使わず隣の家の井戸を借りに行った。
『それは仕方ないですなぁ。ならばどうぞお使いなすって。なに、わしらは後に使いやすので』
『ありがとうござんす』
『いえいえ、では』
そんな話を交わした後、水を汲もうと井戸の釣瓶に手を伸ばした。
――――――バキンッッ!!
ところが手に力を込めた途端、優しいお隣さんの釣瓶が壊れ、井戸の底に。
元々壊れかけていた?
いや違う。釣瓶の滑車の縄が僅かに捻れていたんだ。
回せば取れるだろうと考えていたがそうはならず、力を込めた途端、圧で滑車が壊れてしまった。
自身の油断が招いた結果。
自分の水は手に入らず、もうすぐ気の良い隣人が、この水を汲みにやってくる。
さてそんな状況で、誰が笑いながら朝食の支度になど掛かれるだろうか?
それはきっと、そんな状況だったんだろう。
◆
『っなぜハデスに反応が無い!? 魂は砕けてない! 正常なはずなのにっっ!!』
ゼロスがハデスの魂を、徹底的に調べながら叫んだ。
魂を創り出したレイスは、ハデスの魂を見つめながら淡々と告げる。
『ゼロス、その魂の色を見るがいい。かつての鈍い灰色の輝きは、孤独なる闇の中で、漆黒へとその色を変えた。最早どんな光もその魂には届かない。光は……いや、希望は潰えたのだ』
特に後悔の念もなくそう言い放たれたその言葉に、ゼロスは勢いよく顔を上げ、責めるようにレイスに言う。
『まだ終わってない!』
『諦めるがいい』
至ってつまらなそうに顔を背けるレイス。
だけどゼロスは、そんなレイスの横顔に叫んだ。
『ルシファーに怒られるよ!』
『!!?』
レイスが目を見開き、再びゼロスを見る。
ゼロスは額に大粒の汗を浮かべながら、漆黒に染まりきった魂を抱きしめ、レイスを睨んでいた。
レイスは自身の動揺を隠すように、鼻を鳴らす。
『ふん、あの小心者のルシファーが、レイス達を怒る筈がない。……怒れる筈が無い!』
しかしゼロスはその動揺を見逃さず、更にその心を抉った。
『……確かにルシファーは、声を荒げ僕達を怒る事はしないだろう。だがその目は語るぞ。声もなく僕達を見つめ、その目はこう語るんだ!』
“―――……やっぱりな……”
『!!?』
レイスの額にも、小さな冷や汗が浮かぶ。
そして、ワナワナと震えながら小さく呟いた。
『―――あり得る!』
『だが、まだ僕らには時間が残されている。約束の契期は300年。299年と半年の内に、この魂を何としても取り戻すんだ! 全知全能にして万能なる創生神の威信にかけて、必ず!!』
ゼロスの言葉に、レイスも強くその拳を握り締めた。
―――……それはこの二柱が己を【神】と自覚し、成す為の協力を誓いあった、初めての瞬間だった。
◆
『ハデスから、この半年の記憶を消そう!』
『駄目……、魂に刻まれた輝きは、もはやハデスそのものとなっている。記憶を消したとしても、魂に焼き付けられたその陰影は消えない』
『そんな筈無い! だってハデスは一万年もの悠久なる時を在り続けた魂! 聖母マリアと対になる輝きを宿した者……』
『輝きを確立する事に月日の長さはさほど問題では無い。かつてドワーフの少女が、たった一週間の内に魂へその輝きを刻みつけた様に、ハデスもまたあの半年で、一万年を凌ぐ輝きを焼き付けたと言う事……』
『くっ……後250年しか無いのに、何でレイスはそんなに落ち着いてるんだよ!? 帰っておいで! ハデスっ、ハデスゥ―――ー!!!』
ゼロスの必死の叫びにも、ハデスは応えない。
そしてレイスは、落ち着いてる訳ではないが、ゼロス程のオーバーリアクションが取れず、若干申し訳なさげにおずおずと提案する。
『クロノスとマナ・カイロスに時を戻させれば?』
『【巻き戻し】はしない。そもそもマナ・カイロスのエネルギーがまだ回復しきってないし』
『じゃあ、ゼロスが巻き戻せば?』
『だからしないって。僕だって“種”の耐久テストにかなりのエネルギーを使ったし、巻き戻しが出来る程のマナは今は残って無いよ』
『まぁ、レイスにも今は無理か。力が足りなくて聖なる悪魔はゼロスの肉で創ったくらいだから。ならいっそアインスに【黄金のリンゴ】を貰ったら……?』
「駄目だよ。アインスはこの“種”を創る為にかなりのエネルギーを消費したと言っていただろ。今は無理をさせられないよ』
……そんなに気を使わなくても、言ってくれれば実らせるのに。
そう。ゼロスとレイスの為なら例えこの身が枯れ果てようとも本望なのだからっっ!!
「……だから、アインスには言わなかったんだよ」
ふとレイスの話を遮って、読心術を身に付けたゼロスがボソリと言った。……なる程ね。
―――レイスはまた、話を続けた。
『……ま、もしバッテリーとして使えるレベルのエネルギー源があるとしたら【第二の月】くらいかな……。ほら、戦争の最中、僕へのハンデの為に千切って投げたアレ』
『……あぁ。あれはもう駄目。アレはターニャに懇願されて、魔力を秘めた【聖なる大地】として成型を確立させてしまった』
『……え? 今、なんて……? レイスに……レイスに【聖なる存在】が創れたの??!!』
ゼロスの目が大きく見開かれた。
……今回の流れの中で、ゼロスはその事実に一番驚いていたそうだ。
『ふふん、大地を白銀のクリスタルで覆った。ターニャはその出来に歓喜していた!』
『……成程。今回は余計な事をしなかっただけか』
『レイスは未だかつて余計な事などした事はない。―――ともかく、確立させてしまったあの星は、もう奴等の世界のものになってる。ゼロスが自由に手を出すことは出来ない』
『むー……』
『だけど聖域外の住人であるハデスになら、あのエネルギー体との結合が出来る。やってみる?』
―――……多分それ……余計な事かもしれないね。
だけど焦ったゼロスはそれに気付かず頷いた。
『いいね。 力が増えれば、見えなかった世界が見えるようになるだろう。そうすればハデスは、あの虚無の記憶にだって耐えられ、己を取り戻せるかもしれない!』
そしてハデスは、現状の二柱を凌ぐエネルギーを秘めた【第二の月】と細いラインで繋がれ、無尽蔵のエネルギーを出せるようになった。
『―――……っ、駄目だ! 一向に目覚める気配が無い! 後180年しか無いのにっ』
『チッ、脆弱なる魂め。精神力が弱すぎる』
『……精神力? そうだよ。精神力! 僕が育て上げた絶対的な精神があった!』
『?』
レイスが首を傾げゼロスを見ると、ゼロスは掌に一つの金色に輝く種を取り出した。
『【神の種】だ。これを埋め込もう。ハデスの精神力を底上げするんだ!』
『流石ゼロス、とってもいい考え!』
……。
そうだね。もはや流石としか言えない。俺もそう思う。
―――……そうして、ハデスの魔改造はその後も180年に渡り続けられたのだった。
ここに改めて、感謝を申し上げます。
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