神は、独白をし賜うた
ある日、ゼロスとレイスが、何処か沈痛な面持ちで帰ってきた。
俺は不安を覚え、2柱に声を掛ける。
「お帰りゼロスにレイス。……何かあったのかい?」
「……どうしよ」
「……どうしよ」
俺が尋ねても、2柱はズウゥゥン……と音が聞こえてきそうな程沈み、俯いているだけ。
俺は心配になり、かける声すらも失い二人をじっと見ていた。
……やがて、レイスがポツリと言う。
「……ルシファーに借りたの……―――とっても大事にしてたのに……壊してしまった、どうしよう」
ルシファーに? なんだろう? クラリネットかな? となれば、パッキャマラド案件? それは大変だ!
いや、ちょっと待って。多趣味な彼だけど、クラリネットを吹いている所は見た事が無い。
俺はハラハラとしながら、レイスに尋ねる。
「何を壊したの?」
「ハデス」
……。
小さな声で返された言葉に、俺の思考が一瞬止まる。
「ハデスって“冥王”の……?」
俺がそう確認を取れば、レイスは無言でコクリと頷いた。
ゼロスとレイスは確か、俺の種を持って帳の外に行ってたんだ。
例の内緒の空間内で何かをしていたようだから詳しくは知らないけど、何故ハデスが壊れる事態が起きるのだろう?
俺がこうしてざわざわと枝を揺らしているこういう時、大抵はゼロスが率先して俺に事情を話してくれる。
―――だけど今回はなんと、レイスが先に口を開いた。
「……こんなことになるとは思ってなかった」
それから、ポツポツと事のあらましを話してくれた。
―――それは今から大体300年前の事。
星一つ、軽く消し飛ばさんエネルギーに、世界樹の種を50年ほど晒し続けていたゼロスが、全く変化のない種を取り上げ言った。
『―――ここ迄のテストは、すべてクリアか。この種、とんでもない強度だね』
『強度……と言うより、“次元”が違う。例え話ではなく、この世界に存在しない構造、そして物質で出来てる。そして、それはレイス達にも創り出せない』
『不思議だよね。構成を理解しようとしたり、似た物を創ろうとすれば、ものすごく嫌な気分になって、やめてしまう……。なんだろう? まるで何かの力が働いてるみたいだ。原始の理に反発するような……』
『もともとアインスはレイス達の創った物じゃない。だからアインスの生み出すものは、アインスにしかつくれなくても不思議は無い』
『……いや、不思議だよ。摩訶不思議だよ』
そう呆れるゼロスを無視して、レイスは俺の検査データーをその場に広げ、それを眺め始めたらしい。
……にしても、俺にとっては冷や汗ものの会話をしているなぁ……。
いやいや。落ち着け。バレるはずがない。大丈夫。
―――レイスの話は続く。
無言でデータを眺めるレイスに、ゼロスは尋ねた。
『アインスのデータなんか出して、何してるの?』
『見て、ゼロス。その種と、アインスからマナ成分を抜いた本体の組織構造が同じ』
『だね。それが?』
『アインスは大きい。だけどそこからレイス達のマナをとってしまえば、本体は樹高十メートルにも満たない小さな木になる』
『……つまり?』
『アインスはもとから頑丈な上、マナ・カイロスすら凌ぐマナを保有し、それを鎧にして更に頑丈になっている!』
『なんだ。なにか気づいたのかと思ったら、アインスが頑丈って話か。そうだね、頑丈だね』
……俺、そんな事になってたんだ。
ゼロスはレイスの話に興味を無くし、適当な相槌を打った。
だけどレイスは更に続けた。
『この世界の者に、アインスを傷つける事はできない。本体は勿論、濃密なマナの樹部もだ。例えるなら深海の海底に向かって水鉄砲を撃つようなもの。だけど……』
『だけど?』
『アインスの幹には、今や大きな傷がある』
『!?』
……あぁ、あの大戦を終えて、レイスの可愛さに爆発したときにできた傷だね。うん、確かにある。
『この“ナニカ”を破壊する事のできるもの。それは“強い想い”だ』
『っ!?』
……。
『それにアインスを調べた時に出た結果から言えば、アインスは“ナニカ”とマナとそして精神を顕現させる“魂のような物”で出来ている』
『つまり、この種にダメージを与えられるのは“強い想い”って事?』
『そう、レイスは仮定してみた。だから次の実験は“魂の移植”』
そして二柱は即席魂を創り、入れてみたんだ。
『……何も起こらないね?』
『……やはり仮定は仮定でしかなかったと言う事。実験は失敗……』
『いや待って。アインスは“手を伸ばしたい”と明確な意思を持って発芽したと言っていた』
……余計な事を言うんじゃなかった。
『だからさ、諦めるのはまだ早い。“意思のある魂”を移植してみようよ』
『!』
そして二柱は、地獄の門を叩いたそうだ。
『レ、レイス様に、ゼロス様迄!? いかがなさいましたか!!?』
二柱の突然の訪問に、ルシファーを筆頭に悪魔達が跪く。
まあゼロスがこの魔窟を訪れる事なんて、滅多に無いからね。
過去に一度だけあるけど、それはまだルシファーや亡者は元より、悪魔達すらまだここにいなかったような、昔の話だ。
レイスはちょちょく遊びに来ていたから、慣れた様子で挨拶をする。
『ん、ちょっと我の強そうな魂を貸してもらいに来た』
『え……?』
……レイス的には多分『あらお醤油が切れたわ。お隣さんに借りに行きましょう』的なノリで言ってるんだろう。
しかしルシファーは当然困惑している。
『ど、……どうなさるおつもりで?』
『ちょっと特殊な【核】に定着させ、その経過を見たい。何、ほんの一年程だ。取り敢えず』
『……と、取り敢えず? あ、あの。そ、それは何かの実験か試験と言うことですか?』
『そうだ』
機嫌よく頷くレイスだったが、ルシファーは首を縦には振らなかった。
『……あの、恐縮でありますが……聖域の外のこちら側には、もう干渉されないのでは?』
『!?』
その遠回しな断りに、レイスは驚いた様に目を見開いた。
そして暫く流れた沈黙の後、それまで黙っていたゼロスがレイスの肩を軽く叩いた。
『―――……行こう、レイス。ルシファーの言う通りだ』
その言葉にレイスは更に目を見開き、ルシファーは安堵の息を吐いた。
『ルシファーの言う通り、もうここに僕達の居場所はない。例えこの全てを僕達が創ったのだとしても、もう僕達はここにいちゃいけないんだ』
『!?』
寂しげにそう言ったゼロスの言葉に、ルシファーの目が見開く。
『さぁ、帰ろう。これ以上彼等に僕等を罵る残酷な言葉を吐かせる前に。そして、僕らの瞳が涙に濡れる前に』
『!!?』
ルシファーが思わず立ち上がり、儚げに笑うゼロスに言葉を掛けようとする……―――が、何かの葛藤と闘い、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
だけどそんなルシファーに気付く素振りも無く、ゼロスは遠い空を見上げ、ポツリと言った。
『―――……あの頃は良かった。皆で協力し、助け合った古き良き時代。……もう、僕らは戻れないんだね』
『っ』
震えながら耐えるルシファーに、レイスが素でとどめを刺した。
『泣かないで、ゼロス。レイスはもう諦める。ルシファーに頼もうとした事が間違いだった……』
『……っ、……っ!!』
最早、虫の息で蹲るルシファー。
神々への恩を忘れたわけではない。与えられた愛を裏切る気もない。だが己を慕う者達を生贄に捧げることもできない。
―――……それは、神の与える残酷な試練。
その時、表だけは波風の立たない、神々との激しい攻防の場に、場違いな明るい声が響いた。
『チョリーーーっす!! ルシファー様、この前やった闇鍋パーリィの話なんすけど……、あ!! レイス神様に、ゼロス神様!! この度はまじアーメンす!』
物怖じせず、独特な挨拶を交わしてきた者。
そう。……それはまだ、変わり果ててしまう前のハデスだった。




