神は、友達を作り賜うた②
「お帰り、レイス。そして久しぶりだね。フィル。例の聖夜では、ゆっくり話も出来なかったら、会えて嬉しいよ」
「ん、ただいまアインス」
レイスはそう頷いたが、フィルは困惑の表情を浮かべた。
「え……ひ、久しぶり……でしゅか? しょれで表現は合ってるんでしゅか……?」
……五千年ぶりは、久しぶりで良いはずだよね? うん。良い筈だ。
俺は誤魔化すように枝をそよそよと揺らすと、無表情だがかつて無い上機嫌なレイスが口を開いた。
「アインス聞いて。レイスね、友達出来たっ」
「それは良かったね」
その嬉しそうな声に俺は枝という枝を揺すり、歓喜を現する。
―――……しかし、あの戦闘以外、攻めることのない内気なレイスに友達が……。
なんて感慨深い。あの一粒の砂粒の欠片が、よくもここ迄……! 本当に……本当に、俺は嬉しいんだ。
俺がこっそりホロリと樹液を溢していると、レイスは嬉しそうに、仲良く遊んできた事を俺に話してくれる。
「レイスね、フィルとかくれんぼをして遊んだ。頑張ったけど負けた。でも、楽しかった!」
「そうかい。勝っても負けても、友達と遊ぶと言う事は楽しいよね」
「うんっ」
「……」
無表情だが、喜びを滾らせながらレイスは頷き、俺はその可愛さに幹がよじれる思いに駆られた。
だけどフィルは対象的に、何故かふいっと視線を反らせる。
……楽しくなかったのかな?
俺は二人が楽しげに遊んでいた内容を思い返してみた。
□□□
『……1576799 ……1576800』
昨日、俺の枝の上でカウントを終えたレイスは、開始の合図を出すためにマナを震わせ、全世界に届くようこういったんだ。
『―――……もぅ い い か い……』
よっぽど楽しみだったのかいつもより低く、震える声で、緊張のあまり途切れ途切れに、そう言った。
俺はそんなレイスを愛しく思い微笑んだんだけど、理由を知らない人々は、誰も居ないのに突然耳元でそう告げられ、震撼した。
……よくよく思い返せば、そう言えば理由を知っているフィルも震撼していた気がする。
それからレイスは更に捜索の経過報告の為、30分毎にこう言っていた。
『―――…… 今 〇〇 に、 いる の……』
……世界各地で“メリーさん”伝説が出来たのは言うまでもない。
―――捜索開始より、二時間後。
『この大地にはいない。なる程、ゲートか。さてどこに行った?』
『もぅ気付かれたでしゅっ!! ふえぇぇ!!!』
『……ふむ。ここにわざとらく、ゲートとなるアイテムが12個もまとめて置かれている。……これの何処かということか? どの順番で巡るか……。フィルは、ラッキードラゴンだから……これだな。一番最後に行こうと思ったところ、つまりこの【ロストワールド】だ』
『ふえぇぇぇ!! ラッキーが通じないでしゅうぅぅ!!』
そうして当のターゲットであるフィルは、“ぷるぷる”では無く“ブルブル”と震えながら、ゲートを駆使して逃げ回っていた。
『―――……今度は【クリスマスシティ】か』
『レイス様!? お久しぶりにございます!』
『あぁ、クリスか。ここに掌サイズの白い小竜が来たはずだけど、知らない?』
『え? ……っし……知りませんけど。そそ、そその小竜がどうかなさったのですか?』
『ふふんっ、隠れんぼして遊んでいる。知らないならいい。じゃあ』
『はっ、ハイ! ―――……っ、(ドラゴンさん!? ドラゴンさんを探してる人って、レイス様だったの!?)』
『(そうでしゅ。やくしょく通り黙っててくれてサンキューでしゅよ)』
『(っなんで言ってくれなかったのぉ……れ、レイス様に嘘ついちゃった嘘ついちゃったウソついちゃった……)』
『(だって、言ったら匿ってくれなかったでしゅ。まあ、落ち込むなでしゅ! クリシュにも幸運を分けてやるでしゅから!)』
『幸運どころじゃないですよぉー! あぁ――――――っっ(悶絶)』
こうしてフィルは、3年の内に築き上げた人脈で、レイスを撹乱しながら逃げ回っていた。
『ちっ、後三十分か。……まぁいい。時間を遅延捜索すれば、三十分を三万年に出来る。必ず見つけてや……』
『お待ちください、マイロード』
『―――……クロノス? 何をする? 何故お前達が邪魔をする?』
『我々は攻略者への報酬を、与えねばなりませんでしたもので。この時間操作、無効化させて頂きます』
『ちっ、お前ごときに止められるものか』
『……レイス様』
『なんだ? マナ・カイロス』
『レイス様 マナもね、 ドラゴンさんもふもふしたい。 だから砂時計から出たい』
『駄目だ。お前が砂時計から出れば、世界が壊れる。レイスは壊さない約束をしてしまったから、出してやれない』
『でもマナ もふもふしたい。 ドラゴンさん 欲しい。 カワイイの 好き』
『いや、フィルを砂時計の中に入れても、そのマナ密度の高さからやつの体が保たないだろうし……』
『っやだぁ…… モフりたいっ』
『―――そうか、……そうだな。なるほど、そうだろう。……お前はレイスに似ている。その大いなる力ゆえ、己の願いも空腹も満たす事の出来ない哀れな眠り姫……』
『モフりたい……』
『いいだろう! お前にフィルの等身大もふもふぬいぐるみを創ってあげる! それを好きなだけモフるがいい!!』
『枕にしたいから三倍くらいのサイズがいい 等身大は小さすぎる』
『ふ、欲張りな奴だな。……だが分かる!』
そうして、時のネ申々を味方につけ、フィルはレイスから時間を奪うことに成功した。
『出来たっ!』
『申し訳御座いません、マイロード。レディーは待ちきれず、お休みになられました。……そして“タイムアップ”です』
『―――……あ、しまった』
その後、レイスが負けを宣言して、漸くガクガクと震えるフィルがレイスの前に現れたんだ。
思い返してふと気付く。
……なる程。フィルの機嫌が悪いのは、レイスに追いかけられるのが怖かったんだ。
だけどかくれんぼとは本来そういう遊びだからね。
それに、レイスも友達と遊ぶなんて初めてだから、緊張してたんだ。
その中で、なるべく丁寧な対応をしようとした結果なんだと思うよ。
結果はともかく、レイスはとても思いやりのある、優しい子なんだ。
そして回想を終えた俺は、レイスの肩でプルプルとチワワのように震える小さなドラゴンに、葉をそっと揺らしながら言った。
「ねえフィル、レイスはとても優しくて、思いやりに溢れたカッコいい子なんだ。……どうか仲良くしてあげてね」
するとフィルは、そらしていた視線を俺に向け、コクリと頷いた。
「勿論でしゅ」
その言葉に俺は微笑み、レイスはフィルの小さな体をきゅっと抱き締める。
するとフィルは、身をこわばらせながら驚愕の悲鳴を上げた。
「ふぇ!?」
フィルの驚愕の悲鳴に、俺はふと思う。
一時は邪竜として、貫禄のでつつあった彼が、二人のアニマロイドに出会い後退し、レイスとの再会により、最早幼児化してしまった。
―――……まさかあの彼がこんな風になるとは、かつて誰が想像しただろうか?
だけど俺はすぐに思い返し、葉を揺らした。
―――……今の姿によく似合っているから、いいか。
そんな事を考えている内に、二人はまた楽しげに話を始めていた。
「じゃあ、約束通りフィルの好きな遊びをまたしよう」
「ふぇ!? ち、ちょっと休憩したいでしゅ!!」
「……そうか。お前達はこの程度で疲れるのか。……まぁ、いい。ならレイスはまたゼロスの所に行ってくる。【種】の経過状況の観察をしてる最中だから」
……まだやってたんだ……。
俺は完全な“ただの樹”のふりをして、沈黙しやり過ごす。
「ふぁい。じゃあオイラは休憩しながら次の遊びを考えておくでしゅよ」
そう言ってフィルは、ポフリと俺の枝に体を置いた。
「わかった。また百年くらいしたら帰ってくる」
「百年!? ふ、ふぁい! ごゆっくりでしゅ!!」
ちょっとの休憩で百年……。完全に自分感覚で話すレイスに、フィルは長過ぎると否定する事なく、返事をした。
間もなくレイスが空間の裂け目から、帳の外へと消えてしまうと、フィルは脱力し俺の枝に倒れ込んできた。
俺は笑いながら、小さなドラゴンに話しかける。
「お疲れ様。隠れるのが、相変わらず本当に上手だったね」
「ふえぇ。まあ、唯一の得意分野でしゅから」
「そうか。だけど随分疲れてるようだ。ゆっくりしていくと良い」
「あ、いえ、オイラはちょっと別の約束もあるので、しょっちに行くでしゅ」
「休憩いいの?」
「……レイたんと遊んでいない時は、全部休憩みたいなものでしゅよ」
俺は成程と納得した。
「なるほどね。……本気で遊ぶのは、とてもいい事だよ」
「っ本気のレベルが尋常じゃないでしゅが!?」
俺の感想に、フィルは全身で抗議の声を上げた。
それからフィルは小さく溜息を吐き、再びパタパタと浮かび上がると踵を返した。
そして、少し照れくさそうに俺に言う。
「……ありがとうございましゅた」
「?」
俺はフィルの言葉に枝を傾げる。
「オイラこの三年、この世界の彼方此方を飛び回って、ゲートの向こうも走り回って、しょして思ったんでしゅ。故郷って大事だって」
「そうかい。君の故郷はこの聖域だものね。いつでも好きなときに帰っておいで」
「違うでしゅ! オイラの事はいいんでしゅ!」
「?」
「レイたんの、……『ただいま』って言える場所になってくれて、ありがとうでしゅ。これだけ広い世界で、レイたんがそう言ったのはここだけでしゅた」
俺はフィルの言葉をゆっくりと噛みしめ、そして頷いた。
「俺は樹だから、動けないだけ。何も褒められることはしてないよ。だけど俺からも『ありがとう』と言わせてほしい。―――君のような素晴らしいものが、レイスの友となった事が、俺は本当に嬉しい。ありがとう」
「ふえぇ……しょれこしょ、お礼を言われるものなんかじゃないでしゅ。しょれに怒られたって、もう友達はやめないでしゅから」
その言葉に俺は笑った。
「そうか。じゃあ俺は何も言わず、願っているよ。君に“祝福”を」
「ありがとうごじゃいましゅ。アインスしゃまに“幸運”を」
フィルは、可愛らしくその頬を膨らましそう言うと、ラベンダーの香りを振りまきながら、空高く飛んで行った。
―――……良かったね。レイス。
レイスの選んだ友達は、心からレイスを大切に思っているそうだよ。
次は種のせいで、思いもよらぬ者が誕生!?




