番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい74 完結(ディウェルボ火山の邪竜の物語)〜
嬉々と語りだした少年だが、彼の前に客はたった一人だけ。
しかし少年は金の竪琴を片手に、気にせず客の少女に語り続けた。
だが少女は銀貨1枚入れたものの、しゃがみ込んで頬杖を突きながら欠伸をこぼしている。
やがて一刻程で少年の起伏の無い語りは終わり、客の少女が怠そうに言った。
「……ミック、アンタもその語りが好きねぇ。客なんてあたし一人しかいないのに、毎日毎日飽きもせず……」
少年はそんな嫌味などかけらも気にせず、少女に笑いかけながら、軽い口調で答える。
「ねー? 大して上手くも無く、人気なんて欠片もない俺の語りなのにさ。ソラは飽きつつも、毎日毎日欠かさず聞きに来て……。あ、もしかしてソラ、俺のこと好きだったりする?」
途端少女は頬杖を止め、跳ねるように立ち上がり怒鳴った。
「はっ、……っハァ!? 意味わかんないし! あたしが来なきゃアンタなんか日銭も稼げないで、飢え死にするだろうと思って、しょうがなく来てあげてるだけなんだから!!」
「そっかそっか、それもそーか! 確かにソラが居なきゃ、俺死ぬわ」
慌てふためきながら怒鳴る少女に、少年はカラカラと笑いながら相槌を打つ。
だけど少女は、尚怒りを収める気配は無く少年を睨んだ。
「……ほんとアンタって……、ムカつく!」
「なんで?」
「何でもないわよっ! もういい! ……それより、なんでその歌ばっかり語るの? いつも同じ歌ばかり、そりゃ客も寄り付かないわよ。まあ下手なのが一番の原因だけど?」
少女がじろりと少年を睨めば、少年は困ったような笑みを浮かべ手を振った。
「まぁ、俺に歌唱力を求めるな。知ってるだろ? 俺の【ジョブスキル】」
「ええ、【考古学者】でしょ。……てか歌の才能ないのに、なんで歌なんか歌うのよ? 本読みなさい、本」
「んー、本はつまんないんだよ。それに案外、歌には“謎”が隠れてたりするんだぞ? この邪竜の物語は特に“謎”に満ちてる」
「どこが? 意味わかんない」
「まあ、脳筋のソラには分かんないだろうな」
「っなんですって!?」
普通に話せば嫌味を言い、優しく話しても嫌味をいい、少し馬鹿にしてみれば拳を振り上げる少女に、少年は慣れたように自分の言葉を否定した。
「うそうそ。冗談、冗談だって。―――この歌はな、ルフルの次に有名な“声なしの吟遊詩人”のデビュー作って言われてるんだ。この歌を各地で語り、たった一年でその実力を世に知らしめ、世界に旋風を巻き起こした男。そして“声なし”は、世にその定説を浸透させた後、まるで自分の役目は終わりとばかりに、以降絶対にこの歌を語ろうとしなかった」
少女はふと冒険者ギルドで有名なひとつの話を思い出し、振り上げた拳を降ろした。
「“声なし”って喋れないのに、歌だけは歌ったって言うあのアニマロイドの語り手? なーんか聞いたことある。……確かギルド経営カジノに伝わる、伝説のブラックリスト者……。『―――その男、スロットを回せばトリプルセブンしか出さず、ルールすら知らないカードゲームで、役満を揃える強運の持ち主。しかも、イカサマを仕掛けようとする度に、その人に酷い不運が起こったと言う……。男の願いはラッキーによって全て叶う。そしてその度を超した幸運に、男の登場から一月と待たず、全世界の賭博店のブラックリストトップに君臨する事となった、伝説の男“栄運のポム”』……あれ? “風来のポム”だった? まあいいわ。それでしょ!」
一応少女は冒険者としてそれなりの実力を持っていて、その界隈の噂は知っていた。
少年は、……まぁ一般常識として識っていた。
少年は感心したように、少女に頷き返しながら言う。
「そうそう。ギルドじゃそっちのほうが有名かもなぁ……。“声なし”の訪れた街は、その滞在期間中、街中のカジノが緊急休業したってのは、今でもネタ話だもんな」
「ふふん。ちゃんと私だって知ってるんだからね!」
得意げに胸を張る少女に、少年は心底感心しながら同意した。
「ねー。さすがソラだ。賢い賢い。でね、その“声なし”だけど、11歳で我流で歌を極めて、各地に風のごとく現れてはソラの言ったようなネタ的な伝説と、様々な歌を残した。……ま、営業に支障が出るから、ギルドからの依頼もあったんだろうが、“声なし”が街に滞在するのは決まって5日だったそうだ。そしてついたあだ名が“風来のポム”」
「あ、やっぱり“風来”も合ってた! 流石私」
「うんうん。流石だねー」
少年はたっぷり少女を褒めあげた後、また話を続ける。
「でね、その“声なし”は、アニマロイドの短命にもめげず、種の血を目覚めさせ、世界中を旅したそうだ。そして28歳でこの世を去るまでに、その幸運に世界を震撼させつつ、千を超す歌を残した。―――……因みにその最後の作品が、かの有名な“聖樹の賛歌”。その歌を“声なし”は未完成作品と言ってたらしいが、その完成度の高さは今でも“神作品”として、多くの歌い人から称賛を受け続けている。ソラも知ってるだろ? “聖樹の賛歌”……」
「……?」
「……」
真剣に首を傾げる少女に、少年は何か言いかけた言葉を飲み込み、ニコリと笑った。
「……うん、いいね。誰もが知ってる事を知らないって、とても個性的なことだと思うよ。―――だけど俺以外の人の前では、知ってるふりをした方がいいね」
「そうなの? わかったわ」
首を傾げつつも、少女は素直に頷く。
少年は満足げに微笑んだ後、剣など握った事も無さそうな細い指を立て、可笑しそうに言った。
「うん。じゃあそれで本題。邪竜物語が“謎に満ちてる”って所ね。―――“声なし”は幼い頃に、まだ実際邪竜に占領されていたこのディウェルボ火山を訪れていたと、資料には残ってる。それからあまり表沙汰にはされてないけど、物語にある“邪竜に囚われた子供”ってのは“声なし”の兄だったと言う説がある」
そう言った少年に、少女はぷいと顔をそむけるとつまらなさそうに呟いた。
「……なんだ。一応本読んでんじゃない」
「ま、気になった事はね。因みに“声なし”の兄は、流石に知ってるよね。この世界で数人しか居ないS級冒険者。“蒼穹のラディー”……」
少女にとって思いもよらぬ名が出て来た事で、少女はまた跳ね上がる様に立ち上がり、少年に詰め寄った
「え!? ラディー様が囚われてた? ウッソ! 蒼穹のラディー様と言えば、駆け出しの頃からA級パーティーに引き抜かれてたって言う伝説の天才よ!? ―――黒い翼で空を自在に舞い、空を写したかのような、この世に2つとないモーニングスターを振るう。モーニングスターの縦横無尽に飛び交うチェーンは光を受けて輝き、それはまるで一筋の光。そう。“蒼穹のラディアン”……。冒険者なら誰もが憧れる存在……」
そう目を輝かせながら、うっとりと空を見上げる少女に、少年はモゴモゴと頷く。
「……。あー……うん。知ってる。てか、何十回とソラに聞いた……。―――でもまあ、大昔の話だから、真偽は何とも言えないけどね。……だけどもし本当だったら、面白いと思わない? “声なし”の兄が邪竜に攫われたってんなら、声なしはきっと真実を元に、あの話を作った。でも、何かを隠してる。―――……邪竜の守り通した物は“黄金の卵”。それに“声なし”が愛用し、いつも携えていた楽器が“黄金の竪琴”なのは有名な話だし、物語自体にも黄金の竪琴は登場する。しかも“声なし”の金の竪琴には、卵のレリーフが刻まれてる。……ね? なんか繋がってるように見えるだろ?」
そう言って少年は、自身の持つ金のハープを軽く持ち上げ少女に見せた。
因みにそれは、幸運のアイテムとして土産物店でよく売られている“幸運の竪琴”と呼ばれる、金メッキのレプリカだ。
本物は、正真正銘の純金で出来ており、ドワーフ族のディルバムと言う、名のある巨匠の最後の作品と言われる銘品であり、今はとある博物館に展示されてある。
少女はそのレプリカに施されたレリーフをじっと覗き込み、うーんと唸る。
「……確かになんか、関係ありそう……かも?」
「ほぉーら、謎に満ちてる。ソラも沼にハマって来た?」
「いいえ、全然」
即答し、首を振る少女に、少年は、がくりと肩を落とす。
だけど少年は直ぐに立ち直り、少し寂しげに笑いながら少女に告げた。
「俺ね、もう少ししたら旅に出てるつもりなんだ」
「―――……え!!? ちょっと初耳なんだけど!」
少女は大きく目を見開き、少年の胸ぐらを掴む。
そんな少女を宥めるように、少年は手を上げながら頷いた。
「そうかもね。でも俺にもさ、夢があるんだ。だから俺はこの謎を解いて“声なしの友達”にならないといけない。……てか、そうでもしないと、俺の夢は叶いそうにもないから……」
「夢? アンタなんかに? 何よ、言ってみなさいよ」
尚も胸ぐらを掴んだままの少女は、少年に詰め寄るが、少年はその視線から逃げるように、目を逸らす。
「んー? ソラにはまだ内緒。でもどうしても聞きたいって言うなら……」
「……なっ、いーわよ! 別に聞きたくなんてないしっ! って言うか『友達になる』? もう大昔に死んだ人でしょう。何言ってんの?」
「ねー。でも“声なし”がそう遺してるんだもん」
「意味分かんないし。 ―――……でもま、もしミックが本当にそのつもりなんだったら、しょうがないからあたしもその旅、付いてったげるわ」
少女は少年を掴んだ手を離すと、そのままふんぞり返って腕を組みそう言った。
少年が驚いたように目を見開く。
「―――……え? なんで?」
「なんでじゃないわよ。アンタは弱くて、私以外には誰にも見向きもされないような、歌の下手な歌うたい。あたしはいつかラディー様みたいな凄い冒険者になる、ダイヤの原石なの! ジョブスキルだってほら【剣聖】に【聖騎士】! すごいレアジョブな上にダブル持ちなのよ!?」
「……つまり?」
まくし立てるように言う少女に、今度は少年が詰め寄るように言及する。
少女は、目を泳がせながら、無器用に声を震わせながら答えた。
「……ま……守ってあげるってコトヨ……」
「お願いします」
少年は、嬉しそうにニコリと笑って頷くと、少女の額に唇をつけた。
途端に少女はその額を抑え、顔を真っ赤にしながら怒り出す。
「―――っっっ!! なっ……っミック、何すんのよ!!? なっ、……な!?」
「なにって……だって、騎士様には姫のキスが定番だろ?」
とぼけた様にサラリとそう言った少年に、少女は、もはや茹でだこの様になりつつ、目をぐるぐるとさせながら叫ぶ。
「ヒメ!? ちょっ誰がっ、ひ、姫!?」
「……え、俺?」
……まあ、少女は“騎士”のジョブ持ちなので、妥当と言えば妥当かも知れないが、少女は一度スンと感情を落とすと、また怒り出した。
「……。っな訳あるかぁぁ!」
少年は朗らかに笑い頷きながら、拳を振り上げる少女から逃げる様に走り出す。
「だよねー。あ、ちょっと待って。なんかラベンダーの香りしない? 山の方からだ。行ってみよ」
「まっ、ミックゥウゥゥゥ―――!! 待ちなさいぃっ!!」
―――ラベンダーの香り。
それはこの地に於いて、特別な意味を持つ。
ドワーフの里は稀に、季節外れのラベンダーの香りが漂う事がある。
そして何故かそれは、このドワーフ達の里の“守護神竜”が近くに居るからだと、この地には伝えられているのだ。
少年は、その未来に待つものも知らず、山に向かって楽しげに走る。
その小脇にはしっかりと“金の竪琴”を抱えて。
それは幸運な男が愛用したと伝えられる、金の竪琴のレプリカ。
今の時代、金の竪琴は“幸運のアイテム”として、彼方此方の街の土産物店でほぼ確実に売られている。
その為、誰もが見た事のあるその金の竪琴だが、金メッキをされた真鍮の安物にも、必ず卵のレリーフと共に一つのメッセージが彫られていた。
“―――拝啓 敬愛すべき吟遊詩人ルフル様へ
オレはかつて 思いがけず貴方様の物語の一小節を目の当たりにしました
貴方様の物語に立ち会えたこの幸運は オレにとって何にも代えがたい“宝”でした
そしてこのメッセージに共感してくれた オレの親愛なる友よ
貴殿にもどうか ラベンダードラゴンの祝福が訪れます様に……”
この世で一番幸運な男の願いは、何だって叶ったと言う笑いのある伝説は、誰もが知る有名な話だ。
だけどこのメッセージが、幸運のドラゴンに会いに行く為の“唯一の道”だと気付く者は少ない。
〈完結〉
完結(´;ω;`)しました!
ミックやソラのお話は、また次章で考えています。
ここまで読んで、ブクマや評価、感想をたくさん頂き本当にありがとうございました!!
今後本編を進めつつ、これ迄のストーリーの誤字や余字の修正をしていこうと思ってます……見返してみたら……コレは酷いな!\(^o^)/と思いました……(-.-) 全文字スマホ打ちですから……(汗)
なので救済の誤字報告神様もお待ちしておりす(*´ω`*)




