番外編 〜幸運のドラゴンさんは、負けられない(邪召しafter story⑥)〜
こ、……この話でも終わらなかったです……。(汗)
迫り来るポムから、オイラは反射的に逃げた。
だけどポムは怒声を上げながら、何処までも追跡して来る。
「ちょっ、旦那!! 何いい感じに去ろうとしてんすか!? オレに話の結末教えてくれるって約束してたのに!!」
「……」
その内容に、オイラは一瞬白い目をポムに向けた。
……だって何こいつ。何ドサクサに紛れて、そんな約束した事にしてんだよ。
ローレン相手ならそれでまかり通るかもしれないが、オイラは靡かないからな。
そして暫しの空中での追いかけっこの末に、オイラはローレンの背後に逃げ込んだ。
案の定ローレンはポムを宥め、その隙にオイラはフンと鼻を鳴らし、ポムに言った。
「はっ、神との一騎打ちを控えたオイラには、もはやお前なんかとのんびり話してる時間なんてないでしゅ。書きたきゃ勝手に、好きなように書けば良いでしゅ」
「……え」
突き放すようなオイラの言葉に、たちまちポムは悲しげな表情になる。
「まぁ、出来上がった物語は、オイラが都合のいい時にでも、纏めて添削してやるでしゅよ」
「……それって、……また会いに来てくれるってこと?」
「勘違いスンナでしゅよ! 下手な歌を歌ったら、破りしゅてるでしゅ! 気合入れて歌わないと、承知しないでしゅ!!」
オイラはポムが調子に乗らないようにそう念を押したのだが、ポムは何故か小躍りを始めた。
「……ヤッター!! 旦那、大好きっ! またオレの歌聞きに来てくれるっていってんすね!? 抱っこさせてっ! もう可愛すぎるす~っ」
「やめるでしゅ! おしゃわり禁止でしゅうぅっっ!!」
目尻をおろしたアホ顔で、またもや飛びついて来ようとするポムから、オイラはひらりと身を躱した。
いや、別にボディータッチを拒んだのは、照れ隠しとかでは無い。……ほんとに違うからな!?
オイラはポムに、これまで三度触れている。
そしてこれ以上“幸運”を与えれば、この世界のバランスが崩れてしまう気がする。……何故か、オイラはそう思ったんだ。
まあ、根拠は無い。
だかもしオイラの勘があたってりゃ、まぁ、幸運のドラゴンの末恐ろしい事よな。
オイラのそんな恐怖なと露知らず、ラディーがオイラとポムのやり取りに、物凄く微笑ましげな物を見ている様な視線を送りつつ、初夏の小麦畑を吹き抜ける風のように爽やかに言った。
「良かったね、ポム。ポムにとっての“幸運”は、フィル様に気に入られた事なんだろうね」
「……」
オイラは黙り込んみ、頬を膨らませながらラディーを睨んだが、ポムは嬉しそうに頷いた。
―――……まぁ、別に良いけどぉ……?
「旦那のほっぺは可愛いなぁ。……そう言えば、オレのラッキーが旦那の確保として、ローレンが椎茸の採取だろ?」
「椎茸ではない」
「……で、ラディーの幸運ってなんだ?」
椎茸の様なきのこを、大事に握りしめるローレンの注釈をサラリと流し、ポムはラディーを見た。
「え、……僕? こうやって皆に会えた事が何よりの幸運だけど……」
そう言って、ラディーは言葉を濁す。
そしてひと呼吸置いて、ポツリと言った。
「……ブリスさん達を傷付けてしまった事、なかったことに出来ればいいな。しょうがなかったとは言え、間違いなく酷いことをしてしまったんだもの。だからせめて、皆の傷が早く癒えてくれる事が、僕にとっての幸運かな」
そして切なげに笑うラディーに、ポムがなんとも言えない表情で顔を上げた。
「―――そう言や……」
「ん? どうかしたの、ポム」
「いや、今だから言うけどオレな、前に旦那を騙すために“酒の実”を街まで取りに行ったんだ」
……いや、今だからこそそれは言っちゃまずくないか?
「騙す!?」
ほーら、ラディーが喰い付いた。
「あぁ、それはもういんだけど、その時街に【聖女様】が視察に来ててな」
いいのかよ……。
「ブっさんがその一団に、ディウェルボ火山に【勇者様】が来てるって話をしたんだ。そしたら『視察が落ち着いたら、ここに立ち寄る』って言ってて……。タイミング的にそろそろ着いてもおかしくないんじゃないかなー……って……」
「……」
「……」
「……」
オイラ達はポムの情報に、顔を見合わせる。
そして沈黙の後、ローレンがポツリと呟いた。
「―――……間違いなく、鉢合わせているだろうな」
「っ」
途端、脱力した様にラディーはその場にしゃがみ込んだ。
まあ、……なんの罪も無い奴を、使命の為とは言え傷付け、屠る辛さはオイラも良く知ってる。
手に残る感触は、いつまで経っても消えるもんじゃない。
ポムは声も無く、泣き笑いを始めたラディーは見ないふりをして、オイラに尋ねてきた。
「で、旦那はこれからどこに行くんで?」
「……」
オイラはふと考える。……これからどうする?
……もう、レイス様との勝負に負ける気は、オイラの中には欠片もなかった。
なら勝つ為には、どうしなくてはいけないか?
幸運は余すことなく武器に使い、闇の力をフル活用して目を眩ませるとしても、まだレイス様には届かないだろう。
「―――……しょうでしゅね。まずはグリプシュの【時の迷宮】の攻略でしゅかね。なんせ相手は【神】でしゅ。負けしょうになったら、余裕で時間遅延の魔法位、当然ちゅかってくるはじゅ……。しょの対策は必須でしゅからね」
「―――……【時の迷宮】って、グリプス大迷宮の最奥に入り口があるっていう……噂の?」
オイラの言葉に、ラディーがしゃがみ込んだままオイラを見上げ、目を丸くしながら唖然と呟く。
流石に冒険者を目指しているだけあって、その攻略難易度もよく分かっているようだ。
オイラは頷き、続けた。
「しょうでしゅ。でもまぁ、あくまでそれは対策。メインの武器は転移装置の収集でしゅね。最低でも五百。ダミーや撹乱も考えれば、八百以上は欲しい所でしゅね」
24時間、本気のレイス様から見つからない様に、逃げ続けなければいけないんだ。
ズルいとか言ってないで、ゲートの向こうに逃げるくらいの事、当たり前にして行かないとまず勝てない。
そう、隠れんぼマスターであるオイラの勘が告げていた。
オイラが唸りながらそう言えば、今度はポムが声を上げる。
「……転移装置って、まさか一粒で一国を滅ぼせるって言う【召喚石】の事すか? ……お伽噺にある……? ほんとにそんな物あるんすか?」
「あるでしゅよ。多分数千個じゃ効かない数はちゅくられてるはじゅ。はまり症も困りもんでしゅよ」
「……途方もねえ……。はまり症ってなんすか? いや、駄目だ。付いていけない……」
「分かるよ……次元が違うよね」
「まぁ、フィル様だからな……。そういう物として捉えておくしかない」
頭を押さえるポムにそれに共感する二名。
いや、オイラだって差し迫られなきゃ、普通にそんな事しないっつの。
オイラは俯く三人に、もう一つ重要な事を言った。
「しょして後は仲間集めでしゅね。オイラがおいちゅめられそうになった時、匿ってくれる仲間が必要でしゅ」
心が強く、絶対に裏切らない。そんな仲間が必要だ。
なんせあのレイス様に問い詰められ、“知りませんが”と白を切り通して貰う必要があるのだ。
―――……だけど居るのか? そんな化物並の精神力を持つ生き物が……。
と思っていると、俯いていた三人が同時に勢いよく挙手した。
「?」
「「「……立候補しますっ!」」」
「―――……付いてこれないんじゃなかったでしゅか?」
そう言いつつも、オイラは声を揃える三人に、堪らず笑った。
「でもフィル様、“同じ目的の為に協力する”ってもう仲間ですよね? 僕達、いい仲間になれると思うんです」
「そうすよ旦那! オレ達旦那を応援するす! ―――……古竜となり、炎を守り抜いた英雄は、休む間もなく神との対峙に赴く。それは空間すら跨ぐ熾烈な戦いだが、仲間を集め……。っ最高っすねぇ! あーっ、もう妄想がとまらねぇ!!」
「そうですね。フィル様であれば、きっと神にだって打ち勝てますとも」
リアルに神をも恐れぬ発言だな。
って言うか、なんか『ただのかくれんぼ勝負』とは今更言い難い雰囲気になってきたぞ……?
―――……まあいいか。
オイラは肩をすくめ、三人に言った。
「なら、【ラベンダーのポプリ】を身にちゅけといて欲しいでしゅ。そーしゅればレイス様の鼻を多少ごまかせるだろうし、オイラの存在が更に希薄になるはじゅ。しょしてオイラは“仲間”を見分ける事ができるでしゅ」
三人は笑顔を浮かべながら、力強く頷いた。
オイラも頷き返すと今度こそ空に舞い上がり、三人に手を振ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから2200年の月日は流れ、この世界一美しい街として名高い“カロメノス水上都市”では、今日も人々の活気が息づいていた。
夏も最盛期を迎え、山は青々と緑が萌え、そんなディウェルボ火山のあちこちから、煙が筋となって立ち昇っている。
山中では、ドワーフ達が今日も上に祈りを捧げつつ、鍛冶打ちに励んでいるのだろう。
そんな穏やかないつも通りカロメノスの片隅。
人気のない際橋の一角で、まだ若いエルフの少年が声を上げた。
―――さぁさ、よってらっしゃい聞いてらっしゃい!
今日の話はディウェルボ火山に住みついた、邪竜の話だ。
おや、ありがとうございます! そうそう、お捻りはそこに入れとくれ。
さぁさ、それじゃ始まるよ!!
昔々ある所に……。
それはこの街に古くから伝わるお伽噺。
聞いたことない者はいないと言われる程に、誰もが知る物語。
少年はそれを嬉々として、語り始めた。
ポムとフィルはなんやかんやで似た者通し、気が合います。(*´ω`*)ほっこりです。




