番外編 〜幸運のドラゴンさんは、負けられない(邪召しafter story④)〜
「じゃ、行こうか。フィル」
オイラの呟きを静かに聞き流してくれたレイス様がそう仰った。
「行くって、何処へでしゅか?」
オイラがそう尋ねるやいなや、レイス様はそっと……だけどガシッとオイラの脇を掴みあげ言う。
「ふっ、そんなの決まってる。遊びに行くと言ったろう? グリプスへ行くぞ」
「ぐりぷしゅダンジョン? 冒険者の真似事でもしゅるのでしゅか?」
「いや、あそこの最下層に転移装置を仕掛けておいたのだ」
……嫌な、予感がした。
「グリプスダンジョンの最下層にある【ソルトスの書】、またの名を【終わらない物語】。そこに待つは、めくるめく冒険の世界だ」
「……。……?」
オイラは冷や汗を流しながら、首を傾げてみる。
するとレイス様の眉間に、気持ち皺が寄った気がした。
「……まだわからないのか? 【書】を転移装置とし、幸運の竜であるお前の名が“フッフール”。それ無くしてファンタジーは語れない」
……分からん。
「そうか、まあ良い。きっと楽しい。だけど蜘蛛の化物の巣にかからないように気をつけろ」
レイス様はそう言うとふわりと身を上昇させた。
「―――……ヒィっ、まっ、待ってくださいでしゅ!!」
オイラは引き攣った悲鳴を上げた。
―――そうだ。あの夢で気付いたんだ。故郷こそが、どれほど素晴らしいのか。
新たな冒険などもう要らない。ただ、穏やかに……。
だけどオイラの直感はこう言っている。
“そこに行けば、二度とこの大地には戻って来られない”と。
「どうした?」
「しょこに行かなくてもっ、楽しくあしょべるでしゅよ!!」
「……例えば?」
例えば? 知るか……じゃない、えーと、えーと……例えば……。
「隠れんぼとか?」
「!」
言ってから気づいた。
この方からはオイラとて、隠れ通せるはずがない。
だけどレイス様は頷き言う。
「そう言えば、隠れる事が得意と言っていたな。良いだろう。やりたい遊びがあるならそっちでレイスは良い。とは言え、レイスだって本気は出したいから、ハンデは“時間的ハンデ”だけにしよう」
「ふぇ……」
……本気出すの? マジで?
「レイスが鬼。フィルが隠れる。3年カウントするから、その間世界中何処に隠れても良い。24時間隠れ通せたらフィルの勝ち。次もフィルの好きな遊びにすれば良い。だけどレイスが見つけられたら、一緒にファンタージェーンに行こう」
何処? ファン……?
「じゃ、数えはじめるね。アインスの所でカウントしてるから。いーち、にぃー……」
そう言いながらレイス様は踵を返し、ふわふわとゆっくり去って行く。
「ごー、ろーく、……」
オイラはその背を見送りながら、己の運命を悟った。
―――……オイラの竜生、あと三年間か。
そしてオイラも踵を返し、フラフラと飛び始めた。
……そうだ、みんなにお別れを言いに行こう。
そう、思ったんだ。
◆◆
〈勇者アイル視点〉
暗い水の中を漂っているようだった。
そしてそこで、じわじわと俺の体が崩れていく。
さらさらと……。
―――力とは、強さとはなんだろう?
崩れながら俺は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
―――泣きながら懺悔し、弱さを認めたファーブニルは宝を守りきり、俺は宝にもう触れることが出来ない……。
『何処まで強くなればいいんだよ?』
そう、子供のように泣きじゃくっていた竜の気持がわかった。
強くなっても、宝は守れない。
強くなっても……、絶対に届かない存在がすぐ目の前に現れ、落とされる。
俺は何処まで強くなりたかったんだろう?
不意に、暗かった水面に一筋の光が差した。
俺はそれを見上げ、そしてその答えに気づく。
―――あぁ、そうか。“俺”は、“黄昏より”強くなりたかった。
……だけどもう……。
◆
気が付くと、波の音が聞こえた。
―――……生きてる?
ゆっくりと目を開ければ、目の前に、俺の求め続けた宝があった。
目に涙をためるライラが、俺を上から見下ろし覗き込んでいたんだ。
「おかえり、アイル」
「ああ、ただいま」
ライラが身に纏う、桜の刺繍がされた白い長襦袢は、水が滴るほどに濡れ、細い身体に張り付き、髪からもまたポタポタと雫が落ちている。
そしてその髪には、以前俺が海に投げた、桜の髪飾りが飾られていた。
ライラが俺に尋ねてくる。
「どうやった?」
「邪竜に勝ったぞ」
「ほーか、アイルはホンマ強いなあ」
そう言って笑うライラに、俺はふと首を傾げる。
「……“黄昏みたい”って、言わないんだな」
「うん。ごめんな? やっぱり気にしてたんやろ。アイルが行ってもてから、アタシ気付いたんよ。アイルは頑張ってんのに、“黄昏みたい”って言われたら、嫌な気分になるやんな? だから怒ってたんやろ」
「……」
そう言って、申し訳なさげに笑うライラを見て、俺はふと、小さな矛盾に気付いた。
俺は知った。ライラはずっと“俺”を見てくれてたと。
ならなんで、俺を黄昏と比較するようなことを言った?
「ごめんな。嫌な気分にさせて。……でもな、覚えてるやろか? アイルが初めてS級の魔物を倒した時、アタシが“黄昏みたい”って言うた時、その、……初めてアイルがアタシに笑いかけてくれてん」
―――……あ。
「めっちゃ嬉しかった。だから、……舞い上がって、調子に乗ってもたんよ。……だから、ごめん」
……なんだ。そういう事か。
俺はおかしくなって笑った。
そして、さっきから気になっていた、濡れた髪に飾られた“桜の髪飾り”に手を伸ばす。
「アイル?」
「……これ、どうした?」
「探して拾ってきたんや」
「……こんな身体で?」
もう、ライラの身体からは、ごく少量のマナしか感じない。
そしてそれは今尚、減り続けている。
「うん。でも、探してよかった。それにな、拾ってめっちゃビックリしたんやで。だってガルーラはんの作印入ってんねんもん」
まぁ、あいつはドワーフのくせにあんまり鍛冶はしなかったから、レアと言えばレアか……。
「それに、……何よりアイルが、アタシだけの為にって用意してくれたもんやったって分かった。なら、アタシは絶対失くさへん。死んでも見つけ出すわ」
そう、拳を握り締め断言したライラの顔が、ふっと曇った。
「……でもな、ほんま良かった。これ探してたら、沖で凄い爆発が起こって、アイルが流れて来たんよ。……アタシは明日まで、多分保たへん。自分のことやから、何と無く分かるんよ。―――……だからっ、探して良かった。見つかって良かった。……アイルにもう一回会えて、っホンマに良かった……」
そう言ってとうとう涙をこぼしだしたライラ。
俺はふと、自分の中の“命”というものに意識を向ける。
砂上の城が波に押し流されるように、俺の心臓が脈打つ度に、それはボロボロと崩れていく。
この調子だと、……多分俺も明日まで保たないな。
俺が無言でライラを見つめていると、ライラは涙を拭きながら、言い訳でもするように言った。
「せやな。アイルかてそんな大層な傷負ってて、アタシのことなんか話してる時やなかったな。……でも、アイルをそんなへしてしまうとか、ファーブニルってホンマに強かってんなぁ」
俺はそれに首を振る。
「これはファーブニルじゃない」
「ん? じゃ誰や? ガルーラはん?」
「違う。何でアイツがここで出てくるんだよ。……俺もよく分からない。俺も今でも信じられないんだが、あれは……そう。白い髪をした少女。“レイス”と名乗っていたか。そいつに殴られ、そのままここまでふっ飛ばされた。『邪竜を討伐した報復』だと言って、本気で殴り飛ばされた……」
「っ!!?」
ライラの目が大きく見開かれる。
……そう言えば、ライラの“姉”は、強く美しい者だと言っていた。
ライラ程の者が、強く美しいと話す存在……。
「もしかして、お前の“お姉様”か?」
「全然ちゃう」
即答された。
そしてライラは震えながら俺をまじまじと見る。
「いや、うん。ちゃうけど……れ……レイス……? 嘘ぉ!? アイル、ホンマその方に殴り飛ばされたんか?」
「あぁ、意識を失う前、確かにそう言っていた。……知ってるのか?」
俺がそう尋ねると、ライラは青い顔をしたまま視線を逸らせた。
「あ、……あはは……いや、エエねんけどな? て言うかアイル、あんたホンマにその人に殴り飛ばされたんやったら、今こうやって生きてるだけで、余裕で黄昏以上やで。あんた凄いわ……」
「……え?」
……黄昏より、……凄いって言ったか?
「黄昏より……?」
「うん。もう奇跡としか言われへんな。風神と雷神をタコ殴りにしてお手玉するより、ありえへん確率の奇跡や」
「は、何だよそれ。そっか、黄昏より凄いこと、俺はしたのか」
気付けば、俺は満面で笑っていた。
何が『天誅』だよ。
あの一撃のおかげで、俺はライラに再び会い、更には黄昏をも超えた。
そして、その代償が死? いや、それも代償なんかじゃない。ライラと共に逝かせてくれるという事か。
―――……ほんとに、なんて幸運だよ。
俺は笑いながら、ライラに尋ねる。
「なあ、ライラ。俺がやった髪飾りの“桜”の花言葉を知ってるか?」
「ん? うん。“純血”?」
「他のやつ」
「“美しい女性”? “善良な知性”?」
「いや、別の」
「……“あなたに微笑む”?」
ライラがそう言った時、俺は笑いながら頷いた。
「それだ。俺、お前が好きだ。初めてみたときから、ずっとお前に笑いかけたかった」
「―――っ」
ライラは言葉も無く、俺を強く抱きしめてきた。
俺も抗うことなくそれを受け入れ、そっと包み返す。
大事な宝物を壊さないように、気をつけながら。
こうして俺は、出会った時に言いそびれた気持ちを、やっと、ライラに伝える事ができたのだった。
◇
二人だけの静かな時間。
波の音だけが、絶えることなく辺りに響く。
ライラは木にもたれ掛かり、俺はその膝に頭を載せ、もう動かなくなった身体を横たえていた。
だけど、俺とライラの手は固く握り合わさっている。
もう一瞬も、その想いが離れ離れにならないように、互いにその手を緩めることはしなかった。
ポツリとライラが俺に言う。
「……アイル、花言葉なんてよう知ってたね?」
「あぁ、ガルーラに聞いた。ライラこそ、随分詳しい」
「うん。勇者の嫁を目指すんやったら、当然の嗜みや」
「……勇者の嫁にどんなノルマを課してんだよ? お前はお前のままでいい」
「ふふ、これがアタシや」
俺達はポツリポツリと、そんな他愛のない話をしていた。
……幸せだった。
―――やがて日が沈み、薄暗闇に星が瞬き始めた頃。
突然どこかで聞いたことのあるような、男の声が響いた。
「迎えに来たぞ、“暁”」
声の方を振り向けば、空に濃紺色の髪の男が立つように浮かび、何かを包むように両手を胸の前で広げている。
そして、その手の中にふわりと浮かぶのは、ライラの髪と同じ、紫紺の色をした小さな丸い宝石。
男は優しく笑いながら、宝石に話しかける。
「“オネエサマ”が、鼻を……じゃなくて、首を長くしてお待ちだぞ?」
宝石は楽しげに瞬いた後、ひらりと俺の方に揺れた。
男は宝石に促されるように俺を見て、あぁ、と小さく声を漏らす。
そして、俺に手を差し伸べながら言った。
「勇者サマも来ますか? どうせ忘れるだろうけど、地獄を案内しますよ」
俺は何故か警戒する事もなく頷き、その手の中へふわりと跳び上がった。
そしてふと、男の手の中から下を見下ろす。
そこには、俺とライラが手を繋ぎ、寄り添いながら幸せそうに眠っていた。
〈千年の恋人 完結〉
『勇者は愛する者のもとで、死ぬまで幸せに暮らしました……』
存外に短い暮らしでしたが、嘘ではありません(;´∀`)
次話、初の(ローレン視点)です!




