番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい66(追出したい③)〜
「出てけよぉ!!」
オイラは叫んだ。
だけどローレンは涼しい顔で、最後の1ダースの小瓶を取り出しながら答える。
「出ていきません。さぁ、エリクサーも残り僅か12本。立ち止まっている暇はありません」
「……っ」
オイラは怒りに任せ、腕を伸ばしその小瓶を叩き割った。
「っなにをなさるのです!」
「うるせえ! これでお前はもう、この魔法障壁を維持できない! 役立たずだ。とっとと失せろ!」
「クッ……」
ローレンが悔しげに、唇を噛み締める。そして、珍しく……いや、初めて怒りをその身から立ち昇らせた。
「……が……」
「あ?」
何かを呟いたローレンに、オイラは威嚇の唸りを上げる。
だがローレンは気にせず、何か堰を切ったように怒鳴り始めた。
「っこのっ! 愚か者が!! いい加減にされよっ!! いつまで経っても幼稚な古竜よ!」
「!」
その怒声に、オイラは一瞬身を震わせた。だってその声が、あまりにもシェリフェディーダ様そっくりだったから。
「私が生まれてこの方、ラディーやポムがここに来る前まで、貴方は私には見向きもしなかった! なのに今更なんだ、その甘ったれた態度は!!? 成すのであろう!? 自由になられるのであろう!? その為に貴方は、私がこの世に存在する遥か昔から、守ってきた!! 今更? 情にでも絆された? ならばそれも良い。だが成すまでは修羅であられよ。最後まで、私を心無い道具のように扱われよ!」
「知るかよ! 道具なら道具らしく、オイラの言うことを聞け! 出てけ!」
「馬鹿の一つ覚えのように、同じ事を何度も言われるな! 行きません!」
「馬鹿で悪かったなぁ! だがな、お前の方が馬鹿だっ! ああ、そうさ。こんなポンコツだとは思ってなかった! もっと賢いと思ってた! このっポンコツが!!」
「それで威嚇のつもりですか? 嘆かわしい。まだかつての方が威厳があった!」
「知ってるわ! だから喋んなかったんだよ! だがこれが素のオイラだっ! バーカバーカっ!! ざまあみろっ!」
「―――……っく」
ローレンはオイラの懸命の言い返しに、言葉を詰まらせ膝をついた。
……いや、違う。もう、ローレンのマナが切れるんだ。
そして、もうエリクサーは無い。
――――――……ボト……
ふと、そんな音と共に炎の勢いが、少し弱まった気がした。
オイラがそちらを見れば、腕が焼け落ちている。
……エリクサーは、もう無い。
「……」
オイラは落ちた腕を無視して、左手で卵を掴み上げた。
そして膝を突くローレンに踵を返し、火口に向かって、歩き始めた。
「……もう良い。そこにいろ。5分もすれば扉が閉まる。そうすりゃ、炎の勢いは断絶される。……多少暑い思いはするかもしれんが、自業自得だ」
「っファーブニル様っ!!」
オイラは扉を抜け、最後の坑道へと踏み込んだ。
そして三歩進んで、ふと唸り声を上げた。
「―――っいい加減にしろっ、ローレン!」
もう動けない筈のローレンが、扉の境に立っていた。
渾身の力で、移動したんだ。
扉は放っておけばこのダンジョンの法則に従い、勝手に閉まる。
だが、その修復されるべき空間に“生き物”がいた場合その限りでは無い。
つまり、ローレンがそこに立っている限り、扉は閉まらないんだ。
オイラの唸りに、ローレンが怒鳴り返してきた。
「いい加減にするのはファーブニル様ですっ!!」
荒い息を吐きながら、ローレンは諦めてなかった。
「みっ……届ける事が……私の……使命ですの……でっ。……ファーブニル様にも、邪魔させないっ……」
「……何で、……そこまでする? アイツ等が、お前を待ってるのに……」
「貴方が出会わせたんでしょう!!」
「っ!?」
そう叫んだローレンの声は震えていた。
「貴方が身も心も、人権すら賭して卵を孵そうとするように、私も私の存在を賭けて、使命を果たそうと誓っていた! なのにっ……」
そうだ。オイラも使命を全うするために、だれとも仲良くなることを拒んだ。
ローレンも……。
「……っ、なのにっ。……夢を見てしまいました。ラディーとポムと、光の下を自由に旅をしてみたいと。……貴方は残酷です。後先を何も考えておらず、幼稚で、愚かで、……」
震えた声で、ローレンはオイラを罵る。
オイラはまた、あるき始めた。
「そりゃあ、オイラは邪竜だもん」
どうせローレンは、何を喚こうが追ってこれない。
見届けられないと思い知った時、必ず扉を閉めるはずだ。あいつは賢いやつだから、そんな無駄死にを選ぶはずがない。
オイラは進む。
ローレンの嗚咽が聞こえる。……知ったことか。
オイラは邪竜。みんなに嫌われてる。孤独に……。
「―――よく頑張りましたね、ファーブニル。あなたは私の誇りです」
……っ。
一瞬、オイラの思考が止まった。
だって今、後ろからシェリフェディーダ様の声が……。
オイラが唖然としていると、またローレンの声が聞こえた。
「っ私に与えられた使命は、あなたに仕える事では無い。私に与えられた使命とは、今の言葉を役目を終えたあなたに伝える事っ……」
「……え?」
オイラは耳を疑った。
だって……、だったら何でオイラなんぞに仕えてた? シェリフェディーダ様の遺した書で指示されてたからじゃ……?
「今迄仕えて来たのは、貴方があまりにも愚かで、孤独で、懸命で……同情したのです。使命を果たすまで、共に居ようと。……でも、同情されたのは私の方だった。……貴方は、……愚かで……そして何より、優しかった。―――ファーブニル様、貴方にお仕え出来た事、私は心より誇りに思い感謝申し上げますっ!!」
震える声で、懸命に叫ぶローレン。
……泣けてきた。
「シェリフェディーダ様は、ファーブニル様が炎を灯すことを、信じていらっしゃいました。欠片も疑わず、やり遂げると遺されておりました。……最後まで、お見送り出来ず、……灯した後にと伝え聞いていた“使命”を果たせず申し訳ありませんでした……」
オイラは歩みを止めず頷いた。
「いい。……確かに、その言葉は受け取った。シェリフェディーダ様も残してただろ? オイラは絶対に卵を孵す。多少時間が前後したって全く問題ないさ」
「……っ」
―――……十分だよ。
だって、……こんな嬉しい事はない。
ずっと、独りだって思ってた。
けど、シェリフェディーダ様も、ルフルの奴も、……みんな、ここに居てくれた。応援してくれてた。
―――信じてくれてた。
「伝言ありがとな。……それからさ、オイラなんかに今まで仕えてくれて、……ありがとう」
そうこうしてる内に、ボトリと左腕も落ちた。
オイラは卵を咥え上げ、また歩く。
そしてふと思い出し、オイラはローレンに言った。
「あぁ、そうだローレン。オイラからの最後の頼みだ。山に炎が還って、オイラが消えて、ダンジョン化が解けたらさ。ドワーフの里から山の中腹に続く本来の道を開けといてくれよ。ドワーフ達が帰って来やすいように」
ローレンは少しの間沈黙し、少し不満げに言った。
「……ファーブニル様、……貴方は嘘つきです。……この後、自由になると言っていたのに」
オイラは笑いながら返す。
「そうだな。別に自由になるまでもなく、今まで“自由”にやって来てたんだもの。オイラはなぁーんにも、縛られてなんか無かった」
「……そうでしたか。……それでは幸運を、ファーブニル様。その命は、必ず果たさせていただきますので」
「あぁ、最後まで世話をかける。じゃあな……」
―――それから5分後扉は閉まり、魔法の障壁を失った卵の炎に、オイラの身体は燃え上がった。




