番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい65(追出したい②)〜
慣れた崖を登り、家屋の中で獄炎を吹き出しながら輝く卵を見た時、オイラは胸に小さな痛みを感じた。
―――……あいつのお気に入りだったロッキンチェアが無い。
……あいつはよく、あそこに座って編み物をしてた。
嬉しそうに好物の蜂蜜キャンディーを舐めながら、……幸せそうに笑ってた場所。
チビ達が跳ねて遊んでたベッドも、ルボルグとよく酒を飲んでた狭い書斎も……全部。
それはダンジョン化が解けてる時に、燃えて、溶けて、消えた。
―――……もう、二度と戻らないんだ。
その胸の痛みをローレンに気付かれないよう、オイラは何でも無い風に言った。
「ほぅ? 被害をこれだけに抑えたか。やるじゃねえか」
「ありがとうございます」
いつも通り、淡々とした口調。
こんな時でも落ち着き払っていて、オイラとは大違いだ。
「……お前、緊張とかしないのかよ」
「緊張はしています」
「……」
嘘だ。絶対に嘘だ。
……いや待てよ? こいつラディー達といる時、結構笑ってたよな。もしかして緊張すればこうなる? とすれば、意外とビビリ?
だけどパッと見は常に沈着冷静。親しくなった奴にだけ惜しげなく笑顔を見せるド級の美少女……。
なる程。って、どんな野良猫キャラだよ。何なのこの子、ギャップ萌でもさせたいの?
……オイラはその件に関して、それ以上考える事をやめた。だって今は、それどころじゃない。
オイラは気を取り直し、ローレンに言った。
「おい、【エリクサー】は後何本ある?」
「収納空間に、118本」
「ギリギリだな。急ぐぞ」
「……はい」
オイラの合図にローレンは、心なし沈んだ声で答えた。
オイラは気合を入れて、オイラがこの五千年鍛え続けた技を発動し、腕を延ばし卵を手に握り込んだ。
◆◆
―――【禁呪・傀儡】―――
かつて魔獣達を、奴隷の様に扱った裏テイマー達が編み出したおぞましい禁魔法。
生きたままの魔獣の腹を裂き、その心臓に使役の印を刻む技。
その印を施術された魔獣は、まるで傀儡のように使役者の言いなりとなる。
知能の高い魔獣にそれが施された場合、思考や精神を残したまま、身体の限界を越え使われる事になる。
激痛に発狂しようと望めども、非道に自害しようと願えども、それを印が許さない。
そう。魔核が砕け散るまで、たとえその身が骨となろうと死ねず、縛られ続けるのだ。
人はそのあまりの残虐性から、それを【禁呪】と定め、封印した……。
―――この術が世に出回ったのは、今から大体千年くらい前だったか。
だがオイラは5000年前、シェリフェディーダ様と共にこの術を産み出し、自分自身に施術していたんだ。
とはいえ、初めは乗り気じゃなかった。
痛いし、苦しいし、結局はその苦しみは自分に来るんだから。
この術を完成させようと切望したのは、あの“悪魔”に会ってからだった。
―――絶対に守り抜き、卵をあるべき場所で孵化させる。
その目的達成の為なら、この身など惜しくは無いと思うようになったんだ。
実際、完成させておいて良かったと、心底思ってる。
勇者戦の時だって、それで致命傷を受けても乗り切ったし、マグマに落ちてもなんとかなった。
死ぬ痛みや感触を何度も味わうのはキツいけど、そうでもしなきゃ弱いオイラはここまで来れなかった。
オイラは卵を抱え、火口に向かって坑道を進む。
ローレンの障壁越しとはいえ、卵の放つエネルギーは甚大で、卵を持つ右手はもう殆ど“燃え残った消し炭”みたいになっていた。
右手の感覚はなくなったけど、今尚右半身も肉がじわじわ焼かれ、激痛が絶えることなく続く。
「ファーブニル様、【エリクサー】をどうぞ」
「……」
オイラはローレンの差し出してくる強力な回復薬に、一瞬躊躇した。
だって飲めば、回復と同時に死んだ神経も生き返る。
つまり、もう一回あの凄まじい痛みを味わうことになるんだ。
オイラは眉間を寄せながらも口を開けると、すぐ様寸分の狂いなく、オイラの口内に小瓶が飛び込んで来た。
小瓶を噛み砕けばトロリとした独特の匂いを放つ、甘い液体が溢れ出す。
……だって、飲むしかないんだよ。
肉体ならいくら焼けたっていいけど、その熱で【魔核】が溶けて壊れれば、終わりなんだから。
腕の僅かに残った肉が、薬によって再生される。
同時に、またあの悶絶する痛みも戻ってきた。
エリクサーによる回復の効果はおよそ二分。その間、再生と焼失がせめぎ合う。
痛みを堪え、進めるだけ進み、感覚がなくなれば、腕が焼け落ちる前に薬を飲む。
―――……死ねたら、楽なのにさ。
―――……狂えたら、楽なのに。
炎に焼かれながら、オイラはひたすら進んだ。
……地獄だ。
成したいこともなく、こんな仕打ちを受ければ、間違いなく、【亡者】になってしまうだろう。
そう考えれば、これは間違いなく【禁呪】だ。……だけど、今のオイラにとっては、この【傀儡】は唯一の希望だった。
痛みに耐えながら、オイラはポムが歌ってた歌を思い出し、口ずさむ。
その声にもならない様なリズムを、ローレンは耳聡く聞き付け尋ねてきた。
「……その歌、勇者アーサーを題材にした、歌劇の歌ですか?」
「ああ。ポムが歌ってた。オイラが勇者と戦ってる時にな」
皮肉っぽくオイラはそう言ったが、ローレンは小さく笑い、頷いた。
「ポムの事だから、自覚なく歌ってたのでしょう。許してやってください。それに中々、粋なチョイスではありせんか」
そう言って、ローレンは美しいが感情のこもらない声で、歌の一節を口ずさんだ。
「“進め 進め 必ず光は灯るのだから 信じよ 固く結ばれた友情を” ……まるで、ファーブニル様の為に作られた様な歌ですね」
「……違う。勇者の為だ」
「なら貴方は、勇者です。若しくはそれ相応の、思いと強さを持っていらっしゃると言う事」
……そう言われ、ふとオイラが外で勢いに任せ、オイラと勇者は同じだと、勇者に怒鳴りつけことを思い出した。
オイラは鼻を鳴らし、話題を変えた。
「……ふん、下手くそな歌だ」
「はい。音を辿るだけでは、歌にはならないのですね。……ポムの才能に、改めて感服しました」
「あいつは、まあ上手かったな」
「また、聞きたいですね」
「……」
オイラは答えず、また新たなエリクサーを飲んだ。
◆
やがてとうとう、オイラの住み慣れた大洞窟に辿り着いたとき、オイラはローレンに言った。
「ここまでだ。さあお前も出てけ。オイラについてるイビルアイも忘れず回収してやれよ」
ローレンはイビルアイをオイラから取り出し、それを放した。
イビルアイはそのまま凄い勢いで火口の方へと飛んで、そして消えた。
だが、ローレンは動かない。
「早く行けよ。ここ迄って言ってただろ?」
「いえ、私には使命がありますので」
「なっ……」
思っても見なかった返しに、オイラは絶句した。
「は、……はぁ? 使命ってオイラの世話をすることか? なら、もうここまでだ。もうあと数百メートル先迄なんだから、必要ない。お前の使命は完遂された。後はオイラだけだ……」
「いいえ。私がシェリフェディーダ様より託された使命は、この山に炎をともした貴方様を見届けること」
「馬鹿なこと言うなよ。6000度の炎の前じゃ死ぬって自分でさっき言ってただろ?」
「使命ですので」
淡々とそう言い切ったローレンに、オイラはブチ切れた。
「フッざけんな! アイツらに会いに行くんだろ!? 最善尽くすんだろうが!!」
「最善を尽くしても、叶わないことはあります」
「ってか、やっぱ死ぬ気まんまんじゃねえか! ここに来て嘘をついたのかよ! 最悪だな!!」
「死ぬ気はありません。しかし致し方ない場合は、覚悟の上と言うこと」
「ハァ!? じゃあどの位の確率で、生き残れるとか思ってんだよ!? 言ってみろよ!? 賢いダークエルフ様よぉ!」
「ゼロです」
「バっ……」
もう、これしか言葉が出なかった。
「―――っで、……出て行けぇ―――っっ!!!!」
腕の痛みも忘れ、オイラはそう絶叫した。
(孵化まで後24時間)




