表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
326/582

番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい62(強欲者)〜

 《勇者アイル視点》


 聖剣から、その姿を成した“聖刀ヴェルダンディー”。

 その刀身には、予想を遥かに超える力が秘められていた。

 この世界の現世代に於いて、最高と謳われる鍛冶職人、巨匠ディルバム師ですら出せなかったこの切れ味。

 刀身の比重は完璧なバランスで、軌道を描けば、まるで俺がこの刀に導かれるような錯覚すら覚える。

 そしてこの剣の固さは尋常では無い。神鉱石である“アダマンタイト”で出来ていると言われるこの刀身は、刀の最大の弱点である“折れやすさ”を完璧にカバーしていた。

 その硬さたるや、例えこの刀の側面でファーブニルの爪を防いだとて持ち堪えられるであろう頑丈さだ。

 歴代勇者が、何故“盾”を装備してこなかったのかが、今ハッキリと分かった。


 ―――負ける気がしない。

 刃はファーブニルを鱗ごと斬り裂き、その爪を受け止め、魔法すら弾き返すのだ。

 さっき迄の苦戦がまるで嘘のようだ。


 この剣は太古の昔、神々がこの世界にまだ存在していた頃、最高神が、自らの手で創り上げた剣だという伝説がある。

 不思議な剣だとは思っていたが、俺はこの聖刀の力を目の当たりにし、その伝説は真実なのだろうと確信した。


 俺は古の創世神に、感謝の祈りを込めながら、ファーブニルの首目掛け聖刀を振り切った。


「我らが絶対神ゼロス様の聖名の下に、今こそ邪竜を討ち滅ぼす!!」


 だが、それでもファーブニルは倒れなかった。

 皮一枚で繋がった首へ、細胞が崩れ血が吹き出す前に回復魔法を掛け、その命を繋ぐ。

 俺はこれまで奴の鱗を貫き肉を斬り、骨を砕き、そして奴の爪も牙も全て防いでみせた。

 その心が折れてもいい程に、力の差を見せつけた。

 ファーブニルにとって致命傷として攻撃が入った事も、一度や二度では無い。


 ……それでも倒れない。

 何なんだ? この執念は。


 俺はまた、奴の肩に深く刀を突き刺し振り抜いた。


「クルアァ―――ッッ!?」


 ファーブニルは苦しげな悲鳴を上げるが、やはり引かない。

 唸りながらすぐさま大勢を立て直し、俺を睨んでくる。

 ……このファーブニルは他の魔物達とは、何かが違う。数多ある魔物達のように、己の力に酔い、過信している風では無いのだ。……どちらかと言えば、闘い自体を嫌がっている感すらある。

 ―――闘いたくないが、決して引きはしない。

 その姿に、俺はふと既視感を覚えた。

 他の魔物を逸脱する程のこの“強者”に、まるでか弱い親鳥が、必死に卵を守ろうとする様な、そんな懸命さが垣間見えるのだ。

 そう。自身の何倍もある鷹にすら、身体を張って立ち向かい、何が何でも守ろうとする執念に似ている。


 俺はまたファーブニルに向かって踏み込もうとしたが、その足はふと止まる。

 ファーブニルの“声”が聴こえたのだった。



『……なんでだよ。何で、……守れないんだよ?』



 それは今にも泣き出しそうに、悔しげに震える声。

 そして始めにも感じたが“古竜”とは思えない程に、幼い口調だ。


『オイラ強くなったのに……何で守れないんだよ』

「強さとは、より強き者を超える事だからだ。俺はお前より強くなった。それだけの事」


 俺はそう答え、また踏み込んだ。

 ファーブニルは暴風を起こし、俺の踏み込みを邪魔しようと足掻きながら、悲愴な声で言い返してくる。


『オイラは……弱かった。だけど守る為に頑張って、頑張って強くなって……。なのに、何処迄やればいいんだよ? 守りたいだけなのに、やってもやっても、敵がどんどん強くなる。どんだけ強くなっても、もっと強いやつが出てくる。もう嫌なのにさぁ……、何処までっ……』


 剣圧で暴風を薙ぎ払い、俺はまたファーブニルの胸に大きな切り傷を刻み込んだ。


「カキャウゥッ!!」


 嫌と言い、その痛みに悲鳴を上げながらも、堕ちないファーブニル。

 奴はまるでうわ言のように、ぶつぶつと俺に訴えかけてくる。


『……オイラはただ守りたかった。約束したんだ。約束を守りたいんだ。あいつ等の宝物を、返してやれるのはオイラだけなんだよ』

「守る為に多くの命を奪い、今更許されると思うのか?」


 俺がそう言いながらまた剣を構えれば、ファーブニルは怒鳴るように訴えて来た。


『しょうがなかった! オイラは来るなって言ったのにあいつ等は来るんだからっ。やらなきゃ奪われてた! ……なぁ勇者。お前はどうだよ? 守るために魔物を殺して、殺し尽くしてきて人のこと言えんのか? 魔物は人の領域を侵すなと言って、聞き入れてくれたか? お前とオイラに、何の違いがあるってんだ?』

「……」


 ……まるで俺を責めるような物言い。

 しかしそう言って睨んで来るファーブニルへ、俺は踏み込めなかった。

 奴の言う“違い”が見つからなかったんだ。

 奴は魔物で、醜くて、誰かと交わした約束を果たす為に多くの命を奪って……つまり、俺と変わらない。

 それを突きつけられ、俺の剣に迷いが生まれたのだった。


 踏み込めずにいる俺に、ファーブニルは最早攻撃すら忘れ、まるで子供のようにその目に涙を浮かべながら、開き直って怒鳴ってくる。


『分かってたさ。自分の実力を超えた物を守ろうとしてる事くらいさ。オイラ程度に見合わない願いをしてるって事くらい。だから皆、オイラを“強欲”なんていうんだろ? だけど、望むことの何が悪い? ……何が悪い!?』


 そう怒鳴るファーブニルは、ただの癇癪を起こし泣く子供。

 だけどその姿は、到底演技には見えなかった。


『しかもさ。……守りたいもんが、増えてくるんだ。これ以上増やさないようにって、細心の注意を払ってても、どんどん大切なもんが増えてくるんだ。……あいつ等が待ってる』


ファーブニルはそう言うと、ふと何かを思い出したように顔を上げた。そして呟く。

 


『オイラ、……戻らないと』



そう言ったファーブニルが、突然背を向けた。

まるで隙だらけだ。困惑する俺に、ファーブニルは背中越しに言う。


『勇者。オイラの負けだ。オイラの翼をたたっ斬って火口に落とせ』

「なに?」

『翼もなしに、マグマに落ちりゃオイラは死ぬだろ? 万が一生きてたとしても、翼がなけりゃこうして山から出ることも出来ない。それで、オイラの討伐は完了だ』


 ファーブニルはそう言うと、翼をこちらに向けたまま、首だけ振り返った。

 傷だらけで、涙を浮かべ、震えながら必死に、俺に懇願してくる。


『頼む。そういう事にしてくれ。もう、誰も傷つけない。約束するから。オイラの負けだ』

「……っ」


 勇者の役目は、弱きを助けその想いを叶えさせてやる事。


 俺は自分に問う。

 ……翼を差し出し、涙し、震えながら懇願するこの者は“強者”か? それとも……。


 ……もう、答えは出ていた。

 俺は聖刀を構え、ファーブニルに言った。


「お前が何を守りたいのか、俺は知らない。それを守りたければ守るがいい。ただしその翼は、お前の強大な力によって散って行った者への償いに、刈り取らせて貰う。……(自由の大空)を失い、穴の底で果てるがいい」


 俺の一閃の元、ファーブニルの翼は根本から斬り落とされた。

 ……避けようと思えば、避けれた筈だ。

 俺の放った今の一撃は、そんな迷いのある一閃だった。

 だがファーブニルは避けず、その一閃を受け入れたのだった。


「クキャアアァァァァ……」


 苦しげな咆哮を上げながら、火口へと堕ちていくファーブニル。

 最期までその姿を見届ける事なく、俺は静かに目を閉じた。

 ……邪竜が聞いて呆れるほどの、無垢な願い。

 俺はその願いに同情した。

 だが、ファーブニルに返り討ちに合い、散った者達の数は三桁を超す。許せるものでは無いのだ。


 ―――それでも……。


 それでも、この一閃に散ることなく、想いを果たしに行って欲しいと願わずには居られなかった。


 ……強欲の邪竜ファーブニル。

 その強欲さたるや、比類無い。

 宝に近づく全てを葬り、魔王の軍に下ることすら拒んだ孤独な邪竜。

 話には聞いていたが、……まさか己すら顧みないその強欲さに、俺は心の底から只々感服した。



 ◆




 《ファーブニル視点》



 オイラは勇者に容赦なく羽を切り落とされ、すごい勢いで火口に向かって落下して行った。

 翼がなけりゃ、いくら風を起こそうが、体重20トンを超えるオイラの体は浮き上がらない。

 そもそも、翼を斬り落とされた背中の痛みで、まともにマナなんか扱う余裕は無かった。


 ……だけど、良かった。翼と引き換えに、勇者はもう追ってこない。諦めてくれた。これでやっと……。


 オイラが痛みを堪えつつも、ホッと肩の力を抜いたその瞬間、背を強く叩きつけられる様な衝撃と、全身に鋭い痛みが走った。


「っがあぁ!?」


 オイラは思わず悲鳴を上げる。

 オイラは火口の底を満たす、マグマに落ちたのだった。


 硬い鱗に覆われてるとはいえ、マグマは勇者に斬り刻まれた傷口を容赦無く焼いてくる。

 悲鳴を上げたせいで、マグマが口に流れ込み喉や気管が一瞬で焼け爛れる。


「ゴヴぁ ……ぁ……」


 炭化し、冷えたマグマのこびり付いた喉から熱を吐き出し、オイラは腕を伸ばし、灼熱の泥沼を洞窟目指し泳ぎ始めた。

 黒煙を体から上げながら、オイラは無我夢中で泳ぎ続ける。


 そして、漸く洞窟の入り口の岩に身体を引き上げた時、オイラはとうとう気を失ったんだ。




 ◆





 ―――熱い。喉が焼ける。


「ガハッ……ガッ、ゲッ!!」


 耐え難い息苦しさに、オイラは強く噎せこんだ。

 ……オイラ何してたんだっけ?


 ここは洞窟か? 闇なら周りが見えるはずだが、……ここは真っ暗だ。


「……ガヒュ……」


 噎せても引かない喉の痛みと息苦しさに混じり、鼻の奥に昇る嫌な焦げ臭さ。

 ふとさっきマグマの中を泳いだ事を思い出した。


 ……ああ、そうだ。目が焼けちまったんだ。


 喉に、背中に、全身に走る激痛と怠惰感に、オイラはもう頭をもたげることも億劫で、大きな息を一つ吐いた。


 もう、疲れた。 ……眠りたい。ちょっとだけでいいから……眠りたい。




 ―――……盲目の闇の中、オイラが意識を再び沈めようとした時……歌が聞こえた。


 この場に於いて不釣り合いな、楽しげで軽快なリズム。

 あれは確かオイラがまだ竜になる前、どこかの街の歌劇で聴いたことのある歌だ……。





 ―――……おう



 ……誓おう



 今こそ我ら 酒を交わし


 今こそ誓おう 永遠の友情を


 安酒が芳醇に香る お前がそこに居るならば


 さあ 今こそ誓おう 永遠の友情を


 乾杯 


 肩を叩き 足を鳴らせ 手を打って 語り明かそう


 乾杯


 何度でもグラスを合わせ


 何度でも誓おう


 乾杯


 小さなテーブル 小さな燭台 安い酒に気の合う友


 それさえ有れば もう何も要らない


 安酒が芳醇に香る お前がそこに居るならば


 さあ 今こそ誓おう 永遠の友情を……




 ……そうだ。

 オイラ、友達と約束したんだ……。


 誓ったんだ。


 炎を、取り戻してやるって。

 ……行かなきゃ。()()寝てる場合じゃない。



 オイラはゆっくりと身体を起こすと、体を引きずりながら歩き始めた。




(孵化まで後29時間)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ