番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい61(バカップル)〜
《ブリス視点》
ラディーと別れて、俺達は断崖を登っていた。
先頭のジークと森のエルフ達が、ナイフで足場を作りながらロープを掛けていく。
ファーブニルの洞窟から火口の出口までの距離は、直線距離でおよそ二キロ。しかもほぼ垂直で、表面はつるつると滑る火山岩だ。一般市民ならまあ、絶望的だが俺達は一応A級の称号を得ている。
ジークは、追い風の補助を得ながら、危なげ無く岩を登り、百メートル単位でロープを張っていく。
そして後に続く俺達は、ロープにフックをつけて、それを支えに登っていくのだ。
ガリューは大地の魔法も使えるせいか、ロープで支えてやれば、足の爪をうまく岩壁に引っ掛け、まるで垂直に歩くように登っていく。
龍脈術を極めたフィフィーも、利き腕を砕かれているにも関わらず、同様に片腕でスルスルと登っていった。
……こいつら縄の補助無くても、普通に上まで行けるんじゃないか……?
俺はそんなことを考えながら、最後尾で普通にか弱い俺の姫であるミリアを背負い、ロープを掴んだ。
「しっかり捕まっていろよ、ミリア」
「ありがとう、ブリス。重くてごめんね?」
「馬ぁ鹿、羽より軽いっての」
そして登り始める。
俺の胸の前に回された手には、痛々しく包帯が巻かれていた。
ジークの言う通り、ラディーを許せるかと言われれば許せない。大切な人を傷付けられたんだ。
……だけど、俺達もローレンを倒し、卵を砕く気でいた。その気持ち、分からなくはなかった。
◆
俺がミリアを背負って、漸く行程の半分ほどを登った時だった。
ミリアが突然悲鳴を上げる。
「ブリスっ、上!!」
その声に俺が上を見上げれば、空をまるで隕石のようなものが流れている。
そして、その一つがこちらに向かって落ちて来たのだ。
「……くっ」
その何か巨大な物が山にぶつかった瞬間、大地が大きく揺れた。
そしてその時、信じられない事が起きた。
背中から、ミリアの体重が消えたのだ。
俺は慌てて振り返る。
「ッミリア!?」
「―――っブリス……」
ミリアの体がふわりと空に投げ出され、赤く煮えたぎる穴へ落ちていくところだった。
《ポム視点》
やることも無く、この混乱の中で唯一役割の無いフリーなオレは、洞窟を出て、火口付近で旦那と勇者様の戦いを眺めていた。
『……っクシュ……寒っ……』
なんで火口付近に居るか? 寒いんだよ。標高六千メートル舐めんなよ? マイナス二十度超えだぜ。
それなりの防寒装備はあるが、長時間じっとしてれば凍え死ぬ。
だから熱気の上がってくる火口付近でウロウロしてる訳だ。
因みにさっきから、ブっさん達が洞窟から出て来て何かわちゃわちゃしだした。
ジーク兄が猿みたいに壁を登ってロープを張り、オッサンや、フィーちゃんが後に続く。
みんなが避難してるってことは、ドワーフ達の里の方は片が付いたんだな。
オレは『何でここにポムが!?』とか言われても面倒なんで、身を隠す事にした。
勇者様にはバレたけど、ブっさん達は気付いてなさそうだったからな。
と、暫く身を隠して様子を伺っていると、旦那の放った炎が山に当たり、その衝撃でミー姉が手を滑らせた。
「ミリアッ!?」
ブっさんが叫んで、そのまま飛び降りた。
……いや、待って!? 下、溶岩だから!!
オレは慌てて隠れていた岩陰から飛び出し、急降下して二人を追いかけた。
ブっさんは空中でミー姉に追い付き、ミー姉の頭を包むように抱き付いた。
そして余裕なのか、また空中でいちゃつき始める。
「ミリア……、ずっと一緒だ……。死ぬときも……」
「ブリス、ありがとう。私、貴方に逢えて本当に幸せだった……」
「俺も、お前に逢えて……」
っもぅいいから!! オレ耳良いから聴こえてるんだよっ!
あのさ、そんなくっついてないでさ。空気抵抗で落下速度がちょっとでも落ちるように、ニュートラルポジションで手でも繋いでおいてよ!
それかどうしてもと言うなら、タンデムジャンプで囁き合ってくれないかなぁ!? マジで!!
そう内心毒付きながらも、何とかブっさんとミー姉の腰のあたりの洋服を掴んだとき、翼の角度を変え、ありったけのマナを込めた風を送った。
―――ビシッ!!
オレの翼の腱が悲鳴を上げ、同時にかかる腕への負担に、肩がもげそうになる。
「っ!?」
「ラディ……いや、ポムか!?」
落下が止まったことに驚いたのか、ブっさんがオレを見上げてきた。
だけど返事を返す余裕は無い。……そもそも声が出ない。
オレは歯を食い縛って、フラフラと洞窟の入り口の岩の出っ張りを目指し滑空した。
「ポムがどうしてここに?」
「ポムお前……お前まで“種の血”に目覚めたのか?」
はぁ? 種の血? 知らないけど、ガルーラにドグシュッてされて、目覚めたら飛べたんだよ。
ってか重い!! オレ、ラディーみたいに鍛えてねんだよっっ!
「……そうか、ラディーを救いたいがために、その想いの強さで“血”を目覚めさせたんだな。だが、ラディーは……もう……」
何を言ってるんだ? このおっさ……じゃなくてブっさんは。
そう言えばラディーは? ……え? ラディーはもうって、ブっさん、もしかしてラディーにとどめ刺しちゃった!?
オレは何とか岩の上に降り立ち、すぐさまブっさんに縋りついた。
だけど声は相変わらず出ず、オレは必死で身振り手振りでブっさんに、訴えた。
「……声が出ないのか? この火口の熱波にやられたのか。すまない、俺達を助ける為にっ」
違うからっ! それは良いから、ラディーは!!?
「ラディーは、……ローレンと言う少女と、ここに残る事を選んだ。俺達は必死に止めたんだが、……あの愛の前に、俺達は無力だった。っすまない、ポム」
「……っ」
オレはブっさんのその言葉に、膝から崩れ落ちた。
「ポムっ、しっかり!」
ミー姉が優しくオレに駆け寄ってくれる。
……ってか、それ。通常運転だよぉ―――っっ!
もぅラディーくんったら、こんな時まで避難せずそっち行っちゃうわけ!? もうブっさんとミー姉の事言えないからね!?
オレはゆらりと立ち上がり、洞窟に向かって歩き出した。
……あのヤロウ。今回ばかりはハッキリとからかってやるからな!
だけどその意気込みも虚しく、オレは腕を掴まれその歩みを止められた。
「?」
「駄目よ! 中は今とても危険な状態なの! 行っては駄目よ。今すぐ私達と避難しましょう」
「そうだ。お前にはまだ、未来がある。ラディーの分までしっかり生きるんだ!」
いや、勝手に殺すなよ。
オレはジトリとブっさんを睨んだ後、ふと思い出した。
……未来。……そういえばこの二人、このダンジョン踏破の後結婚する予定なんだったか。
オレはポケットから小石を出し、ブっさんに押し付けた。
「なんだ?」
その小石は、オレ達の過ごした家屋の軒先に吊り下げられていたモービルの飾り石だ。
ぱっと見はまぁまぁキレイな小石だが、なんと実はこれ、超高純度の【魔石】なのだ。言ってしまえば、レジェンド級。
多分旦那の生い立ちからすれば、“ダンジョンへ散歩”に行ったときや、“気ままに本を綴った”報酬で手に入れたものなんじゃないかな?
そんな大変な物を、旦那は惜しげも無くオレにくれた。
『……チップだ』
……もう泣いたね。オレの歌への初めてのチップが、レジェンド級の魔石なんだ。
これはもう、オレの歌がレジェンドと言われているに等しくない?
で、一生の宝にしようと思ってたんだけど、ぶっちゃけ飛ぶため以外の魔法が使えないオレにとっては、この魔石、本当に小石以外の何物でもない。
かと言って、売る気は無い。
ラディーはモーニングスターを貰ってたから、魔石もやったら貰いすぎだ。
てか、こんな弱いオレが、使えもしないレジェンド級の魔石と金の竪琴持って旅とか、鴨がネギとだし汁背負って歩いてるどころの話では無い。
だから、この使い道をここに定める事にした。
『ブっさん、ミー姉。色々迷惑かけたし、結婚の前祝いだ』
そう言って笑って二人に差し出した。
まあ、声は聞こえてないだろうけど。
「ポム、これは? ……まさかこのダンジョンで見つけた宝か? 何故それを俺達に託す?」
『結婚の前祝いだって。釣りは要らねえ。幸せになんな……』
……と言っても、やはり俺の声は届いておらず、ミー姉は明後日の方向に解釈する。
「ポム、……まさか貴方もラディーを追って? ……兄弟を思う心。ブリス、行かせてあげて。これも一つの愛なのよ。ポムはここまで、ずっとラディーを追ってきたんだもの」
いやいや、気持ち悪いからやめてくれ。
ってかもういいや。戦闘が終わってんなら、オレももう行くね?
「そうか……。行ってこい、ポム。俺はお前達の事を忘れないぞ!」
『ハイハイ。だから殺すなって』
「ポム、あなたに助けられたこの命、そしてその勇気。私達は末代迄語り継ぐわ」
『……お子様何人の予定ですか? 多そうだし、オレめちゃ有名人になってしまうじゃん。まあいいや。じゃ、オレもうホントに行くね。今度は落ちんなよ、ミー姉』
そしてオレは涙ぐむ二人を背に、洞窟内に飛び出した。
◆
坑道を抜け、一つ目の鉄扉を開ける。旦那のねぐらの大洞窟への扉だ。
抜けた後、扉は当然閉める。そして奥の大扉に向かう。ドワーフ達の、里へ続く坑道への扉だ。
それを開けようとして、オレは一つの重大な事実に気付いた。
『……扉が、……開かない』
そう。巨大な鉄扉はオレが押しても、軋み音すら上げてくれない。
……そういやこの扉は、基本開きっぱなしだったもの。
そうだよね。ローレンや旦那、それにローレンに鍛えられたラディーなら開けられるかもしれないけど。オレは謂わば一般市民。無理なんだよ。
万策尽きたというか元より一策も無く、為すすべ無いオレは、しょうがなく扉の前に座り込んだ。
今また外に出ても、あの壮大な勘違いをしたブっさんとミー姉に鉢合うだけだしな。
だからオレは歌でも歌って、旦那を待つ事にしたんだ。
曲目は、歌劇“アーサー王と円卓の、勇士達”より。
―――“勇士達の誓い”だ。
(孵化まで後34時間)
ダンデムジャンプとは、スカイダイビングの技の一つです。




