番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい60(コ・イ・バ・ナ)〜
《ラディー視点》
―――バタン……。
僕は震える腕で、古都と洞窟をつなぐ扉を閉める。
古都はもう、むせ返る熱気で満ちていた。
「―――……ラディー? 何をしに戻ってきた?」
崖の上から、ローレンの声がした。
僕は短く答える。
「……忘れ物だよ」
そして地面に落ちていた蒼いモーニングスターまで歩み寄り、それを拾い上げた。
「……」
「……」
気不味い沈黙が続く。
「ラディー。何を考えている? 今はそれどころじゃない。死にたいのか?」
「そんな筈ないじゃない」
「ならなんだ? 怒らないから早く言うといい」
ローレンはゆっくりと僕に近づき、俯く僕を覗き込んでくる。
その声からは怒りも、苛立ちも感じられない。
いつも通り淡々とした事務的な口調だ。
―――だけど僕は知ってる。
ローレンと僕は見えてる世界が違う。
だけどローレンなりに、一生懸命目線を合わせようとしてくれてる。
気を遣って、尊重してくれて、ローレンの中に僕の居場所を作ってくれてる。
……ローレンから見れば、どんなに愚かで馬鹿馬鹿しい事だって、笑わずに、端から否定せずに、こうやってちゃんと気にしてくれてる。
―――ローレンは、本当はとても優しくて、気高いんだって事。
僕は俯いたまま、モーニングスターを握りしめた。
もはや使い慣れ、手にしっくり馴染むグリップの重みが、僕に勇気をくれる。
「……ねぇ聞いて、ローレン」
「聞いてる。どうした?」
すぐ側から、ローレンの声が聞こえる。
僕は顔を上げ、少しやつれたローレンをまっすぐ見た。
そして、言った。
「ローレンはさ、僕を友達だって言ってた。でも僕は、違う意味でローレンの事好きなんだ」
ローレンの目が大きく開かれ、瞳が揺れた。
「だから、……戻った。最期まで、ローレンと一緒に居たいと思ったんだ」
「……」
ローレンは僕の告白に、何も答えてはくれず、僕をじっと見つめたまま、微動だにしなかった。
……辺りに熱気が満ち破滅の近づくこの時に、ローレンにこの先どうして欲しいなんて贅沢は言わない。
ただ、もし、……もし、“友達”だけじゃない気持ちを、ローレンも欠片でも感じてくれたら、僕は十分だったんだ。
それを知れれば、きっと僕はここで死んだって、後悔は無かった。
……だけどローレンは答えない。
やがて長い沈黙の後、ローレンは目を伏せ、何か納得したように呟いた。
「―――そうか。……成程、そういう事もあるのか……」
「ごめん。“友達”だって言ってくれてたのに。でも、僕にとってローレンはもうただの友達じゃないんだ」
僕の言葉に、ローレンは眉間にシワを寄せ、渋い顔をした。
見たことの無い険しいその表情に、僕は尋ねる。
「……どうしたの?」
「その……ラディーを、……傷つけたくなくて……。どう言ったらいいのか……」
……あ。理解した。
“駄目”って事か。
僕はその口籠るような言葉の意味を一瞬で理解して、苦笑した。
そして言う。
「どう言ったって傷つくよ。……駄目なんでしょ?」
「―――……あぁ。私にはもう、……好きな人がいるんだ」
「……」
え?
「……」
「……。―――……え?」
……想像以上に傷付く断り文句に、僕は耳を疑った。
だって、……ファーブニル様一筋のローレンに……好きな人!?
僕が緊張とショックで呼吸困難に陥りそうになりつつ
、チラリと隣に目をやった。
ローレンは切なげに笑いながら、レイピアを鞘から抜き放ち、それを見つめた。
「このレイピアはな、双子剣なんだ。共に生み出され、寸分の狂いなく同じ形に仕上げられ、一枚のハーティーの葉の文様を半分ずつ柄に彫り込まれ、二本揃って、模様が完成するようになっているんだ」
そう言って、愛おしげにレイピアを撫でるローレン。
それからまたレイピアを鞘にしまうと、ローレンは僕に笑いかけ、座るように促してきた。
満身創痍の僕達は、並んで岩壁を背に座り込んだ。
「これが双子剣だと気づいたのは私がまだ16歳の頃だった。ファーブニル様を討伐に来る森のエルフが持って居た。レプリカではあったが、私のレイピアとピッタリ重なった。次のエルフも、その次のエルフも、同じ物を持っていた。そして、ある時尋ねたんだ。すると、森のエルフはこう答えた……」
『―――我らの仕えし父より与えられるのだ。理由は知らないが、この任に付く者が賜る慣わしだ』
私は気になり、祖先の残した書を読み漁った。そしてとうとう見つけたのだ。
私の祖母に当たる、シェリフェディーダが愛したダッフエンズラムと言う者が、二人の絆の証に鍛えあげた物だと書かれていた。
ダッフエンズラムはシェリフェディーダ同様、とっくにこの世を去っている。
しかしその絆はまだここにあると、ここから遠く離れたかの聖なる森から、ダッフエンズラムに連なる者が私に伝え続けている。
「……会った事はない。ファーブニル様に仕える身である私が、この思いを返したこともない。そして聖なる森から拒絶されるこの身では、この先も会うことは叶わないと知っている。……いや、もし会えるとしたら、それはこの世界の終焉のとき。私達の出会いとは、この世界の破滅を意味する。私達とはそういう存在だと、定められているんだ。……それでも……だから……」
「……」
―――……二人の出会いが世界の終焉……?
なにそれ? 駄目だ。次元が違う。
流石の僕も、嘘をつかないローレンが話す設定の壮大さにたじろぎ、引いた。
そして僕は引きつった笑みを作りながら言う。
「そんな理由があるなら仕方ないね。僕の方こそ、余計な事言ってごめん。これからも、今迄通り“友達”でいよ?」
「!」
それは、僕の精一杯の強がりでもあった。
だけどその言葉に、ローレンは、ホッとした様に笑った。
―――なんかもう……、そんな前世からの遠距離恋愛とか……なんか……っもう!
お伽噺よりお伽噺で、僕なんか入る余地ないじゃないかっっ!!
まぁ、ローレンだもん。高嶺だとは思ってたけど、最早空を突き抜けてるね。何なのもう。
僕が俯いてブツブツと泣き笑いを浮かべていると、ローレンが口を開いた。
「だけど、ラディーが戻ってきてくれて、私も少しホッとしている」
「……え?」
僕は思わず顔を上げ、ローレンを見た。
「別れ際、ラディーは何か勘違いをしている様だったから、それが心残りだったんだ」
「勘違いって?」
「私はこの闇の中で、孤独だった。ファーブニル様からは拒絶され、森のあの人とは会ったことなどない。本当に、ラディーがいてくれる事が心強かった。そして、救われていたんだ」
「―――……そうか、……ごめんね。馬鹿だった」
「私の方こそ、焦っていたとはいえ、言葉が足りなかった。すまない」
それから僕等は打ち合わせたわけでもなく、手を握った。
それは、固い友情の握手。
とんでも無い出会いから始まって、随分色んなこともあって、道を逸れたりもした。
だけど、……僕たち“いい友達”だと思うんだ。
またスッと手は離れ、僕は静かに古都の天井を見上げ、呟いた。
「……ファーブニル様、帰ってくるかな」
「来るに決まっている」
ローレンは確信しているように頷き、イビルアイに指示を出した。
「映せ、イビルアイ」
魔王軍幹部の貫禄を漂わせつつ言い放たれた言葉に、僕等の前に外の映像が映し出された。
暫く見ていない、突き抜ける様に高い青空。
たけどそれは、見慣れたモーニングスターと同じ色をしていた。
「……晴れか。ファーブニル様の目には闇しか映っていないのだろうな」
ローレンそういった時、イビルアイの映し出す映像が反転した。
「!?」
僕が驚愕に目を見張っていると、その映像の隅に勇者の姿が映った。
僕は勇者を初めて見たんだけど、その姿は光を集めて創られている様な、光輝く宝刀を手にした黒髪の若い人間だった。
はい、伏線ネタ出ました。
ローレンさんの恋の行方は、第七章(最終章)で予定しています。(^^)
そしてゴメンね、ラディー。このストーリーのテーマは“友情”なのだよ。




