番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい58(友達への思い遣り)〜
《ラディー視点》
ジークさんに崖の出っ張りから引き揚げられ、拘束され、ポーションを頭から乱暴に振りかけられ、僕はもうされるがままになっていた。
なんせ元のダメージが大き過ぎて、もうポーション程度じゃ身体を動かすことも出来なかったのだ。
ジークさんに担がれて辿り着いた崖の上で、ローレンがブリスさんを止めてくれていた事にホッとしたのも束の間、僕はローレンの言葉に耳を疑った。
「私はこのエネルギーが漏れ出さないよう、扉を閉め最期までこのフレアを抑え込む。だからお前達は、ラディーを連れてここを去れ」
―――……え?
「ま、待ってよローレン。……僕は残るよ。ここまで来たんだ……、最後まで、僕も一緒に……」
懸命に抗議をしたつもりだったけど、僕の口から漏れ出したのは、蚊の鳴くようなヒョロヒョロと力無い声。
そんな僕を諌めるように、ティミシアさんが声を上げた。
「馬鹿なことを言うなラディー。お前はもはや、自力で立つ事もままならないんだろう。そんなお前は、ローレン様の足手まといにしかならないと、何故分からない?」
―――……煩い。
今さっき来たばかりの人が、ローレンの信者ぶらないでよ。
だって僕は……。
「ローレン言ってたよね? 僕が居れば助かるって。……僕が居れば心強いって!」
そんなことを口走ってから気付いた。
……今の僕は、なんて無様なんだろう。
前にローレンが思いやりで言ってくれたその言葉を、揚げ足を取るような使い方をしてまで、無様に縋りつこうとしてる。
だけど、それでも僕は……。
「ラディー。今までありがとう。しかしここから先は、ファーブニル様の役目。そして、私はそのファーブニル様に仕える者。この件については私達こそが当事者であり、ラディーはこの“役目”には関係ない。そこの者達と同じ“部外者”なのだ」
「……っ」
―――……部外者。
それは間違い無く、僕を否定する言葉。
「さあ、行け。もう時間が無い。私はファーブニル様が戻られるまでに“扉”を閉めておかなければいけない」
「ならば“扉”までお連れ致します。どうか我等の肩にお掴まりください」
「ありがとう。頼む、ティミシア」
「……」
―――……ねえ、聞いてよローレン。それでも僕は……。
◆
崖の下についた時、下で待機していたミリアさんとフィフィーさん、それにガリューさんが僕らの姿に目を丸くした。
「ブリス! ラディーくんは無事なの!? なんでダークエルフのローレンまで!?」
「ああ、話せば長くなるんだが……」
口ごもるブリスさんに、ジークさんが嫌味のこもった口調で横槍を入れた。
「一言で言えば、ラディーの奴はシラフで俺達を潰しに来てたらしい」
「え?」
「はぁ?」
「……」
「で、ダークエルフがいる事については、ブリスがそのダークエルフに命を救われた」
「んん? 待ってよ、ジーク兄。分かんなくなってきた」
「いや待たないね。何故なら間もなくこの洞窟は、火の海に変わるらしい。死にたくなきゃ今すぐ逃げろ!」
「えぇ!?」
「んなっ!?」
……相変わらずだなぁ、ジークさん。
ノリよくテンポよく、冗談みたいな説明なのに的を得てる。
ガリューさんがそんなジークさんの説明に、じろりとブリスさんを睨んだ。
「ジークの説明で概ね間違いない。とにかく今はゆっくり話してる時間が無い。外に出たら全て話すから、今は避難しよう」
「……」
尚も不満の視線に晒されるブリスさん。
だけどブリスさんは、そんな視線を真っ直ぐと見詰め返し、キッパリと言った。
「俺を信じろ。ラディーを連れて退却する」
その一言に、みんなは頷き移動を開始した。
……そんなブリスさんの後ろ姿に、僕は感心すると共に少し嫉妬した。
―――僕やポムの声は届かなかったのに。
まあきっとでも、これがリーダーのカリスマ力って奴なんだ。
僕がそんな事を考えていると、突然ジークさんが片手でクルクルとナイフを回し始めた。
「!?」
途端に僕の翼や手首に巻き付いたワイヤーが、切れて落ちる。
僕が目を丸くしながらジークさんを見れば、じろりと睨まれた。
「勘違いすんなよ? お前のせいで頭にデッカイたんこぶが出来たんだ。許した訳じゃない。……リーダーの指示だからな。運んではやるが、落ちそうになった時はしがみつく程度の事はしろ」
「……」
ジークさんは一方的にそう言うと、またプイと僕から視線を逸した。
僕ももう特に気にする事もなく、自由になった翼の動作を確認するように、そっとマナを送った。
◆
《ブリス目線》
俺達が卵を諦める決断をして、まるで嘘のようにラディーもローレンも、俺達に敵意を見せなくなった。
ラディーは項垂れ、ジークに運ばれている。
ローレンはと言えば、あの恐ろしかった姿は影も形もなくなり、ティミシアとシャルルに担がれるように、その身を預け、ヨロヨロと歩いていた。
ファーブニルのねぐらである大きな洞窟まで戻ってくると、ローレンは言った。
「ありがとう、ティミシア、シャルル。私はここに留まる。……どうか、森のあの人に“よろしく”と伝えておいてくれ」
「はっ、必ず」
ティミシアはそう言うと、頭を下げ敬礼をとる。
二人から手を離されたローレンは、かろうじて立っているが、今にも崩れ落ちそうだった。
それからふと、ローレンは俺に向かってどこか嬉しげに微笑んだ。
「?」
「ブリス、ラディーを任せた。彼はとても真面目で、こんな罪深い私の“友”になってくれた優しき者だった」
「……」
俺はラディーをちらりと見れば、ローレンはまた、優しげな声で続ける。
「ブリス、頼みがある」
「?」
「ラディーを許してやって欲しい。そして、この件は“邪竜と悪いエルフにラディーが誘拐され、お前たちが助け出した”という事にしておいて欲しい」
「……何?」
俺は首を傾げた。
ラディーを許せと言うだけなら分かる。だが、その後の条件はなんだ?
俺はローレンに尋ねる。
「お前達を悪者にしろという事か? ずっと、守ってきたのはお前たちの方なんだろう? 何故……」
俺が問い質そうとすれば、隣でジークの舌打ちが聞こえた。
「白々しい。交換条件だ。聞く必要はないぞ、ブリス」
「交換条件? どういう事だ?」
「今の世界では、“邪竜討伐”が一般的な常識だ。だがダークエルフの言った“事実”が世に出れば善悪が一変する。邪竜を討伐しようとしていた冒険者達が愚かな悪者。ギルドの信用は地に落ち、支援していた国々も外聞良くはねぇな。ドワーフはギルドに協力しなくなり、武器の流通量や質は落ちる。頭の悪い武器商人共辺りが出しゃばってきて、要らん争いや戦争が起こるかもな」
「……なっ」
予想以上の事の大きさに、俺は思わず妙な声を上げた。
「そのダークエルフは言ってるんだ。“黙っててやる”って。代わりにラディーを許してやれってこった。聞く必要はないと思うぜ? 俺はラディーをゆるしたくない訳だし」
そう言って、わざとらしく自分の頭を擦るジーク。
だが、それを聞いた以上は……。
俺が目を白黒させていると、ローレンがまた口を開いた。
「成程。ジークはそう解釈したか。間違いでは無いが、随分捻くれた解釈だ」
「……」
「やかましいって言ってるだろ!」
「み、……耳元ではっ……」
また怒鳴り始めたジークに、俺は肩をすくめローレンに言った。
「分かった。ラディーを許す。そしてラディーの体面の為に、そう周りには報告をする事にしよう。世界云々の前に、ラディーの冒険者人生が潰えることになりかねないからな」
俺の言葉に、ローレンは微笑み頷いた。
「ありがとう。確かにジークの言ったような背景はある。しかし私はブリスの言った様に、ただラディーの未来を応援したいからそう望んだ。じきに消える私達より、大事な友の未来を優先すべきだと。その決断に感謝する、ブリス」
「……けっ」
ローレンの言葉に、ジークがつまらなそうに舌を鳴らした。
それから、少しホッとしたようにラディーに言った。
「……あーぁ、ホントにムカつく。まだ頭も痛えし。……だがリーダーの決めた事だ。しょうがねぇから許してやるよ」
ラディーは戸惑ったように耳を伏せ、ジークの顔を覗き込んでいる。
……素直に、“心配してた”って言えばいいのに、本当に……、大人気のないやつだなぁ。
俺はそんな“このパーティーのブレイン担当”に苦笑した。
◆
俺達がローレンに別れの挨拶を短く交わし、坑道を更に進んだ時、背後から重い鉄扉の閉まる音が響いた。
ラディーが何か言いたげな顔で、ジークの肩の上で身を捻り扉の方を見詰めている。
やがて火口の出口に近付いた時、出口の方からじわりと熱波を感じた。
―――……嫌な予感がした。
俺は急かされるように、駆け足に出口を目指す。
そして辿り着いた先で、俺達は絶望に息を呑んだ。
火口の奥で燻っていたマグマが、俺達の立つ数メートル下まで迫り上がって来ていたのだ。
その熱気で喉を焼かれないよう、服の袖で口と鼻を覆いながら、ティミシアが言う。
「あの黄金のエネルギー波に当てられ、この火山自体が活性化してきているんだ」
そう、それも絶望的だ。だけどそれ以上に俺達が恐怖した事。
―――火口の上へと続く階段が、痕跡も残らず消えていたのだ。
ダンジョンの〈設定、ルール〉については【番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい17(教訓と拒絶)〜】にて、悪魔(?)が優しく解説していますので、参照にどうぞ(^^)
◆
(孵化まで後40時間)
◆
ねえ、聞いて……
なぁ、聞いて……
「ねえ、聞いてよローレン。……それでも僕は……」
さて、ラディーはローレンに何を言いたいのでしょうか?(^o^)丿




