番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい57(……イジメる?)〜
〈ラディー視点〉
ブリスさんの武器を奪おうと鎖を絡めた瞬間、僕は凄まじい衝撃に撃たれた。
何が起こったのかわからなかった。
体中の肉が、内蔵が、血が、脳が、全てが揺さぶられ、まるで激しい雷にでも撃たれたようだった。
体中の筋肉が痺れ、息が出来ない。
この感覚はアレに似てる。以前ローレンと戦った時、モーニングスターに直接雷の魔法を打ち込まれた時と……。
「ぐぅっ……」
慌ててグリップを離そうとするが、手が動かない。
グリップのラバーが破れ、その超振動に、僕の掌の皮や爪が剥がれる。肉が揺すぶられ、指が動かないっ。
「か……はっ……」
漸く肺に空気を吸い込み、霞む視界を開ければ僕は岩の端に引っ掛かるように倒れていた。
崖の上から、ブリスさんが僕を見下ろしている。
駄目だ。行かなきゃ。ファーブニル様は、この刻の為に5000年も……駄目だ。
―――……全部、台無しになっちゃう。
「……駄目だ。 ……おねが……卵はっ……」
動かない身体を必死で起こし、外聞も無くブリスさんに縋る様に声を絞る。
だけど、ブリスさんは聞き届けてくれず、踵を返した。
「っ待って……」
身体が動かない。
こんな時、どうすれば良い? あれ程ローレンと手合わせして、どんな状況にも対応出来るようにしてたじゃないか。
ローレンの言葉を思い出せ。
―――いつも通りやれば良い。
いつも通りって、こんな時どうしてた?
失敗して、打つ手が無くなった時……。
―――ラディーならきっと出来る。大丈夫。次はきっと上手く出来る。
……涙が、溢れてきた。
大丈夫じゃないっ……。
だってもう……もう“次”なんて無いんだから。
僕はブリスさんの去った崖を見上げ、泣きながら声を漏らした。
「……待って……まっ……。―――……っごめん、……なさいっ」
―――守るって、……約束したのに……。
〈ブリス視点〉
俺はただ、……仲間を、失いたく無かっただけだった。
仲間を救いたかった。なのに仲間に、皆を傷つけられ殺され、後一歩の所で、なんで……。
信じた森のエルフ達から剣を向けられ、俺は膝をついた。
もう、心がこれ以上立ち上がる事を拒否していたんだ。
膝をついた俺に、背後に立ってるだろうローレンが声を掛けてきた。
「―――危なかったな。もしその扉に触れれば、お前の腕は瞬時に燃え尽きていたぞ。ましてや家に入ろうものなら、瞬時にその体ごと消し炭だ」
「……え?」
森のエルフの裏切りで、死を覚悟していた俺は、思いがけないその言葉に声を漏らした。
と、突然目の前の扉がふつふつと泡が吹き出し赤く染まると、まるで粘性のない水のようにパシャリと落ちた。
「!!?」
驚愕に身体をこわばらせた俺の襟首を、ティミシアが思いっきり引っ張る。
俺はその勢いに、後方にもんどりうった。
さっきまで俺のいた所に、溶けた扉がビシャリと跳ね、大地が煙を上げていた。
「な、……っな?」
扉の中は眩しい黄金の光に満たされ、ジリジリとした熱波が顔を打つ。
その奥に、何か“卵”のような影も見えなくはないが、……なんだ? これは。
その余りのエネルギーの奔流に、ローレンや森のエルフの覇気に気圧されていた事すら忘れ、振り向き尋ねた。
「……何だよ、これは?」
「それが、……黄金の卵だ」
「……な?」
そう答えたローレンを見て、俺はまた言葉を詰まらせた。
そこに居たのは蹲り、震える少女。
荒い息を吐きながら、青い顔で冷や汗を流している。
この症状は見た事がある。魔法を使いすぎなどにより起こる“マナ切れ”だ。
……だけど何故?
「……っふ……」
「大丈夫ですか!? ローレン様!」
小さな呻きとともに崩れ落ちかけるローレンを、シャルルが弓矢を放り出し抱きとめた。
ローレンがシャルルの腕の中で、息を整えながらその腕を制する。
「ありがとう、シャルル。……もう、大丈夫だ」
「っしかし! ……いえ、分かりました……」
美少女達の美しい絡み合いは直ぐに解かれ、ローレンは俺を真っ直ぐに見つめた。
「ブリスとやら。見ての通りだ。卵にはもはや、誰も触れることが出来ない。孵化の時が近づき、収められたエネルギーが表面化して来ている。今は私の力でその溢れ出すフレアを抑え込んでいるが、もう長くは保たない。直ぐ様ここを去れ」
いや、見ての通りって……何一つ分からない!
「ま、待ってくれ。卵を壊さないと、ラディーが……それに、ファーブニルや、お前も卵に惑わされてるんだろう?」
「なんの事だ? 卵はただの卵だ。人を惑わす力などある筈が無い」
「いや、絶対にただの卵じゃないだろ!?」
淡々と言うローレンに、俺は思わず叫び声を上げた。
そんな俺を宥めるように、今度はティミシアが口を開く。
「ラディーが惑わされているというのはよくわからないが、見ての通りとは、この危険性の事だ。今はローレン様の力で抑えられているが、実際はこの山を軽く吹き飛ばす程のエネルギーがすでに放たれている。そして、ローレン様の力は、間もなく尽きようとしてるのだ」
俺はその内容にも驚愕するが、それよりティミシアがローレンに付けた敬称に、目を丸くした。
「……ローレン“様”?」
するとティミシアは口を尖らせ、まるでいい訳でもするようにぶつぶつと言った。
「……先の戦いの中で諭されたのだ。そして、ローレン様の生い立ちとその歴史を知り、その心が正しく清らかである事を、我らは知った」
「まあ、ティミシア様が、最後までツッパって意地になってましたけどね」
「うるさい!」
ボソリと注釈を入れるボルスターを、ティミシアは睨みながら怒鳴る。
そして、再び俺に向き直り言った。
「細かい話は後だ。とにかく時間が無い。ブリスの仲間達を全員連れ、早急にここを避難するのだ」
もう敵も味方もわからない混乱の中で、俺はティミシアの言葉に、唇を噛んだ。
「……っ全員じゃない」
「……どういう事だ??」
「ジークはもういない……先の戦いでラディーに……」
俺が目を伏し、ティミシア達にそのことを伝えようとすると、背後から、聞き慣れた声が上がった。
「―――俺が何だって?」
「!!?」
そこに居たのは、頭を押さえ肩にラディーを担いだジークだった。
「ジーク!? おまっ……死んだんじゃ!!?」
「勝手に殺すな。……とは言え、俺じゃなかったら、死んでたからな! おいラディー!! 聞いてんのか!?」
ジークは俺に溜息を吐くと、肩に担いだラディーの耳元に大声で怒鳴る。
担がれたラディーは耳をフルフルと振りながら、蚊の鳴くような声で抗議をした。
「す、すみませ……耳は ……やめ……聞えて……ま……」
「だろうな。分かっててやってんだっつの」
「……」
鼻を鳴らすジークに、ラディーは力無くうなだれた。
まあ、耳元で怒鳴られりゃ、耳の良い蝙蝠族には辛いだろうな……。
俺は若干の同情を込め、手首と羽をワイヤーで拘束され、担がれるラディーを見つめた。
ジークは俺に尚も武器を向ける森のエルフ達を無視して、膝を突くローレンに言った。
「で、教えろ。ダークエルフ。どういう事だ? 全部説明しろ」
「言っただろう。全ては説明している時間が無い」
「それでも、納得の行く説明をしろ!」
「ジーク! ローレン様にそのような口の利き方をするな!」
怒鳴るジークに、ローレンを庇うティミシア。
訳が分からない。俺はとうとう口を挟んだ。
「待て、ジーク。お前、……ラディーやローレンは操られているって……」
「あ、すまん。それ、勘違いだ」
「おい!?」
さらっと謝ってくるジークに、俺は思わず怒鳴り声を上げた。
「いや、だってあの時はラディーがああなるなんて、それしかないと思ったんだよ。だがこの洞窟に入って、俺達は何とも無くて、森のエルフ達が寝返った。俺達で考えるなら“洞窟に入ってからのじわじわと精神が侵食される”って線は消えるし、森のエルフ達で考えれば“卵に触れた者がおかしくなる”って線も消える」
……腐っても、このパーティーのブレイン担当。一応色々考えてはいる様だ。
「そうなれば他の可能性として、真面目なラディーを取り込み、俺等より長寿で頭の良い森のエルフ達を、納得させる理由をこのダークエルフが持ってたって事になる」
ジークはそう言って静かに目を閉じると、息を大きく吸い込み、首を傾げた。
「だからってヤり過ぎだかんな!! 聞いてんのかラディー!!!」
「カフッ……き、聞いて……ま……」
「は、だろうよ」
……ジークよ。気持ちは分かる。だが……、っだけど……。
「ジークとやら、ラディーは11才。あまりいじめないでやって欲しい」
「……」
……大人気ない。
俺の心を代弁する様に、ローレンがジークにそう言った。
「うっせぇ! なら話せ!! コノヤロオォ!」
怒り心頭のジークは、その怒りの矛先をローレンに向け、涙目で叫ぶ。
ローレンは小さく息を吐き、呼吸を整えると静かに話し始めた。
「ファーブニル様の目的は、この古都とこの卵に閉じ込められた魔法の炎を、あるべき持ち主に返す事だった」
ジークはその言葉に目を開き、呟くように反芻する。
「あるべき……持ち主?」
「あぁ、ドワーフ達の事だ。ここは遥か昔、ドワーフ達の里だった。だが遥か昔のある日、1つの宝が失われた。“黄金の炎”と呼ばれる宝だ。そしてなんの因果かは私も知らないが、その宝が失われた数日後、ファーブニル様が“卵”を携えこの古都に舞い降りた」
「……その伝説は有名な話だが、ファーブニルがドワーフ達を追い出したんだろ?」
「ああ。何故ドワーフ達を追い出したのかは私は知らない。だが先日ファーブニル様は私に仰った。卵は“黄金の炎”の卵なのだと。五千年の時を経て、この山に宝は戻される。その時、宝とこの古都を、ドワーフ達に返すのだと」
「!?」
「嘘だ!!」
俺は目を見開き、ジークは叫んだ。
「嘘ではない。ファーブニル様は悪魔と取引をし、己の魔核と引き換えに、ここをダンジョン化させた。私達から見れば悠久とさえ思える五千年と言う時間。それが与える“風化”という滅びから、この古都を守る為に」
俺とジークは同時に、この荘厳な地底都市を見回した。
……まるで、昨日まで、何者かが生活をしていたかの様な建造物。
ローレンの話を信じないと言うなら、古のドワーフ達はダンジョンで暮らしていた事になる。……いや、そんな筈はない。
そもそもダンジョンが世に出現しだしたと伝えられているのは、もっと後の話で……。
俺が記憶を辿っている間も、ローレンは話を続ける。
「そしてその五千年の節目にあたるのが……」
俺達は信じられない思いで、熱気を放つ黄金の光を見つめた。
森のエルフ達も目を細め、黄金の炎を見つめた。
―――明日。




