神は、試練のダンジョン、グリプス大迷宮を、創り賜うた③
まずい。まずいっ……!
このままだと、あの枯れかけた男がレイスとの対峙のストレスで本当に枯れてしまう。
レイスはチラリとゼロスのいる方を見た。
だが空間には揺らぎも亀裂も全くない。こっちに来る気は欠片もない……。
勘違いしないで欲しい。
別に助け船が欲しかったわけじゃない!
レイスは気を取り直して、枯れかけた男にもう一度どうしてそこまで欲しいのか事情を深堀してみることにした。
「何を恐れる? そう震えるな。ならば今一度お前に問う。お前の生き様は、お前の中でしか評価は成されない。死ねば肉体も、思いも、全てが土へと還る。お前を知る一代後のものが死に絶えれば、お前は世界の記憶からすら消える。なのに何故子孫末代などとほざく? 馬鹿げた伝説の中で、道化として生きたいとでも言うのか?」
これは前から一度、人間に聞いてみたかった質問でもある。
ゼロスの創造物は、ゼロスの教えに則って隣人を思いやり、子孫に希望を繋ぎ死者を尊ぶ。
だけど本心はどうだろう? レイスにはまるで理解できない。
だってそんなに他人ばかりを思いやっていては、息が詰まるだろうし、自分の事を大切にしてやる時間もない。そもそも生きられる時間が短いのだ。
これにちゃんと答えられればレイスの長年の疑問が解けるし、仮に実は他人なんてどうでもいいと答えれば、この男も死後すんなりとオーナメントを回収させてくれて丸く収まる。
レイスは答えを急かすように詰め寄った。
「自分に素直になれ。本当はお前だって自分さえ良ければいいんだろう?」
泣いてないで早く言え。
レイスは懸命に苛立つのを抑えつつ、優しく聞いた。
枯れかけた男はレイスの質問に俯いて、何やら「これは試練なのか?」と自分に問答しているように小さく少しの間ブツブツ呟いていた。
そして間もなく顔を上げると、震えるのをやめて叫ぶ事もなくちゃんと答えてきた。
「―――私は嘘偽り無く、心からこのオベリスクを子孫末代に残したいと願います」
出来るなら、早くそうやって普通に応えてほしかった。
「何故?自分に何の利がある?自分の命を捨てても、と、さっき言っていたな?それほどまでにか?」
「それ程までにごさまいます。この命など、欠片ほども惜しくないほどに」
その命、レイスが創ってあげたのに、そこまでいらないと言われると、レイスは哀しい。
レイスは確かに、命に終わりを作った。
始めは単に土が欲しかったから。だけど、今はそれだけとは違う。
限りある命だから、それらはより美しく命を燃やす。自分の欲に、自分の願いに、走り続けられるのは終わりがあるからだと、レイスは知った。
例え、その中で、絶望や悲劇が生まれたとしても、それもまた1つの結果。自分達で切り開いた路で出会う、数ある物語の1つになるだけ。
それもまた、その者の命の輝きの一つとなる。
だけど命が終われば、何も無くなる。
子孫に生をつなぐための選択ならまだしも、そんな偽善のために簡単に命を捨てたいの?
レイスの創った魂は、その程度のものと、お前は言うの?
レイスは、哀しくて、悔しくて、腹が立った。
レイスは、ゼロスに怒られてもいいから、この枯れかけた男を消したくなった。
「‥私は、この年になるまで、ただひたすらに研究をして参りました。多くを利用し、利用される事すら利用しながら、女神様の仰る通りに、己の為に、全てを顧みず、何者をも寄せ付けず、ただひたすら己の探究心のままに走り続けてきました。ですが、この、今際の時、この神の創造されたオベリスクを前に、ただ思うのです。私の望んで止まなかったこの叡智の結晶を、皆と分かち合いたい。たとえそこに私がいなくとも。それを皆が研究し、互いを研鑽し合う姿を思い浮かべるだけで、私の魂は救われ、何事にも変えられぬ充足に満ち溢れるのです」
レイスは、ちょっとびっくりした。
レイスは今、つい苛ついて殺気に近い怒気を、あの枯れかけた男に発してしまった。
現に、その男以外の人間は、7割程気絶して、残り3割は恐慌状態に陥って動けなくなってる。
だけど枯れかけた男は、相変わらずちゃんと話せている。
そして、話の内容だ。
レイスはてっきり、この男は命を粗末にする下らないやつ、と思ったけど、実は、ひたすら自分の好きな事をやり通す、なかなか骨のあるやつだった。
レイスの好きな、タイプだ。
それから、短い寿命にも負けず強欲に、死んだ後も自分の好きな事を布教しようと目論んでいるらしい。
この枯れかけた男、ちょっと輝いて見えた。
頭だけじゃなかった。
「人の命は短い。もっと生きていたい。この嘆きと望みは、この老いぼれ、骨身に沁みて理解しております。しかし、この嘆きも、素晴らしき生を神より与えられたからこそのもの。私はこの生涯に、何1つ後悔はありません。あなたにとってくだらぬものでも、私にはこれ以上のお渡しできるものがない、私の命を!」
ちゃんと大事にしてくれてたなら、レイスはそれでいい。
だけど、オーナメントはアインスのもの。
レイスの物なら、あそこまで言ってる枯れかけた男にあげてもいい。
‥でも、あげることはできない。アインスのものだから。
どうしよう。
「それ程までに、ほしいのか?」
「欲しい」
やっぱり。
「自分で研究したくは無いのか?」
「‥したい。本当は、とても悔しいと言う気持ちもあります」
だと思った。
「お前ほど、これを望むものが現れる保証はあるのか?」
「ありません。私の希望的観測ではあります。ですが、それは、間違いなく、人類にとっての宝なのです」
うーん。
「5000年だ」
「は?」
「5000年の猶予をあげる。それ迄にお前と同じくらい、これを渇望するものが現れれば、また更に5000年の時を、貸してやろう」
『え!ちょっとレイス、いいの!?持って帰らなくて!』
『アインスには、レイスから謝る。事情を説明したら、多分5000年くらいなら、貸してもいいって言うと思う』
「お前、名前は何という?」
「ソルトスでございます」
「ソルトス、これ以上の譲歩は無い。コレはお前とレイスの賭けだ。これから、レイスはこれを地下に隠す。ソルトス程の、根性を持って見つけ出せれば、お前の勝ち。レイスは彼の方に、交渉すると約束する(アインスと延長レンタル交渉)」
ソルトスは、中々芯のあるいいやつだ。
だけど、他の半端者の為に、アインスの宝物を貸してあげる気はサラサラ無い。
貸してあげるのは、あくまでも価値をちゃんと分かる者にだけ。
レイスは、周辺の砂漠にマナを流し込んだ。
「!!!」
大地が、荒海のようにうねり始める。
オーナメントの片割れは、あっという間にうねる大地に呑み込まれた。
レイスは更にマナを移動させ、砂漠の地下に200階層に重なる迷宮を成形して行く。
ゼロスみたいな細かな成形は苦手だけど、迷路の中なんてそんなに綺麗に成形する必要はない。
代わりに、レイス達の記憶にある景色を詰め込んでいく。一番上から、最新の記憶で、一番下は、最古の記憶、また大地すらなかった闇の空間だ。
それだけじゃなんだか寂しいから、各階の砂粒に、マナを集約させ、それを核とした疑似生命体の魔物や、植物も置いた。
新しく創造するものの成形は苦手だけど、既存のコピーくらいなら、レイスでも出来る。
ここの魔物たちは、種は残さない。
もし、死んでも、核のマナは自然と迷宮に還るし、逆に迷宮内のマナが集って、自然に疑似生命体の魔物が生まれてくる。
因みに、聖獣とか、ゼロスのオリジナル作を置くと、ゼロスが怒るだろうから、置かない。
この迷宮は、アインスの宝物を、渇望するものの心を試すための
空間だ。
ここに入った者は、それなりの覚悟をしてもらわないといけないから、ここの魔物は、侵入者を襲うように本能に書き込んだ。
さて、これで良い。
「宝は、この迷宮の最下層に安置した」
「そ、そんな‥」
ソルトスは顔を真っ青にしている。
「心配するな。レイスは、ソルトスの事だけは認めている。お前が望むなら、アレのそばで残りの生を過ごさせてあげるがどうする?」
ソルトスは、今だ誰も動けずにいる、人間の仲間を振り返り、覚悟を決めた様に言ってきた。
「望みます。私はあのオベリスクのもとで、研究を続けながら、若い希望を待ちたい」
うん。ソルトスならそう言うと思った。
レイスは、最下層のオーナメントの片割れを安置している空間の片隅に、人間の生活スペースを創った。
「バイバイ、ソルトス」
レイスはそう言って、ソルトスを地下に転送してあげた。
自給自足の環境は整えておいたけど、また今度、差し入れでも持っていってあげよう。
さて、レイスはこれから急いで、アインスのところに戻って、事情を説明して、謝らないといけない。
ちゃんと謝ったら、アインスはきっと許してくれるはず。
レイスはまた飛び上がって空間を裂いて闇の帳の外側に出た。
「そういう事だから、レイス帰るね」
レイスはいっぱい喋って疲れた。
「あ、レイス、ちょっと待って。見てよ。迷宮から魔物出てきてるよ。どうする?」
レイスは、いっぱい喋って疲れた。
「‥。」
「もう、しょうがないなぁ。いいよ。行って。僕が、迷宮の魔物は出てこれないように、調整してくるから」
レイスはアインスの元に帰った。
事情を説明して謝ると、アインスは、レイスを怒るどころか、頑張ったねと褒めてくれた。
やっぱりアインスは優しい。
ーーーーグリプス大迷宮の秘宝ーーーー
かつて邪神が、かの大迷宮を創り、神の叡智の結晶、歴史の道標と呼ばれる秘宝を、その底に隠した。
その大迷宮の広大なその空間は、信じ難くも、マグマや、雷、空に、雲、風やせせらぎすら存在する、心を持たぬおぞましき魔物の巣窟也。
魔窟からは、幾百の魔物が溢れ出し、世に暗雲を立ち込めさせた。
しかしその時、黒き雲を切り裂き、光の主神、ゼロス様が降臨なされ、魔物を退けた。
光を織り上げたかの如く、輝くお召し物を纏われたその姿は神々しく、そのお力たるや、恐ろしき魔物共を、虫けらのように迷宮に放り込むと、二度と迷宮から出て来られぬよう、神の封印を施された。
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‥なんで?
さて、
5000年の内に、誰か迷路の攻略は出来るのでしょうか?
ブクマ、有難うございます。




