番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい55〈ラベンダー〉〜
〈ポム視点〉
やべぇ。勇者様がなんか……、なんかに目覚めた!
……。
「ク、……クギャアアァァアァァァアァァーーー!!」
……………。
……うん。……オレ、知ーらね。
―――……そして、旦那は悲鳴のような声を上げながら、なんかに目覚めた勇者様にタックルをかまし、二人は彼方へと消えていきましたとさ(おしまい)。
……っじゃない!
え? 飛んでいった!? 勇者様を洞窟から押し出して飛んでいった!!?
独りポツンと魔法陣の中に残されたオレは、ふと振り返り“古のドワーフ達の古都”の方に目を向けた。
そしてポソリと呟く。
『―――……これ、ヤバイやつじゃん……』
〈ファーブニル視点〉
オイラは体当たりと同時に、勇者を手に掴み上げ、洞窟の坑道を飛び抜ける。
勇者が手の中で藻掻いてるが、気にしてる余裕は無い。
早く…。
早く外へ!
坑道を抜け、火口に出るとオイラは急上昇する。
目指すは、真っ暗闇の空の更に遠く。具体的には10キロ以上先を目指す。
ふと、風に揺れる青草の香りがした。
季節は初夏。
……きっと、この目がこんなんじゃなかったら、目の前には突き抜ける様な、青空が広がってる筈だ。
そして眼下には萌える草原や森の木々、そして輝く澄んだ湖が見えるんだろう。
5000年前に見たきりだけど、今でもその風景はすぐに脳裏に浮かんで来る。
……だって……大好きだったから……。
「グギャオォ!!?」
その時、オイラは焼けるような痛みを手に感じ、思わず悲鳴をあげた。
「なんのつもりだっ!? ファーブニル!」
勇者がオイラの指を切り落とし、掌から逃れ叫んでいる。
―――っいてぇ……。
さっき迄は鱗一枚剥がすのに、試行錯誤してたってのに、今こいつ、鱗と言わず、骨と言わず、サクっと切り落としたぞ。
噂には聞いてたけど、聖剣やべぇな。そして、そのやべぇ聖剣が刀に変わる事が出来るなんて、噂でも聞いて無いんだけど!?
勇者は風を操り、オイラの前で聖剣……いや、聖刀を構え、空中に留まっている。
そしてふと何かに気づいたように目を見開き、オイラに尋ねてきた。
「……ファーブニル、……お前、何故ダンジョンから出られる? 〈ダンジョンモンスター〉ではないのか?」
「……違うぞ。寧ろ今となっちゃ“ダンジョン”なんぞ、破壊したくて堪らないね。……クソっ!」
「喋った!!?」
オイラが答えると、勇者は更に目を見開き、信じられないとでも言いたげにこっちを凝視して来る。
ってか、喋らない前提なら、なぜオイラに尋ねたし。
そしてしばしの沈黙の後、勇者はオイラを睨みながら低い声で言った。
「答えられるなら、お前に問う。なぜこんな回りくどいことをした? 勇者が目と鼻の先に居ると知りながら、ポムの兄を捕らえ、勇者をここに誘き寄せるなど……」
……?
……何を……言ってるんだ?
「これまでお前は一度たりとも、“ディウェルボ火山”の外へは手を出す事をしなかった。なのにこのタイミングで、お前はダークエルフを使い、ポムとその兄を攫った」
「……」
……なんてこった。……歴代勇者の“想像力”は逞しいと聞いていたが、コイツは……。
「そうまでして、最強の勇者と戦いたかったということか」
違う!! まじで何言ってんの、コイツ!
オイラは慌てて訂正した。
「違うぞ。全く持って違う。お前なんぞどうでも良い。本当に、どうでもいいからな!」
だけどそんなオイラに、勇者はクールに鼻で笑った。
「なる程。そういう事にしといてやろう」
だから違うって。ホントに何なの、この自意識過剰な戦闘民族……。
◆
〈ディグマ視点〉
俺は、一人で鉄を打っていた。
今までずっと親父の妄執に付き合って、鉄を打ってきた。だけどここに来て、一人の小さなアニマロイドの存在で、親父は憑き物が落ちたように、穏やかになった。
寝るときすら離さなかった鎚を置き、岩に腰を掛け山を眺める、そんな爺さんになっちまった。
あまりの変わりように俺が戸惑っていると、親父は山を穏やかに眺めながら言ったんだ。
『お前の好きなものを打て。そしてその鉄で、お前を超えるお前の分身を作るのじゃ』
親父の言葉の意味は、正直わからなかった。
だが俺はこう思った。
―――生涯を賭けよう。己を磨き、己を確立し、そして、そんな自分が納得する更にその上のものを、いつか打ち出そう。
そして今打ち上がったひとふりを見て、俺は肩を落とした。
なんたって、まだ“己”さえ見つけられてないんだから。……今迄親父のケツばっか追いかけてたんだから当然か。
「……でも、いつか絶対にっ……ん?」
一瞬、完全に無意識に俺は独り言を言った。しかも鎚を思い糞に握り締めて。
俺は思わず苦笑し、また独り言を言った。
「はは、何だよ。親父の憑き物が落ちたと思ったら、今度は俺かよ」
その時、突然鍛冶場の扉が勢いよく開き、同時にふわりと花の香りがした。
「母者! ドラゴンだ! ドラゴンが出た!」
「アイルもいるぞ! 戦ってる! 母者早く来て!」
「はぁ?」
開いた扉から飛び込んで来たのは、俺のガキ共のギルディボとグクス。
二人は俺の上着の裾を摘んで、懸命に俺を引っ張ってくる。
まぁ二人の力じゃ俺は動くはずも無いんだが、作業も終わっていた事もあり、引かれるがまま俺は歩いて外に出た。
「―――っな、……なんだありゃ!!?」
空を見上げ、思わず俺は驚愕の声を上げた。
初夏の爽やかな風が吹き抜ける昼下がり、突き抜ける様に高い青空の只中で、きったねぇ竜とアイルが戦っていたのだ。
「あのドラゴンこそが、ディウェルボ火山の主“ファーブニル”だ」
そう言ったのは、同じく空を見つめるガルーラだった。
見れば親父も、ガルーラも、ガキ共のようにははしゃいでは無いが、瞬きすらせず、空を見上げていた。
こちらには目もくれず空を見上げるガルーラに、俺は尋ねる。
「何で、……邪竜が外に? 卵を守ってるんじゃ? それに、……ポムやポムの兄はどうなった?」
「そんな事、俺が知るはず無いだろ」
「……」
俺は少しの沈黙の後、そんな当たり前の答えに頷いた。
「……それもそうだな」
……そうだよ。なんでそんな事聞いたんだ?
知らねーのは当たり前の筈なのに、何でかガルーラなら知ってる様な気になっちまうんだよなぁ。
俺がまた黙って空を見上げていると、ふわりと花の香りが鼻を突いた。
俺はまた独り言のように尋ねる。
「……なんの匂いだろうな?」
「ラベンダーだな。ちょうど今頃の季節に咲く、紫色の花だ」
「……なんで知ってんだよ?」
やっぱりコイツ、妙な事を知ってやがる。
「“ハーブの女王”の異名を持つ香草だ。お前こそ女のくせになぜ知らん?」
「女のくせにとか言うな」
俺が睨むとガルーラは肩を竦め、誤魔化すようにべらべらと聞いてもない事を喋りだした。
「それもそうだな、訂正しよう。ラベンダーとは癒やしと虫除けの効果があるとされる香草だ。ポプリなどに良く使われる」
「へえ、虫除けの……」
「あぁ、花言葉は“沈黙”に“疑惑”」
「おいおい、女王様のくせに随分ネガティブだな」
「まあ、色々あるのさ。語ってはいけない事もあるのだろう。誰も信じられない時だってある。だが、花言葉には大抵良い意味もある」
だろうな。でないと、救いがなさすぎる。
「“期待”、そして“献身的な愛”」
そう言ったガルーラに俺はふと思う。
……コイツにとっての“女”ってのは、そういうことを当たり前に知ってんのか?
そういやコイツ、あの島に来た時から鍛冶以外は何でも出来たな。親父に素直に野菜を食わす程の、料理の腕前然り……、こいつの嫁は相当苦労するぞ?
俺がそんな事を考えている間にも、ガルーラは話し続けていた。
「……アレは、待っているんだ。沈黙し、誰も信じず孤独に、その機を待っている。愛しい者に献ずる為に……」
一瞬意識が逸れた内に、ガルーラの話が分からなくなっていた。
俺はしょうが無く、ガルーラの話を止めた。
「ガルーラ、“アレ”って誰のことだ?」
「……。……?」
ガルーラは俺の質問に答えず首を傾げた。まるで、『自分が、今何か言ったか?』とでも言いたげな、不思議そうな顔で。
「……いや、いいや」
ま、大した事でもないんだろ。
俺はそれ以上何も言わず、また上空に視線を戻した。
戦いが激化するにつれ、その花の香りは辺りを優しく包んで行った。
次話、やっとローレンが出ます!\(^o^)/
何なの、この女の子の無さ!……いや、違う。ディグマさんは女の子でした。人間で言えば、華の17歳。ピッチピチの女の子でした…orz
明日からGWですね!
人生うまく行けば60回以上もGWがある訳ですが、その数ある一回、今回は不出のGWにする予定です(^o^)エエヤン!




