番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい54(刀)〜
〈ラディー視点〉
大丈夫、落ち着け。……いつも通りやればいい……。
辺りを瓦解させながら、僕は高速で飛んだ。
超音波で索敵の膜を張り、半径三キロ内の全ての動きを把握する。
ジークさんの手首のスナップと刃の角度で、その軌道を読み、避ける。……その狙いは胸と耳。しかも嫌な角度を狙ってきて、少しでも反応が遅れれば、薄く翼を切り裂いてくる。
それでも、僕はカウントをしながら、ジークさんを狙いつつ、辺りを破壊するという行為を続けた。
ジークさんが指に挟んだナイフ八本を同時に投げながら、僕を挑発をするように笑う。
「どうした? ラディー。飛び回る速度が落ちてるんじゃないか?」
たった数分の攻防でも、本気を出したジークさん相手では、僕の翼は被膜の先がじわじわと破り削られ始めていた。
僕はジークさんの頭に向かって鎖を振り切ったけど、ジークさんは身を屈めてそれを避ける。
直後、“バスン”と言う音と共に、僕の右の翼にビリリと痛みが走った。
「……っ!」
七本のナイフは避けたけど、ナイフの影になっていた最後の一本が、僕の右翼の中央を貫通して行ったのだった。
その様子に、ジークさんはまたせせら笑う。
「お、今度は大当たりだったな。その翼、破れきったら飛べなくなるんだろ? ……しかも当てれば当てるほど、避ける速度が遅くなって当てやすくなるとか。なんとも優しいゲームだな?」
的あてゲーム……。かつての仲間にそう言い笑われる事に、僕の胸はツキリと痛んだ。
だけど、今はそれに心を動かしてる場合じゃない。そして、そう言われても当然の事をした自覚もある。
僕は何も言い返さず、歯を噛みしめながら内心でカウントダウンを続けた。
……85……84……83……82……。
羽ばたき、移動をしているとジークさんの勝ち誇った様な声がした。
「ラディー、お前の負けだ。諦めろ」
ジークさんはポムと同じで口がうまい。ハッタリで、僕を動揺させようとしている。
「……忠告はしたからな」
ジークさんが静かにそう言った時だった。
――――――ッザシュ……。
「アガッ!!?」
突然右翼に走った激痛に、僕は喉を潰したような悲鳴を上げた。
更に痛みと共に翼が動かなくなり、僕の身体は移動の勢いそのままに落下を始める。
驚いて翼を見れば、翼は大きく破れ、無数のナイフとワイヤーが僕の翼に雁字搦めに絡みついていた。
「なっ……、ガッ!!?」
驚愕に目を開くと当時に、僕は勢い良く岩盤に叩きつけられる。
痛みを堪えヨロヨロと起き上がると、すぐ側でジークさんが地を踏みしめる音が響いた。
「―――お前には、見せたことが無かったな。“帰依の魔法陣の焼き付け”」
……何? 魔法陣の……焼付け?
「俺の投げナイフの最終技だ。一度当たった的に、荷物袋に設定してあったナイフの“帰依”のポイントを、焼き付けられる。すると何と、落ちたナイフは、お前の翼目掛けて帰ってく訳だ。空間すら超えて届くこの魔法は、誘導魔法より確実に撃ち抜く、俺が作った俺だけの魔法だぜ?」
「―――……くっ」
……知らなかった。
だけど後悔しても、破られた翼は戻らない。
僕は翼を引きずりながら、移動予定だったポイントを目指す。
―――……ジャラ……。
……翼が、重い。
「重いだろ。投擲用の軽いナイフとはいえ、50本も怪我した翼にぶら下がってりゃさ? ……もう逃げられねえぞ」
……8……7……6……。
僕は痛みとその重量に背を丸めながら、それでもモーニングスターをジークさんの腰の辺り目掛けて振った。
「はっ、諦めが悪ぃな。そんなもん、喰らうかよ!」
ジークさんはそう言って、僕の渾身の一撃をそのしなやかな肢体をバネのように使い、高く跳び上がって避けた。
―――……0。
◆
〈勇者アイル視点〉
まるで、夢の中にいるようだった。
澄んだ歌声から紡がれるライラの心が、俺に語りかけてくる。
“なぁ、聞いて? アタシはな、黄昏と出会って恋に落ちた”
知ってる。だから俺は“黄昏”になりたかった。
“なぁ、聞いて? 黄昏は勇者の事”
何度も聞いた。“黄昏”は“勇者”で、“勇者”は“俺”。
でも“俺”は“アイル”で“黄昏”じゃない。
“なぁ、聞いて? アイルは勇者で、勇者は黄昏。黄昏は……アイル本人なんやで”
……え?
“なぁ、聞いて? アタシにとって大好きな人は、いつも一人だけ。アイルだけなんやで”
……俺?
“アイルはどうやろか? 出会ったときのアタシと、今のあたしがどっち好き?て聞かれたら……”
そんなの……決まってる。
“ねえ聞いて? 今のアイルが、あたし一番好きやんよ”
―――俺はやっと気付いた。
ライラは……初めから“俺”だけを見ててくれてたんだ。
“ねえ聞いて。……―――待ってるね”
「クルルルルルルルルルルル……」
不気味な唸り声で唐突に歌は途切れ、同時に微笑むライラの幻影も消えた。
代わりに目の前には、鎌首を大きくもたげたファーブニルが居た。
あの不気味な目は、また固く閉ざされている。
『は、はわわゎ……、ご、ゴメンナサイ……!』
隣から、ポムの怯える声が聞こえた。
俺は聖剣を固く握り、ポムに言った。
「謝る必要はない。お前は俺に、大切な事を教えてくれた。……そして、俺は勇者としてここに、もう一つ高みへと昇る!」
『……。……え?』
そう。もう俺は恐れはしない。
無様に追い縋ることもしない。俺は俺として、アイツと真っ直ぐに向き合える。
……そして必ず、帰るんだ。
勇者としての本分を果たして!!
俺はかつて拒絶した聖剣へと、俺のマナを余す事なく込めた。
聖剣から、虹色に輝く白い光が溢れ出す。
「ククククゥ……、キャオォ?」
その光の奔流に押されるよう、ファーブニルが一歩下がる。
その時、また“聖剣ヴェルダンディーの声”が聴こえた。
『―――汝の力、しかと受け取った。……しかし……』
ヴェルダンディーの声が、戸惑った様に言葉を詰まらせる。
「とうした? 聖剣よ」
『……お前の力、過去の勇者の記憶を開放するまでも無く、既に凌いでいるようだ。今のお前に必要な物は“記憶”では無いな?』
ヴェルダンディーがそう言うと、溢れ出していた光が集約を始める。
「……な、何だ?」
光の収束と共に、やけに軽かった聖剣は、しっくりと手に馴染む重量を持ち始める。
『我に与えられしその力はこの世の“重”を操る力。ソレは軽くするだけではなく、使い手にとって最適重を与える事』
収束した光は刀身を包み、反り返った細く長い光となる。
その光の剣の形はまるで……。
「……光の、刀……」
俺がそう呟くと、ヴェルダンディーは満足げに答えた。
『白き光は“重”の刃となる。―――新たな勇者よ。さあ、我を手に取るが良い』
俺は頷き、“聖刀”を両手に握る。
そして真っ直ぐに、ファーブニルに切っ先を向け構えた。
「ゆくぞ、邪竜ファーブニル!」
『ゴ、ゴメンナサイ!!』
ポムがまたなぜか謝ってきた。
俺は口の端だけをあげ笑って答えた。
「お前のせいでは無い。その証拠に、俺は今こそ、このファーブニルを倒してみせてやる」
そして俺が踏み込むと同時に、後ずさり、呆然としていた邪竜が甲高い悲鳴のような雄叫びを上げた。
「ク……クギャアアァァアァァァアァァーーーーーーーーーーッッ!!!」
『ヒィィッッ!!』
心配するな、ポム。今の俺は邪竜如きに負けはしない。
―――いざ、尋常に参る!!
◆
〈ファーブニル視点〉
……ここは?
あぁ、そうだ。多分もうちょいで勝てそうってな所で、惜しくもオイラは眠ってしまったんだ。
だけどうやら、寝てる間に勇者にとどめを刺された……なんてことも無く、オイラは無事目覚めることに成功した。
『やったじゃねえか、ポム!』……と、思ったんだが、なにやら勇者の様子がおかしい。
……ちょ、何か凄い剣持ち出して来てるんだけど……。え? 剣じゃない? 刀……だと!?
……ポム? どゆこと? 何をしたの?
「お前のせいでは無い。その証拠に、俺は今こそ、このファーブニルを倒してみせてやる!」
お前のせいなの!!? フッざけんな!!
オイラはね、とんでもない刀を携えてこちらに向かって来る勇者に……泣き声を上げながら、懸命に立ち向かったんだ。
だって“夢”の中でも、あんなヤバ気な刀を持った勇者とは戦ってない!
トップギアに入ってるイケイケ勇者にあんなチート武器を持たせて、元より勝率三割のオイラが勝てると思う?
あーっ、もう!! ホントに覚えてやがれよ、ポム!
……まぁ、オイラに“この後”があればの話だけどな……。
オイラがまた目を開こうとしたその瞬間、額のイビルアイが小さく震えた。
そして、短いメッセージを伝えて来る。
“―――もう、保ちません。ケイカクの実行を願いマス”
ローレンからだった。
〈孵化迄後45時間〉




