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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい51(冷徹のラディー)〜

 〈ブリス視点〉



 ―――ミリア達を後ろに下がらせてから、驚くべき事に、もう5時間もの時間が経過していた。


 断崖の街を上へ登る道は一つしかなく、俺達は上で構えるラディーに、攻め倦ねていた。

 白虎のガリューはその爪を突き立て、自在に崖を登れたが、登っている間は手が塞がってしまう為、やはりその前線を突破出来ずにいた。


 途中何度もラディーは苦しげな声で懇願でもしてるかのように『もう止めてくれ』『どうか、卵を諦め帰ってくれ』と言ってきた。


 ―――……可哀相に。ラディーは卵に操られてるんだ。

 今のラディーに、俺達の声は届かない。そう、あの卵を破壊しない限りは。


 見ればラディーの額には汗が幾筋も流れ、息は肩が大きく動くほどに荒くなってきている。

 まあ、いくら地の利があろうが、俺達三人を一人で相手しているんだ。ここ迄持った事が奇跡と言っても良い。……いや、持つ筈がないな。おそらくラディーは今、己の限界を超え、()()()()()()んだろう。

 でなければ、正気を保ったまま、あの集中力が持つ筈がない。

 そして今、ラディーは体力もその精神力も、限界を迎えているようだった。

 ―――……そろそろ頃合いか。


 俺は二人に合図を出し、号令を上げた。



「一気に突破するぞ! ラディーは無視しろ!」

「了解! 【煙爆】!!」

「オオォオォォ―――ッッ!!!」


 ―――ドオォ―――ンッッ!!!


 俺の合図に、二人が迷い無く動く。

 凄まじい爆音は、ジークが目と耳を塞ぐ為に放った魔法。

 俺達の目と耳も使い物にならなくなるがしょうが無い。

 それに俺達は、ラディーを倒したい訳じゃない。

 出来れば傷を負わさせず、ここを突破して卵を奪いたいんだ。

 ジークの魔法でこちらの動きを読めなくさせているその隙に、ガリューが一気に壁を駆け上る。

 視覚と聴覚を奪われたラディーは、ガリューを止めることが出来ない。

 そして万が一にも音を拾われない様、ラディーの集中力が擦り減るのを待ったんだ。……まぁ、ここまで来るのに五時間もかかったのは予想外だが。


 あまり長時間煙に包まれていれば、こちらの視界も塞がれる為、煙はガリューが卵のあろう場所に到着する約15分程度で薄れて行くようになっている。

 この煙が晴れた時が、決着の時。




 ーーーそして、煙が晴れた時、俺とジークは信じ難い光景に大きく目を見開いたのだった。





 〈ポム視点〉



 ―――――……ハッ、……ちょっと寝てた。


 オレは目の前で、勇者様と邪竜が激戦を繰り広げてると言うのに、そのあまりの長丁場に、うつらうつらと舟を漕いでしまっていた。

 だってオレ、何にもすることないんだもん。それに成長期なんだよ。アニマロイドは人生の八割が成長期なんだよ。ちゃんと寝ないと、身長伸びねんだよ。


「クギャアァァァァアァァーーーーーーーーーー!!!」

「ッハアァァアーーーー!!」


 ……はい。それどころじゃなかったすね。

 オレはポケットから、ローレンに貰った魔法のアイテム【時の砂時計】を出した。

 砂時計にはキラキラ光る粒の混じる、灰色の砂が流れている。

 光る粒が下へ落ちると弾け、白い光で数字が浮かび上がってきた。


 ―――――2時間32分59秒3369。


 それは、旦那が眠りに落ちるまでのカウントダウン。


 勝負が付かず旦那の意識が闇に沈む前に、俺がこの竪琴で勇者様の気を引く手筈になっていた。

 旦那が言うには、勇者様の力は旦那と同じぐらいで、かなりの高確率で勝負がつかず時間切れになる。

 だからその時は俺が……。


 だけど目の前の激闘を見て、戦いには素人の俺はこう思った。


 “このまま何にもしなくても、旦那が勝つんじゃね?”


 勇者様は攻撃の際、オレの処にまで余波が届かない様、黒い刀で1枚ずつ旦那の鱗を削っているが、旦那は容赦なく広範囲攻撃で逃げ道の無い攻撃を勇者様に叩き込んでいる。

 勇者様はかろうじて受け止め、流してはいるものの、確実にそのダメージは顕れて来ていた。

 ……なんて事だよ。オレが寝てる間に、勇者様ボロボロじゃないか……。


 ―――――また、旦那の口から炎が吐かれた。

 勇者様は空を蹴る様な動きで急加速し、それを避けようとするが、旦那は首を振ってそれを追撃する。


「がアァ……っ!」


 勇者様が苦悶の声を上げた。

 旦那の吐く炎は、オレなら1秒も持たず消し炭になりそうな、強烈な熱炎。

 勇者様はたっぷり5秒はその炎に包まれ、旦那の口から炎が止まった時、オレは漸く再び勇者様の姿を確認する事ができた。

 あちこちに痛々しい火傷や煤に塗れ尚、勇ましく刀を構えるその姿。

 息一つ荒らげず、凛としたその表情とは裏腹に、漆黒の輝きを放っていた黒刀は、まるで打たれる鉄のように赤々と燃えている。

 その時、小さな勇者様の舌打ちが聞こえた。


「……ちっ、炎で刀をなまくらにされたか。……また爺さんに怒られるな」


 待って!? ディルバム爺さんより恐いやつが目の前にいるからね!? 


 オレは内心ツッコミを入れつつ、ハラハラと気が気ではなかった。

 だってただでさえ押され気味なのに、武器も駄目ってもう駄目じゃん!?


 オレは、またチラリと砂時計を見る。



 ―――――2時間29分31秒1329。



 ……ウソだろ? まだ三分ちょい?




 オレはまた、勇者様と旦那の攻防に目を向けた。


 踏み込み、高く跳び上がる勇者様に、旦那が翼で豪風を浴びせる。

 そして勇者様が一瞬バランスを崩した所に、完全にヤりに行ってる勢いの尻尾攻撃が叩き込まれた。

 地面に叩き付けられた勇者様は、その勢いのまま地を滑り、鍾乳石の柱にぶつかって、洞窟全体に低い地響きを鳴らせた。


 オレは竪琴を握りしめ、旦那に叫んだ。


『もうっ、やめてっ! 勇者様が死んじゃうすよ!』


「クルルルルル……、クキャアァァ―――!!!」


 だけと当然、声にならないオレの声は届かず、旦那は狂った様に勇者様が叩きつけられた鍾乳石の柱に向かって跳躍した。


『ッヤメっ―――――……』


 旦那が鍾乳石に突っ込むと同時に、勇者様は砲弾のように飛び出して、その突撃を避ける。

 焼け焦げ、身体のあちこちを血と泥で染める勇者様。



 ―――……もうやめてよ、旦那……。



 オレはアンタの為に、勇者様の足止めの提案をした。旦那には旦那の事情があるのは分かってる。

 ……だけどオレは、やっぱり歌いたいんだよ。

 そしてあの歌は旦那の為じゃなく、勇者様の為の歌。

 勇者様じゃないと意味が無いんだよ。


 勇者様に歌わなきゃ。……あの歌を、勇者様に伝えないと。




 オレは暴れ狂う旦那を、憎しみと侮蔑を込め睨んだ。

 ……そっちの事情があれど知ったことか。




 ―――……オレの客を、殺させないすよ。




 ◆




 〈ラディー視点〉


 集中力を絶やさない事が当たり前の生活を送ってきた。

 卵を守るとローレンに言ってから、そうする様にとローレンに言われてきたからだ。


 だからこのペースで徹夜しようが、集中力を切らすことは無いだろう。

 だけどふと、ブリスさん達の動きを見ていて気付いた。


 ―――こっちが疲れるのを待ってる。


 僕は小分け摂取していた水分を、一気に飲んだ。

 途端、この運動量なもんで全身から一気に汗が吹き出す。まあ、当たり前だね。

 そして肩を上下して、荒い息を吐いている()()をした。


「【爆煙】!!」


 ジークさんが、目くらましの魔法を放って来る。……読み通りだった。


 ブリスさん達は僕を殺さず卵を奪うつもりだ。ならガリューさんによる速攻が望ましい手段。

 僕の隙を突いて、更に目晦ましをして、ガリューさんに特攻させる。


 ローレンの言葉が脳裏に響いた。



 “相手を見失ったり、見えなくなっていても、焦る必要はない”




 そう。

 彼らの目的がハッキリしている以上、必ず踏んてくる道がある。

 そこで待ち伏せすれば良い。


 そう考えれば、これはまたとないチャンスでもあった。

 完璧な連携で隙の無かった三人からガリューさんが離れ、二人から支援を受けられない孤立状態になるんだから。


 僕は煙に隠れ、卵のある家屋へと飛んだ。

 僕が飛べる事を、ブリスさん達はまだ知らない。


 僕の立っていた断崖から、卵のある家屋は更に6段上の崖の上だ。高さにしておよそ80メートル先。

 ガリューさんの爪で崖を登るスピードは凄まじいが、流石に翼で飛ぶよりかは遅い。


 僕は家屋の中に潜み、モーニングスターの鎖を回しながらガリューさんが来るのを待った。

 あの時のローレンみたいに。



 ―――……ザ、



 扉の向こうに足音が響いた。


 同時に僕は鎖を伸ばし、閉ざされた扉に向け鉄球を投げた。……扉ごとぶっ飛ばしたんだ。



「なっ!?」



 弾き飛ばした鉄扉は、鉄球諸共ガリューさんに直撃する。

 だけど流石はA級冒険者。不意を突いた筈のその攻撃も、とっさの判断で受け止められる。


「何故……ラディーがここに……?」


 だけど驚くガリューさんは隙だらけだ。僕は鎖を引いて、ガリューさんの足を絡め取る。


「っラディ……、止めっっ!」

「止めませんよ。僕だって何度も“止めてください”って言いましたよね?」


 断崖の端で足を掬われたガリューさんは、ふわりと崖の下へと吸い込まれて行く。


 僕は翼を拡げ、落ちていくガリューさんを追い、鎖を鞭のようにして更にもう一撃をそのボディーに叩き込んだ。


 白虎族はそのパワーも凄いけど、崖を登ったりと軽業師も真っ青の身軽さを誇る。

 ただこのまま落ちても、おそらく無傷で戦線復帰されるだろう事を読んでの追撃だった。


 硬い腹筋を鎖で打ったけど、いなされたのか、いまいち手応えは無かった。

だけどその追撃で落下速度に加速を加え、ガリューさんは大地へと叩きつけられた。


「―――グゥ…」


 遥か崖の下へ、岩を砕きながら落ちたガリューさんだが、よろめきながらも、ゆっくりと体を起こす。


 やっぱり僕がいくら本気でやっても、皆は全てを躱し、受け流してくる。

 そして改めて思う。


 ―――……強いなぁ。僕もそんな風に強くなりたいなぁ。

 ローレンの言った通りだ。僕なんかが何したって、彼等には敵わない。


 僕が憧れの念を込め、ガリューさんの姿を見つめていると、ジークさんの引き攣った声が聞こえた。



「―――っガリューを突き落として、笑ってやがるだと!?」



 ……ん?



(孵化迄後48時間)

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― 新着の感想 ―
[一言] うそ…まじで言ってるのかしら?
[一言] 本人的には友達のためだし…なんかダークサイドに落ちた自覚今ひとつないんですよね
[一言] 本当に普通のキャラが、敵になったとき… え?君が? ってなるとこだよね… そして勘違いで、卵壊そうとしてー 一言でやべーな みたいな?
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