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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい50(その勇者の確立は、勘違いが原因)〜

今回、全話と少し時間軸がかぶります。(^^)

 〈邪竜ファーブニル視点〉




 ―――――もう嫌だ。



 それがオイラの、紛う事無い本心だった。


 目に映るそれは、人間の成人程もある細身の黒い蜂。目と脚はゾッと寒気のするようなクリムゾンレッド。しかもその関節の隙間からは、ウゴウゴとミミズの様な物がはみ出している。


 気味が悪い。気味が悪い。

 こっち来んな、潰れろ、潰れろっっ!

 ……逃げんなよっ、本当は触りたくもねんだから!



 その時ふと黒い蜂が岩壁に取り付き、じっと羽を休めるように留まった。

 まるで隙だらけで、何か近くの岩の窪みの中に、話しかけでもしてるようだ。



「?」



 オイラが首を傾げ、その窪みを見る。岩陰の窪みに一体何が……。


「―――――っひぃっっ!!?」


 オイラは引きつった悲鳴と共に、反射的に口を大きく開いた。

 そして歯の一本一本に刻んだ魔法陣に、オイラは渾身のマナを込める。


 ……そこにちらりと見えたのは……“蜉蝣”。

 震える頼りなげな身体や羽に、長い3本の尾。その身体は蚕のようなふわふわした毛で覆い包まれ、背中に毛虫のように無数の毒針が伸びている。



 ―――――もう嫌だ。



 オイラは躊躇うことなく、口から特大の炎の魔法を放った。


 ―――――もう嫌だ。

 全部、燃えてしまえ。潰れろ、燃えろ、消えろ。……跡形も無く。






 〈勇者アイル視点〉



 ―――――……勇者は、そしてどんな悪人だろうが、魔物の脅威にさらされていれば救い出す。


 ましてや、目の前に命の危機に晒されている者がいれば、捨て置けない。

 ……とはいえ俺はポムの事を、邪竜の仲間ではないかと疑っていた。


 ―――――なぜポムがここにいる? あんな気配の隠蔽も出来ないような素人が、何故ファーブニルに喰われないでまだ生きてる?


 まあ、一番簡単で且つ最悪の答えは“ファーブニルへと寝返った”ってとこだろ。

 しかしブリスが仲間と言っていた以上、保護対象であることに変わりはない。

 とっととアレを魔法陣の中に移動させて、たっぷりその話を聞いてやる。


 俺はファーブニルの攻撃を縫うように避けながら、ポムを目指した。



 ◆



 やがて辿り着いたその岩壁で、俺の姿に怯えるように身を引くポム。

 その時俺の予想は、ほぼ確信へと変わった。


 ―――――……やっぱり裏切ってたか。


 だけどその直後、信じられない事が起きた。

 ファーブニルが大顎を開け、最大出力の炎を放ってきたのだ。

 そう。ポムを諸共に消すつもりで。しかも俺一人の時より、確実にその火力を上げてきていた。


 俺はポムを掴み上げ、炎を避ける為跳躍した。

 空中でポム(荷物)を抱えながら、劫火の射程範囲から逃れ出る為に風の魔法で急加速をかける。

 ……だけど頭の中では、ぐるぐると疑念が渦巻いていた。


 ―――――馬鹿な? ポムは仲間じゃないのか?


 ポムは自身を仕留めようとするファーブニルに対し、裏切られたとも、なんの絶望の念も感じていない様子だ。


 ファーブニルを振り返れば、更に追撃を俺達に放って来ている。

 間違いなく、ポムを諸共に仕留めに来ていた。


 俺の疑念は、一つの結論に辿り着く。



 ―――――つまり……、すべて俺の思い違いだった……?

 ポムは単純に、ラディーを助け出したくてこんな所まで来たってことか?

 どんな魔法か幸運かは分からないが、邪竜の感知をすり抜け、怯えながらたった一人でここまで来たと?



 そしてふと、掴み上げたポムに目をやる。

 間違っても落とさない様、かなり強く掴み上げているのに悲鳴一つあげず、歯を食いしばりながらも耐えるポム。



 ーーーーーあぁ、そうか。


 こいつは、本当に……。



 非力で小さなその存在を目にした時、俺は心の底から守りたいと思った。

 迷いも疑念も我欲も無く、……ただ、そうしたいと思ったんだ。

 俺はポムに告げた。



「俺は勇者だ。邪竜なんかに負けはしない」



 俺は勇者だ。

 ライラは勇者が好きだから、俺はずっと勇者であろうとしてきた。


 だけどそんなことでは“勇者”で在れ無いんだ。

 勇者に力が与えられたのは、非力な者達の想いを叶える為。

 それが出来てこそ、初めて勇者は勇者として在れる。

 そしてライラはきっとそれを分かっていて、俺をかつて一度も引き留めようとはしなかったんだ。


 ポムを疑った自分が浅ましいと思った。

 ポムが邪魔だと思った自分の浅はかさが、恥ずかしかった。

 ……そうだ。俺は勇者。魔を滅ぼし、弱き者の美しい想いを守る者。


 俺は刀を構え、再び魔法陣の外へと駆け出す。



 ーーーそして誓った。

 お前の兄を救いたいと言うその想い、必ず俺が守り叶えよう。



 『……勇者様、頑張って!!』



 ……一瞬背後から、頭の片隅を揺らすような、ポムの声が聞こえた気がした。



 ◇




 〈フィフィー視点〉



 ―――――……目の前の出来事が、信じられなかった。



 私は今骨を砕かれ、筋肉や腱まで抉られた腕をミリアによって血止め処置を施されていた。

 ミリアの魔石は砕かれ、魔法が掛けられない。

 手のひらに重症を負わされたミリアは、自分の手当もそこそこに私の腕の処置を、片腕でしてくれていた。

 当然いつもの様に手際よく行くはずもなく、手当の間、私はミリアに腕を預け、目の前の光景に目を見開いていた。



 ―――――……何で、こんなことになってるの?



 岩壁をくり抜かれたような、荘厳な姿を遺す廃都を懸命に登るブリスに、ジーク兄にガリュー。

 その宝のような都を躊躇無く破壊しながら、A級冒険者として名を馳せる三人をはたき落とそうとするのは、E級冒険者だったラディーくん。


 ……ってか何あれ? E級の域を軽く出てるんだけど。

 岩壁をも砕くその威力は、狂いの無いマナ操作で、モーニングスターの破壊力を上げてきてるからだ。

 そしてそのモーニングスターの扱いだって、針に糸を通すような精密さを誇っていて、最早熟練者のそれだった。

 更に何より目を見張るのは、その卓越されたセンスによる、先読みの能力。

 ブリス達の動きを完璧に読んできて、2重3重の罠をその鎖の軌道に仕込んできている。

 地形へのトラップが無いのは、ダンジョンでリセットが掛けられるからだろうけど、正直助かった。

 なんせこれで、この古都自体に罠が仕掛けられていたらと思うと、ゾッとする程ラディーくんの動きは洗練されていた。


 ブリス達が岩棚を一段登れば、致命傷狙いの攻撃が飛んでくる。しかもそれを避けた所で、足場を崩され、3段下に落される。


 私の腕を砕かれた時だってそうだ。

 あの瞬間、私は背後に寒気を感じて飛び退いた。そしてそれを避けきれず、利き腕を砕かれたんだから。

 だけどあそこでもし避けれなければ、砕かれてたのは間違いなく“頭”だった。 

 私はふと、ミリアに尋ねた。


「ねぇ、ミリア。その手、()()()()()()()?」

「……()よ」


 ……首か。

 あの威力で首を絡め取られたら、ミリアは死んでるよ? ラディーくん。

 そしてミリアがポツリと付け足す。


「私は首を庇おうとして、魔石もろとも手をやられた……。信じられないけど、まるでそこまで読まれてた、みたいな……」


 ミリアはそれ以上喋らず押し黙り、私はそっと、自分の“頭”を左手で触った。


 ……躊躇が無かった。


 それから私はまた、断崖の古都での攻防に視線を戻した。


 ラディーくんの、鉄球を盾で受けながらブリスが叫んでいる。


「ラディー、もうやめてくれ! まだ、お前に心はあるんだろ? 何か理由があるんだろ!?」


 そう。ジーク兄が言ってた。

 意識も意思も、ラディーにはある。なのに、こうして狂ってしまった。

 呼びかけ、あの頃の日々をどうか思い出して欲しい。


 ―――――それは約一年前の事。あの日、ギルドで私達は出会った。

 よくある駆出し冒険者のように、ラディーくんとポムポムは、パーティーメンバーが見つからず、途方に暮れてた。

 ま、正確には途方に暮れてたのはラディーくんだけ。

 ポムポムはそんな事どこ吹く風で、口笛なんか吹いていた。

 その口笛がなかなか上手で軽快だったもんで、ジーク兄が冗談のつもりでパーティーに誘ったんだ。

 その時は、丁度ブリスとミリアが喧嘩してて、パーティー内がギスギスしてたから、賑やかしのつもりだったのかもしれない。


 だから、元々二人の働きに期待なんかしてなかった。

 ポムポムはいつもジーク兄とふざけ合って、役には立たないけど面白い話をしてて、それで別に構わなかった。

 だけどラディーは違った。

 自分の無力さをカバーしようと必死に頑張って、更にはポムポムの分まで働いて、新人にしてはパーフェクトと言っても過言じゃない働きをした。

 そんなラディーに、いつしかパーティーの皆は一目置く様になって行った。ポムポムみたいな面白い事なんか言わないけど、いつかラディーならA級(私達)に追い付くだろうと、皆が暗黙の了解として捉えていた。

 ラディーの成長を、みんなで見守ってる筈だった……。



 ―――――……それが、……一体何で、こんなことになってるの?



 その時、何も言わず淡々と無駄のない動きでモーニングスターを振るうラディーくんに、ブリスが痺れを切らしたように叫んだ。


「……っなんとか言えよ! ラディーッ!!!」


 その悲痛な叫びに、一瞬ラディーくんの身体がビクリと震える。

 そしてモーニングスターの鎖を回したままのラディーくんの目から、一筋の涙が溢れその頬を伝った。


「……ラディー? ……どうした? 苦しいのか? そりゃそうだろう。あのお前がこんな事するなんて。脅されてるのか? 操られてるのか? 俺達はお前を助けたいんだ。なにか、……言ってくれよ、ラディー……」


 ブリスがその涙に、盾は構えたまま、剣先とその眉を下げる。

 ……そうだよ。あのラディーくんが平常心を保ったままこんな事する筈無い。

 その理由を言って! 私達はラディーくんの仲間なんだよ!


 ブリスの言葉に、ラディーくんはその涙を拭う事すらせず、悲しげに答えた。



「――――……僕はもう、……何も出来ず、ただフルーツポンチと大根ステーキを眺めるのは嫌なんです」



「―――――……。……いや待って!? 何を言ってるんだお前は!?」

「え? 聞かれたから……」

「いや、何処に今の涙の理由が?」

「……これは涙無しには語れません」


 ……。


「……。……クソっ、やっぱりラディーはおかしくなってる」


 ……。


 私は左の拳を固く握りしめた。


 ラディーくんは、……必ず私達が助け出す! 

 そしてその壊れた心を、絶対に取り戻してあげるから。


〈孵化まで後50時間〉

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