番外編 〜邪竜さんは、召使いを追だしたい48(その予測、大暴投につき)〜
〈引き続きブリス視点〉
ーーー……見つけた!
「ラディー!!」
俺はラディーに叫んだ。
だけどラディーは答えず、戸惑う様に一歩下がる。
それから困惑気味に、震える声で言った。
「ブリスさん……、どうしてここに来たんですか?」
「んなの、……お前を助けるために決まってるだろ!」
俺がそう言うと、ラディーはホッとしたように笑った。
良かった。無事だった!
俺もホッとしたようにラディーに笑いかけると、ラディーは嬉しそうに言う。
「じゃあ、……“金の卵”はもう要らないと言うことですね?」
……一瞬、なにか違和感を感じた。
だけど俺はラディーを見つけた安堵感に、完全に油断してラディーに手を差し伸べながら歩み寄った。
「ああ、俺達はもう卵は諦めた。だけどここに来る為に、森のエルフ達が体を張ってくれた。ここにあるのか? 知ってるなら、アイツらに持ってってやろう……」
「……」
一瞬、ラディーの目に絶望が過ぎった気がした。
次の瞬間ラディーが身を捻りながら腕を高く上げ、ほぼ同時に俺の背後からフィフィーの悲鳴が上がった。
「きゃあぁぁぁ!!!」
ーーーーーゴキッ……
「!!?」
フィフィーの悲鳴と嫌な音に振り向けば、フィフィーが腕を押さえ蹲っている。
そしてフワリと引き寄せられる様に空を舞う、人の頭程の大きさの蒼い棘のついた鉄……。
蹲るフィフィーに、ジークが慌てて駆け寄った。
「大丈夫か!? フィフィー!」
「あうぅ……っ、な、何!? 腕がっ……」
腕は鉄球の棘に切り裂かれたのか血が滲み、二の腕から下がだらりと垂れ下がり、あり得ない方向を向いている。
「フィフィーちゃん!? い、今回復をっ……キャアァ!?」
今度はフィフィーの手当てをしようとしたミリアが悲痛な声を上げた。
俺は振り返り、目を見開く。
ミリアの小指が折れ曲がり、その手のひらの皮が破れ血が溢れ出している。
ーーー何が起こった? 訳がわからない……。
「どうした……っ」
俺がミリアに駆け寄ろうとした時、ふと背後に寒気を感じた。
慌てて盾を翳しながら振り返る。
ーーーーーガンッッ!!
振り向きざま、間髪入れず重量級の衝撃が、盾にぶつかって来た。
そしてそこに見た光景に、俺は思わず剣を落としそうな程驚愕した。
「ーーー……な、……んで? ラディーが??」
そこに見たのは、フィフィーの腕を砕いた蒼い鉄球を振り回すラディーが居た。
「うぐっ、……ぶ、ブリス! 私の魔石が、今ので砕かれたっ」
痛みを堪えながらそう報告してきたミリアの声で、俺は我を取り戻した。
そして焦燥にかられながら、ミリアに尋ねる。
「大丈夫か!?」
「ええ、あの鎖に手を絡め取られたのよ。……私は無事だけど、魔石が砕かれたせいで、回復魔法が掛けられない! それに、薬剤での手当もこの手じゃ……」
「くっ、わかった! ミリアはフィフィーと下がってろ! おい、ラディー! 何のつもりだ! 女を傷つけるなんて、お前何を考えてるんだ!?」
訳がわからない。
だけどラディーが、俺達を攻撃してきたのは紛れもない事実で……。
「ブリスさん、何を言ってるの? ローレンも、女の子だよ」
……何?
「はぁ!? な、あれは違うだろう! “敵”だ! だから……」
「そうですよね」
「ラッ……」
俺が先を言う前に、ラディーはモーニングスターの蒼い鉄球を勢い良く投げてくる。
「っぐ!」
盾の中心でそれを受けた筈なのに、インパクトの瞬間その攻撃の重心がズレた。
妙な場所で受け止めたせいで、力で負けるはずの無い俺の腕が、ミシリと嫌な音を立てる。
しかも衝撃の直後、盾に跳ね返ったはずの鉄球の鎖が、まるで蛇のようにとぐろを巻き、再び俺に襲いかかってきた。
俺は状況を呑み込めず、目を白黒させながら、その鉄球をステップで避けジークに尋ねた。
「な、なっ、どーなってるんだよ!? ジーク、ラディーの奴、誘惑にでも掛かってんのか!?」
だけどジークは眉間に深いシワを刻みながら、首を横に振った。
「いや、……調べたが掛かってはない。ラディーのマナに乱れは無い、……と言うか、以前とは比べ物にならない位、体の中のマナが研ぎ澄まされてやがる!」
ジークが額に汗を浮かべながら言ったその時、ガリューが吠えるように俺達に叫んだ。
「跳べっ!」
足元に向けて、長い鎖が横凪に迫って来ていた。
俺は舌打ちしながら、鎖を避ける様に跳躍するが、隣でジークの呻きが聞こえた。
「……げ、」
跳躍し、空中で体勢を変えられないジークに向け、蒼い鉄球が迫っていた。
「があぁぁぁーーーっ!」
だがその鉄球は、ガリューの気合と共に振り抜かれた爪に弾かれる。
「お、おぉ……ガリュー助かった」
地に足を着け、ホッと胸をなで下ろしながらガリューに礼を言うジーク。
だがその間にもラディーは鎖を引き、勢いを再びつけるため、頭上で鎖を回し始めていた。
フォンフォンと背筋の寒くなる音を響かせながら、ラディーは耳をピンと立て、俺達をしっかりと睨んでくる。
「……誘惑じゃないなら、あれは一体何なんだよ?」
「誘惑の魔法ってのはそもそも、対象のマナの流れを狂わせ、意識のガードが希薄になったところに暗示をかける魔法なんだ。後で正気に戻った時、ありえない思考だったって思うような、意思を乗っ取られる魔法。……だけど今のラディーは見た感じ、以前のラディーより明確な意思を持ってるぜ」
「馬鹿なっ、ラディーが自分の意思で、俺達を攻撃してきてるって事か!?」
「そうなる」
淡々と言い切るジークに、俺は唇を噛んだ。
ーーーあり得ない。あの真面目で優しくて弟思いのラディーが、自分の意思でミリアやフィフィーの骨を打ち砕いた? 有り得ない!!
……そうは思えど、目の前にはモーニングスターを回すラディーが居る。
剣を構えてはいるが動け無い俺に、ジークがポツリと言った。
「ーーー……ただ例外は、ある」
「何?」
ジークは、以前ダンジョンで手に入れた収納袋から、赤い布と投擲用のナイフを取り出しながら言った。
「誘惑の魔法には、未だ未解明の例外があるんだ。高位の魔物による誘惑は、対象のマナの流れに触れなくても、意識そのものを変えさせる力がある」
「……?」
「一般的に誘惑を使って来るのは悪魔やヴァンパイアみたいに知性が高く、人間を餌とする魔物達だ」
俺はラディーから目をそらさず頷く。
……かつて俺も、暗い森へ遠征に行った際、サキュバスのグレゴリーに魅入られた事がある。
ーーー……本当に、可愛いと思ったんだ。この子と結婚しようと思った。何と心の底からだ……。俺にはミリアが居るのに、有り得ないだろう!!?
「確かにあの時は俺も、狂わされていたとしか説明が出来ない」
「あぁ、だが更にその上の存在、悪魔達の王と言われている“ルシファー”は、記憶も意識も保たせたまま人間を従える。50年に一度攫われる贄達は、口を揃えてルシファーを擁護したらしい。“あの悪魔は、良い人”だとな」
ーーー……人の思考の本質すら変えさせる力か……。
以前誘惑に掛かったことのある身として、その話は肝の冷える思いだった。
そこで俺はハッと気付いた。
「もしかして、ラディーも!?」
「ああ、高位の誘惑を掛けられてる可能性が高い。ドワーフの里で、ポムが妙な事を口走ってたのを覚えてるか? あれもおそらく、その影響だと俺は踏んでる」
「っなんて事だ……。何か、……手はないのかっ」
俺が祈るような想いで呟くと、ジークがナイフを構えながらボソリと言った。
「思い当たるとしたら“金の卵”だ」
「ーーー……卵?」
「あぁ。さっきの坑道で、ローレンが不意討ちをせず、俺達の足を止めさせたは何故だった? そしてラディーが豹変する前に、なんて言ってた?」
ふと先程感じた“違和感”の正体に気付いた。
「ローレンも、ラディーも……“卵を奪うか?”と尋ねてきた」
ジークがニヤリと笑う。
「そう言う事さ。おそらくその“金の卵”が、全てを惑わさせているんだ。ラディーもポムもダークエルフも、そして邪竜すらもな」
「なんだと!?」
「森のエルフ達が言っていただろう。“卵を奪い、ファーブニルの魂を解放させる”って」
……あ。
俺の中で、カチリとピースが綺麗に収まった。
「全ての元凶は、……“黄金の卵”! それを奪い壊せばっ」
ジークがニヤリと笑った。
「だけど気を付けろよ。こっちはもう回復要因のミリアと前衛のフィフィーが潰されてるんだ」
「ああ。ジーク、卵の在り処を索敵してくれ!」
「もうやってる。そんで、ーーー……見つけたっ!」
ジークはそう言って、赤い布のついたナイフを、ここからかなり離れた一軒の家屋に投げ、その扉に突き立てた。
「随分立派なシールドで隠してるみたいだがな、黄金のマナがだだ漏れだぜ!」
ラディーが悔しげに、俺達を睨むような視線を向けて来る。
ーーー心配すんな、ラディー。
俺達が、絶対にお前を解放してやるからな!
……誰かジーク兄さんを止めて! 全然違うから!
と、思って頂ければ幸いです。




