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番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい47〜

 〈ブリス視点〉 


 俺達は暗い坑道を走っていた。

 勇者とジークが創り上げた結界を張り、俺達は振り返る事無く邪竜の洞窟を抜け、走り続けている。

 走りながらジークが歓声を上げた。


「見たか、ブリス! あの結界、本来は“嵐から農作物を守る為”の結界なんだ。……それが勇者の膨大なマナで発動させると、まさか大砲まで防げる物に昇華しやがった!」

「見てない。振り向くなって言われてたろ」

「はは、言葉の綾だっての! 待ってろよ、ラディー。もうちょいでポムに会わせてやるからなぁ!」


 俺の返しにジークはなおも興奮気味に笑ったが、突然ティミシアがその声を遮った。


「しゃがめっ!」

「!!?」


 瞬時に俺達全員がその声に反応し、反射的速度で身を屈める。



 ーーーーーーフォン……      ザンッッ!!



 途端、頭の上のさっきまで自分達の頭や首があった場所を何かが通過した。

 一拍遅れて岩壁が何かに削られ、崩れ落ちる音が響く。

 ティミシアが威嚇するように声を上げた。


「くっ、……ただの鎌鼬で、この威力か。……だが残念だったな。その程度の一撃では、我等は誰も欠けてはいないぞ、ローレン!!」


 ーーーーーポッ……


 突然、小さな灯りが壁際に灯った。そしてそれを皮切りに、連鎖してオレンジ色の揺らめく魔法の灯りが坑道に灯っていく。


 そしてその明かりに照らし出され、目の前にダークエルフのローレンが浮かび上がった。

 ーーーダークエルフのローレン。

 漆黒の髪に褐色の瞳。そしてグレーの肌をした、有り得ないほどに美しいエルフの耳を持つ少女。

 ……しかしその見た目に騙されてはいけない。

 魔力の高さと、それすら霞むほどの飛び抜けた頭脳により、魔王軍でも高位の幹部として扱われているのだ。

 銀糸の刺繍のされた軍服の様なぴっちりとした機能的なワンピースに黒いマントを羽織り、ピンヒールのブーツを履いている。

 ……そんな靴で? とも思うが、その立ち姿にブレはなく、それどころか重力すら感じさせないほどに優雅な佇まいだ。


 ローレンはティミシアの挑発を微風ほども感じていない様子で、鈴のなるような声で答える。


「この程度で死ぬなら寧ろ拍子抜けだ。元より、お前達が避ける事により、足を止めさせる事を想定していたのだが……まさか、身の危険を感じたのか?」


 ティミシアの、こめかみに青筋が立ち上がる。


「っそんな筈無いだろう!!」


 ……ティミシアの号令が無ければ、おそらく今のでこちらに負傷者が出ていただろうが、いちいちそんな事は口にしない。

 ローレンはすました様子で頷く。


「そうだろうな。ここで足を止めさせたのは他でもない。お前達に一つ聞きたいことがある」

「……何をっ」

「金の卵を、まだ狙っているのか?」


 ティミシアの言葉を遮り、ローレンは淡々とそう言った。


 ……正直、自分達の領分を思い知った俺とジーク、そしてミリアとフィフィーは、もう金の卵などどうでも良かった。

 そんな事より、ラディーを無事助け出す事こそが最優先事項だった。


 だが俺達が答える前に、ティミシアは怒鳴った。


「当たり前だっ!」


 その答えに、ローレンは静かに目を伏せ、流れるような動きで、腰に携えたサーベルに手を伸ばした。


「ーーー……そうか、残念だ。消えろ」


 突然ローレンから凄まじい殺気が立ち昇ったかと思うと、残像すら残る勢いでローレンは跳躍した。




 ◆




 〈勇者アイル視点〉


 邪竜ファーブニルの頭に、ボコボコとついた瘤。その左右対称ですらない位置の二つの瘤が、突然パックリと割れた。

 その被膜は瘤の半分辺りで止まり、中から現れたのは、白く濁った瞳の巨大な眼球。

 まるで腐った魚の目だ。


「っ……気味の悪い奴め……」


 醜い頭に飛び出した、取り分け巨大な瘤かと思っていたそれは、出目金の様にいびつに飛び出した目となり、キョロリと俺を捉える。

 その途端ファーブニルの全身が大きく震え、今までとは違う、背筋の寒くなる程殺気の籠もった咆哮が上がった。


「ギャグォォオォォォオーーーーーーーーーーッッンッ!!!」


 ーーーーードオォォンッッ!!!


 俺が嫌な予感に任せ跳躍したその直後、俺のさっき迄立っていた位置に、鋭い鱗の生えた尾が叩きつけられる。


「っ馬鹿な……!」


 俺がどんな強力な魔法を叩き込もうが平然としていた洞窟の床に、大きなヒビと窪みが出来た。


「ガアァァァァアァァァーーーーーーーーーッッ」

「くっ……」


 ファーブニルはまるで狂ったように、俺をただ叩き潰そうとして来る。

 さっき迄はまだ、何かを考えながら戦っているような理性のような物を感じられたが、今はただ本能に任せ、俺を叩き潰す事しか考えてない。


「このっ、……穿け! 【雷電(ライディン)】!!」

「クォッ……ガキャアァァァァアーーーーーーーーーー!!」


 象でも一瞬で焼け焦げ感電死するその威力にファーブニルは一瞬たじろいだが、直ぐに己のマナでその魔法を弾き返して無効化する。

 ……狂っているように見えて、しっかり魔法も使えるって事か。


 ……只々、厄介だ。

 正直、ポムを気にしてる余裕が無い。

 もしこの攻撃がポムに向けられたら、守りきれる自信が持てねぇ。

 ホントに、何でこんな所に居やがるんだよっ、あのヤローっ!!


 俺はブチ切れそうになる自分を必死で抑え、やつの攻撃を避けながら冷静に考える。


 先ずはポムをあの穴蔵から引っ張り出して、魔法陣に叩き込む。

 そして、それからファーブニルに集中するんだ!



 ◆



 〈ブリス視点〉



「いっくよー! おりゃあぁぁあぁぁーーーーっ!!」


 フィフィーが掛け声とともに、ローレンに踵落としを叩き込む。

 しかし脚が目標に触れる前に、ローレンの姿はそこから消え、空ぶった脚は、地面の岩を大きくえぐりながら地に突き刺さった。

 マナで身体を強化する、龍脈術や神通力と呼ばれる力だ。

 華奢なフィフィーから繰り出される、俺ですら及ばないこの凄まじい力は、栄華皇帝国にある【蓬莱山】で、ジークと共に十年間修行し手に入れたのだと言う。

 ジークはそこで【玄学】と呼ばれる、賢者の記した神学を学び、フィフィーは神通力を始めとする体術を極めたそうだ。

 そのまま行けば、間違いなく【崑崙】へと昇れただろうと言われた二人だが、二人は冒険者となる選択をしたのだった。


 ローレンへの攻撃を空振ったフィフィーは小さく舌打ちをし、身をかがめながら後ろへ飛び退いた。


石礫(ストーンスマッシュ)!」

追い風(ヴェントリリー)!」


 続いてボルスターとシャルルが、ローレンに向けてマシンガンの様な投石を放つ。


「ふん!」


 ローレンはそれを手元が見えないほどの速さで、一石も外さずレイピアで撃ち落としていく。

 ふと、その様子を観察するように見ていたティミシアが、何かを察したように声を上げた。


「ーーー……やはりな」

「どうかしたのか?」

「ローレンめ……さっきから“魔法”を使って来ない」

「!」


 俺は慌てて目の前のダークエルフに再び目を向ける。


「っど、どう言うことだ!?」

「理由は分からない。しかし以前の奴は、我等全員を合わせた、更にその上を行くマナをその身に保有していた。……だが今は明らかにその量が落ちている」


 言われて初めて気付いた。

 確かにローレンは今、魔法を使って来ない。

 自身のマナを武器や身体強化に回し、その卓越した技術で俺達の攻撃を防ぎ躱しているのだ。

 そしてレイピアに込めた魔力で、一撃必殺の突きを狙って来ている。 

 勇者に鍛えられた俺達は、流石に易々とそれを喰らうはずもなく、互いに凄まじい攻防の内にも、かすり傷一つ負っていない。


 その時、ティミシアがチャキリとレイピアを構えた。

 ローレンと同じ武器。材質もミスリルで、その美しい刀身はローレンの持つレイピアと瓜二つ。まるで双子剣のようだ。

 レイピアを構えたティミシアが静かに言った。


「あのダークエルフは、我等森のエルフが預かろう。ブリス達は、ラディーを救出に向かうがいい」

「……え?」


 俺は耳を疑い、思わずティミシアを見た。

 ティミシアは口元だけに微笑を浮かべ、ローレンを睨んだまま続ける。


「我等は種の誓いとして“黄金の卵”を求め続けて来た。邪竜を滅しその魂を解き放つ為に、使命を果たしながら、脇目も振らず己を鍛えてきた」

「そうだな。お前達森のエルフはなりふりを構わず、非情に目的の為にここまで来たな。俺達の仲間二人を探す時も、二人を見捨てろと言って来て、随分罵りあったな」


 ……正直、あの時のことは未だに許せない。

 この仕事をやってる限り、不慮の事故と言うのは必ずあるが、そうならない様にするのは当然の事。ましてや俺達はA級で、力も人格も認められた者が到達出来る領域のクラスに居る。

 仲間が生きてると分かってて、見捨てられるはずが無いんだ。


 俺が少し皮肉を込めティミシアにそう言うと、ティミシアは困ったような笑みを浮かべ言った。


「“使命の為なら親子兄弟さえ殺し尽くす覚悟を持て”……それが、我等の住む里での掟だった」

「そりゃなんとも殺伐とした里だな」

「……そうだな。だからお前達のその不器用にあがく姿を、……羨ましいと思った」

「……」


 その時、あの鐵面皮のティミシアが……穏やかに笑っていたんだ。


「仲間を助けてやれ。一刻も早く。我等はあのダークエルフを仕留めた後、我ら自身で卵を探しに行く」

「……ティミシア……」


 次の瞬間、ティミシアが舞うように跳躍した。




 ーーーーーギィィン……ッッ!!




 二本の同じレイピアがクロスする。


「行けっ! ブリス! ラディーをポムに会わせてやるんだ!!」


 俺は頷きジーク達に号令を飛ばす。


「ジーク、ミリア、フィフィー! 来い! 俺達は最奥へ向かうぞ!!」

「行かせるものかっ!」


 ローレンは直ぐ様俺達にターゲットを変えるが、三人のエルフがそれを妨害した。


「させない!」

「行かせませんよっ!」

「お前の相手は、こっちだ!!」


 ーーー……恩にきる……!


 俺達は走った。

 彼らの強さを信じ、俺達はただ前だけを見て、坑道を奥へと駆け抜けたのだった。



 ◆



「ーーー……これが、……古のドワーフ達の遺跡……」


 ミリアが辿り着いたその荘厳な光景に目を大きく開き、唖然としながら小さくそう声を漏らした。

 そして俺達は声も無く、オレンジ色の魔法の灯りに浮かび上がる地底大都市に目を見張っていた。



 その時、まだ声変わりもしていない澄んだ子供の声が響いた。






「ーーー……ブリスさん?」





 俺達は、反射的にそちらを見た。


「……ラ……ディー?」


 そこには清潔な衣類を身に纏い、至って健康そうなラディーの姿があった。

〈孵化まで後56時間〉



※ーーーかつて賢者は、開発した神通力をの実験台として、当時開墾に尽力していた勇者を引っ張り出してはタコ殴りにし、その魂に恐怖を刻み込ませたと言う……。

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