番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい46(!開・眼!)〜
今回の視点、四人切り変わります!
〈ラディー視点〉
僕は家屋の前で、モーニングスターの柄を固く握り締めながら、口から心臓が飛び出しそうな程緊張していた。
耳を澄まし、全神経を集中させる。
ーーーーー……っ っ……
そして耳は、小さな小さな音を拾い上げた。
同時に、目の前に立つローレンが静かな口調で言った。
「来たようだ」
「っ」
背中が震えた。
勇者やブリスさん達が、……この卵を奪いに来たんだ。
その時、ローレンが僕の方を振り返った。いつもの様に、とても綺麗な、思わず見惚れそうな笑顔を浮かべながら。
「大丈夫、ラディー。出来る事は全部やった。後はいつも通りやるだけだ」
ーーー……ローレンは、僕に出来るとも出来ないとも言わない。どんな時だって誠実で、適当事は言わないんだ。
……だけどこの状況で、そんな……凄いスポーツマンシップ的な事を言われてもな……。
僕は思わず可笑しくなって笑った。
するとローレンは一瞬ビックリしたように目を丸め、それから一緒に笑った。
「ふふ、本当に……ラディーが居ると心強い」
そう言って笑うローレンに、僕は少し得意になった。
ローレンの様に、何だって出来て強い子の“友人”であるのが誇らしく、その支えになれている事が嬉しかった。
ローレンは微笑みながら僕に告げる。
「じゃあラディーは金の卵を守っていて。私は坑道をすり抜けて来る、ドブネズミ共の始末をして来よう」
ーーー……あの、一応……僕の仲間だった人達なんだけど……。
僕の何とも言えない表情を読み取ってか、ローレンはくすりと笑い言い直してくれた。
「あの者達が、ラディー達の知り合いということは重々承知している。始末する前にきちんと尋ねる。その目的をな」
「……」
「もしかしたら、もう金の卵などどうでも良くて、ただラディーを救出したいが為、ここに向かっている可能性だってある。そうだろう?」
……分かってる。
その可能性が、限りなく低い事。
森のエルフと未だに共に行動していると言う事は、まだ卵を諦めていないという事でもあるんだから。
それでも僕は、その可能性をまだ信じたかった。
戦いたくない。ブリスさん達は最高の冒険者なんだから。
“使命の為なら親子兄弟さえ殺し尽くす覚悟を持て”
ファーブニル様の言葉を、僕は頭の中で反芻する。
僕には使命なんて重いものは無い。だけど、友達の為に決めた心がブレない様に、その言葉を僕は掲げたのだ。
戦いたくはない。だけど、戦う覚悟は既に出来ている。
その覚悟の全てをたった一言に乗せ、僕はローレンに伝えた。
「そうだったらいいね。いずれにしろ、僕は絶対に卵は守るよ」
ローレンは頷き、踵を返す。
そして僕は、ローレンの遠のいて行く足音を聞きながら、また耳を澄ました。
もう緊張はない。
出来る事は全てやり尽くしてる。後はそう、いつも通りやるだけで良いんだ。
◇
〈勇者アイル視点〉
「カァアァァァァァーーーーーー!!!」
「クッ!」
俺が1歩魔法陣から出た途端、上から悲鳴のような吠え声が響いた。
見上げれば、巨大な大顎が迫って来ている。
ーーー……速い。刀を構える余裕もないな。
俺は無理はせず一歩下がり、魔法陣に戻る。
直後、凄まじい轟音と土煙が上がった。
そして……。
「ーーー……また、消えた」
土煙の向こうに邪竜の姿はなく、その気配もまた、完全に消えていた。
……なる程。このダンジョン、そう言う“設定”か。
この魔法陣に入っている間、ファーブニルは消える。
流石にそこまで都合の良い仕掛けなんて、あるわけもないと言うことだ。
俺は固まっているブリス達に声を掛けた。
「ブリス、見ての通りだ。この魔法陣に入っている限り、邪竜は消える。そして誰か一歩でも、ここから足を踏み出せば、また奴は姿を現し、こちらを攻撃してくる」
「っどうする?」
そういうブリスに、俺は言った。
「奴をひきつけてやる。俺がこの魔法陣を出て三秒後、お前らはあの坑道を目指して走れ。絶対に振り返らず、一気に駆け抜けろ」
ブリス達は頷き、武器を握り締めた。
◆
〈ファーブニル視点〉
ーーー……うまく勘違いしてくれた様だ。
オイラは内心ほくそ笑んでいた。
この世界に於いて、ダンジョンとは二種類ある。
まずは、人智を超えた“アイテム”をその身に収め、隠す物。
そしてもうひとつが、人智を超えた“化物”をその身に収め、巣となっている物。
初代ダークエルフのリリーに聞いた話では、ここから遠く離れた小島にある【天洞山】の風神や雷神、それにグリプス砂漠のダンジョン最下層に隠された【時の迷宮】のクロノスとマナ・カイロスなんかも後者に当たるそうだ。
そこは攻略できれば“世界最強の称号”や、“望む未来や記憶”等、主の手によって何かしらの報奨が与えられるらしい。
ま、攻略したやつが居ないから眉唾情報ではあるんだが……。
オイラのダンジョンは、“巣”ってなものじゃないが、どちらかと言えば後者に近い。
だけどオイラは、勇者にそれを前者だと錯覚させたのだ。
前者は“アイテム”の為に全てが存在している。敵などのモンスターだって、斬り捨てれば光の粒になって消えるとか言う、理を無視した生命体だ。
オイラも、ダンジョンに作り出された“モンスター”だと思わせてやったんだ。
“ーーー魔法陣の中に入れば邪竜は消え、出れば再び現れ襲ってくる”
そういう事にしとけば、勇者はオイラを倒すため、魔法陣の外に絶対でなくちゃいけなくなる。魔法陣に籠もられて、一方的にやられるなんて事態を防げるって訳だ。
そういった風に思い込ませる事に成功したオイラは、魔法陣から飛び出し、距離を取ろうとする勇者に三度襲いかかる。
そして壁際まで追い詰めた時、後方の魔法陣から冒険者達が飛び出して来た。
オイラは反射的にそちらに岩を投げつけ、奴らを諸共に押し潰そうとしたが、広範囲結界魔法によってそれらは全て防がれた。
直後、前方の勇者から、凶刃と鋭い殺気が飛んでくる。
「っ!」
ーーーギィンッ!
喉元の鱗が、また一枚剥がされた。
そしてそのままオイラの耳元に駆け上がった勇者が、刀を突き立てながら囁く。
「……お前の相手は、俺だ」
「ッキャオォォォオォォォォォーーーーーーーーーーー!!!」
耳に刀を突き立てられ倒れたオイラは、その焼けるような痛みに喉を震わせた。
体に取り付いた勇者をはたき落とし、更に一撃を入れようと尻尾で追撃を加えた後、ふと我に返りあの冒険者達がこの洞窟内から居なくなっている事に気づいた。
そして内心舌打ちをした。
ーーー……ちっ、まぁいい。奥にはローレンとラディーが居る。
予定通りでもある訳だからな。
そしてオイラは、高い声で咆哮を上げる。
「キュルオォォオォォオオオォォォォォーーーーーーーーーッッ!!」
そして潰された耳を補う為、目を開いた。
そう。仲間すら滅ぼし尽くしてしまう、“呪われた目”をな。
◆
〈ポム視点〉
「キュルオォォオォォオオオォォォォォーーーーーーーーーッッ!!」
『ヒイィ!?』
オレはそのいつもとは違う旦那の咆哮に、小さく背を丸め込みながら、悲鳴を漏らした。
旦那にしては甲高いその咆哮は、旦那がオレに向けた“合図”だった。
……旦那はこう言っていた。
『オイラの目は呪われている。所謂“邪眼”って奴だな』
……何を言っているんだろう、この人は。ホントに厨二病なんだろうか?
オレはそう思ったが、嬉々として語る旦那に突っ込む事はしなかった。
『オイラの目はいつも固く閉じられている。なぜならこの目で見たものが、全て悍ましい虫に見えてしまうのだから』
『……むし?』
ラディーが首を傾げながらそう漏らすと、旦那は頷き答える。
『ぶっちゃけると、オイラは虫が嫌いなんだ。どのくらい嫌いかと言うと、虫柱に頭を突っ込むと気絶するくらい嫌いだ』
……何そのダサ弱設定。
ラディーもそのあまりの設定に、言葉を詰まらせている。
『そんなオイラの目に、この“虫見の呪い”がかけられた。もうね、泣きそうだぞ』
その言葉に、真実を知ってしまったオレは心の中で突っ込む。
ーーー泣く所、そこじゃないだろう……と。
『ま、流石に気絶することはもう無いが、それでも目をあければ敵味方なんて関係なく、目に映る“虫”をすべて叩き潰そうとはしちまうな。言ってしまえば“狂戦士”と言ったところか』
『……あの旦那、ホントそのネーミング、何とかなりません? 緊張感が……』
『……』
っだからラディー! オレの振りすんじゃねぇ!
旦那はじっとりとラディーを見詰めた後、ため息混じりにオレに言った。
『“目”を開ける時、警告の咆哮を上げてやる。その声を聞いたあとは、絶対にオイラの前に姿を現すな。闇のシールドの裏、魔法陣の中、そのどちらも駄目なら、何か明かりを点けろ。オイラの目は光を拒絶するからな』
そして最後に、冗談のかけらもない声で、オレに警告をした。
『じゃないと、マジで死ぬからな』
◆
そして今、その咆哮が上げられたのだった。
(孵化まで後60時間)




