番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい45(最後の仕事)〜
冒険者たちの名前を忘れている方へ。
私も忘れていたので、メモをまた貼り付けておきます!
ブリス(27) リーダー 剣士
ミリア(22) ブリスの恋人 回復
ジーク(25) フィフィーの兄 シーフ
フィフィー(17) ジークの妹 格闘家
ティミシア(132) 風 森のエルフ
ボルスター(160) 土 森のエルフ
シャルル(87) 風 森のエルフ
ガリュー(19) 白虎 ※人間で言うと35歳くらい?
〈ブリス視点〉
俺は目の前で繰り広げられる戦いに、ただ戦々恐々としていた。
勇者アイルが強いということは知っていた。この十日間、ともに過ごし、その強さに叩きのめされながら、叩き上げられたのだから。
ーーー……だが、邪竜ファーブニルはそれ以上。
信じられなかった。
あの巨体で、勇者を除く俺達よりも素早い動きを見せ、“神話時代の魔法”を当たり前のように使ってくる。
しかも、その身に秘められたマナの総量は、底が見えない。
あの時の、勇者の言葉が頭の中に蘇る。
“ーーーお前等の領分じゃない”
「ーーー……んだよ、この化物は……。俺達は……こんな奴に挑もうとしてたのか? ……無理過ぎんだろ……」
それはただの独り言のつもりだったが、隣にいたティミシアがその戦いを睨むように見つめながら頷いた。
「……5000年前から、我らの祖先はファーブニルに挑み続けていた。ファーブニルがこの山に住み着いてから約千年。その頃を皮切りに、奴の力は強くなり始めたと言う……。そして現在に至るまでの四千年もの間、その力は大きくなり続けている。……話には聴いていた。しかし、まさかこれ程とは……っ」
ティミシアは歯を噛み締め、冷や汗を額に浮かべながらそう言った。
森のエルフと言えば、エルフ種の中でも最強と呼ばれる種族だ。
入らずの森に住み、選ばれた者の前にしか姿を現す事の無い、幻のような存在。
……なかでもティミシアは、その者達の中で選ばれたリーダーなのだ。
ーーー……そいつが、ここまで言うのか。
その時、ティミシアの部下のシャルルが、切羽詰まった声を上げた。
「ティミシアさん、……金の卵がありませんっ」
「何?」
シャルルの言葉にティミシアの眉が動く。
「先程からずっと探っているのですが……奴は、いえ、この広洞内には卵はありません……。そして、例の遺跡に続くという穴の方から、金の揺らめくマナが漏れ出しています」
「ちっ、そっちに移動させたのか……。勇者の援護をしながら、卵を奪うという策は潰えたな。ブリス、私達もそちらに行く。この陣を出るタイミングを合わせるぞ!」
ーーー……俺は、自惚れていた。
A級冒険者になって、もてはやされて、どんなクエストだってクリア出来るような気がしてた。
“お前達の領分じゃない”
あの時の勇者の言葉が、頭の真ん中まで染み込んでくる。
俺は自惚れてた。
そして仲間をこうして危機に晒した。
せめてあの時ミリアの言葉を聞いて、一度街に戻りラディーとポムを置いてくるべきだった。
森のエルフ達の手前だなんだと言い訳して……。
俺のせいだ。自惚れて、調子に乗ってた俺のせいだ。
だから俺は、責任を取らなきゃならない。
俺はこのダンジョン攻略の後、このパーティーを解散させる。
最後にこのダンジョンを、何としてでも攻略してからな。
そう。……例えこのダンジョンが、俺の“領分”じゃ無かったとしても、何としてでもラディーを救い出すんだ。
それが、俺の冒険者としての最後の仕事。
俺はティミシアに頷いた。
「あぁ、わかった。黄金の卵は好きにしろ。向こうで俺達は、ラディーを探す」
ーーーーーザザザザザザーーーッッ!
「!!?」
「!」
その時、突然凄まじい勢いで勇者が魔法陣の中に滑り込んできた。
衣服のあちこちに血痕を滲ませ、膝をつく勇者。
ミリアとジークが慌ててその肩に声をかけた。
「勇者! 大丈夫か!?」
「勇者様! 今、回復を!」
「……」
ミリアが回復の魔法を勇者に施し始めたが、勇者はまるでそれを無視し、荒い息を吐きながら前方を睨む。
次の瞬間、耳を裂くような、洞窟を揺らすほどの邪竜の咆哮が、辺りに響いた。
◆
〈勇者アイル視点〉
ーーー馬鹿みたいに強いな……。
ポムの方に攻撃を通さない様、俺は奴の攻撃を全て受けた。
その全てが重く、しかも“刀”の特性を知っているのか、微妙にその攻撃の道筋をぶらしてくる。
刀は横からの衝撃に弱い。マナで強化をしているとは言え、ファーブニル程の重い攻撃をまともに横から受ければ、たちまち刀は折れてしまうだろう。
ポムを庇いながら、その嫌な軌道の攻撃を受けつつ、奴のあの硬い鱗を一枚ずつ剥がしていく。
ーーーっ面倒くせえ!
ーーーーーキンッ……
奴の爪を受ける反動で、俺は後方の魔法陣に滑り込んだ。
陣の中にはまだブリス達がいて、俺の傷に回復魔法を掛けてくる。
……ふわりと体の芯が暖かくなり、傷の痛みが消えていく。やけに回復が速い。……いや、ミリアの魔法だけじゃないな。魔法陣からの回復効果がずば抜けているんだ。
……ありがたいが、ホントに何でこんなものがあるんだ?
俺がそんな事を考えていると、ファーブニルがこっちに近づいてきた。
だかやはり、陣の中には入ってくる気配は無い。
奴の巨大な影を魔法陣の中で睨みながら、俺は考える。
ーーー……ポムが邪魔だ。
アイツのせいで、こちらの攻撃力は下がり、余計なダメージが増えている。
……いや待て。ファーブニルの攻撃がこの陣の中に効かないなら、ポムをこの中に入れれば良いんじゃないか?
そうすれば、ファーブニルがポムを人質に取ることはできなくなるだろう。
それに、俺の出力セーブはともかく、奴の流れ弾は気にせず受け流すことが出来るようにーーー……。
「クァルアァァァアァァアァアアァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「!」
「キャァ!?」
「なんだ!?」
その時突然、ファーブニルが咆えた。
あまりの気迫に、ジークやフィフィーが声を上げる。
「?」
そしてその尾を引く咆哮が収まった頃、俺は首を傾げた。
そして辺りを見回す。
ーーー……おかしい。
俺は再び索敵を開始した。
もちろんこの洞窟内全てに、その索敵の触手を伸ばす。
ーーー……おかしい。
妙な焦りに、俺の鼓動が速くなる。
ーーー……おかしい。どういうことだよ?
何処に行った?
何処にも居ない。
さっきまでそこに居たファーブニルが、……あの巨大な竜が
消えただと?
◆
〈ファーブニル視点〉
柱に取り付き、オイラは自分のマナの流れを調整しながら息を潜めていた。
索敵をしてもよくよく調べないと、ぱっと見岩のように見えてる筈だ。
ーーーあの魔法陣を使われる事なんて、当然想定済みなんだよ。
あの魔法陣に入られたら、オイラにゃ手も足も出ない。
しかも魔法陣の中からは、オイラへ普通に攻撃が通る。……くそ、ホントにチートレベルの嫌がらせトラップだよ。
ならオイラはこうして、奴らが出てくるまで何時間だって隠れてるだけだ。
オイラはそっと場所を移動する。音もなく、空気すら揺らさないように気をつけながら地面に降り、地底湖に潜る。
地底湖は湧き出し口が地下でいくつか繋がっているから、水流に乗って、ゆっくりと別の出口へと移動する。
“かくれんぼ”ってやつは、心理戦なんだ。
同じ所に留まるのは得策じゃない。
鬼が何処を探したくなるかを読んで、鬼が探し終わったところに身を潜める。探し終わった所を見つかんないように追いかけて行く、ある意味鬼ごっこみたいなもんだな。
ヌルリと水音を立てないように地底湖から上がると、オイラは再び鍾乳石の柱を昇り、天井まで這い上がる。
天井に逆さまに取り付いたところで、辺りを見回しながら、勇者が魔法陣から、1歩外へと踏み出した。
オイラはニヤリと笑い、天井を掴んでいた手を離し、勇者めがけて落下した。
(孵化まであと3日)




