番外編 〜邪竜さんは、召使いを追い出したい44(ポロリもあるよ)〜
今後視点がめちゃ入れ替わります!
〈勇者アイル視点〉
ーーー何故、ここにポムが?
疑問に思えど、身体は動かし続ける。いや、止めている余裕が無い。
足を止めれば奴が踏み込み、手を止めればすかさず有効打を入れてくる。
最早反射的に体を動かし、ファーブニルの攻撃を躱しつつ、刀を構え距離を詰める。
そしてその鱗を一枚二枚と剥ぎ飛ばしながら、こちらはゆっくりとヤスリで削る様に攻撃を入れていく。
だがその頭の片隅で、疑惑がぐるぐると過ぎり続けている。
ーーーなぜポムがここに? ドワーフ達のキャンプに置いてきたはずだ。
ーーー再び捕まった? なら、ドワーフ達が居ない事はおかしい。それに、ガルーラがいて易々と襲撃を受けるはずが無い。それ程の攻防があったなら、たとえ森の中にいても、俺なら気付いた筈だ。
ーーーなら、元々ポムは邪竜に懐柔されていた? いや、ダークエルフ辺りに誘惑の魔法を掛けられていた? ……ならば、ここの情報があまりにも的確だ。邪竜にとって不利となる情報を、良いように惑わされた者が口にする筈無い。
何より、あの時兄を救おうとしていた覚悟と、その瞳に宿ったの輝きは本物だった。
ーーー俺達に置いて行かれた事により、逆恨みで邪竜に寝返った?
……あり得ない。裏切ったポムを、邪竜やダークエルフが受け入れる筈が無い。
ーーー何故?
ファーブニルの鱗を更に三枚程剥がし、その前足の爪で脹脛の薄皮を切り裂かれたが、その答えは出なかった。
っくそ、集中しなければ。……ブリスに言うか? いや、奴等とて今妙な疑念に取り憑かれれば、纏まりつつある心も足並みも乱れてしまうだろう。
今は黙っておくほうが良い。
それにおそらく、あの妙な穴のおかげで、この邪竜との攻防の余波は、それ程ポムに届いていない。
てかあの穴はなんだよ? あんなの、見たことも聞いたことも無いぞ。
ーーー……本当に何なんだよ。こっちは急いでるってのに!
俺は苛立ちを感じながらも、取り敢えずポムの事は後回しにする事に決めた。
邪竜を倒し、ラディーを助け出し、金の卵を手に入れる。その後で、何故なのかを明らかにするんだ。
オレはポムのいる場所を背後に庇うように、ファーブニルに向かい立った。
「来い。受けて立つ」
「コギャアァアァァァアァァァーーーーーーーーーー!!!」
◆
〈ポム視点〉
勇者は絶対俺に気付いていたが、旦那の攻撃にすぐさま戦いに戻った。
だけど明らかに動揺の色が見え、旦那に押されているように見える。
『ひぃ!?』
その時突然、オレの視界が陰ったかと思うと、眼下での凄まじい攻防から弾けた岩が、オレのすぐ近くに飛んできた。
幾つかは、そのまま断崖にぶつかり粉々に砕けたが、オレめがけて飛んできた岩は、旦那の出してくれた“闇のシールド”とやらに、音もなく吸い込まれた。
昨日、旦那に“闇のシールド”や、オレの動きについての指示、もとい“禁止事項”の打ち合わせがあった。
旦那はこう言ったんだ。
『ーーー実はオイラ、この世でオイラだけにしか使えない、“闇の力”を持っているんだ』
……何言ってんだろうこの人は。この年で厨二病か?
オレはそう思ったが、得意気に語る旦那に突っ込む事はしなかった。
『この闇のゲートは、全てを無に帰す漆黒のサークルだ。とは言え、流石のオイラでも見ての通り一メートル程度のサイズを出すのが限界だけどな。だがまあ、これで十分だろう。なぜならポムは小さいからな!』
……恥ずかしげなことを言いつつ、なんかオレをチクチクとディスってくる邪竜。
ラディーとローレンも、何だか残念そうな視線を旦那に投げかけている。
とはいえ旦那は目を閉じているから、その視線には気づいていない。
『本来この闇は、あらゆる物を呑み込み、再編成し、吐き出す事の出来る代物だ。だが今回吐き出す事はしない。あくまでポムの盾としてだけ、そこに据え置く』
ローレンが首を傾げた。
『……その力、今回初めて目にしましたが、聞いたことはあります。取り込んだものの、理をも変える事の出来る力だと。しかし、その力こそ勇者戦で用いた方が得策なのでは?』
……へぇ、本当に凄い力だったのか。ローレンが言うと、なんか納得できるんだけどな……。
そんなローレンの意見に、旦那は首を横に振った。
『いや。そこに昔、グリント・オレオールを取り込んじまってな。ぶっちゃけそのエネルギーを、オイラは制御出来ん。しかも別の取り込んだものを出そうとする時に、誤ってそのエネルギーを少しでも漏らそうもんなら、多分この世界、……半壊するんじゃないかな。夢の中では、何とかしようとして30回以上全壊させたし……』
『!?』
『なんと……』
半壊!? 世界が!? ってか夢の話は今どうでも良くない!?
『てなわけで、それは吸い込み限定としか使えん。そんで勇者の攻撃ならオイラで受けられるし、間違って勇者自身を吸い込んだら大変な事になる(神の怒り的な問題で)からな。てなわけで、闇のゲートはポムに貸してやる』
あ、ありがとうございます。……ってか、闇のゲートって……。“開け、闇のゲートよ。我が身を護れ”的な?
いや、それは恥ずかしすぎるだろう……。
オレはラディーに通訳を頼んだ。
『旦那、……そのネーミング、なんとかなんないすか?』
『ネーミング? “闇のゲート”の事か? 別に何でもいいが、……“闇のシールド”とかか?』
ーーー……似たりよったりだなぁ。その“闇”ってのは外せないんだ……。
オレは渋々納得した。
『じゃあ、ポムはオイラと来て、闇のシールドの裏に隠れとけ。ただ、絶対に闇には触れるなよ。万が一吸い込まれたら、助け出してやれんからな』
『触れなきゃ良いだけすよね? 楽ショーす』
オレが頷くと、旦那は満足げに頷いた。
『おそらくこの洞窟に居る限り、遅かれ早かれポムがここにいる事は勇者にはバレる。オイラでさえポムが火口を降りる辺りから、気配に気付いていたんだから』
オレはふと眉をしかめて尋ねた。
『……あの時、気付いてた? 嘘すよね?』
『なんで嘘つかなきゃならんのだ』
『……』
マジかよ!? こんなとぼけた感じなのに、まじでそんな化物みたいなこと出来るの!? 邪竜、こわっ!
『だがそんな勇者も、なぜポムがここに居るのかは、絶対に分からんだろうな。そして、勇者はこう思う。“何故ここにポムが!? 本気出したら、ひ弱なポムまで一瞬で消し飛ばしてしまう”とな』
……だから、ちょこちょこディスってくんなって。腹立つな。
『だがオイラは知っている! 闇のシールドによる絶対防御の前には、オイラや勇者の本気程度、軽く消し去られると言うその事実を。くく、勇者を動揺させ、オイラは一気に優位に立てるのだ!』
あーはいはい。
セコいんだよ。邪竜の癖にその悪どさがさ。
『名付けて、“ドッキリ☆ポムチラ大作戦! 〜ポロリもあるよ♪”だ』
ーーー……え?
『……』
『……』
『……』
オレは、……その言葉に思わず耳を疑った。
ラディーもローレンも、信じられないとでも言うように、旦那を食い入る様に見つめている。
そして長い沈黙の後、ラディーがポツリと口を開いた。
『旦那、……そのネーミング、なんとかなんないすか?』
……って、ちょ、ラディーお前! 何オレが言ったみたいな口調で言ってんだよ!? ふざけんな!
オレが慌ててラディーを睨み小突くと、何かを察してくれた旦那が、唸る様にラディーに言った。
『……それ、ポムの言葉か? それともラディーの言葉か?』
『……』
ラディーが気まずそうに視線を逸らしたその時、邪竜に睨まれたラディーを救わんと、ローレンがフォローの言葉を上げた。
『お待ち下さい、ファーブニル様。それはどちらでも無く、皆の総意です!』
『……』
『……』
っフォローになってねぇ! 寧ろとどめだよ!
それから案の定、旦那は無言でのっそりと背を向け、ふて寝を始めたのだった。
ーーーそして今。
「コギャアァアァァァアァァァーーーーーーーーーー!!!」
「ヒィ!?」
鼓膜が破れそうなほどの、旦那の咆哮をオレは震えながら聞いていた。
信じらんねぇけどあの人、本当に邪竜だった!! 本当にまじで、SS級の邪竜だった!! っひぃいぃぃぃえぇぇぇーーーー!!
〈ファーブニル視点〉
かっかっかっかっかーーーーっ!
オイラは内心高笑いを決めていた。
勇者との対峙は、夢の中で何百回と繰り返した。
しかもその全てがトップギアの状態でだ。
勇者がその状態で、オイラの勝率は3割。とはいえ、勇者も人間。いきなりトップに行けるはずも無く、それを加味して勝率五分五分って事だった。
そして、気配ダダ流しのポムにまんまと索敵を引っ掛けた勇者は、焦りにその踏み込みが甘くなっている。
かっかっ! いい仕事だぞ、ポム!
今の勇者なら、オイラが勝てる!!
(孵化まで後3日)




